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【12】
「MANSUKE―BEに魅せられて」④
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ブアイスディーの南に位置する街、アイズココバ。
煎路、シモーネの足どりを辿って来たギリザンジェロとマリアンヌは、アイズココバの堕拝堂で肩を並べていた。
堕拝堂とは、人間界での礼拝堂である。
壁や天井には、魔神の機嫌をとって舞い踊る小悪魔たちや、習得したての魔術を披露するも失敗に終わる若き魔道士の苦悩などが描かれている。
堕拝堂ではよく目にする、一般的な物語画だ。
「どうしたの? 怖い顔ますます怖くしちゃって」
ここ何日か、神経をピリピリ尖らせているギリザンジェロにマリアンヌは問いかけた。
「……良からぬ気配がするのだ」
「もしかして、また人間? ここにも居るの? 襲いかかってくるの!?」
森で人間に襲撃された恐怖がよみがえり、マリアンヌは身をすくめて目玉をキョロキョロさせた。
「人間ではない。これはおそらく、微党派 党士らの気配であろう」
「微党派? なんなのよ、それ」
「愚弟を次期王に擁立しておる憐れな連中よ。
平たく言うと、第二王子の近臣どもだ」
「ふぅ~ん。それがどうして憐れなの?」
「王位継承の野望に囚われ徒労に属しているのだ。
不憫でしかなかろう」
「でも、アンタが失脚した場合には第二王子が有利になるんでしょう?
あたしが住んでるクオチュアの隣り里、サトナシにおられる第三王子もすっごい人気者だし。
そんなふうに余裕ぶっこいてて大丈夫なの? アンタ、ヤバいんじゃない?」
「……口を慎め、オレンジ小娘。
元い。マリアンヌ。
貴様はもっとしとやかになれぬのか。爪の垢ほどでもシモーネを見習え」
「シモーネですって? あんな子見習ってどおするのよ。貧乏くさい庶民よ?
ま、アンタからしてみれば、あたしみたいな地方の貴族も庶民とたいして変わらないんでしょうけどね。
なんてったってあたしんちは厩舎なんですものね」
「貴様、あの折の件いまだ根に持っておるのか」
「根に持ってるんじゃないわ。しっかり覚えているだけよ」
「フン、好きにしろ。
それはさておき……」
ギリザンジェロはフゥ~ッとひと息ついた後、
「貴様の方が断然貧乏くさいわ!!
この状況を見ろ!!
なにゆえこの俺がこのような場所で蓑虫のごとき姿で寝っ転がらねばならぬのだ!!」
と、腹の底からの怒声を堂内にこだまさせた。
怒声の理由。それは……
実は、ギリザンジェロとマリアンヌは堕拝堂の片隅で顔以外の全身を寝袋に包み、
天井の絵画を鑑賞しつつ寝ている状態だった。
節約家のマリアンヌは宿屋に泊まるのをためらい、しかしアイズココバの寒さは厳しく野宿は出来ないため、堕拝堂を宿泊の場に選んだのだ。
堕拝堂なら幾らかは暖もとれるし、お金もかからない。
無下に追い出される心配もない。
一石二鳥ならぬ一石三鳥、絵画鑑賞も含めれば一石四鳥にもなる。
「大きな声出すんじゃないわよ。
昨日温泉でちょっとばかり贅沢しちゃったし、これ以上の贅沢は罪悪と同じよ?」
「あの程度の湯でなにが贅沢だ!! なにが罪悪だ!!
俺様を蓑虫扱いする方がよほど大罪なるぞ!!」
「うるさいわね。堕拝堂で休めるなんてありがたいでしょう?
こうして無料で素晴らしい絵を観ていられるのに得した気分にならないの?」
「この程度の絵でどこが得だ!!
ノミモンドの大魔堂ならもっと立派な壁画、彫刻が見られようぞ!!」
「首都の大魔堂なら、そりゃそりゃ立派でしょうね。
ねえ、ゴービーッシュ城の中にも大魔堂があるって聞いたことあるけどホントなの?」
「……ああ。ネルトリブにな」
「ネル? トリブ?」
「城の一部の山で岩肌むき出しの洞窟だ」
「洞窟に大魔堂が!? ステキ!!
霊験あらたかっぽくて神秘的じゃない?」
「神秘的か。フン、言い得て妙だな。
洞窟ゆえ美術的内装は皆無だが、
ゴービー木に埋めこまれた我が一族祖先らの気高き遺種の眩耀が、
それは見事な景観を創り出しているのだ」
「そう言えば、アンタたち王族の墓木はグラープ木じゃなくてゴービー木なのよね?
種からしてあたし達と差があるなんて不公平よね」
「種ではなく『カヒ』と言え」
ギリザンジェロは怪訝な面様で、マリアンヌを横目でねめつけた。
「ちょっと言い間違えただけじゃない。無礼は謝るわ」
「今さら何をしおらしい事を……」
「えっと……ネル、トリブだっけ?
