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人間界・其の壱
「話し相手」
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エバイは自分の苗字を名乗った事がない。あるのかないのかすら不明だ。だが、魔界では特に必要もないのでセンジはきいてもいなかった。
人間界では、エバイを始めロンヤもラズベリーも皆、センジの「度合」の姓を共有していた。
シルクという家族が増え、度合家は今や五人になっていた。
西風が冷たい七つ下がり。
センジは庭に焚火台を置き、指先から軽く火を出し炭に点火した。シルクとラズベリーはさつまイモを運び、二人の後をバットチッカがパタパタ飛んでついて来る。
「シルク、そんな格好じゃ風邪ひいちまうぞ?」
暖かい季節が終わりかけ、この頃はずいぶん肌寒くなってきた。シルクはノースリーブワンピースだけで上着を何も羽織っていない。センジは自分の仕事着上衣を脱ぎシルクの肩に掛けてやった。
「あ、ありがとう、センジさん。カーディガン出してたのに忘れちゃって」
シルクは、はにかんだみたいな笑顔でセンジを見上げ、接触寸前のセンジとの距離を気にしたのか申し訳なさそうに一歩あとずさった。
「ヒューヒュー! やっさしいね、セン兄! まどちゃんのこと引きずってんのかと思いきや……二ヒヒッ」ラズベリーはからかうように笑った。
「二ヒヒじゃねえ。ラズ、ガキがませたこと言ってんじゃねえぞ。それから今みてえなこと、アニキの前では死んでも口にすんなよな。お前には分からねえだろうが、我が家には世にも面倒くせえ“剛鉄の掟”ってのがあるんだからよ……!」
ガレージの奥の作業場から、エバイが目を光らせている。センジはラズベリーの耳元でささやくように、でも力強く、釘を刺した。
「私のせいでいろいろ気をつかわせてしまってごめんなさい」
少しうつむいたシルクの長い亜麻色の髪が控えめにきらめいている。シルクは性格も控えめで、記憶はないがこれまでの人生いろいろあったのだろう、人の顔色を気にしてばかりいる。一見落ち着いた印象だがけっこうおっちょこちょいなところも見られ忘れっぽい一面もある。
「そうやっていちいちあやまんなよ、シルク。シルクはなんも悪かねんだからよ」
「んだんだ。悪いのはエバイの信用がてんでねえセンジだんべ?」バットチッカはセンジの頭に乗っかった。
「黙れよ、バットチッカ。てめえは人間界のコウモリとでもつるんでろ。ボスなんだろ?」
「そうなんだべさ。こっちのコウモリども、なんでかバッカを怖がってるみてえでよ。いつの間にかボス扱いになっちまってんだ」
「やっぱ魔界から来たコウモリって迫力あんのかなぁ~? バッカくん全然ちっこくて可愛いのにボスなんてお笑いだねっ。キャハハッ」
ラズベリーはずっとテンション高めだ。焼きイモが楽しみでたまらないのだろう。あどけないその満面の笑みにセンジは思わず目尻を下げた。
平和だ。
仕事の合間にこうしてイモを焼き、ああだこうだと言い合いながらみんなで仲良くおいしく食べる。
(半年前までは円も居たな……)と、落ち込む時もまだあるが、家族の明るさのおかげでどうにかこうにかセンジは円ロスを克服できていた。
それにしても、我ながら未練がましい奴だと、センジは自分のいさぎ悪さに嫌気がさしていた。正直、自分はもっと切りかえが早いものだと思っていた。
円はセンジの淡い初恋だったせいもあるだろう。
人間界へ来てから、センジは慣れない生活に苦労しっぱなしだった。文明が発展している分、勉強する事も多く、吸血魔族や荒くれ魔族らの退治に加え修理屋になるべく専門技術の修行も積み、実に目まぐるしい日々だった。安定した生活になるまでに、十八年かかった。そしてその頃に出会ったのが円だった。
