ブレンド・ソウル

野鈴呼

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人間界・其の壱

「壊れた初恋」

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「卒業おめでとう! まどか!!」

「ありがとう、センちゃん」

 円の高校の卒業式を終え、センジはいつものように円と手をつなぎ、円の歩調に合わせてゆっくりと歩いた。

 セーラー服姿の円は今日で見おさめだ。これからは、少しずつ大人になっていく円を見守っていくのだろうと、センジは信じて疑わなかった。

 ピンク色の花びらが雪みたいに舞い散る帰り道。

「センちゃん。大好きだよっ」円はセンジの腕に巻きついた。

 センジにとって最高に幸せなこの瞬間。しかし、その幸せは三日後、あまりにも唐突にピリオドが打たれた。打ったのは、円だ――


『私、センちゃんと別れたいの。ごめんなさい……』

 センジにとって青天の霹靂へきれきだった。卒業式に会ったのが最後で、円は電話ひとつで別れを告げたのだ。

「わ、別れるって……冗談だろ?」

『私ね、けっこうやきもちやきなんだ。だからセンちゃんが他の女子に優しくしてるの、ホントはすっごくイヤだった』

 誰にでも優しいセンジが好きだと言いながら、実は違っていたのだと知り、センジは頭がこんがらがってパニックになっていた。

「なんだよ、それ。じゃあ……シルクのことも……」

『シルクさんは関係ない。だって私が別れを決めたのは、センちゃんがシルクさんを連れて帰る前だったから……』

「そ、そんな前に決めてたのかよ。だったらなんで卒業式、俺に迎えに来させたんだ……?」センジはますます頭の中がゴチャゴチャになった。

『勝手だよね……でも、私ってこういう奴なんだ。センちゃん気づかなかったでしょ?』

「待てよ。俺、今マジでワケ分かんねえけど……けど今から会いに行くよ。直接会って話を」

『ダメッ! 来ないでっ!!』円は、らしくない強い口調でセンジの言葉をさえぎった。

『迷惑なのっ! 絶対に来ないでっ! 私もう……』

「もうなんだよっ!? とにかく今から会いに行く!! 家に居るんだろっ!?」リビングに居たセンジは、階段を駆け下り玄関へ向かおうとした。

『好きな人がいるの』


 *  *  *  *  *  *  *


 海が見える丘で、センジは遠く夕陽を眺めやり、抜けがら同然になっていた。

 いまだに円の最後のひと言が耳から離れない。思わず携帯電話を落としてしまい、拾った時にはすでに電話は切れていた。かけ直す気力はセンジにはなかった。

「情けねえな、俺……」

 数時間、センジは仕事そっちのけで失恋のショックに打ちのめされていた。どうやって丘まで来たのかもよく覚えていない。

「センジ、ここに居ただか!」バットチッカがセンジの肩にとまった。

「シルクから聞いただよ。おめえさが円と別れ話してたってよ。エバイは『そっとしとけ』っつったけど、あんまおせえから心配でさ!」

 バットチッカの声が聞こえているのに、センジはボーッとして何も聞きとれなかった。

 ただ、重い足と、それ以上に重い心を引きずるようにして、バットチッカにやたら励まされつつなんとか家にたどり着いた。


「センにい、お帰りでありますっ」ドアをあけるなり、ラズベリーが敬礼ポーズでセンジを明るく出迎えた。

 ロンヤもシルクも、みんな円の話にはいっさい触れず、ダイニングテーブルを囲み普段通りに過ごしていた。

 大事な弟妹きょうだいたちに気をつかわせてはいけないと、センジも彼らの前ではムリヤリ気丈にふるまった。だが、長くは持たず、センジは食事もそこそこに自分の部屋に引きこもった。

 コン、コン、、

 遠慮がちなノックの仕方で、ドアの向こうに居るのはシルクだと、センジは予想した。

「センジさん。ちょっといいですか……?」

「ああ……どうした?」

 シルクは静かにドアをあけた。が、室内には足を入れない。エバイがつくった剛鉄の掟に「異性の部屋には一人で入らない」という項目があるからだ。

「ごめんなさい。私のせいですよね……? 私がここで暮らすようになったから……」シルクは心苦しいといった面持ちで、もじもじしている。

「は? ちげえよ。シルクは悪かねえ。円もそう言ってたしよ」

「でも、やっぱり私のことで円さん思い違いしているのかもしれません。私、円さんに会って誤解を解いてもいいですか?」

「そんなんじゃねえんだよ。円が俺と別れたかったのは、他に好きな奴が……」

 そこまで言いかけて、センジは改めて円との別れが現実なのだと思い知らされた。自分以外の男を、円は好きになったのだと。

「ヘヘッ。おかしいよな。出会った頃は円に相手にされなくても、それでもあきらめずに糸ネバネバ納豆攻撃でねばり勝ちした俺がよ……今じゃビクついて、電話かけ直す勇気さえ持てねんだもんな」

「センジさん……どうにかして円さんと話し合えないんですか?」

「円はああ見えてわりと頑固なんだよ。一度決めたら曲げないっつうか……あれ? アニキみてえだな。それによ、あいつが別れたい理由聞いちまったから俺もムリだって思うんだ。万が一戻れたとしても、結局は壊れちまうんだろうなって……」

「他に、好きな人ができたから……?」シルクはききにくそうに小声できいた。センジはコクッとうなずいた。

「それなら俺がしつこくするワケにはいかねえしな。後もうひとつ、あいつ言ったんだ。他の女子に優しいのがイヤだったって。あ、シルクだけじゃなくてな。つまり、女子全員に甘い俺に愛想つかしたってワケだ。けど俺、そこは一生直らねえからさ。だからやっぱムリなんだよ」

