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【12】

「MANSUKE―BEに魅せられて」④

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 ブアイスディーの南に位置する街、アイズココバ。

 煎路せんじ、シモーネの足どりを辿たどって来たギリザンジェロとマリアンヌは、アイズココバの堕拝だはいどうで肩を並べていた。

 堕拝堂とは、人間界での礼拝れいはい堂である。

 壁や天井てんじょうには、魔神まじんの機嫌をとって舞い踊る小悪魔たちや、習得マスターしたての魔術を披露ひろうするも失敗に終わる若き魔道士まどうし苦悩くのうなどがえがかれている。

 堕拝堂ではよく目にする、一般的な物語画だ。


「どうしたの? こわい顔ますます怖くしちゃって」

 ここ何日か、神経をピリピリとがらせているギリザンジェロにマリアンヌは問いかけた。

「……良からぬ気配けはいがするのだ」

「もしかして、また人間? ここにも居るの? おそいかかってくるの!?」

 森で人間に襲撃しゅうげきされた恐怖がよみがえり、マリアンヌは身をすくめて目玉をキョロキョロさせた。

「人間ではない。これはおそらく、微党びとう派 党士とうしらの気配であろう」

「微党派? なんなのよ、それ」

愚弟ぐていを次期王に擁立ようりつしておるあわれな連中よ。

 ひらたく言うと、第二王子の近臣きんしんどもだ」

「ふぅ~ん。それがどうして憐れなの?」

王位おうい継承けいしょう野望やぼうとらわれ徒労とろうぞくしているのだ。

 不憫ふびんでしかなかろう」

「でも、アンタが失脚しっきゃくした場合には第二王子が有利ゆうりになるんでしょう?

 あたしが住んでるクオチュアの隣り里、サトナシにおられる第三王子もすっごい人気者だし。

 そんなふうに余裕よゆうぶっこいてて大丈夫なの? アンタ、ヤバいんじゃない?」

「……口をつつしめ、オレンジ小娘。

 もとい。マリアンヌ。

 貴様はもっとしとやかになれぬのか。つめあかほどでもシモーネを見習みならえ」

「シモーネですって? あんな子見習ってどおするのよ。貧乏びんぼうくさい庶民しょみんよ?

 ま、アンタからしてみれば、あたしみたいな地方の貴族も庶民とたいして変わらないんでしょうけどね。

 なんてったってあたしんちは厩舎きゅうしゃなんですものね」

「貴様、あのおりの件いまだ根に持っておるのか」

「根に持ってるんじゃないわ。しっかり覚えているだけよ」

「フン、好きにしろ。

 それはさておき……」

 ギリザンジェロはフゥ~ッとひと息ついた後、

「貴様の方が断然だんぜん貧乏くさいわ!!

 この状況を見ろ!!

 なにゆえこの俺がこのような場所で蓑虫みのむしのごとき姿で寝っ転がらねばならぬのだ!!」

 と、はらの底からの怒声どせい堂内どうないにこだまさせた。

 怒声の理由。それは……


 実は、ギリザンジェロとマリアンヌは堕拝堂の片隅かたすみで顔以外の全身を寝袋ねぶくろつつみ、

 天井の絵画かいが鑑賞かんしょうしつつ寝ている状態だった。

 節約家せつやくかのマリアンヌは宿屋やどやに泊まるのをためらい、しかしアイズココバの寒さはきびしく野宿のじゅくは出来ないため、堕拝堂を宿泊しゅくはくの場に選んだのだ。

 堕拝堂ここならいくらかはだんもとれるし、お金もかからない。

 無下むげに追い出される心配もない。

 一石いっせき二鳥にちょうならぬ一石三鳥さんちょう、絵画鑑賞もふくめれば一石四鳥よんちょうにもなる。


「大きな声出すんじゃないわよ。

 昨日温泉でちょっとばかり贅沢ぜいたくしちゃったし、これ以上の贅沢は罪悪ざいあくと同じよ?」

「あの程度の湯でなにが贅沢だ!! なにが罪悪だ!!

 俺様を蓑虫あつかいする方がよほど大罪たいざいなるぞ!!」

「うるさいわね。堕拝堂で休めるなんてありがたいでしょう?

 こうして無料ただで素晴らしい絵をていられるのに得した気分にならないの?」

「この程度の絵でどこが得だ!!