ゴービーッシュ城かぁ~ あたしもいつか行ってみたいわぁ~」
「貴様のような下流貴族は一生招かれぬであろうな」
「なによ。下流で悪かったわね」
今度はマリアンヌが、ギリザンジェロを横目でキッとにらみつけた。
「まあいいわ。それより、さっきの話なんだけど。
微党派なんたらの気配がするって、アンタに危険が迫ってるってことなの?
だったら逃げないと。お家騒動なんかに巻きこまれちゃたまらないわ」
「逃げるだと? フン。あのような雑兵ども、俺の敵ではないわ。
ただ、愚弟めが卑劣な罠を仕掛けてくる懸念は十分にある。
昔からそうだ。俺の才知、能力にはかなわぬゆえ、奴は常に謀をめぐらせておる。
あだ事とはいえ油断は禁物だ。
おい、例のモノはなくしていないだろうな」
「当ったり前でしょ?
いつだってちゃーんとここに……
ここ……あ、あら??」
胸に手をやり、マリアンヌはガバッと起き上がった。
――ない。
ハンカチにくるみ胸元にしまっていた鼻ピアスが、なくなっている――
「……どうかしたのか」
マリアンヌの様子に不安を覚え、ギリザンジェロもそろ~っと起き上がる。
「な、なくなってるの。
鼻ピ…………録音機が……」
「な……に?」
二人は一瞬にして凍りつき、完全に思考が停止した。
「ウソッッ!?
どうしてっっ? どうしてないの!?」
マリアンヌは這いつくばり、床に目を凝らして入念に鼻ピアスを捜し始めた。
「こ、この忌まわしきオレンジ小娘が! なくなったではすまされんぞ!!」
ギリザンジェロはマリアンヌの後ろから強引に寝袋をはぎ取り逆さに振って確かめるが、鼻ピアスは落ちてこない。
「クソッッ!!」
「ああ……ここじゃないんだわ。ハンカチごとなくなってるんだもの!」
堕拝堂全体を見回してみても、鼻ピアスはおろかハンカチすらまるで見当たらない。
マリアンヌは頭を抱えこんだ。
「お、落っことしちゃったのかも……」
「『かも』ではないだろうっ! 貴様は命より大事な鼻ピアスを確実にどこかで落としたのだ!!
どこだ!? 思い出せ!! 早急に思い出せ!!」
マリアンヌが男なら胸ぐらをつかみ、思い出すまで容赦なく揺さぶるところだが、そうもいかないのがもどかしい。
ギリザンジェロは切歯扼腕した。
「どうしよう……あたし、どうしたら……
もしかしたら、温泉に入る時に……」
ずっと強気だったマリアンヌも、さすがにオロオロするばかりだ。
「捜すぞ……! どうあっても捜し出さねばならぬ!!
グズグズするなっ、行くぞっっ!!」
自らも寝袋を脱ぎ捨て、ギリザンジェロは出口へと猛ダッシュした。
「ま、待ってよっっ」
寝袋や荷物をグジャグジャに抱え、マリアンヌも慌てて堕拝堂を出て行く。
二人は一直線に、魔馬たちを休ませている堕拝堂の納屋へ駆けこんだ。
録音機が仕込まれたあの鼻ピアスが、他の誰かの手に渡ったりしたら大変だ。
まして、ドラジャロシー率いる微党派が見つけたりしたら……
数分後――
ギリザンジェロとマリアンヌはそれぞれのマイ魔馬に乗り、寒空の夜道を疾駆していた。
片手に手綱、片手に手元電話を握りしめ、ギリザンジェロは己がシェード、マキシリュに電話をかける。
「マキシリュ!! 今どこだ!! どこであろうと1分1秒でも早くアイズココバへ来い!! それからアイズココバとその周辺の無党派党士らを呼び出すのだ!!」
大音声で一方的にそう命じ、一方的に電話を切ったギリザンジェロのただごとならぬ取り乱しように、
マキシリュは王子の絶望的危機を予想せずにはいられなかった。
「どしたの? マキ。電話、誰からだった?」
血の気を失いかけているマキシリュに、サファイアが声をかけた。
「お、王子が……アイズココバに来いと」
「言われなくてもそっち方面向かってんじゃん」
「返事をする前に電話を切ってしまわれた……」
「そんなの別に珍しくもないじゃん」
「とんでもない事が起こってるみたいだ……
王子に最大のピンチが……」
「はぁ~? 王子のピンチなんか日常的だよ?」
「無党派の党士らを呼び出せとまでおっしゃった……」
「ゲッ!! なにそれっ? なにそれっっ? 相当じゃん!!」
「相当……そう、相当なんだ……!
サファッ! とにかくもっともっとスピードを上げるぞっ!
1分1秒でも早くだ!!」
――スピードを上げる。
この時すでに、マキシリュとサファイアは魔馬を走らせギリザンジェロの元へ急いでいる途中だった。
数日前~~~~~~~
クオチュアの里で、二人はギリザンジェロの命令により否応なしにコソ泥同然の行為をさせられるハメになっていた。
マリアンヌが隠した録音のコピーを見つけ出すため、密かにジョプレール邸に潜りこんでいたのだ。
「マキ。
あたし達、こんな盗っ人まがいな事するためにシェードになったんじゃないよね」
「俺だって今回ばかりは気が重いさ。でもしょうがないだろ?
