ブレンド・ソウル

野鈴呼

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師と弟子

「しばしの別れ」

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 センジがエバイの弟子になり、またたく間に三十年の時が過ぎた。魔界ではたいした年月ではないが、成長期である二人の容姿は明らかに変貌をとげていた。

 線の細かったエバイはスリムながらも引きしまった強健な身体つきになり、幼い初期少年だったセンジもたくましく凛々しい、エバイと同じ中期少年へと成長していた。身長はエバイに届く勢いだ。

 センジは肝心の魔力や戦闘能力においてもメキメキ頭角を現し、エバイの想像をはるかにしのいでいた。


 *  *  *  *  *  *  *


「本当に行くのかい? エバイ」ザクロばあが眉を下げた。

「何回きいとるんじゃ、ザクロ婆。エバイがこうと決めたら誰にも止められやせんよ」

 ザクロ婆の隣りで、ビルじいはあきらめモードでため息を吐いている。大好きな酒もすすんでいない。

 エバイは、魔界を離れ人間界へ行く決意をビル爺とザクロ婆に報告しに、ザクロ婆宅を訪れていた。

「じいさん、ばあさん。用がすんだら帰って来るから二人ともそれまで生きてろよな」

 ガックリとうなだれる年寄り二人。これまで何かと気にかけてもらった恩がある。エバイはクールさを保ちつつ、自分なりに精一杯の優しい言葉をかけた。
 
「それからじいさん。エバドゥーの件も、マジすまねえな」

 エバイの唯一の心残りは愛魔馬まばのエバドゥーだったが、ビル爺がすぐさま遊牧民の仲間に連絡をとり、預かってもらえるようとりはからってくれた。

 魔馬は体力をもてあましている。大草原を渡り歩く遊牧民が預かってくれるならエバドゥ―も運動不足にはならないだろう。安心して預けられる。何より、ビル爺の友人なら間違いはない。ビル爺は職業柄に加え、その人柄から各地に幅広い人脈があった。


「それにしても、人間界だなんてねぇ。いったいどんなとこなのか……私は心配だよ」

「エバイ達ならどこだって心配いらねえさ。わしらはこいつらがけえって来るまで、エバイの家を守って待ってようや」


 ――この三十年、エバイは人間界を目指してセンジを戦士として鍛え上げ、おのれ自身もよりいっそう強くなるべく師と弟子で互いに切磋琢磨してきた。

 全ては、それぞれ愛する者の仇討ちのために。


「ヴァンパイア大陸のエリアシールドを打破する方法がひとつだけあるだよ。その方法ってのは吸血魔族の遺種いだねを集めることだべさ。けどそれは普通の吸血鬼じゃならねえ。貴族の遺種ってのが絶対条件だ」

 バットチッカに初めて会った日、そう聞かされた。

 エバイにとっては棚からぼたもちの朗報だったが、クリアしなければならない課題もあった。このままグラム大陸に居たのでは、吸血貴族にはなかなかお目にかかれないという問題だ。

 グラム大陸はヴァンパイア大陸と違い、防御シールドなど張られてはいない。そのかわり、シェードやウィードのような他属ハンターが目を光らせている。運悪く見つかった時には生きて帰れる確率が低いため、吸血貴族らは危険を犯してまでグラム大陸に出向く事を避け、代わりに家来の吸血鬼を送り込み自分たちは安全圏で“獲物”を待っているのだ。

 ところが、そんな貴族らが一年に一度は必ず自ら直接狩りに出向く恰好の場所がある。その場所こそが、人間界だ。

 人間は異世界人に対して無防備なうえ、魔力を持たない無力な種族だ。しかも人間の若い男女の血は彼らにとって、魔族と人間の混血ブレンドの血に勝るとも劣らない高級ワインなのだ。

 バットチッカからそう聞かされたあの時、エバイは決心した。人間界へ行き、狩りに現れる吸血貴族を返り討ちにしようと。そして彼らの遺種を集めるのだと。


 機は熟した。
 
「センジもようやく物になった。さすがシェードの息子だぜ。ブレンドのガキが三十年そこらであんな超越するとはな。これならいける。人間界で手分けして吸血鬼やつらを仕留めれば、予定していたよりずっと早くシモーネたちの仇がとれる……」

