ブレンド・ソウル

野鈴呼

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師と弟子

「偶然か、運命か」

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「お客さぁ~ん。飲みすぎですぜぇ。そろそろ店閉めるんでお代をちょうだいしたいんですがねぇ~」

「ゲッ。よく見りゃこいつ、まだ未成年ガキじゃねえかよっ。おいおい、金払えんのかぁ!?」

 店員らがわめき立てている。せっかく酔いつぶれる事ができたのに耳ざわりだと、エバイの鼓膜はイライラしくうずいていた。

「っせえな。払えば文句はねえだろうがよ」

 所持金全部をカウンターに叩きつけ、エバイは千鳥足で酒場を出た。足がもつれてからみ合い、何度もけつまずきながらヨタヨタと路地を進んで行く。

「どいつもこいつも、マヌケ面しやがって……」

 酔いで目が回り、歩行もままならず限界だ。エバイは持ちこたえられずに崩れ落ち、積み重ねられたコンテナBOXボックスにもたれかかるとそのまま爆睡した。


「……起きて。あんちゃん、起きろってばよ!」誰かに揺さぶられ、エバイは重くて仕方ないまぶたを上げた。

「あんちゃん、いつまでもこんなとこで寝てたら風邪ひいちまうよっっ」

「だ、誰……だ?」エバイは数回、まばたきをした。

 幼い少年が心配そうに、自分の身体を必死で揺さぶり声をかけている。

「ほら、早く起きろってば! こんなに濡れちゃって、ホントに風邪ひくからさ!!」

「濡れる?」

 眠っている間に雨が降ったのか、冷たくじめついたコンクリートの路上で、エバイはずぶ濡れになっていた。

 幼い少年の小さな手のぬくもりが、エバイの冷えきった肌にジワジワと伝わってくる。ところが、そこへ……

「こらっっ!! チビガキがっっ!! そんな所で何をしている!?」

「タチの悪いコソ泥めっっ!!」

 突然、自警団じけいだんの男が二人、少年に詰め寄って来た。小太りのポッチャリ男と、筋肉質なマッチョ男だ。

混血ブレンドの小僧!! 泥酔した客の金を盗もうとするとはとんでもねえ悪党だ!!」

「現行犯だな。よし、ついて来い!!」

 自警団の二人は、少年の脇をそれぞれ乱暴に抱え上げた。

「なにしやがるっ。俺は泥棒なんかじゃないっっ。このあんちゃんを起こしてやっただけだいっっ」

 少年は真実を訴えるが、男二人は少年の言う事などはなから信じてはいない。

「口から出まかせを……! お前たちブレンドのガキの言い訳なんぞ聞く耳は持たんぞ!!」

低俗ていぞくな種族の血が混じった欠点種けってんだねだからなぁ」

 欠点種――

 それは、純血の魔界人が他の種族の、特に人間の血を引く混血を卑しめて呼ぶ蔑称べっしょうだ。

「俺のたねは欠点なんかじゃないっ。俺はなにも悪いことなんかしてないんだ! バカにすんなよな!!」

 宙に浮いた足をジタバタさせて少年は抵抗したが、体格のいい大人の男二人が相手では力でかなうはずもない。

「ケッ、往生際の悪い。これだからブレンドはよぉ……」

はええとこ連行しようぜ」

 少年がどんなに声を上げても暴れまくっても、自警団の二人はムリヤリ少年を連れて行こうとしている。

 そんな理不尽を、エバイは面倒ながらも見過ごす事ができなかった。

「……クソッタレ」

 酔いのめきらぬ不安定な足どりで二人の男に背後から歩み寄り、エバイはまず先にポッチャリ男の肩に手を掛けた。

「おい……」

「ああ?」

 男が口をゆがめ振り向くと、その偏見に満ちた醜悪であぶらぎったギドギドの顔面をエバイは殴打した。

「グハッッ!!」

 手加減したつもりだったが、殴り飛ばされた男は一発で気を失い道端に転がった。鼻の骨が曲がり鼻血が流れ、口の中は血まみれになっている。

「ヒッ!! な、なんなんだ!? どうなってやがる!?」

 一瞬の出来事にマッチョ男は何が起こったのか理解できていないようだ。少年からとっさに手を放し、ひどくうろたえている。

「一度しか言わねえ。相方そいつを連れてとっとと失せろ」エバイは男をねめつけた。

「お前……コソ泥のガキの仲間か!?」

「コソ泥じゃねえ。そのチビは俺を起こしていただけだ。本人がそう言ったよな?」男の胸ぐらをつかみ、筋肉質な重量ある身体をエバイは片手で持ち上げた。

「ガ、ガキのくせになんて力だ! 放せっっ! お前も連行するぞっ!!」

 男は負けじと、宙ぶらりんの状態でエバイの頭を両腕でガッチリと挟み込んだ。腕からやたら熱いエネルギーを発している。どうやら魔力でエバイの頭をつぶそうとしているらしい。