 ノミモンドの大魔堂だいまどうならもっと立派りっぱ壁画へきが彫刻ちょうこくが見られようぞ!!」

「首都の大魔堂なら、そりゃそりゃ立派でしょうね。

 ねえ、ゴービーッシュ城の中にも大魔堂があるって聞いたことあるけどホントなの?」

「……ああ。ネルトリブにな」

「ネル? トリブ?」

「城の一部の山で岩肌いわはだむき出しの洞窟どうくつだ」

「洞窟に大魔堂が!? ステキ!!

 霊験れいげんあらたかっぽくて神秘しんぴ的じゃない?」

「神秘的か。フン、言いみょうだな。

 洞窟ゆえ美術的内装ないそう皆無かいむだが、

 ゴービーバウムめこまれた我が一族祖先そせんらの気高けだか遺種いだね眩耀げんようが、

 それは見事みごと景観けいかんつくり出しているのだ」

「そう言えば、アンタたち王族の墓木はかぼくはグラープバウムじゃなくてゴービー木なのよね?

 たねからしてあたし達と差があるなんて不公平よね」

「種ではなく『カヒ』と言え」

 ギリザンジェロは怪訝けげん面様おもようで、マリアンヌを横目でねめつけた。

「ちょっと言い間違えただけじゃない。無礼ぶれいあやまるわ」

「今さら何をしおらしい事を……」

「えっと……ネル、トリブだっけ? 

 ゴービーッシュ城かぁ~ あたしもいつか行ってみたいわぁ~」

「貴様のような下流かりゅう貴族は一生まねかれぬであろうな」

「なによ。下流で悪かったわね」

 今度はマリアンヌが、ギリザンジェロを横目でキッとにらみつけた。

「まあいいわ。それより、さっきの話なんだけど。

 微党派なんたらの気配がするって、アンタに危険がせまってるってことなの?

 だったら逃げないと。お家騒動そうどうなんかに巻きこまれちゃたまらないわ」

「逃げるだと? フン。あのような雑兵ぞうひょうども、俺の敵ではないわ。

 ただ、愚弟めが卑劣ひれつわなを仕掛けてくる懸念けねん十分じゅうぶんにある。

 昔からそうだ。俺の才知さいち、能力にはかなわぬゆえ、奴はつねはかりごとをめぐらせておる。

 あだごととはいえ油断ゆだん禁物きんもつだ。

 おい、例のモノはなくしていないだろうな」
 
「当ったり前でしょ?

 いつだってちゃーんとここに……

 ここ……あ、あら??」

 胸に手をやり、マリアンヌはガバッと起き上がった。

  
 ――ない。

 ハンカチにくるみ胸元むなもとにしまっていた鼻ピアスが、なくなっている――
 

「……どうかしたのか」

 マリアンヌの様子に不安をおぼえ、ギリザンジェロもそろ~っと起き上がる。

「な、なくなってるの。

 鼻ピ…………録音機が……」

「な……に?」

 二人は一瞬にしてこおりつき、完全に思考しこうが停止した。


「ウソッッ!?

 どうしてっっ? どうしてないの!?」

 マリアンヌはいつくばり、床に目をらして入念にゅうねんに鼻ピアスをさがし始めた。

「こ、このまわしきオレンジ小娘が! なくなったではすまされんぞ!!」

 ギリザンジェロはマリアンヌの後ろから強引に寝袋をはぎ取りさかさに振って確かめるが、鼻ピアスは落ちてこない。

「クソッッ!!」

「ああ……ここじゃないんだわ。ハンカチごとなくなってるんだもの!」

 堕拝堂全体を見回してみても、鼻ピアスはおろかハンカチすらまるで見当たらない。

 マリアンヌは頭をかかえこんだ。
 
「お、落っことしちゃったのかも……」

「『かも』ではないだろうっ! 貴様は命より大事な鼻ピアスを確実にどこかで落としたのだ!!

 どこだ!? 思い出せ!! 早急そうきゅうに思い出せ!!」
 
 マリアンヌが男ならむなぐらをつかみ、思い出すまで容赦ようしゃなくさぶるところだが、そうもいかないのがもどかしい。

 ギリザンジェロは切歯せっし扼腕やくわんした。

「どうしよう……あたし、どうしたら……

 もしかしたら、温泉に入る時に……」

 ずっと強気だったマリアンヌも、さすがにオロオロするばかりだ。

「捜すぞ……! どうあっても捜し出さねばならぬ!!

