ブレンド・ソウル

野鈴呼

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人間界・其の壱

「家族」

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 入浴後、ロンヤがリビングに戻って来た。

「シルクちゃん? どうかしたの……?」

 ソファに横たわるシルクを前にロンヤは戸惑っている。エバイが事情を説明すると、ロンヤはますます戸惑っていた。ムリもない。センジも脳内がとっ散らかったままだ。収拾がつかない。

 シルクの身体に毛布を掛け、男子三人とコウモリ一匹は三階のバルコニーへ上がった。

「ソラの奴、シルクのピンチでもねえのになんで現れたんだ? 晩飯ばんめし食って団欒してただけなのによ」

 センジが首をひねると、エバイはある可能性を口にした。

「平和な日々が長すぎて、自分の出番がねえことにあせったのかもしれねえな。主の人格を守るために現れるってこれまでのルーティンが崩れてきてんじゃねえのか? でないと、主人格に拒否られてケンカになったりしねえだろ」

「それってつまり、ソラの自我がシルクを上回ろうとしてんのか? マジでシルクを乗っとろうとしてんのかよっ?」

「ソラちゃんて子が、シルクちゃんの状況に関係なく、その、なんてゆうか、勝手に出てくるようになったってこと……?」

 それぞれが口々に言い、深刻な空気がただよっていた。昨日のこの時間は、よもやこんな事で話し合うなど予想もしていなかった。

「これからどうする? アニキ、シルクとラズをおんなじ部屋にしといていいのかよ」

「それな」エバイも悩んでいた。が、バットチッカは違っていた。

「ソラって娘っ子、確かに生意気感はいなめねえがそこまで危険な存在じゃあねえだべよ。さっき出没したのも多分、なんだかんだシルクのためだったんじゃねえだか?」

「はあっ? 全然そんな感じじゃなかったぞ!」センジはソラの態度を思い返し、不愉快さをあらわにした。

「素直じゃねえタイプの人格なんだべよ。バッカの見解だけどよ。『シルクを追い出さない方がいい』っつったソラの忠告。あれは今回ソラが現れた一番の目的で、シルクの居場所を守ってやりたかっただけなんだべさ」

「だとしたら、ずいぶんとまわりくどいな」

「おいおい、バットチッカ。てめえやたらソラのカタ持ちやがって。あいつのまわし者じゃねえだろなっ」

「センジは黙ってるだ。そりゃ、これからどんくれえの間隔でソラが出ばってくるかは不明だがよ。当面部屋はそのまんまでもいいんじゃねえだか?」

「自分も、その方がいいかと……ラズちゃんも、シルクちゃんのこと、あんなに大好きだし……」ロンヤがさりげなくバットチッカに同意した。

 ロンヤはソラに会ってはいないが、シルクと部屋を離すのはラズベリーが可哀想で意見したのだろう。

「……そうだな」エバイは重い返事をした。

 その夜はバットチッカがひと晩中不寝ねずの番をしたが、シルクは変わりなくぐっすりと熟睡したようで、目覚めた時も“シルク”だった。


 休日の朝。不寝の番をしていたバットチッカ以外の家族全員が妙に改まり、リビングに集結した。みな、シルクに懇請こんせいされて集まったのだ。

「なになになになにぃ~? ルクちゃんどおしたのぉ?」

 ラズベリーはソファでお尻をバウンドさせ何やらワクワクしている。センジはシルクの前のソファに座り、エバイは少し離れたカウンターのスツールに腰をかけた。ロンヤはというと、起きるのが遅いのに加えいつものスローペースで、いまだ食卓で朝食をとっている。

「ロンヤさん、食事中なのにごめんなさい。終わるの待ってはいたんだけど……」シルクは申し訳なさそうに肩をすくめた。

「あ、ううん。自分のことなら、気にしないで」

「そうだよ、シルク。ロンヤを待ってたら俺たち全員ヨボヨボになっちまうぜ」

「ぼくは一番若いからヨボヨボになんかならないよっっ」

「いいから早く始めろよ。話があるんだろ」

 エバイが言うと、シルクはカチコチに緊張して、いっそう肩をすくめた。

「は、はいっ。今朝こうして皆さんに突然お時間いただいたのは……」

 シルクがあまりに固まっているので、ラズベリーは隣りでキャハキャハ笑っている。それがシルクの緊張をほぐしたようで、肩の力を抜くと、言いにくそうではあるものの静かに切り出した。

「実は私、思い出したことがあって……皆さんすでにご存知かもしれませんが、私の中にはもう一人、別の私が生きています」

 のっけからシルクがそう打ち明けたので、騒がしかったラズベリーがおとなしくなった。ラズベリーはキョトンとしてシルクの横顔を熟視している。

「私、この家に来た頃は自分が何者なのかも分からず、不安でたまりませんでした。でも、皆さんとの生活に慣れるとだんだんそんなことどうでも良くなって、ラズちゃんといろんなお料理試してみるのもとっても楽しくて……だけど、そんな私に現実を突きつけるみたいに、おとといの夜夢をみたんです。すごく怖くてリアルな夢……」ひざの上で、シルクは両手をキュッと握りしめた。

