ブレンド・ソウル

野鈴呼

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師と弟子

「最愛なる者」

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たね」――それは、形ある魂だ。
 
 魔族の血を受け継ぐ者はみな、「種」を生まれ持っている。多角形のきらめく「種」は宝石のごとくまばゆい光沢があり、その色は各自それぞれ違っていて持ち主の目と髪に反映している。


 *  *  *  *  *  *  *


 日が短く、極端に夜が長いヴァンパイア大陸。

 吸血魔族の領域だ。

 芒星ぼうせい魔族の少年、エバイは、凍てついた夜の荒蕪こうぶ地を灰白色かいはくしょく魔馬まばに乗り猛スピードで駆け抜けて行く。

 魔馬とは、魔界の馬の中でもずばぬけた馬格ばかくと走力を持つ一等馬だ。エバイは、少年らしい線の細さを残しながらも鍛えられた身体で難なく魔馬を乗りこなす。

 後ろから吸血鬼の兵が飛膜ひまくを広げて夜空を飛び交い、鋭い牙と爪をむき出しにしてぐんぐんと追いついて来た。

 エバイは魔力で手にソードを出現させ、襲いかかる吸血鬼たちを次々に斬殺していく。物心ついた時から戦闘の訓練を受けて育ったエバイには決して過酷な事ではない。
 
 が、そこは完全に敵のテリトリーだ。ヴァンパイアシールドがさまたげとなり魔力を十分に使えないうえ、吸血鬼の兵は増えていく一方で斬っても斬ってもキリがない。エバイは魔馬のスピードをさらに上げて驀進ばくしんし、吸血鬼らを振り切った。


 †    †    †    †    †    †    †    †    †


「シモーネ、待ってろよ!! 必ず助けてやる!!」

 最愛の彼女が吸血魔族に連れさらわれ、エバイは一人、ヴァンパイア大陸に乗り込んで来た。

 拉致された者が連れて行かれるという、廃墟と化した古城。そこまでたどり着いたエバイは、城域に建ち並ぶ塔と塔の間に魔馬を隠し、周囲を警戒しつつ仄暗い城の屋内へ足を踏み入れた。

 踏み入れるなり視界に飛び込んできた空闊くうかつなホールは不気味なほど静まり返っており、ホールにも廊下にも階段にも、どこにも見張りの兵が見当たらない。警戒を強めつつ階段を駆け上がると開放された大扉があり、室内なかは何もない大広間になっていた。

「あれは……!?」

 がらんどうな広間の中央に、見知らぬ女が倒れ伏している。吸血魔族ではないようだ。罠かもしれない。でも違うかもしれない。いずれにせよ放っておく訳にもいかず、エバイは女の元へ駆け寄った。

「おい! 大丈夫か!?」剣を消滅させ、女の頭を支えて上半身をそっと起こした。かすかではあるが、まだ息がある。

「しっかりしろ!! アンタもさらわれたクチか!?」エバイは呼びかけた。

「……センジ……」女はうっすらと目を開きつぶやいた。

「センジ?」エバイが広間を見回すと、はしにある柱の陰にオレンジ色の何かが見えた。

「オレンジ色の……髪? 人なのか!?」よくよく目を凝らすと、柱の陰で幼い少年が倒れている。ピクッと動いており、生きているのが確認できた。

「お願い……あの子を……センジを、助けて……」弱々しい呼吸で、女はエバイに懇望こんもうする。

 しかし、窓の外を見やると、吸血鬼兵の大群がどんどんこちらに迫って来ていた。

「クソッ、いちかばちか……!!」

 考えている時間はない。とりあえず一人ずつ外へ連れ出し、魔馬に乗せて縛りつけるしかない。エバイは女を抱き上げようとした。ところが、女はいきなりエバイを少年の方へ思いきり突き飛ばし、ヨロヨロと自力で立ち上がった。

「な、なんだよ!?」

「……行って……早く……!!」肩で大きく息をしながら、女は窓の前に立ち身構えた。

 立っているだけでやっとであろう。立ち上がれた事自体が奇跡だ。それでも、窓に向かって身構える女の背中に、エバイは瀕死の状態とは思えない程の熱いオーラと、彼女の決死の覚悟を感じた。この女は、ただの女ではない。自分同様、戦士なのだとエバイは悟った。

