ブレンド・ソウル

野鈴呼

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人間界・其の壱

「疑惑の美少女」

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 雪まじりの冷風うずまく寝室で一人、センジは呆然と立ち尽くしていた。

「なんだ……? なにがあった……? 俺、どうかしちまったのか?」

 棒立ちになっている場合ではない。突然開かれた窓の方へ、センジが歩み寄ろうとした時だった。

「センジ!! 天井うえだ!!」どこからか、エバイの声がした。

天井うえ……!?」

 センジがあごを上げた瞬間、恐ろしい形相の娘が飛膜を広げ、牙をむき出し真上から落ちるように襲いかかって来た。顔つきはまるで変わっているが、間違いない。先ほどまでおびえていたあの人間の娘だ。

「なななっっ!! なんなんだっ!?」

 センジは反射的に娘の首をつかみ辛くも食い止めたが、娘は飛膜の先に伸びる鋭利な爪でセンジを切り裂こうとした。

 そんなセンジの超絶ピンチを救ったのはエバイだった。エバイは窓から疾風のごとく入って来るや魔力で刀を出し勢いそのままに娘に斬りかかった。

「アニキ!?」センジは驚き声を上げた。

「ギャアアッッ!!」娘はもっと大きな声を上げ、センジから離れるや高い天井へ飛んで逃げた。

 エバイは驚異の跳躍で壁を踏み切りながら追い、娘の牙も爪も魔力も、反撃の全てを退け一方的に攻め立てた。力の差は歴然たるものだった。

「おのれ、芒星グラムめ……っっ!!」

 飛膜を傷つけられ、空中戦が絶望的になった娘は血だらけで床へ下り立ち、飛膜を縮めて人型になると自らも手に剣を出現させ切先きっさきをエバイに向け突進した。ものすごいスピードだ。気迫もすさまじい。

 だが、エバイはすでに刀の刀身をはがねからグラープバウムに変え、自分に突進してくる娘の胸部に的をしぼっていた。その敏速かつ冷静さが怖いくらいだ。頭上にはたねがきらめいている。

 エバイの種のイメージは、スモーキークォーツだ。

 目の色のグレージュと髪色のカッセルブラウンがまじり合った種はいつ見てもかっこいいと、こんな時にセンジはつい見とれてしまっていた。子供の頃からセンジはエバイの種が大好きだった。


「ギャアアアアア――――ッッ!!!!」

 娘の断末魔の悲鳴が耳をつらぬき、センジはハッとした。

 センジが種に目をそらしたわずか寸秒の間に、エバイの刀が娘の心臓を突き刺し、娘はちりとなってまたたく間に消えていた。直後に、彼女の種がゴロリと床に転がった。

「い、いわくつき!!」センジは思わず駆け出した。

 娘の種にはうっすらキズがあった。センジ達が集めているいわくつき遺種の特徴だ。

「……けどアニキ。なんでここに?」

「お前が家を出た後、バットチッカが言ったんだよ。これまで感じたことねえくらい不吉だってな」

「はあ? バットチッカの奴、もっと早く言えっつうの。にしも、あいつの能力最近ますます冴えてんなぁ」

 バットチッカにはもともといろんな能力があったが、人間界に来てから年々さらに磨きがかかっている。

「センジ、お前の能力はダメダメだな。最後まで油断は禁物だぞ」エバイはセンジに忠言した。

「悪かったよ。まさか獲物の女まで吸血魔族だったなんて思いもしなかったんだ。あいつら二人とも芝居してやがったとはな。手の込んだマネしてくれるぜ」

「女の方が本当の貴族で、男の主人だったんだろうな」

「まんまと騙されちまったぜ」

「それからセンジ。さっき襲われた時、お前なんでじっとしてやがった。首つかんでるだけなんてマジ笑わせるぜ。相手が少女だったからか? お前は女に甘すぎるんだよ」

ちげえよ。情けねえ話、腰抜かすくらいぶったまげちまったんだよ。可愛いかった女の子が鬼みてえに豹変して襲って来るなんてホラーだろ。それよかアニキ、女が天井だってよく分かったな。どっから見てたんだよ」

「塀の上からだ」

「ひょっとして、ずっと見てたのか!?」

「途中からな。お前、いい加減もっとスマートな戦い方できねえのか? 道化かコントか、なに見せられてんのか苦悩したぜ」

 エバイの言葉はひとつひとつ、いちいちチクチク刺さるのが逆にセンジは心地良かった。いつもの事で慣れすぎてすっかりマヒしているのだろう。

「女がわざわざ窓をあけたのも、お前をからかって楽しんでたんだろうぜ」

「か、からかわれたんか、俺っ!? 吸血鬼を楽しませてたんか!? いや、もういいっ、聞きたくねえっ!!」あまりにずかしく、センジは思わず耳をふさいだ。

「行くぞ」恥じるセンジをよそに、なぜかエバイは部屋のドアから廊下に出た。

 当然ながら廊下も真っ暗だ。

「どこ行くんだよ、アニキ。バルコニーから飛び下りりゃいいだろ。住人に見つかったら面倒だぜ?」

「センジ。お前の脳みそはとことん絶好調だな。吸血鬼やつらが演じてたってことはホントの獲物がどっかに隠されてるってことだ。おそらく別の部屋に閉じ込められてんだろ」エバイはあきれ顔で説明した。