恋愛どころではなかった毎日から路線を変更し、円ひと筋で突き進んできたセンジにとっては、そう簡単に吹っ切れるものではないのだ。
「でも良かったんじゃねえだか? あのまま円と付き合ってたとしても、どのみちいつかは別れなきゃなんなかったワケだしよ。いわくつき遺種がそろった時、おめえさは魔界へ帰るだでな。それともなにか? 円を魔界さ連れてくつもりだっただか?」
センジの心情を読みとったかのように、バットチッカが頭の上から問いかけた。
「先のことだからよ。そこまでちゃんと考えてなかったな……」
「そんなこったろうと思っただよ。センジは目先のことしか見えてねえもんな。ま、確かに先の話だで、そん時は円も年とって老衰でおっ死んじまってるかもしんねえしなぁ~ 人間界はシビアだべ?」
「……ろ、老衰……」センジはゾッとした。
「あの、センジさんっ。おイモ焼けましたよ?」
バットチッカのひと言が刺さりショックで何も言い返せないセンジを気づかうように、シルクが声をかけた。
作業場にある、テーブルとイス代わりのドラム缶に座り、四人と一匹は焼きたてあつあつのイモにかじりついた。
「うんまーい!! ぼく、生きてて幸せだよ!!」
「うめえもん食ってると、ばあちゃんのパイが懐かしくなるぜっ」
「セン兄、それよく言ってるよね。ぼくも早く魔界行ってザクロばあちゃんのパイ食べてみたいなぁ~」
ラズベリーにせがまれたのをきっかけに、センジはよく弟妹たちに魔界の話をしていた。ロンヤもラズベリーも魔族の血を引いていながら魔界を全く知らない。いわくつき遺種を集めエバイとセンジが帰る時、彼らも共に魔界へ行き魔界で暮らす事になるだろう。いつになるのかは皆目見当もつかないが、いざその時を迎えた時のため、今から少しずつでも魔界のあれやこれやを教えておこうとセンジは常から考えていた。
(バットチッカめ。俺だってアニキすら考えてねえ先のこと、いろいろ考えてんだぜ)センジは横目でバットチッカを一瞥した。
「エバイさん、センジさん。あの……ただいま」
そこへ、ロンヤがのっそりと現れた。何やらグッタリ疲れきっている様子だ。黒髪がほこりでうっすら白くなり、かけているメガネも、仕事着の上衣も薄汚れている。
「どうした? ロンヤおめえ、どこでなにしてたんだよ」センジは思わず、眉をしかめた。
「平井のじいさんちの古時計、直しに行ったんじゃなかったのか?」センジに続いて、エバイがきいた。
「行ったよ。時計は、すぐ直ったんだけど、ついでに物置きの片づけも頼まれて……その間おじいさんがずっとしゃべってて……それに付き合ってたら余計に時間がかかって……だから、えっと、また遅くなってごめんなさい」
ロンヤはのんびり屋で、何をするにもマイペース。それがかなりのスローペースだ。話し方ものろくさい。
「そういうことか、ご苦労さん。独り暮らしの年寄りは退屈してるからな。お前が気長に話を聞いてくれるのが嬉しくてたまらないんだろうぜ」
「そうかな……あ、エバイさん。この後は、辺見のおばあさんちに行って来ます……おばあさんの話し相手もしてたら多分、戻りは夕飯前になるかも……」
「いつも悪いな、ロンヤ。助かるぜ」
「ばあさんち行く前に焼きイモ食ってけよ」
「あ、おじいさんちで、いっぱいいただいたから、おなかもいっぱいで……それに、シャワーしたらすぐに出かけないと、夕飯に間に合わなくなるから……」
ロンヤも魔修理屋で働いているが、スロー過ぎるロンヤはもっぱら独居老人の自宅へ出向き、簡単な修理がてら彼らの昔話や世間話の聞き役に従事していた。
「ロンヤさん、浴室の用意してきますねっ」シルクは慌てて立ち上がり、階段へ向かった。