「私は、もうムリ……どうか、センジを、息子を……心から、愛してると……伝え……」

 息も絶えだえに女が一瞬振り返ると、彼女の体内から琥珀こはく色に輝く「種」がスッと現われ出た。

 女の魂、種がいっそう強く輝いた刹那せつな、太陽のごとくまばゆい光りが窓や壁を突き抜け、ヴァンパイアシールドを破り夜空一面を強烈に照らした。
 
「ギャアァァァ――――!!!!」

 迫っていた吸血鬼らはこぞって飛膜で顔を覆い、耳に不快な悲鳴を上げる。

 女は、最期の力を出し尽くして絶命した。命と引きかえにしてこそ出せる極限を超えた魔力で、幼い息子を守ったのだ。

 彼女の死をムダにする訳にはいかない。

 光りが空を支配している間に、エバイはグッタリした少年を肩にかついで階段を駆け下り、全速力で外へ出た。少年をかついだまま魔馬に飛び乗るや片手で手綱を握りしめ、ただただ前だけを見てひたすら突き進み、自分が越えて来た氷海を目指した。

「もう少しだっ! 辛抱しろよ!!」

 氷海の向こうはエバイたち芒星魔族の領域、グラム大陸だ。ヴァンパイア大陸とグラム大陸の境界線となる氷海にはヴァンパイアシールドはなく、魔力を最大限に発揮できる。

 光りをかわした吸血鬼の残存兵が追って来ても、なんの障害もなく戦える。敵を全滅させ少年を安全な場所へ避難させたら、次こそはシモーネを救いに自分はもう一度引き返そうと、エバイはとにかく急いだ。

 ところが、残存兵の猛追は想像以上にすさまじく、氷海へ出たばかりの所でエバイたちを取り囲み、幼い少年のか細い首に喰らいつこうとした。エバイはとっさに肩から少年を下ろし片脇に挟み込んだが、少年の小さな身体は脇のすき間からスルッとすべり落ちてしまった。

「しまった!!」

 落馬したかと思いきや、幸いな事にサスペンダーが馬具に引っかかり、少年は宙ぶらりんになっていた。エバイはすぐさま魔馬の走りを止めて少年を引き上げた。

 吸血鬼らがいったん上昇したわずかなすきを狙い、エバイは片腕に少年を抱えたまま、手綱を放したもう片方の手に再度剣を出現させた。



 だがその直後、エバイは予想だにしない絶体絶命のピンチにみまわれた。空から急降下して来る吸血鬼らを見上げたその時、突然何者かが魔馬の下から少年の足をつかみとんでもない力で引きずり下ろしたのだ。

「なっ!?」

 エバイも引っぱられ、その衝撃で大きくバランスを崩した。と同時に、猛烈な速度で降下して来た吸血鬼が大口をあけ、容赦なくエバイののど元に牙を突き立てて噛みついた。

「グッッ!!」

 深く刺さった無数の牙の痛みと、流れるはずの血が流れずに吸われている嫌悪感。

 それでもエバイは、こんな状況でも少年を目で追い彼を守りきる事を考えていた。

 少年を引きずり下ろして捕まえた吸血鬼は飛び立とうとしている。おそらく魔馬の腹の下にひそんでいたのだろう。

 エバイは刺さった牙や血を吸われる苦痛より、自分の油断と無力のせいで少年を奪われてしまった現況がたまらなくつらかった。情けなかった。

「わ、渡して、たまるか……」

 思いとは裏腹に、無情にもエバイの意識は遠のいていく。全身の血液を飲み干されるこの感覚は、多分、死んでも忘れないだろう。

 そんな中、エバイの薄れゆく視界に、氷海の彼方からこちらに向かい駆けて来る一頭の魔馬と、その魔馬にまたがっている人影が映り込んだ。黒いマントをかぶった大人の男のようだ。

(誰……だ……?)