あのマリアンヌって娘は、畏れ多くも録音機を利用して王子を脅迫しているんだ」
「いったいどんなご令嬢なのよ」
「どんなって……やたら高慢ちきな娘だったよ」
「だったら似た者同士じゃん。似た者同士で仲良く旅してんだから放っときゃいいじゃん」
「バカッ。王子は脅されてるんだ。仲良くなワケないだろっっ?」
「冗談だってば。いちいちムキにならないでよっ」
二人は小声でゴチャゴチャ言い合いしつつも、忍びこんだマリアンヌの自室を隈なく、手際よく捜し回った。
物音をたてぬよう細心の注意を払い、散かす事なく確認した物は元通り丁寧に片づけながら……
が、録音のコピーは一向に出てこない。
時間だけが過ぎていく。
「大切な物だから、他の部屋に隠す確率は低いよな」
「けど、自室に忍びこまれるかもしれないと予測していたとしたら、逆に自室には隠さないかも……
こおなったらついでにちょこっと他の部屋も探ってみる?」
「ジョプレール男爵は留守でも召使い達がまあまあ居るからな……
このまま家捜しするのはリスクが大アリだ」
ギリザンジェロは本気で厩舎だと思いこんでいたマリアンヌの屋敷だが、田舎貴族とはいえ貴族は貴族。
邸宅はそれなりに広く、執事を始め使用人も思いのほか多めだ。
夜中でも複数の従僕らが、交代で見張りの役をつとめている。
彼らに気づかれ、第一王子シェードである自分たちの不法侵入が露見するような失態だけは絶対にあってはならない。
マキシリュは、悩みに悩んで考えた。
(ゼスタフェさんやナウ先輩なら、どうするか――)
「マキ。
外かもしれないよ? 庭のどっかに埋めてる可能性だってあるんじゃない?」
「……サファ。
あきらめよう。この部屋にない以上、捜索を続けるのは困難だ。
そのかわり、俺たちが誠意をもってマリアンヌ嬢を説得するんだ!」
王子の望みを叶えられないのは心苦しいが、ゼスタフェやナウントレイなら王子の立場、その先にある未来を見据え、きっとこう決断するだろう。
マキシリュに後悔はなかった。
~~~~~そういった経緯で、マキシリュとサファイアは録音コピー捜しを断念し、ギリザンジェロと合流すべくひたすら魔馬を走らせ北を目指していたのだ。
シェードというのはつくづく、気苦労の絶えない骨が折れる仕事だ。
第一王子のシェードのみならず、こちら、第二王子のシェードもまた――
「王子。お待たせいたしました」
ドラジャロシーの背後に、ドゥレンズィが跪いた。
「遅かったな、ドゥレンズィ。
で? 兄上たちはいかがしておる」
「お二人は堕拝堂で過ごされていたのですが、
何らかのハプニングがあったようで、慌てふためき出て行かれました」
「堕拝堂? そんな所で何をしていたのだ。
己の罪を罪だと認めぬ兄上が懺悔であるはずもなかろうに」
「お二人そろって寝袋に入られ、堕拝堂で一夜を明かすおつもりだったようで…」
「寝袋だと!? あの兄上が!? 宿ではなくそうまでしてなぜ堕拝堂なのだっっ」
「ギリザ王子は警戒色を強めておられ王子とマリアンヌ嬢の会話の内容を聞きとるまでの距離は詰められませんでしたが、
おそらくは、マリアンヌ嬢のご意向かと。
クオチュアの里ではケチな親子で有名らしいですから」
「兄上は依然ジョプレールの娘の言いなりになっておるのか……」
キャヴァの起こした暴風で吹き飛ばされた際、ギリザンジェロの耳の下に深く突き刺さったであろう鼻ピアス。
サトナシ祭の録画を見直してみると、ドラジャロシーの記憶は正しく、ギリザンジェロの耳下は髪が揺れる度にチラホラと、ほんのわずか光っているようだった。
矢も楯もたまらずノミモンド学院の寮まで足を運び、マトハーヴェンにも直接確かめてみたのだが、
「言われてみれば、ギリザ兄上の髪の隙間で光っていたような……いなかったような……」
との自信なさげな曖昧な返答しか得られず、
ドラジャロシーは父王の耳に入らないよう慎重に、地道に、独自の調査を続行した。
ラベダワ王女のため催された晩餐会の写真は特に念入りに見直しを行い、
その結果、晩餐会ではすでにギリザンジェロの耳下からピアスがなくなっていると判明した。
判明するやいなや、ドラジャロシーはすぐさま自分の兵を各地で召集し、
ギリザンジェロの移動した経路を徹底的に調べ上げた。
すると、クオチュアの里で重大な情報を入手する事ができた。
シモーネという娘が拉致され、里娘たちが証言した誘拐犯の特徴がギリザンジェロにそっくりだったのだ。
さらに重大だったのは、犯人の男が一時収監されていた地下牢の、牢番からの情報だった。
男が牢を破って消えた後、かすかにきらめく何か極小な物をマリアンヌがコッソリ拾っていたらしいのだ。
ドラジャロシーは、直感で確信した。
(鼻ピアス……! マリアンヌが拾ったのは鼻ピアスに違いない!
