ブレンド・ソウル

野鈴呼

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人間界・其の壱

「人間界ライフ」

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 人間界、図本ずほん

 経済的に豊かで、紛争とは無縁の安寧な民主国だ。

 センジは母から聞いた事がある。父親の祖国は「図本国」というのだと。だからという訳ではないが、エバイとセンジはこの国に拠点を置き、順調に吸血鬼狩りを始めていた。

 人間界に来て二十年。

 たった二十年の間に、エバイとセンジは生まれ育った魔界とは全く異なる世界で良くも悪くもさまざまな体験を積み重ねてきた。

 カルチャーショックは多々あり、中でも、人間界の優れた文明には何かと度肝を抜かされ戸惑ったものだ。それが今やすっかり、便利で快適かつユニークな暮らしにどっぷりつかってしまっている。

 ただ、どうしても慣れないのが、魔族と比べ遥かに短命である人間たちとの交友だ。彼らは老いるのが異常に早く、自分たちより若かった者がいつの間にか年上っぽい容姿になっているのだ。年齢は年下のままなのに……

 そのせいか、人間界では時が刻まれていく重み、命の尊さを常々痛感し、心なしか時間が経つのも魔界より早足に感じられた。

 人間界に来て初めて知った衝撃的事実は他にもある。吸血魔族だけではなく、芒星ぼうせい魔族も人間を襲撃しにはるばるやって来るという事だ。しかも芒星魔族が人間を襲う目的は、単なるヒマつぶし、ストレス発散、力の誇示といった許しがたい理由ぞろいで、彼らはみな魔界でも厄介者のごろつきばかりだった。

 魔力を持つ魔族に、人間がいかなる武力や最新兵器をもってかかろうと到底たちうち出来ないのが現状だ。それも、ジオードをつくり出せる程の魔族相手ならなおさらの事。

 そこで、エバイとセンジは吸血鬼狩りとは別に、荒くれ魔族らの征伐を副業として請け負う事にした。センジは、報酬なしの正義のヒーローでいきたかったのだが、エバイはさすが、ちゃっかりしていた。おかげで手っ取り早く大金を稼ぎ、人間界での我が家を手に入れる事が出来た。街を見渡せる高台にポツリと建つ、鉄筋コンクリートの大きな三階建ての家だ。その大きな家で、エバイとセンジは新しい“家族”を増やしていた。


 *  *  *  *  *  *  *


「センちゃん、お待たせー!」

 セーラー服のスカーフをなびかせ、まどかがセンジに向かって駆けて来る。

 女の子らしい小走りが可愛く、もっちりとした円のほおが陽の光りで艶めきを増すと、センジの心臓は躍るようにはずみをつけて鼓動した。
 
 センジにとって円は初恋の女性ひとだ。ひと目惚れからねばり強い猛アタックの末、円は恥じらいながら首を縦に振ってくれた。両想いになり、現在進行形でラブラブの交際をしている。

