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師と弟子
「経緯」
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あの時、ヴァンパイア大陸で何があったのか、センジの話はエバイに明瞭に伝わった。
吸血鬼にさらわれ古城に連れて行かれたセンジは、三階の牢屋に閉じ込められていた。牢にしては日当たりが良く明るかったが、昼間が短いヴァンパイア大陸ではすぐに薄暗くなってしまい、誰も居ない暗澹とした牢で心細さをつのらせた。魔力で檻をぶち破り脱出しようと奮闘もしたが、幼いセンジの魔力ではどうにもならず、牢番にもひどくどやされた。
その牢番は数分後、バタリと倒れ込んだ。センジを助けに駆けつけた母が牢番を失神させたのだ。母はセンジを背負い疾風のごとき走りで下の階まで逃げようとしたが、哨兵らに見つかりあっという間に大勢の吸血鬼兵に囲まれてしまった。
敵は多勢のうえ、ヴァンパイアシールドの影響で力を存分に使えずセンジの母はかなりの苦戦を強いられたが、そんな劣勢においても彼女はたった一人で城に居た全ての兵を粉砕した。
エバイの読み通り、センジの母は戦士だった。それも相当な手練れだ。その彼女が、兵を全滅させたにもかかわらず、守るべき息子から離れた場所で力尽きていた理由とは……
「吸血魔族じゃない、別の魔族に襲われたんだ」センジは唇を噛み、震わせた。
「別の魔族?」エバイは眉根を寄せた。
「死霊魔族だべ」横から、バットチッカが答えた。
センジはうなずき、話を続けた。エバイはますます熱心に耳を傾けた。
センジ母子が二階へ下りると、おびただしい数の死霊魔族が一階からゾロゾロと上がって来た。
彼らは一度死んでいる。身体が腐敗しかかった極めて醜怪な魔族だ。
足を引きずって歩いているが動きは意外に速く、一度噛みついたら決して離さない。何より、腕の力が半端なく強い。
一階へ下りる階段は死霊魔族でふさがれ、母子は二階の大広間へと押し込まれる形となった。死霊魔族も押し合いへし合い広間へ入って来た。
さすがにセンジの母は疲労困憊していた。それでも彼女はひたすらセンジを守り続け、センジも魔力で剣を出し母の背中で戦った。戦っても戦っても死霊魔族は絶えることなく次から次に襲って来た。そして……
「死霊魔族らが俺を母さんから引き離して、母さんは俺を取り返すために……母さん一人なら逃げきることができたのに……」センジはうつむき、黙り込んだ。
「吸血魔族が死者をよみがえらせ兵にしてるって噂は、本当だったのか……」エバイははらわたが煮え返った。
「センジ、大丈夫だか……?」バットチッカはうつむいたセンジの肩へ飛び移り、寄り添った。
こういう時、どう対応するのが正解なのかエバイには分からなかった。とりあえず、昨日ザクロ婆が勝手に置いていったアップルパイを差し出してみた。
「食うか?」
「え……? パ、パイだっっ!! いいのか!? ここに来るまでロクに食べてなかったんだ!! バットチッカ、お前も腹へってるだろ!? 食べよおぜ!!」センジはすぐに顔を上げ、空腹の子供らしい無邪気な反応でパイにがっついた。
「チッ、しゃあねえべな。食ってやってもいいべ?」バットチッカは飛膜になっている前足でセンジがちぎったパイをひと切れ抱え込み、ムシャムシャと食べ始めた。
「で? 死霊魔族らはどうしたんだ? 俺が広間に入った時には、お前と母親だけが転がってたけどよ」みるみる減っていくパイを眺めつつ、エバイはきいた。
「デリカシーがないべ、エバイ。こっからはバッカが話すだよ。これ以上センジに話させるのは酷だべよ」バットチッカが言った。