「チッ、うぜえな……」

 エバイは男の胸ぐらから手を放した。放すと同時に頭を挟まれたままで勢いよくバク転し、男の両腕を蹴り払いあごを高く蹴り上げ、跳躍するや硬く鋭いけんを男のほおに連打であびせ続けた。

「ゴアアアッッ!! アアアッッ!! ゴフッ……」

 男の叫喚がうめき声になり、うめき声すらも出せなくなり白目をむいて気絶した頃、息をのんで見上げていた少年の唖然とした表情にエバイは気づき、拳を止めた。

「チビの手前、教育上よろしくなかったか? だいぶ加減してやってんだけどなぁ。加減て難しいわ」

 エバイが攻撃を止め地上へ下りた直後、もはや顔の原型をとどめていないマッチョ男がポッチャリ男の太鼓腹にズボッッ!! と落下し、バウンドした。


「ふぅ……きついな」

 これが二日酔いというものなのか、頭がひどくガンガンする。エバイは、建物の外壁に手を突いて息を吐いた。

「あんちゃん……大丈夫か?」少年はエバイに寄り添い、シャツのそでを引っぱった。

「あ? ああ……悪酔いしちまっただけだ。お前はどうなんだ? ケガはねえか?」

「あんくらい平気だよ。腕がちょっと痛かっただけだいっっ」自警団の二人につかまれ赤くなった痩せっぽっちの腕を出し、少年はニカッと前歯を見せた。

「早く帰れよ、チビ。こんな朝早くから外出なんかして、親が捜してるだろうぜ」

「親はもお居ないよ。俺は一人なんだ。『みなしご』ってやつ? 母さんが死んじまって、最近デビューしたばっかなんだけどな」少年は、屈託のない笑顔でサラリと言った。

「孤児院で暮らしてるのか?」

「ううん、野宿だよ。孤児院に連れてかれるのがイヤで逃げ出したんだ。好きな時に好きなとこで寝る方が気楽でいいからさ。時々さっきの連中みたいに、ブレンドに意地の悪い大人に追い払われることもあるんだけどさ」

 よく観察すると、少年の手はガサガサに乾燥してヒビ割れている。髪も肌も着ている服も黒ずんでおり、靴もボロボロでサイズが合っていないのか先が破けて指が出てしまっている。