家族の一員になってから、シルクは家事全般や皆の身の回りの世話を自分の仕事と決めがんばっている。シルクのおかげで、スローなロンヤも行動ひとつひとつにかかる時間をだいぶ短縮できているはずだ。
「シルクは気がきくよなぁ。でも、アニキに気ぃつかってムリしてなきゃいいけどな」
エバイは、いまだシルクに不信感があるのかつれない態度をとっている。シルクもエバイには特に気がねしているようだ。エバイに認めてもらおうとシルクがもっとがんばったり、逆に追いつめられてこの家を出て行ったりはしないかと、センジはひそかに心配していた。
「なあ、アニキ。家長のアニキに素っ気なくされたらシルクも居づらいだろ。いい加減まともに接してやれよ。一緒に住んで半年過ぎても疑ってるとか、マジあり得ねえわ」
「100疑ってるワケじゃねえよ。家のことあいつに任せてるくらいだしな。ただ、たった半年やそこらで完全に気は許せねえだろ」おもむろに腰を上げ、エバイは作業台へと戻った。
「はぁ~ あの調子だと、100じゃなくても80は疑ったまんまだな」
センジはぼやきつつ、ロンヤ用に残されていたラスト一個の焼きイモをつかみ取ろうとした。ところが、焼きイモは影も形も感触もない、ただの空気になっていた。
「ごっちそうさまぁ~! おなかパンパンになっちゃったよ!!」最後の焼きイモはすでに、ラズベリーの腹の中だったのだ。
「ラズッ!! てめえチビのくせにどんだけ食ってやがる!! 晩飯ぬきだぞ、このクソガキッ!!」
センジは尻でドラム缶を傾け、ラズベリーの顔スレスレに身を乗り出した。
「近っっ。あっち行けよ、セン兄っっ!!」
目の前に迫ったセンジの顔を、ラズベリーは小さな手でめいっぱい押しのけた。そして、押しのけながらふと何かを思い出したようで、急に昨夜の出来事を語り始めた。
「そおだ……昨日の夜ね、ぼくちょっと怖い夢みて目ぇ覚めちゃったんだ。そしたらね、ルクちゃんが隣りに居なかったんだ」
「そりゃシルクみてえな美少女でも、トイレくらい行くだろ」
「そおじゃなくて、廊下でルクちゃんの話し声がしたんだよ。でも、セン兄たちは夜遅くにぼくらの部屋には近づけないじゃん? ほら、ぼくにはよく分かんない“なんたらのおきて”ってやつがあるからね。そんならいったい誰と話してんのか気になって、ルクちゃんにバレないようこっそりドアに近づいてみたんだ」
「ラ、ラズ、お前……!!」
シルクうんぬんより先に、子供のラズベリーが“剛鉄の掟”についてよくそこまで観察していたものだと、センジは驚愕すると同時に感心さえした。作業台に目をやると、エバイもじゃっかん目を丸くしていた。
かたわらで、バットチッカは不満そうな表情だった。
「おい、こら、ラズ。シルクと話してんの、バッカだとは思わなかっただか? バッカはあの妙な掟の対象外だし基本は夜行性だで、普通いの一番にバッカと思うはずだろうがよ」
「あれっ? ごめんごめんっ。バッカくんのこと全然忘れてたよっ。ギャハハハッッ」
平然と笑い飛ばすラズベリーを前に、バットチッカはどんより飛膜を落としている。
「もお~、バッカくんのせいでどこまで話したか……あ、そおそおっ、ぼくはこっそりドアに近づいて、そしたらルクちゃん、相手とケンカみたくなっててさ。『あなたなんかどっか行って! 消えて!』って……あのおとなしいルクちゃんがまあまあおっきな声出してたからぼく、ぶったまげちゃってさ。そんでちょっとだけドアをあけてみたんだよ」
「……で? 話し相手は誰だったんだ……?」センジは恐る恐るきいた。
そういえば風にサラッと語り始めたラズベリーの話は安易に聞き流せないそこそこ息をのむ内容で、センジ達はシーンと静まり返っていた。この家に、夜分に、家族以外の何者かが入り込んでいたなどと、にわかには信じられない事だ。