ここへきていきなりエバイを呼び捨てだ。そしてどうやら、バットチッカの一人称は自分の名前を略した「バッカ」らしい。
「平気だよ、バットチッカ。俺ちゃんと話せるからよ!」パイをペロリとたいらげ、センジは言いきった。
「母さんがやられて、死霊魔族らに殺されそおになってた俺を、バットチッカがすんげえスピードで飛んで来て助けてくれたんだ」
「助けるって、どうやってだよ」
「超音波だべ。死霊魔族らの苦手な音波で撃退したんだべよ」
「言ったろ? バットチッカはいろんな能力があるんだよ!」
「バッカの超音波で死霊魔族らが退散した後、センジが倒れちまってよ。母子そろって救い出す方法を考えてる最中にエバイ、おめえさが城に乗り込んで来たんだ。バッカはとっさにセンジのポケットにもぐり込み身を丸めて様子をうかがってたんだべ。おめえさが敵か味方か不明だったでな。だども、すまねえな、エバイ。おめえさはセンジのためにそんな目にあったってのにバッカはなんもしてやれなくてよ」
バットチッカの視線はエバイののど元に向けられた。エバイののどには、吸血鬼の残存兵に噛みつかれた際の大きな傷痕がある。現在でも傷痕がうずく度に、全身の血を奪われていくあの言いようのない不快な感覚が呼び起こされる。同時に、自分の無力さと悔しさを改めて痛感し、怒りがふつふつと込み上げてくる。
「……それはいい。お前はコウモリだ。吸血魔族の手下なんだからなんもできなくて当然だ。それより、その手下のお前がなんだってセンジを助けたんだ?」
「それは……深い、深~いワケがあるだよ。ま、おいおい話すだでよ」今しがたまでベラベラ饒舌だったバットチッカが急に口を濁した。
「じゃあ俺の居場所が分かったのは? 別の能力でもあんのか?」
「超音波だべ」
「はあ? またかぁ!? 超音波で遠く離れた俺の居場所まで分かるワケねえだろっ」
「バッカの超音波は並大抵じゃないべよ。一度記憶した波動なら、超音波でどこまでもたどることが可能なんだべさ。エバイが一度通ったとこならエバイの波動の余韻が残る。その微々たる余韻をたどって追って来たんだべ。なめんなよ」
「マ、マジか……!? 執念だな……」驚愕を上回り、エバイはバットチッカの能力に一瞬ゾッとした。
「むろん、ある程度の時間が経てば残された波動も完全に消えちまうで急がなきゃならねえんだがな」
「けど妙だな。あん時お前はずっとセンジのポケットにもぐってたんだろ? いつ俺の波動とやらを覚えたんだよ」
「エバイとセンジが病室に並んで寝てる時だべよ。昏睡状態でもおめえさの波動はまあまあ濃かったで、生命力のたくましい奴だと感心したもんだべ」
「病室に並んで……」
――そうだ。エバイが病室で意識を取り戻した時、看護婦が教えてくれた。助けた少年は一緒に病室で寝ていたが、軽傷だったので早い段階で無事退院したという事を。それを聞いてエバイはホッとしたものだ。だが、気になるのは謎のマント男だ。男はエバイとセンジを病院に預けた直後、姿を消したらしいのだ。
「センジ、バットチッカ。お前ら、氷海で吸血鬼どもを殲滅したマントの男を知ってるか? 俺たちの命の恩人だ」
センジとバットチッカは首を横に振った。
「分からねえべ。バッカがポケットから出たのは二人が病室で寝てる時だったでな。だどもよ、声なら聞いたべ? 男がおめえさ達二人を病院に預ける時に、少しだけな」
「俺も分からねえ。あの氷海でいっぺん目を覚ましたけど、すぐにまた眠っちまったからさ。次に目覚めた時は病室で……病院のみんな、運んでくれた男の人のこと知らないって言ってたし。それにさ、俺はあんちゃんが起きるまでそばに居たかったのに、大人にムリヤリ孤児院に連れてかれそおになっちまってさ。だから逃げ出して、バットチッカの能力に頼ってあんちゃんが居るこのカジユス地方までやって来たんだ」