 グズグズするなっ、行くぞっっ!!」

 自らも寝袋をぎ捨て、ギリザンジェロは出口へともうダッシュした。

「ま、待ってよっっ」

 寝袋や荷物をグジャグジャにかかえ、マリアンヌもあわてて堕拝堂を出て行く。

 二人は一直線に、魔馬まばたちを休ませている堕拝堂の納屋なやけこんだ。


 録音機が仕込まれたあの鼻ピアスが、他の誰かの手に渡ったりしたら大変だ。

 まして、ドラジャロシーひきいる微党派が見つけたりしたら……

 
 数分後――

 ギリザンジェロとマリアンヌはそれぞれのマイ魔馬に乗り、寒空さむぞらの夜道を疾駆しっくしていた。

 片手に手綱たづな、片手に手元てもと電話をにぎりしめ、ギリザンジェロはおのがシェード、マキシリュに電話をかける。

「マキシリュ!! 今どこだ!! どこであろうと1分1秒でも早くアイズココバへ来い!! それからアイズココバとその周辺の無党むとう派党士らを呼び出すのだ!!」 
 
 大音声だいおんじょうで一方的にそうめいじ、一方的に電話を切ったギリザンジェロのただごとならぬ取りみだしように、

 マキシリュは王子の絶望ぜつぼう危機ききを予想せずにはいられなかった。

「どしたの? マキ。電話、誰からだった?」

 血のを失いかけているマキシリュに、サファイアが声をかけた。

「お、王子が……アイズココバに来いと」

「言われなくてもそっち方面ほうめん向かってんじゃん」

「返事をする前に電話を切ってしまわれた……」

「そんなの別にめずらしくもないじゃん」

「とんでもない事が起こってるみたいだ……

 王子に最大のピンチが……」

「はぁ~? 王子のピンチなんか日常的だよ?」

「無党派の党士らを呼び出せとまでおっしゃった……」

「ゲッ!! なにそれっ? なにそれっっ? 相当そうとうじゃん!!」

「相当……そう、相当なんだ……!

 サファッ! とにかくもっともっとスピードを上げるぞっ!

 1分1秒でも早くだ!!」


 ――スピードを上げる。

 この時すでに、マキシリュとサファイアは魔馬を走らせギリザンジェロの元へ急いでいる途中だった。

 
 数日前~~~~~~~

 クオチュアの里で、二人はギリザンジェロの命令により否応いやおうなしにコソどろ同然の行為こういをさせられるハメになっていた。

 マリアンヌがかくした録音のコピーを見つけ出すため、ひそかにジョプレールていもぐりこんでいたのだ。

「マキ。

 あたし達、こんなぬすまがいな事するためにシェードになったんじゃないよね」

「俺だって今回ばかりは気が重いさ。でもしょうがないだろ?

 あのマリアンヌって娘は、おそれ多くも録音機を利用して王子を脅迫きょうはくしているんだ」

「いったいどんなご令嬢れいじょうなのよ」

「どんなって……やたら高慢こうまんちきな娘だったよ」

「だったら似た者同士じゃん。似た者同士で仲良く旅してんだから放っときゃいいじゃん」

「バカッ。王子はおどされてるんだ。仲良くなワケないだろっっ?」

「冗談だってば。いちいちムキにならないでよっ」

 二人は小声でゴチャゴチャ言い合いしつつも、忍びこんだマリアンヌの自室へやくまなく、手際てぎわよく捜し回った。
 
 物音をたてぬよう細心さいしんの注意を払い、ちらかす事なく確認した物は元通り丁寧ていねいに片づけながら……

 が、録音のコピーは一向いっこうに出てこない。

 時間だけが過ぎていく。

「大切な物だから、他の部屋に隠す確率かくりつは低いよな」

「けど、自室ここに忍びこまれるかもしれないと予測していたとしたら、逆に自室ここには隠さないかも……

 こおなったらついでにちょこっと他の部屋もさぐってみる?」

「ジョプレール男爵だんしゃくは留守でも召使めしつかい達がまあまあ居るからな……

 このままさがしするのはリスクがおおアリだ」

 ギリザンジェロは本気で厩舎だと思いこんでいたマリアンヌの屋敷だが、田舎いなか貴族とはいえ貴族は貴族。

 邸宅ていたくはそれなりに広く、執事しつじを始め使用人も思いのほか多めだ。

 夜中でも複数の従僕じゅうぼくらが、交代で見張りの役をつとめている。

 彼らに気づかれ、第一王子シェードである自分たちの不法ふほう侵入が露見ろけんするような失態しったいだけは絶対にあってはならない。

 マキシリュは、なやみに悩んで考えた。

(ゼスタフェさんやナウ先輩なら、どうするか――)