「遅くなってごめんねっ」

「ヘヘッ。円ならどんだけ待ったって苦じゃねえよ。俺は円には砂糖ドバドバのコーヒーみたくあめえんだからさ」

 ちょっと息を切らしている円にとろめきながら、センジは表情筋をゆるめてニヤついた。自分でも、今とんでもなくだらしない顔つきになっているのが分かるくらいだ。

「またそんなこと言って。センちゃん女の子には誰にでも甘いくせに」

「あ? んなこたねえよっ。いや、んなこたあっても円だけは別格なんだよっっ」ゆるんだ顔を引きしめ、センジはじゃっかん口調を強くした。

「はいはい。でもそんな優しいセンちゃんが私は大好きなんだけどね。うふふっ」

 円はセンジの腕に手を回し、キュッと抱きついた。いつもの事だが、この瞬間が毎回一番幸せを感じる最高の時だ。

「ねえ、センちゃん。卒業式の日も迎えに来てくれるよね?」

「あったりめえだろ!? どんな用があったって最優先で空けとくぜ!!」

「約束だよっ。ありがとっっ」
 
 夕暮れ時、高台へ続く坂道を、センジと円は仲良く一緒に歩いてのぼって行く。二人が付き合い始めてから、かれこれ二年になろうとしていた。


 家に着くと玄関のドアが勝手に開き、中から幼い少女ラズベリーが顔を出した。

「おっかえり――!! センにいっ!!」

 小さな手でドアをめいっぱいにあけ、ラズベリーはセンジの足に飛びついた。

「よおっ、ラズ。いい子にしてたか?」

「ラズちゃん、こんにちは」円が中腰になりラズベリーにほほ笑みかけると、

「まどちゃん、いらっしゃい!! ぼく待ってたよ!!」ラズベリーはセンジから離れ、両手を広げて円を歓迎した。

「お帰り、センジさん……円さん、ようこそ」ラズベリーの後ろには、のんびりおっちら系の少年ロンヤが、ずれたメガネを直してボーッと突っ立っている。

 ロンヤとラズベリーはセンジと同じ魔族と人間の混血ブレンドで、弟妹きょうだい同然の存在だ。それぞれ孤独だった二人をセンジが家に連れ帰り、反対するエバイを説得して居候いそうろうさせる事となったのだ。

 センジに説得されればエバイもあきらめの境地なのかしぶしぶながらも最終的には容認し、いざ同居生活を始めると、なんだかんだで打ち解けるのが早かった。

 エバイはクールだが決して冷淡ではない。愛想はないが薄情という訳でもない。センジと出会った時もそうだった。本当のエバイはセンジ同様、困っている者を放っておけない性分で、むしろ情がある方なのではないかとセンジは思っていた。人間界こっちへ来てからその思いをますます強めている。魔界で過ごしていた時の近寄りがたい刺々とげとげしいオーラが緩和され、エバイは誰に対してもだいぶやわらかな顔つきになりつつあるからだ。

 四人が四人、全員血のつながりこそないものの、エバイとセンジ、ロンヤ、ラズベリーは、仲間を超えて家族のように共に助け合い、エバイは兄としても、家長としても弟妹きょうだいたちを守ろうとすらしているようだった。


 数日後、朝食を終えリビングのソファで寝そべるセンジの元に、バットチッカが飛んで来た。

「おいでなすっただよ。北欧の方角、シセド国。え~っと、南の地域の……ペネブイクだんべ」

「マジか!!」センジは跳ね起きた。

「今時分は北欧あっちが夜中だからな」一階の作業場から、エバイも階段を上がって来た。

「アニキは仕事してろよ。俺、ちょっくら行ってくるぜ!!」

 センジはそう言いおくと、家から一番近くのエネルギーゾーンへと急いだ。人間界では「パワースポット」と呼ばれ、神聖な場所や不可解な現象が起こる場所などとされており、わりと数もある。この辺では、工場裏の港がパワースポットだ。

 港に着くやいなや、センジは何もない空間に両手をかざし、ジオードをつくり出した。異世界への移動ではないため吸引力も大きさも並みレベルだが、魔界で初めてつくった時からずいぶんと上達していた。センジ自身、我ながら感心する程に。


 遠く離れた北欧の国は、朝だった図本国とは時差があり真夜中だ。

 シセド国の南部、ペネブイク。

 ものの数秒で到着したセンジは、目を夜光眼やこうがんに切りかえて辺りを見回した。夜光眼とは、暗闇でも見える魔族特有の目だ。

 そこは素朴な町のようだが、立派な洋館が建ち並んでいる。

「どこだ……?」

 人間界へ来た吸血魔族の気配を探るべく、センジはいつものように神経をとがらせた。

 雪がしんしんと降る音さえ鼓膜に響くほどの集中力だ。

「……見つけたぜ!!」

 気配を感知した方角へとひた走り、ことさら立派なやかたの前でセンジは足を止めた。見上げると、三階バルコニーのフレンチ窓が全開になっている。こんな寒い夜中に、明らかに不自然だった。