「そうか……センジ、最後にひとついいか? お前がヴァンパイア大陸で城の牢へ連れて行かれた時、ホントに他には誰も居なかったのか?」
シモーネもどこかに囚われていたはずだ。エバイはきかずにはいられなかった。
「居なかったと思う。多分……あんちゃん、もしかしてシモーネって人のこと?」
「居なかったならいい。悪いな、つらいこと思い出させてよ」
冷静に徹するよう、エバイは胸の奥で必死に自分に言い聞かせた。
きいて何になるのだろう。なぜ、きかずにはいられなかったのだろう。無意味だ。もしセンジが「他に誰か居た」と思い返したとしても、それがシモーネだったとしても、今さらどうにもならないというのに……
シモーネの種はもう彼女の肉体を離れ、エバイの手にあるのだから――
「……エバイ。そのシモーネなんだけどよ。実は、シモーネの遺種をおめえさのマクラ元に置いたのはバッカなんだべよ」
あまりにも唐突に、バットチッカが切り出した。そしてもちろん、その言葉を耳にするやエバイは冷静など放り投げ、おさえていた感情をむき出しにした。
「どういうことだ、バットチッカ!! どこで!? どこでシモーネの種を……!?」
気が付くと、エバイは立ち上がりセンジの肩からバットチッカを乱暴につかみ取っていた。
「痛い痛い痛いっっ!! 痛いべよ――――!!」
バットチッカはこの世の終わりのような悲痛な叫び声を上げた。エバイはハッとしてバットチッカから手を放し、
「わ、悪い……つい……」ソファにダラリと腰を下ろした。
「に、握りつぶされるとこだったべ……」テーブルに這いつくばり、バットチッカはヒィヒィ言っている。
「だから言ったろ? あんちゃん怒らせたら痛い目みるってさ」
「怒らせてねえだっっ!!」
「バットチッカ、教えてくれ。シモーネの種をどこで手にしたんだ……!?」エバイはグッと拳を固めた。
「城下街の道端で拾ったんだべ。多分、上にある貴族らの城から持ち出されたんだろうが、どの城なのかは不明だべ。貴族に飼われてるコウモリが落としてったのかもしんねえ。あの辺りなら、伯爵クラスの城だろうとバッカはにらんでんだがよぉ」
「……伯爵?」
「んだ。吸血魔族の社会は多くの貴族たちが支配しているのはご存知だべな? 中でも伯爵級の吸血鬼は極上の血を喰らい、魔力にも種にもいっそう磨きをかけているだよ。その極上の血とやらが、人間と魔族の混血の血なんだわさ」
「ブレンドの……」エバイは、センジに目をやった。
「俺もバットチッカに聞いてビックリしたぜ。俺がさらわれたのも納得だよなぁ~」
「シモーネを連れ去ったのは伯爵の内の一人だろうべさ。つっても、伯爵はけっこう多いでしぼり込むのは大変だけどよ。それからエバイ、こっからが本題なんだけどよ……」
「本題……? 今の以上に重要な話があるのか?」
「あるんだべ。なめんなよ」
バットチッカが口にした本題とやらは、確かに重要で有意義な内容だった。
ヴァンパイア大陸に張り巡らされたエリアシールドを、己の寿命をけずる事なく打破する方法があるというのだ。
思いがけない二つの朗報に、エバイは全身がゾクゾクした。
「伯爵…… シールド打破……」
それらが事実なら、シモーネを拉致した吸血鬼を特定する事が可能なうえ、ヴァンパイア大陸でも本来の力を発揮して敵と対等に戦える。つまり、あきらめていたシモーネの仇討ちが出来るかもしれない。遺恨を晴らせるかもしれないのだ。