「それがね、あけてビックリ! 話し相手なんか居なかったんだよ! そこにはルクちゃんしか居なくて、ルクちゃん一人でしゃべってルクちゃん一人で泣いて怒ってたんだ!!」
水を打ったようなガレージ内に、さらなる水をぶちまけるように静かな衝撃が走った。
人間界では、エバイを始めロンヤもラズベリーも皆、センジの「度合」の姓を共有していた。
シルクという家族が増え、度合家は今や五人になっていた。
西風が冷たい七つ下がり。
センジは庭に焚火台を置き、指先から軽く火を出し炭に点火した。シルクとラズベリーはさつまイモを運び、二人の後をバットチッカがパタパタ飛んでついて来る。
「シルク、そんな格好じゃ風邪ひいちまうぞ?」
暖かい季節が終わりかけ、この頃はずいぶん肌寒くなってきた。シルクはノースリーブワンピースだけで上着を何も羽織っていない。センジは自分の仕事着上衣を脱ぎシルクの肩に掛けてやった。
「あ、ありがとう、センジさん。カーディガン出してたのに忘れちゃって」
シルクは、はにかんだみたいな笑顔でセンジを見上げ、接触寸前のセンジとの距離を気にしたのか申し訳なさそうに一歩あとずさった。
「ヒューヒュー! やっさしいね、セン兄! まどちゃんのこと引きずってんのかと思いきや……二ヒヒッ」ラズベリーはからかうように笑った。
「二ヒヒじゃねえ。ラズ、ガキがませたこと言ってんじゃねえぞ。それから今みてえなこと、アニキの前では死んでも口にすんなよな。お前には分からねえだろうが、我が家には世にも面倒くせえ“剛鉄の掟”ってのがあるんだからよ……!」
ガレージの奥の作業場から、エバイが目を光らせている。センジはラズベリーの耳元でささやくように、でも力強く、釘を刺した。
「私のせいでいろいろ気をつかわせてしまってごめんなさい」
少しうつむいたシルクの長い亜麻色の髪が控えめにきらめいている。シルクは性格も控えめで、記憶はないがこれまでの人生いろいろあったのだろう、人の顔色を気にしてばかりいる。一見落ち着いた印象だがけっこうおっちょこちょいなところも見られ忘れっぽい一面もある。
「そうやっていちいちあやまんなよ、シルク。シルクはなんも悪かねんだからよ」
「んだんだ。悪いのはエバイの信用がてんでねえセンジだんべ?」バットチッカはセンジの頭に乗っかった。
「黙れよ、バットチッカ。てめえは人間界のコウモリとでもつるんでろ。ボスなんだろ?」
「そうなんだべさ。こっちのコウモリども、なんでかバッカを怖がってるみてえでよ。いつの間にかボス扱いになっちまってんだ」
「やっぱ魔界から来たコウモリって迫力あんのかなぁ~? バッカくん全然ちっこくて可愛いのにボスなんてお笑いだねっ。キャハハッ」
ラズベリーはずっとテンション高めだ。焼きイモが楽しみでたまらないのだろう。あどけないその満面の笑みにセンジは思わず目尻を下げた。
平和だ。
仕事の合間にこうしてイモを焼き、ああだこうだと言い合いながらみんなで仲良くおいしく食べる。
(半年前までは円も居たな……)と、落ち込む時もまだあるが、家族の明るさのおかげでどうにかこうにかセンジは円ロスを克服できていた。
それにしても、我ながら未練がましい奴だと、センジは自分のいさぎ悪さに嫌気がさしていた。正直、自分はもっと切りかえが早いものだと思っていた。
円はセンジの淡い初恋だったせいもあるだろう。
人間界へ来てから、センジは慣れない生活に苦労しっぱなしだった。文明が発展している分、勉強する事も多く、吸血魔族や荒くれ魔族らの退治に加え修理屋になるべく専門技術の修行も積み、実に目まぐるしい日々だった。安定した生活になるまでに、十八年かかった。そしてその頃に出会ったのが円だった。