フルーテュワの王女が相手ならまだしも、下流令嬢マリアンヌごとき意に兄上が服しているのは弱みをガッチリつかまれているからだろう!)
城払い令が解かれ、ゴービーッシュ城へ帰るまでの間にギリザンジェロが通った全ての道、立ち寄った全ての場所……
そんな目もくらむような広範囲で鼻ピアス大捜索を決行するのは容易ではなく、到底現実的でもない。
だいいち、捜索範囲となるノーシュガガ城にドラジャロシー派がズカズカ踏みこむなぞ、第三王子を推す加党派の党士らが黙ってはいないだろう。
よって、ドラジャロシーは自らの直感を信じて調査対象をマリアンヌ一人にしぼり、ギリザンジェロと行動を共にしているマリアンヌの行方を追ってきた。
これが、こちらの経緯である。
「王子。あまりよろしくない流れかと。
ギリザ王子は微党派の気配を察知されています。
ですから今後の偵察は私とルース二人にお任せいただけないでしょうか」
大捜索に踏みきらずマリアンヌだけが対象ならば、大人数を動員し続けるのは合理的ではない。
まして、ギリザンジェロのアンテナが敏感になっているのだからドゥレンズィが危惧するのは当然だ。
と、そこへ、ドラジャロシーの手元電話にルースからの着信があった。
「ルースか。
兄上たちを尾行しているのではないのか?」
『お二人は昨日寄られた温泉におられます。
それよりも王子、この辺に常駐している無党派 党士らが現れどんどん増えてきてるんですけどっ。
どおなってるんでしょーか!? これではまともに追尾できません……!』
「なにっ? 無党派が!?」
ルースからの報告を受け、ドラジャロシーは苦りきった表情になった。
「チッ。クソ兄貴めが余計な邪魔だてを……!
だが待てよ? 無党派を駆り出すまでに至るとは……
もしや奴ら、鼻ピアスを失くしたのでは!?」
「王子。やはりここはいったん皆を撤収させてください。
無党派とぶつかり合えば、そうでなくとも甚だ面倒くさい現状がますます面倒くさ……い、いや、ますます大事となり、王の知るところとなってしまいます。
どうか、どうかお願いいたします……!」
本音をポロリとこぼしつつ、ドゥレンズィは自分のため、ドラジャロシーのため、頭を下げて嘆願した。
「クッ、仕方がないな。
録音機の現物を確かめるまでは事を荒立てる訳にはいかない……」
ドラジャロジーは悔しがり、ギリギリと不快きわまりない歯ぎしりの音をたてた。
『ちょっ、王子っ! 耳元でヤな音たてないでくださいよっっ!!』
受話口から、ルースのとんがり声が届く。
忘れかけていたが、ルースとの電話はつながったままだった。
「ル、ルース。
とりあえず兄上とマリアンヌから目を離すな。無党派の連中にくれぐれもバレぬようになっ」
『バレますって! このまんまだと時間の問題ですよ、王子!』
「ドゥレンズィが戻るまでどうにか耐えよ!
お前ならやれる! やれるぞ、ルース!!」
適当まる出しの激励の言葉をかけられ、ルースは苛立ちをつのらせる。
しかし、ガアス=パラスの一件では、自分を庇うため王に物申そうとしてくれたドラジャロシーへの恩義もある。
ルースは苛立ちを抑え、この厄介な任務に集中すべくイライラの根源でしかない王子との通話をしなやかな細長い指先で勝手に終了させた。
ツー、ツー、ツー、
「……ルース? おいっ! ルース!?
ま、まずいぞ、ドゥレンズィ! ルースがしくじったやもしれん!!
これがお前の申した“よろしくない流れ”かっっ?