まさに悲壮淋漓、生きがいを見つけたような奇妙な高揚でエバイは鳥肌が立った。暗く閉ざされていた目の前が一気にパァッと光り、報復へとつながる道が開かれた。
こちら側でただくすぶっているだけの自分ではなくなったのだから――
吸血鬼にさらわれ古城に連れて行かれたセンジは、三階の牢屋に閉じ込められていた。牢にしては日当たりが良く明るかったが、昼間が短いヴァンパイア大陸ではすぐに薄暗くなってしまい、誰も居ない暗澹とした牢で心細さをつのらせた。魔力で檻をぶち破り脱出しようと奮闘もしたが、幼いセンジの魔力ではどうにもならず、牢番にもひどくどやされた。
その牢番は数分後、バタリと倒れ込んだ。センジを助けに駆けつけた母が牢番を失神させたのだ。母はセンジを背負い疾風のごとき走りで下の階まで逃げようとしたが、哨兵らに見つかりあっという間に大勢の吸血鬼兵に囲まれてしまった。
敵は多勢のうえ、ヴァンパイアシールドの影響で力を存分に使えずセンジの母はかなりの苦戦を強いられたが、そんな劣勢においても彼女はたった一人で城に居た全ての兵を粉砕した。
エバイの読み通り、センジの母は戦士だった。それも相当な手練れだ。その彼女が、兵を全滅させたにもかかわらず、守るべき息子から離れた場所で力尽きていた理由とは……
「吸血魔族じゃない、別の魔族に襲われたんだ」センジは唇を噛み、震わせた。
「別の魔族?」エバイは眉根を寄せた。
「死霊魔族だべ」横から、バットチッカが答えた。
センジはうなずき、話を続けた。エバイはますます熱心に耳を傾けた。
センジ母子が二階へ下りると、おびただしい数の死霊魔族が一階からゾロゾロと上がって来た。
彼らは一度死んでいる。身体が腐敗しかかった極めて醜怪な魔族だ。
足を引きずって歩いているが動きは意外に速く、一度噛みついたら決して離さない。何より、腕の力が半端なく強い。
一階へ下りる階段は死霊魔族でふさがれ、母子は二階の大広間へと押し込まれる形となった。死霊魔族も押し合いへし合い広間へ入って来た。
さすがにセンジの母は疲労困憊していた。それでも彼女はひたすらセンジを守り続け、センジも魔力で剣を出し母の背中で戦った。戦っても戦っても死霊魔族は絶えることなく次から次に襲って来た。そして……
「死霊魔族らが俺を母さんから引き離して、母さんは俺を取り返すために……母さん一人なら逃げきることができたのに……」センジはうつむき、黙り込んだ。
「吸血魔族が死者をよみがえらせ兵にしてるって噂は、本当だったのか……」エバイははらわたが煮え返った。
「センジ、大丈夫だか……?」バットチッカはうつむいたセンジの肩へ飛び移り、寄り添った。
こういう時、どう対応するのが正解なのかエバイには分からなかった。とりあえず、昨日ザクロ婆が勝手に置いていったアップルパイを差し出してみた。
「食うか?」
「え……? パ、パイだっっ!! いいのか!? ここに来るまでロクに食べてなかったんだ!! バットチッカ、お前も腹へってるだろ!? 食べよおぜ!!」センジはすぐに顔を上げ、空腹の子供らしい無邪気な反応でパイにがっついた。
「チッ、しゃあねえべな。食ってやってもいいべ?」バットチッカは飛膜になっている前足でセンジがちぎったパイをひと切れ抱え込み、ムシャムシャと食べ始めた。
「で? 死霊魔族らはどうしたんだ? 俺が広間に入った時には、お前と母親だけが転がってたけどよ」みるみる減っていくパイを眺めつつ、エバイはきいた。
「デリカシーがないべ、エバイ。こっからはバッカが話すだよ。これ以上センジに話させるのは酷だべよ」バットチッカが言った。
ここへきていきなりエバイを呼び捨てだ。そしてどうやら、バットチッカの一人称は自分の名前を略した「バッカ」らしい。