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「でも良かったんじゃねえだか? あのまま円と付き合ってたとしても、どのみちいつかは別れなきゃなんなかったワケだしよ。いわくつき遺種がそろった時、おめえさは魔界へ帰るだでな。それともなにか? 円を魔界さ連れてくつもりだっただか?」
センジの心情を読みとったかのように、バットチッカが頭の上から問いかけた。
「先のことだからよ。そこまでちゃんと考えてなかったな……」
「そんなこったろうと思っただよ。センジは目先のことしか見えてねえもんな。ま、確かに先の話だで、そん時は円も年とって老衰でおっ死んじまってるかもしんねえしなぁ~ 人間界はシビアだべ?」
「……ろ、老衰……」センジはゾッとした。
「あの、センジさんっ。おイモ焼けましたよ?」
バットチッカのひと言が刺さりショックで何も言い返せないセンジを気づかうように、シルクが声をかけた。
作業場にある、テーブルとイス代わりのドラム缶に座り、四人と一匹は焼きたてあつあつのイモにかじりついた。
「うんまーい!! ぼく、生きてて幸せだよ!!」
「うめえもん食ってると、ばあちゃんのパイが懐かしくなるぜっ」
「セン兄、それよく言ってるよね。ぼくも早く魔界行ってザクロばあちゃんのパイ食べてみたいなぁ~」
ラズベリーにせがまれたのをきっかけに、センジはよく弟妹たちに魔界の話をしていた。ロンヤもラズベリーも魔族の血を引いていながら魔界を全く知らない。いわくつき遺種を集めエバイとセンジが帰る時、彼らも共に魔界へ行き魔界で暮らす事になるだろう。いつになるのかは皆目見当もつかないが、いざその時を迎えた時のため、今から少しずつでも魔界のあれやこれやを教えておこうとセンジは常から考えていた。
(バットチッカめ。俺だってアニキすら考えてねえ先のこと、いろいろ考えてんだぜ)センジは横目でバットチッカを一瞥した。
「エバイさん、センジさん。あの……ただいま」
そこへ、ロンヤがのっそりと現れた。何やらグッタリ疲れきっている様子だ。黒髪がほこりでうっすら白くなり、かけているメガネも、仕事着の上衣も薄汚れている。
「どうした? ロンヤおめえ、どこでなにしてたんだよ」センジは思わず、眉をしかめた。
「平井のじいさんちの古時計、直しに行ったんじゃなかったのか?」センジに続いて、エバイがきいた。
「行ったよ。時計は、すぐ直ったんだけど、ついでに物置きの片づけも頼まれて……その間おじいさんがずっとしゃべってて……それに付き合ってたら余計に時間がかかって……だから、えっと、また遅くなってごめんなさい」
ロンヤはのんびり屋で、何をするにもマイペース。それがかなりのスローペースだ。話し方ものろくさい。
「そういうことか、ご苦労さん。独り暮らしの年寄りは退屈してるからな。お前が気長に話を聞いてくれるのが嬉しくてたまらないんだろうぜ」
「そうかな……あ、エバイさん。この後は、辺見のおばあさんちに行って来ます……おばあさんの話し相手もしてたら多分、戻りは夕飯前になるかも……」
「いつも悪いな、ロンヤ。助かるぜ」
「ばあさんち行く前に焼きイモ食ってけよ」
「あ、おじいさんちで、いっぱいいただいたから、おなかもいっぱいで……それに、シャワーしたらすぐに出かけないと、夕飯に間に合わなくなるから……」
ロンヤも魔修理屋で働いているが、スロー過ぎるロンヤはもっぱら独居老人の自宅へ出向き、簡単な修理がてら彼らの昔話や世間話の聞き役に従事していた。
「ロンヤさん、浴室の用意してきますねっ」シルクは慌てて立ち上がり、階段へ向かった。
家族の一員になってから、シルクは家事全般や皆の身の回りの世話を自分の仕事と決めがんばっている。シルクのおかげで、スローなロンヤも行動ひとつひとつにかかる時間をだいぶ短縮できているはずだ。
「シルクは気がきくよなぁ。でも、アニキに気ぃつかってムリしてなきゃいいけどな」