「決まりだな」

 センジは助走をつけて跳び三階近くの外壁にへばり付くと、豪勢な飾り柱をつたいバルコニーまで這い上がった。

 フレンチ窓から侵入した部屋は寝室だった。奥に目をやると、ベッドでスヤスヤと眠る若い娘の首筋を、吸血魔族の男が鋭い爪でなぞっていた。

「ヒャヒャッ。うら若き乙女の血は我らの宝。今年も良き収穫となりそうだ」

 女みたいな声色だ。吸血鬼は牙を光らせ、娘のか細い首に噛みつこうとした。

 だが、センジが窓を思いきり閉めると、吸血鬼はビクッ! と驚き、娘から離れて振り返った。

「何者だっっ」

「お前こそ何者だよ。ここはうら若き乙女の寝室だぞ。野郎二人が居ていいとこじゃねえわっ」

 窓を閉めた音と振動、センジと吸血鬼の声、そして冷たい外気の余韻のせいか娘は目を覚まし、慌てて上半身を起こすと凍りついたように固まった。

「あ、あ、あ、、、」あまりの恐怖で声も出せない様子だ。

「えっと、わりわりい。怪しく見えっけど怪しかねえから寝ててくれよ。あ、こいつは思いきり怪しいけどなっ」

 センジはヘラヘラと吸血鬼を指さしたが、娘は当然ながらガタガタ震え泣き出しそうになっている。

「おのれ、余計なジャマをしおって。貴様、その目といい、人間ではなさそうだな……!?」オレンジ色に光るセンジの夜光眼を、吸血鬼はいぶかし気に睨視げいしした。

「だったらなんだよ。ああ、そうさ。俺はおめえの種をいただきに来たんだよ。気の毒だが、この場で差し出してもらうぜ」

「黙れ、下郎!! こうなったらまずは貴様の血から奪ってくれるわ!!」

「てめえにくれてやる血なんか一滴もねえよ! けどよ、そのしゃべり方は好きだぜ? いかにも貴族って感じだもんなぁ~ 俺らが求めてる、お貴族さまのよ……」センジは、冷たく吸血鬼を見据えた。

「黙れと言うておる!!」ブチ切れた吸血鬼がいきなりセンジに飛びかかって来た。センジは身をかわし吸血鬼の背後に回るや岩のごとく堅硬けんこうな頭突きを見舞うと、激痛のあまり頭を抱え込みうずくまる吸血鬼を天井高く蹴り飛ばした。

「ぬうっっ!!」

 吸血鬼は天井に直撃するギリギリのところで飛膜を広げ、再びセンジに飛びかかろうとした。センジは腰を低めていったんやり過ごし素早く吸血鬼の飛膜に飛び乗ると、飛膜をガッシリつかんでグググッッと力強く後ろへ引き寄せへし折ろうとした。

「ギャギャッッッ!!! なにをするっっ!! は、放せっっ!! この下郎がぁぁぁ!!!」

 たまらず一瞬コウモリに姿を変えた吸血鬼はセンジの手からスルッと逃れ、解放されるなり元の姿に戻るとおびえて動けずにいる娘めがけて滑翔かっしょうした。そのまま娘を連れ去るつもりだろう。

「させっかよ!!」

 センジはすかさず殺傷レベル中級魔力で吸血鬼を撃ち落とした。かなりの痛手を負ったはずだ。床でゴロゴロ苦しみもだえる吸血鬼の腕をムリヤリ後ろで組ませてあお向けにさせ、起き上がれぬよう馬乗りになり全体重をかけた。ついでに魔力も使えぬよう片手で顔面を押さえつけ、目や口を覆った。

 そして、とどめを刺すべくセンジは刹那に“気”を燃焼させ体内から種を出し、同時にもう片方の手に太く長い木のくいを出現させた。

 吸血魔族の生命を絶つ、魔界にのみ生息する白木「グラープバウム」の杭だ。

「や、やめろ――――っっっっ!!!!」グラープ木の独特な香りをぎ、吸血鬼は激しく抵抗しながら絶叫する。

 また取り逃がしでもしたら面倒だ。センジは杭を振り下ろし、吸血鬼の“心臓ヘルツ”に深く突き立てた。迷う事はない。吸血魔族は人間やブレンドをただの家畜として扱っているのだ。特に貴族たちは容赦なく人間やブレンドを殺戮してきたのだ。

 ゴトッ――

 吸血鬼の男の種が、彼の肉体がちりになり完全に消滅する直前に現れ、転がり落ちた。

「……別モンか……」

 拾い上げた遺種を確認したセンジは、ため息まじりにつぶやいた。退治した吸血鬼の遺種には「いわくつき」のキズがなかったのだ。

 よくある事だ。残念じゃないと言ったらウソになるが、ムダ骨だったとは思わない。吸血鬼から人一人救う事ができたのだから。

「あ、あの……助けてくださってありがとうございます」動けずに震えていた娘が、センジに声をかけた。

「危ねえとこだったな。もう大丈夫……だ……」娘の方に振り向いたセンジは、言葉を失った。

 室内のどこにも娘の姿はなく、閉めたはずの窓があきバルコニーから冷たい風が吹きつけていたのだ――
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