ドゥレンズィよ、急げ!! 急ぎ引き返すのだ!!」
ルースの連絡が突如途絶え、ドラジャロシーはかなり焦った。
かたや、ドゥレンズィはすこぶる冷静だ。
(ルースがそう易々としくじるワケないだろ。王子にイラついて切っただけですよ。
それはそうと……はぁ~、正直かったるい。
“鼻ピアスの変”のおかげでクリーニング屋にも行けぬまま、服は土埃まみれ……
こんなんではイマイチやる気が出ないな……)
億劫で、心の中ではダラダラとぼやきつつも、ドゥレンズィは決して緩慢な態度を表には出さず、
「かしこまりました、王子」
上辺仕様の機敏な動作で魔馬にまたがるやドラジャロシーの言いつけに従い、ルースが張りこんでいる温泉へと全速力で疾走した。
二人の王子、二組のシェード達、党士らをさんざん振り回している小さな鼻ピアス。
マリアンヌが落とした鼻ピアスはいったいどこにあるのか。
次に最初に鼻ピアスに触れるのは、はたして誰なのか――
煎路、シモーネの足どりを辿って来たギリザンジェロとマリアンヌは、アイズココバの堕拝堂で肩を並べていた。
堕拝堂とは、人間界での礼拝堂である。
壁や天井には、魔神の機嫌をとって舞い踊る小悪魔たちや、習得したての魔術を披露するも失敗に終わる若き魔道士の苦悩などが描かれている。
堕拝堂ではよく目にする、一般的な物語画だ。
「どうしたの? 怖い顔ますます怖くしちゃって」
ここ何日か、神経をピリピリ尖らせているギリザンジェロにマリアンヌは問いかけた。
「……良からぬ気配がするのだ」
「もしかして、また人間? ここにも居るの? 襲いかかってくるの!?」
森で人間に襲撃された恐怖がよみがえり、マリアンヌは身をすくめて目玉をキョロキョロさせた。
「人間ではない。これはおそらく、微党派 党士らの気配であろう」
「微党派? なんなのよ、それ」
「愚弟を次期王に擁立しておる憐れな連中よ。
平たく言うと、第二王子の近臣どもだ」
「ふぅ~ん。それがどうして憐れなの?」
「王位継承の野望に囚われ徒労に属しているのだ。
不憫でしかなかろう」
「でも、アンタが失脚した場合には第二王子が有利になるんでしょう?
あたしが住んでるクオチュアの隣り里、サトナシにおられる第三王子もすっごい人気者だし。
そんなふうに余裕ぶっこいてて大丈夫なの? アンタ、ヤバいんじゃない?」
「……口を慎め、オレンジ小娘。
元い。マリアンヌ。
貴様はもっとしとやかになれぬのか。爪の垢ほどでもシモーネを見習え」
「シモーネですって? あんな子見習ってどおするのよ。貧乏くさい庶民よ?
ま、アンタからしてみれば、あたしみたいな地方の貴族も庶民とたいして変わらないんでしょうけどね。
なんてったってあたしんちは厩舎なんですものね」
「貴様、あの折の件いまだ根に持っておるのか」
「根に持ってるんじゃないわ。しっかり覚えているだけよ」
「フン、好きにしろ。
それはさておき……」
ギリザンジェロはフゥ~ッとひと息ついた後、
「貴様の方が断然貧乏くさいわ!!
この状況を見ろ!!
なにゆえこの俺がこのような場所で蓑虫のごとき姿で寝っ転がらねばならぬのだ!!」
と、腹の底からの怒声を堂内にこだまさせた。
怒声の理由。それは……
実は、ギリザンジェロとマリアンヌは堕拝堂の片隅で顔以外の全身を寝袋に包み、
天井の絵画を鑑賞しつつ寝ている状態だった。
節約家のマリアンヌは宿屋に泊まるのをためらい、しかしアイズココバの寒さは厳しく野宿は出来ないため、堕拝堂を宿泊の場に選んだのだ。
堕拝堂なら幾らかは暖もとれるし、お金もかからない。
無下に追い出される心配もない。
一石二鳥ならぬ一石三鳥、絵画鑑賞も含めれば一石四鳥にもなる。
「大きな声出すんじゃないわよ。
昨日温泉でちょっとばかり贅沢しちゃったし、これ以上の贅沢は罪悪と同じよ?」
「あの程度の湯でなにが贅沢だ!! なにが罪悪だ!!
俺様を蓑虫扱いする方がよほど大罪なるぞ!!」
「うるさいわね。堕拝堂で休めるなんてありがたいでしょう?
こうして無料で素晴らしい絵を観ていられるのに得した気分にならないの?」
「この程度の絵でどこが得だ!!
ノミモンドの大魔堂ならもっと立派な壁画、彫刻が見られようぞ!!」
「首都の大魔堂なら、そりゃそりゃ立派でしょうね。
ねえ、ゴービーッシュ城の中にも大魔堂があるって聞いたことあるけどホントなの?」
「……ああ。ネルトリブにな」
「ネル? トリブ?」
「城の一部の山で岩肌むき出しの洞窟だ」
「洞窟に大魔堂が!? ステキ!!
霊験あらたかっぽくて神秘的じゃない?」
「神秘的か。フン、言い得て妙だな。
洞窟ゆえ美術的内装は皆無だが、
ゴービー木に埋めこまれた我が一族祖先らの気高き遺種の眩耀が、
それは見事な景観を創り出しているのだ」
「そう言えば、アンタたち王族の墓木はグラープ木じゃなくてゴービー木なのよね?
種からしてあたし達と差があるなんて不公平よね」
「種ではなく『カヒ』と言え」
ギリザンジェロは怪訝な面様で、マリアンヌを横目でねめつけた。
「ちょっと言い間違えただけじゃない。無礼は謝るわ」
「今さら何をしおらしい事を……」
「えっと……ネル、トリブだっけ?
