ブレンド・ソウル

野鈴呼

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師と弟子

「シェードとウィード」

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 エバイは窓をあけ、心地良い朝の風を迎え入れた。

 こんなふうに自らの意志で部屋の空気を入れかえるのは、いつぶりだろう。

 シモーネの仇を討てるかもしれないという、わずかな希望。そのわずかな希望が、立ち上がれなくなっていたエバイのえた心に筋肉をつけたのだ。バットチッカの進化した後ろ足のように。


「あんちゃん。俺に戦い方を教えてくれ! 俺もあんちゃんと一緒にシモーネと母さんの仕返しがしたい。だって、二人が死んだのは俺のせいだからさ……」

 センジはひそかに自分を責めていた。自分を助けたから母親は死んだ。自分を助けたからエバイはシモーネを助けられなかった。だから全部自分のせいなのだとセンジは言った。

 むろん、そんな事はない。センジには何ひとつ責任などない。しかし、エバイはセンジの真剣な思いを無下にはできなかった。


 センジとバットチッカはエバイの家で暮らす事になり、エバイは師となりセンジに戦術を教え始めた。

 家の前の、林へと続く広々とした草地で鍛錬に励むセンジを、エバイは眼光炯々けいけいと見守っていた。

 母から鍛えられていたセンジは幼いながらほどほどに体力があり、戦闘の基本もそこそこ身についていた。母親の血を受け継いでいるからなのだろう。人間との混血ブレンドとはいえまあまあスジが良く、運動神経もまずまず優れていた。

 だが……ほどほど、そこそこ、まあまあ、まずまずでは、全然まだまだと同じレベルだ。いくら体格のいい大人とはいえ素人の自警団じけいだん二人に簡単に連れて行かれるようでは話にならない。

 母からいろいろ習っていたのだろうが母は母でありあくまで母親だ。いかに有能な戦士だったとしても、小さな息子に本格的な訓練をさせるのは躊躇ちゅうちょしたに違いない。それを証拠に、センジはやたら甘ったれで「教えてくれ」と頼み込んだわりにはブーブーと文句が多く、厳しい特訓に疲れるとすぐにさぼろうとした。

 普通の子供といえばそうなのだが、センジは特に感情が豊かで喜怒哀楽を出しすぎる程にハッキリと出し、自分の気持ちに常に正直だった。

 エバイとは正反対だ。

 だからこそ、素直でありのままで奔放自在なセンジにエバイは困惑し、あっさり弟子として受け入れた自分が信じられなかった。


「あのチビとわしはよう似とると思わんかぁ!? 明朗快活の楽天家でよぉ~ ガ――ハッハッハッハッハッハ――!!」

 いきなりビルじいが後ろからエバイに抱きつき、高らかに笑った。「三度の飯より五度の酒」と明言するくらい大の酒好きであるビル爺は、酒ビン片手に朝っぱらからすでにホロ酔い状態だ。

「……だな。だから俺には扱いにくいんだよ。つうか、酒くせえなっっ」エバイはビル爺の腕を振りほどいた。

「事情は聞いたがよ。まさかお前さんが他人と屋根を共にするとはなぁ~ あのチビもコウモリも、シモーネ以来の快挙じゃねえのか……?」

 ビル爺はあえてシモーネの名を口にしたのだと読み、エバイはそのまま聞き流した。そこへ、ザクロばあがミートパイを包み込んだカゴを持ってやって来た。

「みんなおなかすいただろう? あったかいうちに召し上がれ」


 草地にあるテーブルとイスに集まり四人でパイを食べていると、家の窓からバットチッカが飛んで来た。バットチッカもセンジも、ザクロ婆の手づくりパイのとりこになったらしい。