 エバイは、恵まれない日々にも負けず明るい笑顔をつくる少年のあどけない瞳の中に、何者にも汚せないであろう純粋な根強さを見てとった。

「……お前、名前は……?」

「俺か? 俺はセンジ、センジだよ!!」

 少年が告げた名に、エバイは愕然とした。ヴァンパイア大陸で助けた少年と同じ名前だったからだ。思わず少年の姿を再度、確認する。

「ま、間違いねえ。お前……あん時の!?」

 薄汚れて黒ずんでいるが、少年の髪はオレンジ色だ。まっすぐ見つめてくる目もオレンジ色で、決死の氷海で最後に見た時のままの鮮やかさだった。

 なんという偶然だろう。いや、運命なのかもしれない。

 これが、悪夢のヴァンパイア大陸からの脱出劇を共にした、幼い少年センジとの再会だった。


 †    †    †    †    †    †    †    †    †


 ドリンガデス国、カジユス地方にある緑豊かなミナッタ村。

 あちらこちらにカラフルな果実が実る果樹園だらけの平和なこの村に、エバイの家がある。

 開けた草地に建つ丸太づくりの二軒の家屋。二階建てはエバイの家で、少し離れた隣りの平屋ひらやはザクロばあの家だ。


 エバイは、再会した少年センジに介抱されながら自宅に帰った。

「へえ~、あんちゃんいいとこ住んでんだなっ。あんちゃんの家族も一緒か?」

「んなもん、いねえよ。生まれてこの方、家族なんか持った時……」言い途中で口を閉ざし、エバイはしめった服のままソファに仰臥ぎょうがした。

「じゃあ一人で住んでんのか? そおいえば……なんか寂しい感じだね」殺風景と言いたいのか、センジは部屋をキョロキョロと見回し眉を八の字にした。

「あんちゃんはここで生まれてここで育ったのか?」

「いや……この家こいつは俺が建てたんだよ」

「え――っっ!! ホントに!? あんちゃん一人で!? すっげえじゃん!! あんちゃん器用なんだなっっ!!」

 センジはエバイの腹にまたがるように乗っかり子供特有のカン高い声を上げた。

「ウエッッ。いきなり乗っかってくんじゃねえよっ。吐いちまうだろがっっ」

「吐いちゃいなよ」

「バカかっっ。こんなとこで吐いたりしたら」

「哀しいこと、あるんだろ?」エバイの言葉をさえぎり、センジがまた、眉を八の字にした。

「な……に?」

「哀しくてたまんねえからあんなとこでびしょ濡れで寝てたんだろ? あんちゃん寝言でなんべんも言ってたよ? 『ごめん、シモーネ』ってさ」

「チビ、てめえ……!!」エバイは起き上がり、センジを押しのけた。

 センジはエバイの横にちょこっと腰をかけた。

「シモーネって誰? 姉妹きょうだい? あ、家族はいないんだっけ? そいじゃ友達? 幼なじみ? 俺にもいるよ? 幼なじみの女の子がさ」

「うっせえな。ちっと黙ってろよ」

 遠慮なく人の心に踏み込んでくるセンジが、エバイはわずらわしかった。この手の子供は大嫌いだ。それなのに、なぜかセンジを突き放す事ができずにいた。突き放すどころか、こんなふうに誰かと話す気になったのは久しぶりだ。

「チビ、お前……なんで酒場の近くなんかに居たんだ?」

「チビじゃなくてセンジだよっ。なんでって……えっと、実はさぁ~、俺はあれからずっとあんちゃんを捜してて、やっとここまでたどり着いたんだよね」

「あ? デタラメ言ってんじゃねえぞ。俺の居場所がお前に分かるワケねえだろ」

「ヘヘッ。分かるんだよなぁ~ 俺には“こいつ”がついてるからよっっ」センジは再びニカッと歯を見せると、ズボンのポケットから灰色の玉を取り出した。ピンポン玉サイズの玉だ。

「なんだ? その汚ねえ玉……」エバイはいぶかしげに玉を注視した。

「もおいいぞ、バットチッカ! 待たせたなっ」センジは玉に呼びかけた。すると次の瞬間、なんと灰色の玉は小型のコウモリに姿を変えた。

「はあっっ!?」驚いたエバイは思わず身を乗り出した。

 コウモリは威嚇するように飛膜ひまくを広げてテーブルに立ち、生意気な目つきでエバイをガン見している。

「ビックリしたろ? こいつはバットチッカ。ヴァンパイア大陸からついて来た俺の相棒なんだ!」

「ヴァンパイア大陸からって……あん時そんなコウモリなんかどこにも居なかったはずだ」

「今みたくポケットに隠れてたんだよっ。バットチッカは普通のコウモリじゃねえ。すげえんだぜ! いろんな能力が使えるししゃべることだって出来るんだ!」センジはまるで、我が事のように得意げだ。

「確かにすげえな。コウモリが突っ立ってるなんてよ……」
 
 バットチッカの後ろ足には筋肉がしっかりついている。センジが言うように普通のコウモリではなさそうだ。垂れ耳で、顔にはコウモリらしくないピンクの丸いブチもある。

「ほれ、バットチッカ。ガン飛ばしてねえであんちゃんにあいさつしろ」センジが言うと、

「ぶら下がってるだけがコウモリじゃねえべ」と、バットチッカが唐突に声を出した。可愛いのか可愛くないのか、微妙な声だ。

「簡単に立てれるようになったと思うなよ。来る日も来る日も鍛えて鍛えて鍛え上げて、血のにじむ努力の結果こうして進化したんだべ。なめんな、こら」しゃべりは見た目を裏切らず、かなり生意気だ。

「あんちゃんになんて口きいてんだ。あやまれ、バットチッカ。でないとバク転で蹴り上げられて空中でボコられちまうぞ?」

 エバイはギョッとした。やはりお子さまの教育上よろしくなかったようだ。が、やってしまった事はしょうがない。それより今は、バットチッカなるこのコウモリが気になっていた。おかげで一気に酔いが醒め、二日酔いの頭痛もどこかに吹き飛んでいた。

「あんちゃん、かんにんな。こいつ口はわりいけどマジいい奴なんだ。俺のこと助けてくれたしよ」

「チビ……じゃねえ、センジ。なんで俺の居場所が分かったのか、これまでのこともまとめて説明しろ」

 ニカニカ満面の笑みのセンジと、ジロジロにらみつけてくるバットチッカ。突如現れた一人と一匹にエバイは戸惑い、大いに興味を抱いた。
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