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最終話 月明かりの下で
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「終わったー……」
その場で膝立ちになり思いっきり伸びをする。時計を見ると、もう七時前になっていた。
(え、もうこんな時間!?)
梢が愕然としているところに、相原くんが戻ってきた。
「よかった、間に合った」
そう言ってまっすぐにこちらに向かってくる。相原くんは少し離れたところで立ち止まり、垂れ幕を眺めた。
「出来上がりが楽しみだね」
たぶん、垂れ幕は今、暗色の布に法則のわからない白い線が踊っているようにしか見えないと思う。それに、相原くんは美術があまり得意じゃないことを、梢は知っている。
それでもその言葉がうれしくて、梢は微笑んだ。
片づけを終え、なんとなく一緒に校門を出る。遅い時間なので、幸か不幸か誰にも出会わなかった。
「中山さんって、家近く? 電車じゃなかった気がするけど」
相原くんの言葉に、梢はうなずく。
「そう。十分くらいだから歩きで」
ちょうど、駅方面との分かれ道の交差点にたどり着いたところだった。
校門を背にした二人から見て左右に並木道が伸びている。
「相原くんは電車だったよね。じゃあ、私こっちだから」
梢は右手側を指さした。住宅街に続く道で、駅とは逆方面になる。
そのままバイバイの形に振ろうとした手を、梢はふと止めた。
「……え?」
そんな様子を、相原くんはどこか可笑しそうに見ている。
「いやいや、送るから」
そう言ってそのまま、梢の隣に並ぶ。
「え、いや、大丈夫! 遠回りになるし悪いって」
梢は驚いて固辞するが、相原くんはまったく気にしないようだった。
「何言ってんの。この暗い中女の子一人で帰すとかないから」
笑ながらそう言って、相原くんは並木道を歩き出した。梢は慌てて後を追う。
(信じられない……私、今相原くんと一緒に帰ってるの??)
適当な話題で談笑しながらも、梢の頭の中はそんな思いでいっぱいだった。
もうどぎまぎはしないけれど、ドキドキはする。でもやっぱり以前のような不快な痛みはなくて、しいて言うなら心地よいドキドキだった。
「相原くんって、ほんと良い人……ううん、素敵な人だよね」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
突然そんなことを言ったせいで相原くんがびっくりしたのがわかったけど、梢は動じなかった。
「変な言い方だけど、好きになってよかったと思う」
そう言って微笑む。
と、雲の切れ目から月の光が降ってきた。暗くてよく見えなかったお互いの表情が優しく照らし出される。
(少しでもきれいに笑えてたらいいな……)
月の光を浴びながら、梢はそんなふうに思う。
「それは……俺がそれには応えられなくても?」
見上げた先にあったのは、相原くんの真剣な表情だった。
「そりゃあ、それとこれとは別だから」
そう言って梢が笑うと、相原くんも笑ってくれた──口角をくいっと上げるだけの、クールな笑い方だったけれど。
「うち、ここ曲がったとこだから」
二、三歩先の交差点に駆け寄り、くるりと振り返る。
この道を通い続けて一年半になるけれど、こんなに幸せな下校は初めてだった。
「相原くん……ありがとう。ほんとに、ありがと」
相原くんは、送ってくれたことへのお礼だと受け取ったかもしれない。それでもいいと思った。
あの時ちゃんと話を聞いてくれたこと、たくさん気遣ってくれたこと。それ以上に、あれから後も何一つ変わらず接してくれたこと。そして何より、出会えたこと。
月明かりの下で軽く手を挙げた相原くんは、いつになくかっこよかった。
-END-
その場で膝立ちになり思いっきり伸びをする。時計を見ると、もう七時前になっていた。
(え、もうこんな時間!?)
梢が愕然としているところに、相原くんが戻ってきた。
「よかった、間に合った」
そう言ってまっすぐにこちらに向かってくる。相原くんは少し離れたところで立ち止まり、垂れ幕を眺めた。
「出来上がりが楽しみだね」
たぶん、垂れ幕は今、暗色の布に法則のわからない白い線が踊っているようにしか見えないと思う。それに、相原くんは美術があまり得意じゃないことを、梢は知っている。
それでもその言葉がうれしくて、梢は微笑んだ。
片づけを終え、なんとなく一緒に校門を出る。遅い時間なので、幸か不幸か誰にも出会わなかった。
「中山さんって、家近く? 電車じゃなかった気がするけど」
相原くんの言葉に、梢はうなずく。
「そう。十分くらいだから歩きで」
ちょうど、駅方面との分かれ道の交差点にたどり着いたところだった。
校門を背にした二人から見て左右に並木道が伸びている。
「相原くんは電車だったよね。じゃあ、私こっちだから」
梢は右手側を指さした。住宅街に続く道で、駅とは逆方面になる。
そのままバイバイの形に振ろうとした手を、梢はふと止めた。
「……え?」
そんな様子を、相原くんはどこか可笑しそうに見ている。
「いやいや、送るから」
そう言ってそのまま、梢の隣に並ぶ。
「え、いや、大丈夫! 遠回りになるし悪いって」
梢は驚いて固辞するが、相原くんはまったく気にしないようだった。
「何言ってんの。この暗い中女の子一人で帰すとかないから」
笑ながらそう言って、相原くんは並木道を歩き出した。梢は慌てて後を追う。
(信じられない……私、今相原くんと一緒に帰ってるの??)
適当な話題で談笑しながらも、梢の頭の中はそんな思いでいっぱいだった。
もうどぎまぎはしないけれど、ドキドキはする。でもやっぱり以前のような不快な痛みはなくて、しいて言うなら心地よいドキドキだった。
「相原くんって、ほんと良い人……ううん、素敵な人だよね」
思わずそんな言葉が漏れてしまう。
突然そんなことを言ったせいで相原くんがびっくりしたのがわかったけど、梢は動じなかった。
「変な言い方だけど、好きになってよかったと思う」
そう言って微笑む。
と、雲の切れ目から月の光が降ってきた。暗くてよく見えなかったお互いの表情が優しく照らし出される。
(少しでもきれいに笑えてたらいいな……)
月の光を浴びながら、梢はそんなふうに思う。
「それは……俺がそれには応えられなくても?」
見上げた先にあったのは、相原くんの真剣な表情だった。
「そりゃあ、それとこれとは別だから」
そう言って梢が笑うと、相原くんも笑ってくれた──口角をくいっと上げるだけの、クールな笑い方だったけれど。
「うち、ここ曲がったとこだから」
二、三歩先の交差点に駆け寄り、くるりと振り返る。
この道を通い続けて一年半になるけれど、こんなに幸せな下校は初めてだった。
「相原くん……ありがとう。ほんとに、ありがと」
相原くんは、送ってくれたことへのお礼だと受け取ったかもしれない。それでもいいと思った。
あの時ちゃんと話を聞いてくれたこと、たくさん気遣ってくれたこと。それ以上に、あれから後も何一つ変わらず接してくれたこと。そして何より、出会えたこと。
月明かりの下で軽く手を挙げた相原くんは、いつになくかっこよかった。
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