ゴービーッシュ城かぁ~ あたしもいつか行ってみたいわぁ~」
「貴様のような下流貴族は一生招かれぬであろうな」
「なによ。下流で悪かったわね」
今度はマリアンヌが、ギリザンジェロを横目でキッとにらみつけた。
「まあいいわ。それより、さっきの話なんだけど。
微党派なんたらの気配がするって、アンタに危険が迫ってるってことなの?
だったら逃げないと。お家騒動なんかに巻きこまれちゃたまらないわ」
「逃げるだと? フン。あのような雑兵ども、俺の敵ではないわ。
ただ、愚弟めが卑劣な罠を仕掛けてくる懸念は十分にある。
昔からそうだ。俺の才知、能力にはかなわぬゆえ、奴は常に謀をめぐらせておる。
あだ事とはいえ油断は禁物だ。
おい、例のモノはなくしていないだろうな」
「当ったり前でしょ?
いつだってちゃーんとここに……
ここ……あ、あら??」
胸に手をやり、マリアンヌはガバッと起き上がった。
――ない。
ハンカチにくるみ胸元にしまっていた鼻ピアスが、なくなっている――
「……どうかしたのか」
マリアンヌの様子に不安を覚え、ギリザンジェロもそろ~っと起き上がる。
「な、なくなってるの。
鼻ピ…………録音機が……」
「な……に?」
二人は一瞬にして凍りつき、完全に思考が停止した。
「ウソッッ!?
どうしてっっ? どうしてないの!?」
マリアンヌは這いつくばり、床に目を凝らして入念に鼻ピアスを捜し始めた。
「こ、この忌まわしきオレンジ小娘が! なくなったではすまされんぞ!!」
ギリザンジェロはマリアンヌの後ろから強引に寝袋をはぎ取り逆さに振って確かめるが、鼻ピアスは落ちてこない。
「クソッッ!!」
「ああ……ここじゃないんだわ。ハンカチごとなくなってるんだもの!」
堕拝堂全体を見回してみても、鼻ピアスはおろかハンカチすらまるで見当たらない。
マリアンヌは頭を抱えこんだ。
「お、落っことしちゃったのかも……」
「『かも』ではないだろうっ! 貴様は命より大事な鼻ピアスを確実にどこかで落としたのだ!!
どこだ!? 思い出せ!! 早急に思い出せ!!」
マリアンヌが男なら胸ぐらをつかみ、思い出すまで容赦なく揺さぶるところだが、そうもいかないのがもどかしい。
ギリザンジェロは切歯扼腕した。
「どうしよう……あたし、どうしたら……
もしかしたら、温泉に入る時に……」
ずっと強気だったマリアンヌも、さすがにオロオロするばかりだ。
「捜すぞ……! どうあっても捜し出さねばならぬ!!
グズグズするなっ、行くぞっっ!!」
自らも寝袋を脱ぎ捨て、ギリザンジェロは出口へと猛ダッシュした。
「ま、待ってよっっ」
寝袋や荷物をグジャグジャに抱え、マリアンヌも慌てて堕拝堂を出て行く。
二人は一直線に、魔馬たちを休ませている堕拝堂の納屋へ駆けこんだ。
録音機が仕込まれたあの鼻ピアスが、他の誰かの手に渡ったりしたら大変だ。
まして、ドラジャロシー率いる微党派が見つけたりしたら……
数分後――
ギリザンジェロとマリアンヌはそれぞれのマイ魔馬に乗り、寒空の夜道を疾駆していた。
片手に手綱、片手に手元電話を握りしめ、ギリザンジェロは己がシェード、マキシリュに電話をかける。
「マキシリュ!! 今どこだ!! どこであろうと1分1秒でも早くアイズココバへ来い!! それからアイズココバとその周辺の無党派党士らを呼び出すのだ!!」
大音声で一方的にそう命じ、一方的に電話を切ったギリザンジェロのただごとならぬ取り乱しように、
マキシリュは王子の絶望的危機を予想せずにはいられなかった。
「どしたの? マキ。電話、誰からだった?」
血の気を失いかけているマキシリュに、サファイアが声をかけた。
「お、王子が……アイズココバに来いと」
「言われなくてもそっち方面向かってんじゃん」
「返事をする前に電話を切ってしまわれた……」
「そんなの別に珍しくもないじゃん」
「とんでもない事が起こってるみたいだ……
王子に最大のピンチが……」
「はぁ~? 王子のピンチなんか日常的だよ?」
「無党派の党士らを呼び出せとまでおっしゃった……」
「ゲッ!! なにそれっ? なにそれっっ? 相当じゃん!!」
「相当……そう、相当なんだ……!
サファッ! とにかくもっともっとスピードを上げるぞっ!
1分1秒でも早くだ!!」
――スピードを上げる。
この時すでに、マキシリュとサファイアは魔馬を走らせギリザンジェロの元へ急いでいる途中だった。
数日前~~~~~~~
クオチュアの里で、二人はギリザンジェロの命令により否応なしにコソ泥同然の行為をさせられるハメになっていた。
マリアンヌが隠した録音のコピーを見つけ出すため、密かにジョプレール邸に潜りこんでいたのだ。
「マキ。
あたし達、こんな盗っ人まがいな事するためにシェードになったんじゃないよね」
「俺だって今回ばかりは気が重いさ。でもしょうがないだろ?