「なるほど。俺をハメて倒した後、魔界へさらうつもりだったのか……そんならはええとこ見つけてやんねえと、怖がってるだろうな」

 エバイとセンジは手分けして、ひと部屋ひと部屋そぉ~っと確認した。妙な事に、どの部屋ももぬけのからで、それは二階も同じだった。

「家族が留守だとしても、これだけの邸宅なら住み込みの使用人が居るだろうによ。そういや、吸血鬼どもがあんだけ悲鳴上げても誰も気づかなかったのも妙だよな」

「アニキ。俺、一階も見てくるわ」

「この調子だと一階も無人の可能性がたけえな。センジ、そろそろ目ぇ切りかえようぜ」

 エバイは壁にあるスイッチを押して電灯をつけた。やわらかな暖色が廊下や階段をほんのりと照らす。

 夜光眼は使う時間が長引けばそれだけエネルギーがすり減り、光度を増すほど体力が消耗してしまう。そのため、この広い館で暗がりの中、居るか居ないかすら不明の者を捜し続けるには、普通の目に戻す事が賢明な判断だった。

「アニキ、後でなっ」

「ああ。気を付け……」エバイが言いかけた時、まさに一階でかすかに人の声が聞こえたような気がした。エバイとセンジは目を見合わせ、急ぎ階段を駆け下りた。

 すると、階段を下りてすぐのエントランスホールに誰かが横たわっていた。髪の長い少女だ。少女はやわらよろめきながら立ち上がり、エバイとセンジをうつろなまなざしで見つめた。

 少女がただの人間でない事はすぐに分かった。自分たち同様、夜光眼で目が光っているからだ。

 エバイがホールの電灯もつけると、少女は我に返ったのか、おどつくように後ずさりした。見知らぬ男二人が家の中に居るのだからムリもない。

「あ、あなた達は……」

 少女は人間ではないが、どうやら吸血魔族の仲間ではなさそうだった。

「安心してくれ。俺たちただの不法侵入者じゃねえ。吸血鬼どもを退治しに来たんだ。お前はここんちの娘なのか?」センジの問いかけに、少女は困惑顔になり挙動もぎこちなくなった。

「私……? あの、覚えてません」

「はあっ?」思いがけない返答にセンジは口を開きっぱなしでまじまじと少女を凝視した。

「覚えてないって……自分のことは? 自分の名前は言えるか?」少女を気づかい、センジは優しくきいた。

「名前はシルクです。私は混血ブレンドで……自分のことは覚えてますけど、どうしてここに倒れていたのかは全く……」

 センジがシルクと話している間に、エバイは一階や庭を見回っていた。しかし、シルク以外の人物は見当たらず首を横に振り帰って来た。よくよく観察するとこの館は真新しい高級な調度品ばかりで掃除も行き届きとてもキレイなのだが、どの空間もまるで人気ひとけや生活感がなく寒々しい雰囲気だ。

 シルクは、この美しい館によく似合う、亜麻色の目と髪のスラリとした色白の美少女だった。


 *  *  *  *  *  *  *  


「今回ばかりは許可できねえぞ、センジ」帰宅するなり、エバイはセンジを自室に呼びつけ頭ごなしに言い放った。

「だったらシルクはどうなるんだよっ。連れて帰っちまったんだぜ? 記憶もあいまいな状態で追い出すのかよっ。あいつはブレンドだから人間の施設でうまくやってけるはずがねえんだよっ!」センジは引くまいと声を上げ、言い返した。