「平気だよ、バットチッカ。俺ちゃんと話せるからよ!」パイをペロリとたいらげ、センジは言いきった。
「母さんがやられて、死霊魔族らに殺されそおになってた俺を、バットチッカがすんげえスピードで飛んで来て助けてくれたんだ」
「助けるって、どうやってだよ」
「超音波だべ。死霊魔族らの苦手な音波で撃退したんだべよ」
「言ったろ? バットチッカはいろんな能力があるんだよ!」
「バッカの超音波で死霊魔族らが退散した後、センジが倒れちまってよ。母子そろって救い出す方法を考えてる最中にエバイ、おめえさが城に乗り込んで来たんだ。バッカはとっさにセンジのポケットにもぐり込み身を丸めて様子をうかがってたんだべ。おめえさが敵か味方か不明だったでな。だども、すまねえな、エバイ。おめえさはセンジのためにそんな目にあったってのにバッカはなんもしてやれなくてよ」
バットチッカの視線はエバイののど元に向けられた。エバイののどには、吸血鬼の残存兵に噛みつかれた際の大きな傷痕がある。現在でも傷痕がうずく度に、全身の血を奪われていくあの言いようのない不快な感覚が呼び起こされる。同時に、自分の無力さと悔しさを改めて痛感し、怒りがふつふつと込み上げてくる。
「……それはいい。お前はコウモリだ。吸血魔族の手下なんだからなんもできなくて当然だ。それより、その手下のお前がなんだってセンジを助けたんだ?」
「それは……深い、深~いワケがあるだよ。ま、おいおい話すだでよ」今しがたまでベラベラ饒舌だったバットチッカが急に口を濁した。
「じゃあ俺の居場所が分かったのは? 別の能力でもあんのか?」
「超音波だべ」
「はあ? またかぁ!? 超音波で遠く離れた俺の居場所まで分かるワケねえだろっ」
「バッカの超音波は並大抵じゃないべよ。一度記憶した波動なら、超音波でどこまでもたどることが可能なんだべさ。エバイが一度通ったとこならエバイの波動の余韻が残る。その微々たる余韻をたどって追って来たんだべ。なめんなよ」
「マ、マジか……!? 執念だな……」驚愕を上回り、エバイはバットチッカの能力に一瞬ゾッとした。
「むろん、ある程度の時間が経てば残された波動も完全に消えちまうで急がなきゃならねえんだがな」
「けど妙だな。あん時お前はずっとセンジのポケットにもぐってたんだろ? いつ俺の波動とやらを覚えたんだよ」
「エバイとセンジが病室に並んで寝てる時だべよ。昏睡状態でもおめえさの波動はまあまあ濃かったで、生命力のたくましい奴だと感心したもんだべ」
「病室に並んで……」
――そうだ。エバイが病室で意識を取り戻した時、看護婦が教えてくれた。助けた少年は一緒に病室で寝ていたが、軽傷だったので早い段階で無事退院したという事を。それを聞いてエバイはホッとしたものだ。だが、気になるのは謎のマント男だ。男はエバイとセンジを病院に預けた直後、姿を消したらしいのだ。
「センジ、バットチッカ。お前ら、氷海で吸血鬼どもを殲滅したマントの男を知ってるか? 俺たちの命の恩人だ」
センジとバットチッカは首を横に振った。
「分からねえべ。バッカがポケットから出たのは二人が病室で寝てる時だったでな。だどもよ、声なら聞いたべ? 男がおめえさ達二人を病院に預ける時に、少しだけな」
「俺も分からねえ。あの氷海でいっぺん目を覚ましたけど、すぐにまた眠っちまったからさ。次に目覚めた時は病室で……病院のみんな、運んでくれた男の人のこと知らないって言ってたし。それにさ、俺はあんちゃんが起きるまでそばに居たかったのに、大人にムリヤリ孤児院に連れてかれそおになっちまってさ。だから逃げ出して、バットチッカの能力に頼ってあんちゃんが居るこのカジユス地方までやって来たんだ」