 センジは、ビル爺とザクロ婆にすっかりなついていて、独り身の年寄り二人も、エバイと違って愛想が良く全力で慕ってくれるセンジを「孫ができたみたいだ」と可愛がった。
 
 
「あんちゃ……じゃねえ、師匠マスター! 一個いっこきいてもいいですかっ?」食べ終えるなり、センジがかしこまってエバイに問いかけた。

「普通にしゃべれよ。どうせ長続きしねえだろうからよ。で? ききてえことって?」

「あんちゃんにも、戦いを教えてくれたマスターはいたのか?」

「そんなことかよ。まあ……いるにはいたな。そのマスターのおかげで、俺はお前の年齢としにはもう、多勢相手に一人で軽く戦えたもんだぜ」

「およ? エバイ、サラッと自慢かぁ?」ビル爺は赤ら顔でニヤニヤと、エバイの腕をひじでつついた。

「マジでかっ!? あんちゃんはすっげえなぁ~ でもさ、そんだけつええのになんだってあんちゃんは『シェード』にならなかったんだ?」

「シェード? センジ、お前知ってるのか? シェードのこと……」エバイが問い返すと、センジは何やら誇らしげな顔になった。

「実は俺の母さんはシェードだったんだ。俺が生まれる前のことで母さんはあんまり話したがらなかったんだけどさ。それと、俺の幼なじみが最近スカウトされて孤児院から『シェード養成所』ってとこへ行っちまったらしいんだ。だからあんちゃんもスカウトされたことあったんじゃねえのかなぁ~って」

「シェードって、王家の警護をする、あのシェードかい?」ザクロ婆は呆気にとられた表情だ。ビル爺もあんぐり口をあけている。

「ははぁ~ん。チビ、お前さんシェードの子だったのかぁ」

 センジの母がシェードだったと知っても、エバイだけは別に驚きはしなかった。なんとなく、そうではないかと感じとっていたからだ。

「俺はシェードなんかに誘われたことねえし興味もねえ。それだけのこった」エバイはその場しのぎで適当に答えた。

「ヒョォ――――ッ! あんちゃんやっぱかっけえなっっ。俺もあんちゃんみたく戦えるよおにがんばるぜっっ!!」

 果汁1000%ジュースをガブガブと一気に飲み干しガッツポーズをとった後、センジは珍しく自主的に稽古に走って戻った。

「待つだよ、センジ! バッカも付き合うべ~!!」バットチッカは飛膜ひまくをバタつかせてセンジの後を追った。


「……エバイ。お前さん、センジにはちゃんと向き合っていろいろ話してやった方がいいんじゃねえのか? あいつはただのガキじゃねえ。シモーネとおんなじ、お前さんが気を許せる貴重な相手なんじゃろ?」

 駆けて行くセンジのあどけない後ろ姿を眺め、ビル爺は真顔で白目を曇らせた。酔っていてもビル爺は周りをよく見据えている。

「気を許してるワケじゃねえよ。俺は多分……」

「よしなよ、ビル爺。二人のことは二人に任せておけばいいのさ。私ら年寄りが口を挟むなんざヤボってもんだよ。エバイがこうして元気になってくれただけで私らは嬉しいんだからさ」ザクロ婆がニッコリほほ笑んだ。

 センジの母も、こんなふうに優しくほほ笑んでいたかったのだろうと、エバイは思った。彼女がシェード時代の事を話したがらなかったというのを、痛いほど理解できた。息子に本格的な訓練をさせなかったのもきっと、いざという時我が身をまもすべさえあれば、それ以上は必要ないと判断したのかもしれない。

 修羅の道を生きた者として、その道がいかにつらく残酷であるかを身をもって熟知しているからこそだ。

 エバイもそうだった。手も心も血にまみれて生きてきたのだ。


 *  *  *  *  *  *  *  


 エバイたち、芒星ぼうせい魔族が支配するグラム大陸。

 多種多様な鉱山を持ち、巨万の富と絶大な魔力で金甌きんおう無欠むけつを誇っているのが、ドリンガデス国、エングエーレ国、ゴッフェンズ国の三大国である。

 これらの大国にはそれぞれ特殊な戦闘のプロ集団が存在し、有名なのはドリンガデス国の「シェード」とエングエーレ国の「ウィード」だ。彼らは圧倒的なパワーと並外れた身体能力、絶妙なわざとバトルセンスを備えており、その大半が幼少の頃より厳しい訓練と審査を受け今日こんにちまで存続してきた。

 ドリンガデス国のシェードは、王族を護衛する「楯守じゅんしゅ」と、異種の魔族を仕留める「鉾狩ぼうしゅ」に分けられている。

 鉾狩シェードはもっぱら他属の狩人かりゅうどで、これに匹敵するのがエングエーレ国のウィードである。

 エバイは、「ウィード」と呼ばれる軍のミドル部隊に所属していた過去があり、ヴァンパイアハンターを主な任務としながら、暴力犯罪組織の壊滅や凶悪犯の捕縛にも従事してきた。今よりさらに若い身空でそんな最恐部隊で働いてきたのだ。

 だからこそ、苦悩する。

 シモーネが吸血鬼に命を奪われたのは、自身が受けるべき報いが最愛の者を失うという形となり、彼女を巻き添えにしてしまったのではないかと……
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