あのマリアンヌって娘は、畏れ多くも録音機を利用して王子を脅迫しているんだ」
「いったいどんなご令嬢なのよ」
「どんなって……やたら高慢ちきな娘だったよ」
「だったら似た者同士じゃん。似た者同士で仲良く旅してんだから放っときゃいいじゃん」
「バカッ。王子は脅されてるんだ。仲良くなワケないだろっっ?」
「冗談だってば。いちいちムキにならないでよっ」
二人は小声でゴチャゴチャ言い合いしつつも、忍びこんだマリアンヌの自室を隈なく、手際よく捜し回った。
物音をたてぬよう細心の注意を払い、散かす事なく確認した物は元通り丁寧に片づけながら……
が、録音のコピーは一向に出てこない。
時間だけが過ぎていく。
「大切な物だから、他の部屋に隠す確率は低いよな」
「けど、自室に忍びこまれるかもしれないと予測していたとしたら、逆に自室には隠さないかも……
こおなったらついでにちょこっと他の部屋も探ってみる?」
「ジョプレール男爵は留守でも召使い達がまあまあ居るからな……
このまま家捜しするのはリスクが大アリだ」
ギリザンジェロは本気で厩舎だと思いこんでいたマリアンヌの屋敷だが、田舎貴族とはいえ貴族は貴族。
邸宅はそれなりに広く、執事を始め使用人も思いのほか多めだ。
夜中でも複数の従僕らが、交代で見張りの役をつとめている。
彼らに気づかれ、第一王子シェードである自分たちの不法侵入が露見するような失態だけは絶対にあってはならない。
マキシリュは、悩みに悩んで考えた。
(ゼスタフェさんやナウ先輩なら、どうするか――)
「マキ。
外かもしれないよ? 庭のどっかに埋めてる可能性だってあるんじゃない?」
「……サファ。
あきらめよう。この部屋にない以上、捜索を続けるのは困難だ。
そのかわり、俺たちが誠意をもってマリアンヌ嬢を説得するんだ!」
王子の望みを叶えられないのは心苦しいが、ゼスタフェやナウントレイなら王子の立場、その先にある未来を見据え、きっとこう決断するだろう。
マキシリュに後悔はなかった。
~~~~~そういった経緯で、マキシリュとサファイアは録音コピー捜しを断念し、ギリザンジェロと合流すべくひたすら魔馬を走らせ北を目指していたのだ。
シェードというのはつくづく、気苦労の絶えない骨が折れる仕事だ。
第一王子のシェードのみならず、こちら、第二王子のシェードもまた――
「王子。お待たせいたしました」
ドラジャロシーの背後に、ドゥレンズィが跪いた。
「遅かったな、ドゥレンズィ。
で? 兄上たちはいかがしておる」
「お二人は堕拝堂で過ごされていたのですが、
何らかのハプニングがあったようで、慌てふためき出て行かれました」
「堕拝堂? そんな所で何をしていたのだ。
己の罪を罪だと認めぬ兄上が懺悔であるはずもなかろうに」
「お二人そろって寝袋に入られ、堕拝堂で一夜を明かすおつもりだったようで…」
「寝袋だと!? あの兄上が!? 宿ではなくそうまでしてなぜ堕拝堂なのだっっ」
「ギリザ王子は警戒色を強めておられ王子とマリアンヌ嬢の会話の内容を聞きとるまでの距離は詰められませんでしたが、
おそらくは、マリアンヌ嬢のご意向かと。
クオチュアの里ではケチな親子で有名らしいですから」
「兄上は依然ジョプレールの娘の言いなりになっておるのか……」
キャヴァの起こした暴風で吹き飛ばされた際、ギリザンジェロの耳の下に深く突き刺さったであろう鼻ピアス。
サトナシ祭の録画を見直してみると、ドラジャロシーの記憶は正しく、ギリザンジェロの耳下は髪が揺れる度にチラホラと、ほんのわずか光っているようだった。
矢も楯もたまらずノミモンド学院の寮まで足を運び、マトハーヴェンにも直接確かめてみたのだが、
「言われてみれば、ギリザ兄上の髪の隙間で光っていたような……いなかったような……」
との自信なさげな曖昧な返答しか得られず、
ドラジャロシーは父王の耳に入らないよう慎重に、地道に、独自の調査を続行した。
ラベダワ王女のため催された晩餐会の写真は特に念入りに見直しを行い、
その結果、晩餐会ではすでにギリザンジェロの耳下からピアスがなくなっていると判明した。
判明するやいなや、ドラジャロシーはすぐさま自分の兵を各地で召集し、
ギリザンジェロの移動した経路を徹底的に調べ上げた。
すると、クオチュアの里で重大な情報を入手する事ができた。
シモーネという娘が拉致され、里娘たちが証言した誘拐犯の特徴がギリザンジェロにそっくりだったのだ。
さらに重大だったのは、犯人の男が一時収監されていた地下牢の、牢番からの情報だった。
男が牢を破って消えた後、かすかにきらめく何か極小な物をマリアンヌがコッソリ拾っていたらしいのだ。
ドラジャロシーは、直感で確信した。
(鼻ピアス……! マリアンヌが拾ったのは鼻ピアスに違いない!