エバイは、いまだシルクに不信感があるのかつれない態度をとっている。シルクもエバイには特に気がねしているようだ。エバイに認めてもらおうとシルクがもっとがんばったり、逆に追いつめられてこの家を出て行ったりはしないかと、センジはひそかに心配していた。
「なあ、アニキ。家長のアニキに素っ気なくされたらシルクも居づらいだろ。いい加減まともに接してやれよ。一緒に住んで半年過ぎても疑ってるとか、マジあり得ねえわ」
「100疑ってるワケじゃねえよ。家のことあいつに任せてるくらいだしな。ただ、たった半年やそこらで完全に気は許せねえだろ」おもむろに腰を上げ、エバイは作業台へと戻った。
「はぁ~ あの調子だと、100じゃなくても80は疑ったまんまだな」
センジはぼやきつつ、ロンヤ用に残されていたラスト一個の焼きイモをつかみ取ろうとした。ところが、焼きイモは影も形も感触もない、ただの空気になっていた。
「ごっちそうさまぁ~! おなかパンパンになっちゃったよ!!」最後の焼きイモはすでに、ラズベリーの腹の中だったのだ。
「ラズッ!! てめえチビのくせにどんだけ食ってやがる!! 晩飯ぬきだぞ、このクソガキッ!!」
センジは尻でドラム缶を傾け、ラズベリーの顔スレスレに身を乗り出した。
「近っっ。あっち行けよ、セン兄っっ!!」
目の前に迫ったセンジの顔を、ラズベリーは小さな手でめいっぱい押しのけた。そして、押しのけながらふと何かを思い出したようで、急に昨夜の出来事を語り始めた。
「そおだ……昨日の夜ね、ぼくちょっと怖い夢みて目ぇ覚めちゃったんだ。そしたらね、ルクちゃんが隣りに居なかったんだ」
「そりゃシルクみてえな美少女でも、トイレくらい行くだろ」
「そおじゃなくて、廊下でルクちゃんの話し声がしたんだよ。でも、セン兄たちは夜遅くにぼくらの部屋には近づけないじゃん? ほら、ぼくにはよく分かんない“なんたらのおきて”ってやつがあるからね。そんならいったい誰と話してんのか気になって、ルクちゃんにバレないようこっそりドアに近づいてみたんだ」
「ラ、ラズ、お前……!!」
シルクうんぬんより先に、子供のラズベリーが“剛鉄の掟”についてよくそこまで観察していたものだと、センジは驚愕すると同時に感心さえした。作業台に目をやると、エバイもじゃっかん目を丸くしていた。
かたわらで、バットチッカは不満そうな表情だった。
「おい、こら、ラズ。シルクと話してんの、バッカだとは思わなかっただか? バッカはあの妙な掟の対象外だし基本は夜行性だで、普通いの一番にバッカと思うはずだろうがよ」
「あれっ? ごめんごめんっ。バッカくんのこと全然忘れてたよっ。ギャハハハッッ」
平然と笑い飛ばすラズベリーを前に、バットチッカはどんより飛膜を落としている。
「もお~、バッカくんのせいでどこまで話したか……あ、そおそおっ、ぼくはこっそりドアに近づいて、そしたらルクちゃん、相手とケンカみたくなっててさ。『あなたなんかどっか行って! 消えて!』って……あのおとなしいルクちゃんがまあまあおっきな声出してたからぼく、ぶったまげちゃってさ。そんでちょっとだけドアをあけてみたんだよ」
「……で? 話し相手は誰だったんだ……?」センジは恐る恐るきいた。
そういえば風にサラッと語り始めたラズベリーの話は安易に聞き流せないそこそこ息をのむ内容で、センジ達はシーンと静まり返っていた。この家に、夜分に、家族以外の何者かが入り込んでいたなどと、にわかには信じられない事だ。
「それがね、あけてビックリ! 話し相手なんか居なかったんだよ! そこにはルクちゃんしか居なくて、ルクちゃん一人でしゃべってルクちゃん一人で泣いて怒ってたんだ!!」
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