「それでも、あんなわけえ思春期真っ最中の娘と暮らせるワケねえだろ。間違いが起きねえとは限らんからな」

「間違いだあ? なにやらしいこと考えてんだよ、アニキ! 妹だと思えばそんな考えにはならねえだろっ!」

「い、いやらしいのはお前だろうがっ。お前が心配だから俺は反対してんだよっっ」

「いやらしい」と言われたせいか、エバイは珍しくやたらムキになった。

「だいたいお前、あの娘と同居するなんざまどかに言えるのか? ラズみてえなチビガキとは違うんだぞ。お前やロンヤと同世代じゃねえか」

「そ、それは……」円の事を出されたら、センジは舌がもたつき何も言い返せなくなっていた。

 ところがそこへ、最強の助っ人が登場した。

「エバにいっ! ルクちゃんを放り出すなんてダメだよっ! 絶対ダメだっ!!」末っ子のラズベリーだ。

 子供とはいえ、ラズベリーはセンジ以上に遠慮がなく、感情の起伏も激しく一喜一憂するタイプだ。エバイは何気にラズベリーには弱い節がある。

「ラズは引っ込んでろ。つうか、なんだよ、ルクちゃんて」

「シルクだからルクちゃんだよっ。シルちゃんて呼ぶよかそっちの方が全然いいだろっ?」

「どっちでもいいわ。てか、なんだってお前あの娘をかばってんだ?」

「ぼ、ぼくとおんなじだからだよっっ」ラズベリーは鼻息をフンフンと荒くした。

「ルクちゃんも独りぼっち。ぼくもここんちの子になるまでは独りぼっちで寂しかったし不安だったよ。親切にしてくれた人はみんなどんどん年とっちゃうしさ。だからぼく、ぼくとおんなじ子に会ったら助けたいって思ってた。エバ兄とセン兄がぼくにしてくれたみたいにね。なのにそのエバ兄がルクちゃんを放り出すなんて、ぼく、哀しいよ……」

 鼻息から一転、ラズベリーはシュンとして目に涙をため込んだ。

「ラズ。放り出すって言い方はやめろ。聞こえが悪いだろ」

「実際、放り出そうとしてるべ? この人でなし。なめんなよ、こら」バットチッカまでが登場し、センジとラズベリーに賛同してエバイを軽くねめつけた。

「どおしてエバ兄はルクちゃんを追い出そおとすんのさ。教えてよっ」

 ラズベリーは涙目でエバイに詰め寄った。幼いラズベリーに男女の複雑なあれこれを聞かせる訳にもいかず、エバイは困り顔になっている。こんなエバイを目にするのは、センジは初めてだった。

「あのなぁ、俺は別に今すぐどうこうしようってワケじゃねえよ」

「じゃあルクちゃん、ここに居てもいいんか? いいんだよねっ? ねっ!? ね――っ!?」

 またしても一転、ラズベリーは涙目から期待のキラキラ目になりエバイの足にからみついた。さすがのエバイも幼女のウルウル、キラキラ目にはかなわないらしく、いよいよ困り果てている。

「……しゃあねえな……記憶が戻るまでならよ」

 ラズベリーに押し切られる形で、エバイはしぶしぶ言葉をしぼり出した。彼女の願いを無下にも出来ず、この場はとりあえず一時しのぎの言葉でおさめた感じだ。センジの推測通り、魔界時代では想像もつかない程エバイはゆるくなっていた。そしてやはり、ラズベリーはある意味この家で最強だった。


 その日の夜、エバイは徹夜で“剛鉄のおきて”をつくり、翌朝センジとロンヤ、そしてシルクにも発表した。多感な年頃の男女が生活を共にするにあたり、必ず守らなければならない数々の掟だった。

 ラズベリーは無邪気に喜び、シルクにキャッキャッとまとわりついて離れずにいる。男三人に囲まれ性格もスタイルも自然とボーイッシュになったラズベリーにとって、女の子らしいシルクが家族になってくれるのは新鮮で、本当の姉が出来たようでよほど嬉しい事なのだろう。


「アニキ。ありがとな」

 リビングのソファで、何やら釈然としない気色で思案しているエバイの隣りに、センジは腰を下ろした。

「カン違いするな。俺はあの娘を受け入れたワケじゃねえ。ラズの手前仕方なかっただけだ。これからもロンヤやラズみてえにはいかねえよ」

わけえだの思春期だの、そんだけじゃねえんだろ? アニキ、シルクを吸血鬼の手先だとでも疑ってんのか?」

「センジ……万が一そうなら、俺たちはロンヤとラズを危険にさらすことになるんだぜ?」

「でもアニキは結局許してくれた。毎回このパターンじゃねえかよ」

「言ったろ? 今回ばかりは、簡単にはいかねえって」

 確かに、ロンヤやラズベリーを迎えた時よりエバイはかなり深刻で、魔界時代の近寄りがたいオーラをかもし出している。

「アニキ……俺はシルクを信じてるよ。あいつまで演じてるなんて思いたかねえし、そうじゃねえって信じてる。俺ん中ではシルクはもう家族だからさ」

 本心だった。センジはシルクに露とも疑念をいだいてはいなかった。ただ、今のセンジはもっぱら、円にどう伝えるかだけを悩んでいた。

「相変わらず単純だな、お前は……俺にはムリだわ」

「アニキはアニキでいいんだよ。慎重なアニキと単純な俺で、二人釣り合いがとれてんだからさ。だからこの話はここまでにしようぜ。シルクやラズに聞かれたくねえしよ」

 センジは腰を上げ、思いきり伸びをした。壁一面ガラス窓になっているリビングから外を眺めると、新たな家族を歓迎するみたいに、雲ひとつない晴れやかな空が青く澄み渡っていた。
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