「エバイ。あんまあせるもんじゃねえべ? そお簡単にいくもんでもねえ。忘れてねえだか? 貴族は貴族でも“いわくつきの種”じゃなきゃ意味ねえってよ」

 シモーネの遺種に向かいブツブツつぶやくエバイのそばに、バットチッカが飛んで来た。

「バットチッカ。人の心読んでんじゃねえよ。不謹慎だろ」

「よ、読んでねえだ! おめえさ心のつぶやきが全部声に出てたんだわさ!!」
 
 バットチッカは飛膜ひまくを高速でバタバタさせ言い返すと、エバイが見つめるシモーネの遺種に目をやった。

「気になってたんだがよ。それ、人間界行く前にちゃんとほうむってやらなくていいだべか?」

 バットチッカの問いかけにエバイは返答せず、遺種をそっと手に取った。

 シモーネが生きている時は、薄い紫まじりの澄んだアイスグリーンだったが、今エバイの手にある種はすっかり色褪せくすんだ硬い石と化している。

 亡き者の種すなわち遺種は、光沢を失い褪色たいしょくしてしまうのだ。

 生前は美しいフローライトのイメージだった彼女の清楚な種を思い返すと、エバイの脳内は憎しみでいっぱいになり改めて誓わずにはいられなくなる。

遺種こいつを葬るのは復讐を果たしてからだ……!!」エバイは眉間に力を込め、声をしぼり出した。


 *  *  *  *  *  *  *


 翌朝、エバイとセンジはザクロ婆や村人たちに見送られ、列車に乗り込んだ。バットチッカは玉になり、センジが肩に掛けたリュックの中に身をひそめている。

「ばあちゃん、みんな、ありがとなっ! 必ず帰ってくっから元気でいてくれよなっっ!」

 窓の外に顔を出し、センジは声を張り上げみなに別れを告げた。

 エバイは改めて、いつから村人たちとこんな密接な関係を築いていたものかと首をひねった。

「ほら、アニキも。みんな俺らのために来てくれたんだからあいさつしろって」

 センジはエバイにも顔を出すよう促したが、エバイはそんな気は毛頭なかった。そもそも、列車に乗る前に「わざわざ悪いな」と、彼らに感謝は伝えているのだ。これ以上どんなあいさつが必要だというのかと、エバイはますます頭をひねった。

「ばあさんはともかく、いつまでも別れを惜しむほど義理も情も特にはねえよ」

 結局、エバイの口から出た言葉はそんな感じだった。

「ったく……相変わらず冷めてんのな、アニキはよ。それとも照れてんのか?」

 汽笛を鳴らし、列車はゆっくりと発車した。センジは真後ろにあるデッキに出るや、駅が見えなくなるまでザクロ婆たちに手を振り続けた。座席に戻ってからも名残惜しそうに、流れるミナッタ村の風景を眺めている。

 ガタン、ゴトンと揺られ、揺られ続けるうち、景色を映していたセンジの目はトロ~ンとなって気持ち良さげに開いたり閉じたりを繰り返し、ウトウトし始めた。

 
 終点、クダランモン駅。

 ミナッタ村の田舎くさい粗末な駅とはまるで比べ物にならない、常時たくさんの人で賑わう都会的な駅だ。

 到着したクダランモン駅ではビル爺が待ち構えており、三人はホームを出るや駅裏の空地へと足を運んだ。

「ふあぁぁ~、もちっと眠ってたかったな……」センジはあくびが止まらない様子だ。

 
 クダランモン駅の裏にある空地は、ただの空地ではない。異世界へ通じるエネルギーゾーンで、漂う空気がねじ曲がっているのが体感できる。ここで「ジオード」をつくり出し、いよいよ人間界へ出発するのだ。

「ジオード」とは、それ相応の魔力があり、その力を完璧にコントロールできる者のみがつくり出せる異世界へのゲートだ。

「いいな、センジ。全神経を種に集めろ。ジオードが形になったら人間界の波をとらえてそのまま突き進め。失敗したところであせるんじゃねえぞ。俺のジオードに移れば大丈夫だ。とにかく慌てるな」