 シルクに話しているうち、重くて支えきれなかったセンジの心が、わずかながらも軽くなった。

 本当に急な別れだったので気持ちが追いつかなかったが、おかげで少しずつ落ち着いて考えられるようになっていた。

 つらいのはつらいで一向に変わらない。ただ、不思議なことに、感情を隠さないセンジがいまだ涙を流さずにいた。


 †    †    †    †    †    †    †    †    †


 今夜は眠れそうにもなく、センジは一階に下りた。

 一階の大きなガレージは作業場になっている。

 エバイとセンジは、家具を主にその他もろもろの修理を本業としており、センジの父の姓から「度合どごう魔修理屋」と看板を掲げていた。「魔」を付けたのはセンジの案だが、人間界では良くない印象を与える文字だという事実は後から知った。

 見た目は少年でも百歳を優に超えているエバイとセンジ二人は人間界では成人として扱われており、自分たちだけで生計を立てていた。


 作業場では、エバイが納期間近の修理に追われていた。下りて来たセンジには目もくれない。それだけ集中しているのだろう。

「アニキ、今日はすまねえ。俺も今から徹夜で働くわ。どうせ眠れやしねえしよ」

 忙しい中、事情はどうあれ仕事をさぼった事が申し訳なく、センジも遅れを取り返そうとした。

「あ? 眠っちゃいねえのに寝言かよ。気晴らし程度で適当にやれる仕事じゃねえ。引っ込んでろ」

 エバイは淡々と作業を続けながら厳しい語気で返し、センジを寄せつけなかった。失恋ホヤホヤのセンジをなぐさめる素振りもない。

「適当なんてつもりはねえよ。まあ、気が紛れるかもしれねえとは思ったけどよ……」センジは元気なく、コンクリートの床に崩れるように座り込んだ。

 今朝までガタガタボロボロだった依頼品のテーブルが仕上げの塗装で再生されていく。皮肉にも、最愛の女性ひとと修復不可能になったばかりのセンジの目前で。

 無性にむなしくなり、センジは背中を丸めてうなだれた。

「俺、円のこと全然分かってなかったよ」口にするつもりはないのに、つい思いが声に出てしまう。

「分かるワケねえだろ。自分てめえ自身のことでも分かりゃしねえのに他人のことなんかよ。それより、お前をふるなんざ円がまともな人間で良かったぜ」エバイはどこまでも毒舌だ。

「……アニキはブレねえな。それが傷心の弟に吐くセリフかよ」

「まとも過ぎてつまらねえ」

「……は……?」センジはダラリと頭を持ち上げた。

「お前にはまともじゃねえ奴がお似合いだぜ。いつかどっかで出会うんじゃねえの? 円を思い出ごと吹き飛ばしちまう最高にイカれた相手によ」

 エバイは、作業を続けていた手を止めた。テーブルは新品みたいに完璧によみがえっている。毎日のように見ているのに、ついさっきまで無性にむなしかったはずなのに、なぜかセンジは奇跡のように思えた。感動した。

 そして、センジは気が付いた。たとえ円と自分は修復不可能になっても、自分のハートはどれだけ傷ついてもガタついても何度だって新しく生まれ変われるのだと――

「俺たち……いい仕事してんだな」センジは薄くほほ笑んだ。

 もともと手先が器用なエバイがこの仕事を始め、センジもエバイに習いながら共に働いてきた。戦術以外でもエバイはセンジの師匠マスターだった。


「ひと休みするか」

 エバイはグッと肩甲骨けんこうこつを寄せ、疲れをほぐしつつ作業場の横にある事務室へ行きコーヒーをれて持って来ると、センジの隣りであぐらをかきカップを床に置いた。

 カップを取ったセンジはひと口、淹れたてのコーヒーを飲んだ。

 エバイが淹れるコーヒーはたいてい苦い。その苦さが程よくおいしい。エバイの棘ある言い方がセンジには心地いいのと同じだ。

「うめえ……」

 その後しばらくの間、センジは沈黙した。コーヒーの香りが、キレがあって香ばしい。

「なあ、センジ。お前は相当きつかったろうが……別れは別れでも円は生きてる。だから今後、あいつの幸せをなんとなくでも願ってやれ」

 不意にそう言われて、センジはエバイに視線を向けた。光線のせいか、エバイの横顔は影を落としている。いや、光線のせいでも気のせいでもない。きっとシモーネとの別れ、シモーネの死が頭をかすめたのだろうと、センジは察した。

「そいつは出来ねえよ」エバイから目をそらし、センジはつぶやいた。

「……だな。ムリねえか。ふられたのはたった数時間前だもんな。さすがに酷なこと言っちまったな」

「なんとなく願うくれえなら、俺はとことん円の幸せ願ってやるよ」センジは無意識に、しかしキッパリと言いきった。

 すると、今度はエバイの視線がセンジに向けられた。

(あれ……? 俺、なんかかっこいいこと言ったか?)

 エバイはどんな表情なのか、真横から自分に注がれる視線が照れくさく、センジはコーヒーを一気に飲み終え勢いよく立ち上がった。

「も、もちろん、まだまだ時間はかかるけどなっ」

 時計の針が、三本そろってゼロに重なろうとしている。

 センジにとって、予期せぬ激動の一日が終わりを告げようとしていた。
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