「マキ。

 外かもしれないよ? 庭のどっかにめてる可能性だってあるんじゃない?」

「……サファ。

 あきらめよう。この部屋にない以上、捜索そうさくを続けるのは困難こんなんだ。

 そのかわり、俺たちが誠意せいいをもってマリアンヌじょう説得せっとくするんだ!」

 王子の望みをかなえられないのは心苦しいが、ゼスタフェやナウントレイなら王子の立場、その先にある未来を見据みすえ、きっとこう決断するだろう。

 マキシリュに後悔こうかいはなかった。
 

 ~~~~~そういった経緯いきさつで、マキシリュとサファイアは録音コピー捜しを断念だんねんし、ギリザンジェロと合流すべくひたすら魔馬を走らせ北を目指めざしていたのだ。

 シェードというのはつくづく、気苦労のえない骨が折れる仕事だ。

 第一王子のシェードのみならず、こちら、第二王子のシェードもまた――


「王子。お待たせいたしました」

 ドラジャロシーの背後に、ドゥレンズィがひざまずいた。

「遅かったな、ドゥレンズィ。

 で? 兄上たちはいかがしておる」

「お二人は堕拝堂で過ごされていたのですが、

 何らかのハプニングがあったようで、慌てふためき出て行かれました」

「堕拝堂? そんな所で何をしていたのだ。

 おのれつみを罪だとみとめぬ兄上が懺悔ざんげであるはずもなかろうに」

「お二人そろって寝袋に入られ、堕拝堂で一夜いちやを明かすおつもりだったようで…」

「寝袋だと!? あの兄上が!? 宿ではなくそうまでしてなぜ堕拝堂なのだっっ」

「ギリザ王子は警戒けいかいしょくを強めておられ王子とマリアンヌ嬢の会話の内容を聞きとるまでの距離はめられませんでしたが、

 おそらくは、マリアンヌ嬢のご意向いこうかと。

 クオチュアの里ではケチな親子で有名らしいですから」

「兄上は依然いぜんジョプレールの娘の言いなりになっておるのか……」


 キャヴァの起こした暴風ぼうふうで吹き飛ばされた際、ギリザンジェロの耳の下に深くき刺さったであろう鼻ピアス。

 サトナシさいの録画を見直してみると、ドラジャロシーの記憶は正しく、ギリザンジェロの耳下は髪がれるたびにチラホラと、ほんのわずか光っているようだった。

 たてもたまらずノミモンド学院のりょうまで足を運び、マトハーヴェンにも直接確かめてみたのだが、

「言われてみれば、ギリザ兄上の髪の隙間すきまで光っていたような……いなかったような……」

 との自信なさげな曖昧あいまいな返答しか得られず、

 ドラジャロシーは父王の耳に入らないよう慎重しんちょうに、地道じみちに、独自どくじの調査を続行ぞっこうした。

 ラベダワ王女のためもよおされた晩餐ばんさん会の写真は特にねんりに見直しをおこない、

 その結果、晩餐会ではすでにギリザンジェロの耳下からピアスがなくなっていると判明はんめいした。

 判明するやいなや、ドラジャロシーはすぐさま自分の兵を各地で召集しょうしゅうし、

  ギリザンジェロの移動した経路けいろ徹底てってい的に調べ上げた。

 すると、クオチュアの里で重大な情報を入手にゅうしゅする事ができた。

 シモーネという娘が拉致らちされ、里娘たちが証言した誘拐ゆうかい犯の特徴がギリザンジェロにそっくりだったのだ。

 さらに重大だったのは、犯人の男が一時いちじ収監しゅうかんされていた地下牢の、牢番ろうばんからの情報だった。

 男が牢をやぶって消えた後、かすかにきらめく何か極小ごくしょうな物をマリアンヌがコッソリ拾っていたらしいのだ。


 ドラジャロシーは、直感で確信した。

(鼻ピアス……! マリアンヌが拾ったのは鼻ピアスに違いない!

 フルーテュワの王女が相手ならまだしも、下流令嬢マリアンヌごときに兄上がふくしているのは弱みをガッチリつかまれているからだろう!)


 城払しろばらい令がかれ、ゴービーッシュ城へ帰るまでの間にギリザンジェロが通った全ての道、立ち寄った全ての場所……

 そんな目もくらむような広範囲こうはんいで鼻ピアス大捜索を決行するのは容易よういではなく、到底とうてい現実的でもない。

 だいいち、捜索範囲となるノーシュガガ城にドラジャロシー派がズカズカみこむなぞ、第三王子を加党かとう派の党士らがだまってはいないだろう。

 よって、ドラジャロシーは自らの直感を信じて調査対象たいしょうをマリアンヌ一人にしぼり、ギリザンジェロと行動を共にしているマリアンヌの行方ゆくえを追ってきた。