「大丈夫だってばよ、アニキ。俺は自分てめえのジオードで行くぜ! でないと練習にならねえからなっ」
 
 初めてつくるジオードだ。緊張しているかと思いきや、センジは何やらワクワクしているようだった。エネルギーゾーンへ来たとたん、眠気も一気に吹き飛んだらしい。

 そんなセンジを横目に、エバイは胸の高さに両手を上げ手の平を天に向けると、神経をとぎすまし体内から自らの種を出現させた。

 種が全身を覆うほどにひらめくと、エバイは頭上に混沌とした闇の空間を広げ、広げた闇を大穴ビッグホールへと変化させた。

 種と同色の光りでふちどられたこの大きな空洞こそが、異世界への移動手段となるジオードだ。エバイは巧みに手先であやつり、ジオードを真正面に下ろした。

「へえ~、ミステリアスでキレイなもんなんだな、ジオードってやつは」

 センジは初めて目にするジオードに見惚れていたが、感心している余裕などない事をすぐに身をもって知るハメとなった。

「ゲッ! ヤベえっ! アニキのジオードに吸い込まれそうだ!!」

 エバイのジオードは強烈な吸引力で大口をあけている。センジは慌てて腰を落としググッと両足を踏んばった。

「か、身体もってかれちまいそうだっ! でもあの空洞くぐれば、あっち側は人間界なんだよな……!」

「バカが。くぐれば人間界ってワケじゃねえ。このまま俺のジオードにのみ込まれちまうだけなら、どこへ行き着くか分かりゃしねえぞ」

「な、なんなんだよっ。失敗してもアニキのジオードに移れば大丈夫っつったじゃねえかよっっ」

「だな。けど順序ってもんがあんだよ。俺より先に中へ入られちまったら、さすがに俺もどうにも出来ねえ」

「じゃあさっさと中入れよっ。鬼っっ!!」

自分てめえのジオードで行くんじゃなかったのか? お前こそ、さっさとジオードつくりやがれ」

「こんな状況ではムリだろっ。ジオード動かせるんだろっ? どっかよそにやってくれよっ。つうか消してくれよっ。鬼っっ!!」

 まるで地表が凍っているみたいに、踏んばっているセンジの足がエバイのジオードへどんどんすべり寄って行く。

「慌てるなと言っただろ。どんな状況でもジオードくらいつくれるようになれ。神経とがらせろ」

 エバイは手を貸す事はせず、素気なく言い放った。ビル爺は手を貸したそうだがガマンしているようで、もどかしげに口を一文字に結んで後ろで黙って見守っている。

「クソッ、つくればいいんだろ!? つくってやるよ!!」

 すべって行く足を踏みとどめ、センジはどうにかこらえ切った。そして、精神を統一させオレンジカルサイトみたいな鮮やかな種を出現させると、エバイの手順を真似てたどたどしくも自身初のジオードをつくり出す事に成功した。

「ほほぉ~、やるじゃねえか、センジ! 形もいびつで荒けずりじゃが、初心者とは信じられん見事なジオードじゃよ!」あごをさすりつつ、ビル爺は感心して何度もうなずいた。

「ほめてんのかけなしてんのかどっちだよっっ」センジ本人も完成度に納得がいかないようで、エバイのジオードと自分のジオードを見比べふくれっ面になった。

 オレンジ色の光りに囲まれたセンジのジオードは空洞の広がりが弱く、グニャッとした出来上がりだ。が、吸引力は十二分にあるので合格だった。

「ま、最初はこんなもんだろ。形は関係ねえ。後はとにかく念じろ、センジ」

「了解! あ、その前に……」

 エバイとセンジは二人同時に、ビル爺の方へ振り返った。

「あばよ、じいさん。なるべく早く帰るからよ。エバドゥーのこと、よろしく頼む」

「ばあちゃんのことも頼んだぜっ。じいちゃんも酒ばっか飲んで身体こわすんじゃねえぞっ!」

「エバイ……センジ……」ビル爺は今にも泣き出しそうな顔つきだ。すると、センジのリュックからバットチッカもヒョコッと顔を出した。

「永遠の別れじゃねえだよ、ビル爺。泣くでねえ、こら」

「な、泣いとりゃせんわいっ。じゃが今夜はヤケ酒じゃっっ」

「悪酔いすんなよ、じいさん」

「じゃあ、マジ行くわ。踏んばり続けてんのもけっこうきついからよっ」

 エバイとセンジはジオードへと向き直り、ビル爺に背を向け吸い寄せられるように空洞内へ入って行った。

 もう振り返りはしないが、エバイはすがすがしくほほ笑み、最後にひと言、ビル爺に告げた。

「前進するぜ……!!」
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