 マント男を乗せた魔馬は恐るべき勢いで近づいて来る。エバイがぼんやり眺めるうち、気が付くともうすぐそばまでやって来ていた。

 謎の男は手に剣を出すやそれを長く伸ばし、吸血鬼らをいっせいに薙ぎ払った。そして、圧倒的な戦闘力で数秒も経たぬ間に造作なく残存兵らを殲滅せんめつした。なんという桁外れのパワー、巧みな剣さばきなのだろう。

「これで……シモーネを助けに、行け……る」

 だが、エバイは限界を迎えていた。

 身体が前に倒れ魔馬から落下するところ、力強くも優しく、謎のマント男に受け止められた。

 吸血鬼から解放された幼ない少年は氷上に横たわっており、この時ようやく、彼はゆっくりと薄目をあけていた。髪の色と同じ、ひと目で印象に刻まれる鮮やかなオレンジ色の目だ。

 エバイは安堵しつつ、男から身を離そうとした。だが、自分の身体でありながらそうではないみたいに、手も足も何もかも、まるで言う事をきかない。そのうえ、まぶたが自然と下りてくる。

「……モーネ……」

 ――その後の事は、エバイはいっさい覚えていない。完全に目にフタをしたまぶたの裏に浮かんだ、シモーネのほほ笑み以外は何ひとつ……


 †    †    †    †    †    †    †    †    †


 長い、長い、悪夢をみていたような気がする。

 夢だったらどんなにいいだろう。目覚めればそこに、シモーネの後ろ姿が、振り向く笑顔があったなら……

 あるのは、エバイが病室で意識を取り戻した際マクラ元に置かれていた、亡きシモーネの魂「遺種いだね」だった。

 あのヴァンパイア大陸のどこから、誰がどうやって持って来たのだろう。病院のスタッフは全員知らなかった。エバイ自身、虚無きょむ感に押しつぶされ思考力などなくなっていた。


 奇跡的に生還し、一命をとりとめたエバイのそれからの日々は荒涼こうりょうとしていた。

 シモーネと出会うまでの人生は殺伐としていたものだ。だから単に、元に戻っただけなのかもしれない。あるいは、彼女と過ごした日々の方こそ、穏やかすぎて刺激のないバカげた悪夢だったのかも……

 そう思う事で幾ばくかは楽になれる……なりたかった。


 それはそうと、いつの時代もお節介な者や面倒見の良い者は必ずどこにでも居るものだ。

 エバイにとっては、隣人のザクロばあと駅員のビルじいがそのたぐいだ。二人は何かとエバイを気にかけ、頼んでもいないのに様子をうかがいにやって来た。


 喪失感を背負いエバイが帰宅した時、魔馬から下りるなり何もきかずに黙ってハグしてくれたのはザクロ婆だった。

 なかなか帰って来ないエバイを心配し、各地方のあらゆる駅員仲間に連絡をとり毎日捜してくれていたのはビル爺だ。

 シモーネを助けられなかった自責の念、シモーネを失くした哀しみ、シモーネを奪った吸血鬼らに対する憎しみ、それらの感情がごちゃ混ぜになり、エバイの目から生まれて初めてしょっぱい水がこぼれ落ちた時にも、寄り添っていたのは二人だった。

 涙など、弱い者が出す弱さの象徴だと思っていた。そんなエバイに、ビル爺は言った。

「そうじゃねえ、エバイ。そうじゃねえんだ。そいつは強さの象徴なんじゃぞ? お前さんの中にある自責も、どんな哀しみや憎しみも、全部受け入れて前進するためのかてとなる強さなんじゃ」と……


わりいな、じいさん。人生初であんだけ泣いても前進するなんざムリだわ……」

 自宅でくさっていては、また二人が余計な世話を焼いてくる。エバイは場末ばすえの酒場へ足を運んだ。店内は薄暗く、酒乱の男だらけで客層が悪い。飲んだくれた野郎どもに紛れていれば、自分が少年だと気づかれる事もないだろう。

 エバイは誰にもジャマされずに、一分一秒をどうでもいい時間にしたかった――
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