 これが、こちらの経緯である。


「王子。あまりよろしくない流れかと。

 ギリザ王子は微党派の気配を察知さっちされています。

 ですから今後の偵察ていさつは私とルース二人におまかせいただけないでしょうか」

 大捜索に踏みきらずマリアンヌだけが対象ならば、大人数を動員どういんし続けるのは合理ごうり的ではない。

 まして、ギリザンジェロのアンテナが敏感びんかんになっているのだからドゥレンズィが危惧きぐするのは当然だ。

 と、そこへ、ドラジャロシーの手元電話にルースからの着信ちゃくしんがあった。

「ルースか。

 兄上たちを尾行びこうしているのではないのか?」

『お二人は昨日寄られた温泉におられます。

 それよりも王子、この辺に常駐じょうちゅうしている無党派 党士らがあらわれどんどん増えてきてるんですけどっ。

 どおなってるんでしょーか!? これではまともに追尾ついびできません……!』

「なにっ? 無党派が!?」

 ルースからの報告を受け、ドラジャロシーはにがりきった表情になった。

「チッ。クソ兄貴あにきめが余計よけい邪魔じゃまだてを……!

 だが待てよ? 無党派を駆り出すまでにいたるとは……

 もしや奴ら、鼻ピアスをくしたのでは!?」

「王子。やはりここはいったんみな撤収てっしゅうさせてください。

 無党派とぶつかり合えば、そうでなくともはなは面倒めんどうくさい現状げんじょうがますます面倒くさ……い、いや、ますます大事おおごととなり、王の知るところとなってしまいます。

 どうか、どうかお願いいたします……!」

 本音ほんねをポロリとこぼしつつ、ドゥレンズィは自分のため、ドラジャロシーのため、頭を下げて嘆願たんがんした。
 
「クッ、仕方がないな。

 録音機の現物げんぶつを確かめるまでは事をあらてるわけにはいかない……」

 ドラジャロジーはくやしがり、ギリギリと不快ふかいきわまりない歯ぎしりの音をたてた。

『ちょっ、王子っ! 耳元でヤな音たてないでくださいよっっ!!』

 受話口じゅわぐちから、ルースのとんがり声が届く。

 忘れかけていたが、ルースとの電話はつながったままだった。

「ル、ルース。

 とりあえず兄上とマリアンヌから目を離すな。無党派の連中にくれぐれもバレぬようになっ」

『バレますって! このまんまだと時間の問題ですよ、王子!』

「ドゥレンズィが戻るまでどうにかえよ!

 お前ならやれる! やれるぞ、ルース!!」

 適当まる出しの激励げきれいの言葉をかけられ、ルースはいらちをつのらせる。

 しかし、ガアス=パラスの一件では、自分をかばうため王に物申ものもうそうとしてくれたドラジャロシーへの恩義おんぎもある。

 ルースは苛立ちをおさえ、この厄介やっかいな任務に集中すべくイライラの根源こんげんでしかない王子との通話をしなやかな細長い指先で勝手かってに終了させた。

 ツー、ツー、ツー、

「……ルース? おいっ! ルース!?

 ま、まずいぞ、ドゥレンズィ! ルースがしくじったやもしれん!!

 これがお前の申した“よろしくない流れ”かっっ?

 ドゥレンズィよ、急げ!! 急ぎ引き返すのだ!!」

 ルースの連絡が突如とつじょ途絶とだえ、ドラジャロシーはかなりあせった。

 かたや、ドゥレンズィはすこぶる冷静れいせいだ。
 
(ルースがそう易々やすやすとしくじるワケないだろ。王子にイラついて切っただけですよ。

 それはそうと……はぁ~、正直かったるい。

 “鼻ピアスのへん”のおかげでクリーニング屋にも行けぬまま、服はつちぼこりまみれ……

 こんなんではイマイチやる気が出ないな……)

 億劫おっくうで、心の中ではダラダラとぼやきつつも、ドゥレンズィは決して緩慢かんまんな態度をおもてには出さず、

「かしこまりました、王子」

 上辺うわべ仕様しよう機敏きびんな動作で魔馬にまたがるやドラジャロシーの言いつけにしたがい、ルースが張りこんでいる温泉へと全速力で疾走しっそうした。


 二人の王子、二組のシェード達、党士らをさんざん振り回している小さな鼻ピアス。

 マリアンヌが落とした鼻ピアスはいったいどこにあるのか。

 次に最初に鼻ピアスにれるのは、はたして誰なのか――
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