「そうか……センジ、最後にひとついいか? お前がヴァンパイア大陸で城の牢へ連れて行かれた時、ホントに他には誰も居なかったのか?」
シモーネもどこかに囚われていたはずだ。エバイはきかずにはいられなかった。
「居なかったと思う。多分……あんちゃん、もしかしてシモーネって人のこと?」
「居なかったならいい。悪いな、つらいこと思い出させてよ」
冷静に徹するよう、エバイは胸の奥で必死に自分に言い聞かせた。
きいて何になるのだろう。なぜ、きかずにはいられなかったのだろう。無意味だ。もしセンジが「他に誰か居た」と思い返したとしても、それがシモーネだったとしても、今さらどうにもならないというのに……
シモーネの種はもう彼女の肉体を離れ、エバイの手にあるのだから――
「……エバイ。そのシモーネなんだけどよ。実は、シモーネの遺種をおめえさのマクラ元に置いたのはバッカなんだべよ」
あまりにも唐突に、バットチッカが切り出した。そしてもちろん、その言葉を耳にするやエバイは冷静など放り投げ、おさえていた感情をむき出しにした。
「どういうことだ、バットチッカ!! どこで!? どこでシモーネの種を……!?」
気が付くと、エバイは立ち上がりセンジの肩からバットチッカを乱暴につかみ取っていた。
「痛い痛い痛いっっ!! 痛いべよ――――!!」
バットチッカはこの世の終わりのような悲痛な叫び声を上げた。エバイはハッとしてバットチッカから手を放し、
「わ、悪い……つい……」ソファにダラリと腰を下ろした。
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「だから言ったろ? あんちゃん怒らせたら痛い目みるってさ」
「怒らせてねえだっっ!!」
「バットチッカ、教えてくれ。シモーネの種をどこで手にしたんだ……!?」エバイはグッと拳を固めた。
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「……伯爵?」
「んだ。吸血魔族の社会は多くの貴族たちが支配しているのはご存知だべな? 中でも伯爵級の吸血鬼は極上の血を喰らい、魔力にも種にもいっそう磨きをかけているだよ。その極上の血とやらが、人間と魔族の混血の血なんだわさ」
「ブレンドの……」エバイは、センジに目をやった。
「俺もバットチッカに聞いてビックリしたぜ。俺がさらわれたのも納得だよなぁ~」
「シモーネを連れ去ったのは伯爵の内の一人だろうべさ。つっても、伯爵はけっこう多いでしぼり込むのは大変だけどよ。それからエバイ、こっからが本題なんだけどよ……」
「本題……? 今の以上に重要な話があるのか?」
「あるんだべ。なめんなよ」
バットチッカが口にした本題とやらは、確かに重要で有意義な内容だった。
ヴァンパイア大陸に張り巡らされたエリアシールドを、己の寿命をけずる事なく打破する方法があるというのだ。
思いがけない二つの朗報に、エバイは全身がゾクゾクした。
「伯爵…… シールド打破……」
それらが事実なら、シモーネを拉致した吸血鬼を特定する事が可能なうえ、ヴァンパイア大陸でも本来の力を発揮して敵と対等に戦える。つまり、あきらめていたシモーネの仇討ちが出来るかもしれない。遺恨を晴らせるかもしれないのだ。
まさに悲壮淋漓、生きがいを見つけたような奇妙な高揚でエバイは鳥肌が立った。暗く閉ざされていた目の前が一気にパァッと光り、報復へとつながる道が開かれた。
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