フルーテュワの王女が相手ならまだしも、下流令嬢マリアンヌごとき意に兄上が服しているのは弱みをガッチリつかまれているからだろう!)
城払い令が解かれ、ゴービーッシュ城へ帰るまでの間にギリザンジェロが通った全ての道、立ち寄った全ての場所……
そんな目もくらむような広範囲で鼻ピアス大捜索を決行するのは容易ではなく、到底現実的でもない。
だいいち、捜索範囲となるノーシュガガ城にドラジャロシー派がズカズカ踏みこむなぞ、第三王子を推す加党派の党士らが黙ってはいないだろう。
よって、ドラジャロシーは自らの直感を信じて調査対象をマリアンヌ一人にしぼり、ギリザンジェロと行動を共にしているマリアンヌの行方を追ってきた。
これが、こちらの経緯である。
「王子。あまりよろしくない流れかと。
ギリザ王子は微党派の気配を察知されています。
ですから今後の偵察は私とルース二人にお任せいただけないでしょうか」
大捜索に踏みきらずマリアンヌだけが対象ならば、大人数を動員し続けるのは合理的ではない。
まして、ギリザンジェロのアンテナが敏感になっているのだからドゥレンズィが危惧するのは当然だ。
と、そこへ、ドラジャロシーの手元電話にルースからの着信があった。
「ルースか。
兄上たちを尾行しているのではないのか?」
『お二人は昨日寄られた温泉におられます。
それよりも王子、この辺に常駐している無党派 党士らが現れどんどん増えてきてるんですけどっ。
どおなってるんでしょーか!? これではまともに追尾できません……!』
「なにっ? 無党派が!?」
ルースからの報告を受け、ドラジャロシーは苦りきった表情になった。
「チッ。クソ兄貴めが余計な邪魔だてを……!
だが待てよ? 無党派を駆り出すまでに至るとは……
もしや奴ら、鼻ピアスを失くしたのでは!?」
「王子。やはりここはいったん皆を撤収させてください。
無党派とぶつかり合えば、そうでなくとも甚だ面倒くさい現状がますます面倒くさ……い、いや、ますます大事となり、王の知るところとなってしまいます。
どうか、どうかお願いいたします……!」
本音をポロリとこぼしつつ、ドゥレンズィは自分のため、ドラジャロシーのため、頭を下げて嘆願した。
「クッ、仕方がないな。
録音機の現物を確かめるまでは事を荒立てる訳にはいかない……」
ドラジャロジーは悔しがり、ギリギリと不快きわまりない歯ぎしりの音をたてた。
『ちょっ、王子っ! 耳元でヤな音たてないでくださいよっっ!!』
受話口から、ルースのとんがり声が届く。
忘れかけていたが、ルースとの電話はつながったままだった。
「ル、ルース。
とりあえず兄上とマリアンヌから目を離すな。無党派の連中にくれぐれもバレぬようになっ」
『バレますって! このまんまだと時間の問題ですよ、王子!』
「ドゥレンズィが戻るまでどうにか耐えよ!
お前ならやれる! やれるぞ、ルース!!」
適当まる出しの激励の言葉をかけられ、ルースは苛立ちをつのらせる。
しかし、ガアス=パラスの一件では、自分を庇うため王に物申そうとしてくれたドラジャロシーへの恩義もある。
ルースは苛立ちを抑え、この厄介な任務に集中すべくイライラの根源でしかない王子との通話をしなやかな細長い指先で勝手に終了させた。
ツー、ツー、ツー、
「……ルース? おいっ! ルース!?
ま、まずいぞ、ドゥレンズィ! ルースがしくじったやもしれん!!
これがお前の申した“よろしくない流れ”かっっ?
ドゥレンズィよ、急げ!! 急ぎ引き返すのだ!!」
ルースの連絡が突如途絶え、ドラジャロシーはかなり焦った。
かたや、ドゥレンズィはすこぶる冷静だ。
(ルースがそう易々としくじるワケないだろ。王子にイラついて切っただけですよ。
それはそうと……はぁ~、正直かったるい。
“鼻ピアスの変”のおかげでクリーニング屋にも行けぬまま、服は土埃まみれ……
こんなんではイマイチやる気が出ないな……)
億劫で、心の中ではダラダラとぼやきつつも、ドゥレンズィは決して緩慢な態度を表には出さず、
「かしこまりました、王子」
上辺仕様の機敏な動作で魔馬にまたがるやドラジャロシーの言いつけに従い、ルースが張りこんでいる温泉へと全速力で疾走した。
二人の王子、二組のシェード達、党士らをさんざん振り回している小さな鼻ピアス。
マリアンヌが落とした鼻ピアスはいったいどこにあるのか。
次に最初に鼻ピアスに触れるのは、はたして誰なのか――
応援ありがとうございます!
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