「ぼくもルクちゃんとおんなじ、おとといの夜怖い夢みたよ? でもね、夢は夢だよ? 現実じゃないよっ」ラズベリーは小さな手を、握りしめたシルクの手の上に乗せた。

「ありがとう、ラズちゃん。そうだったら良かったけど、私がみたのは実際にあったことだったの。おぞましい、死霊魔族たちの夢……」

 
 死霊魔族。

 それを耳にするや、センジは全身血の気が引き目の前が瞬時に真っ白になった。とたんに思考が停止し、ひたいには冷や汗がにじみ出た。

 幼い頃の自分と最愛の母を襲った、あのいまいましい死霊魔族がシルクの口から今ここで語られるとは、それこそ夢にも思わなかったのだ。

「センジ、大丈夫だか?」いつの間にか、バットチッカが真横に居た。

 バットチッカは、ヴァンパイア大陸でセンジが体験した恐怖と絶望感を知り得ている。それだけにセンジの心境を人一倍憂慮ゆうりょしたのだろう。

「ああ……大丈夫だ。ちょっとビックリしちまってよ。つうか、お前こそ大丈夫なんか? 寝てねんだろ?」

「ひと晩寝てねえくらいで大げさだべよ。なめんな、こら」

 センジは、一瞬のパニックをシルク達に気づかれないよう、平常心を装った。内心はまだ穏やかではいられなかったのだが……


「死霊魔族って、なあに?」ラズベリーは小首をかしげている。

「一度死んだ魔族だよ」

 カウンターから、エバイがロンヤとラズベリーに死霊魔族について簡潔に説明した後、シルクは本題に戻った。

「その死霊魔族たちから必死で逃げた記憶だけは、夢のおかげでよみがえりました。そして、悪夢をみた直後に現れた『ソラ』のことも……」

「ソラ? それって、ルクちゃんが廊下で話してた相手なんか?」ラズベリーにきかれ、シルクはうなずいた。

「私の中のもうひとつの人格です。ソラが教えてくれました。私は子供の頃は魔界に居て、ソラが誕生したのも魔界時代だと。つまり、私とソラは長い付き合いなんだって……けれどソラはそれ以上はなにも教えてくれなくて、後は自分で思い出すよう言われました」

 家族全員、固唾かたずをのみ込む音すら響きそうな程、シーンとして聞き入っていた。

「エバイさん、センジさん、ロンヤさん、バットチッカさん、ラズちゃん。私は、これまで自分がどんなふうに生きてきたのかほとんど知りません。死霊魔族についても、過去に本当にあったことだという以外は思い出せません。ですからまだまだ中途半端で皆さんに明確な報告ができないんですけど……ただ、今の時点で分かっていることだけでも伝えておくべきだと思い立って、ソラのこともあるから気が気じゃなくて、だからこうして集まってもらいました。お休みの日にすみませんっっ」

 シルクは話し終えると深々と頭を下げた。いまだ握りしめたままの手は小刻みに震えている。

「ルークちゃん! ぼくみたいなガキにもちゃんと話してくれてありがとう! ぼく、ルクちゃんでもソラちゃんでも、ルクちゃんが誰でも大好きだよっ!!」ラズベリーはシルクに思いきり抱きついた。

「ラズちゃん……」シルクは涙ぐんでいる。

「ラズの言う通りだぜ。シルクが誰であろうと関係ねえ。俺たち家族なんだからよっ」センジが言うと、

「ソラにブチギレたクセしてよ」バットチッカが横目に突っ込みを入れた。

「ルクちゃん、お昼ごはんどおする? たまにはみんなで食べに行く? おうちでなんかつくる? ねえねえっ」

「ラズちゃんたら、ロンヤさんは朝ごはん食べてるのにお昼ごはんなんて」

 ホッとしたのか嬉しかったのか、おそらく両方だろう、半泣きになっているシルクに、ラズベリーは抱きつきっぱなしでじゃれていた。

「……ソラが出てきたのは悪夢のせいで、アニキのせいじゃなかったんだな」センジはふと、その事に安心した。

 だが、脳の片隅にしまい込んでいたはずの死霊魔族への憎悪が引き出され、心の奥底から憎悪がどす黒くうずまいていた。

「ダメだ……究極ダークになっちまう。気分晴らしにラズ連れて遊び行くか」

 センジは三人も誘ったが、シルクは片づける事がたくさんあると言い、エバイとロンヤも用があるとの事でラズベリーと二人だけで出かけた。


 夕方、遊び疲れて眠ってしまったラズベリーを背負いセンジが帰宅すると、シルクの姿がどこにも見当たらなかった。

「シルク? 帰ったぞぉ~」

 室内を見回していると、気のせいか、家中あちこち磨かれたようなピカピカ感があった。

 ラズベリーをソファに下ろし、センジはキッチンに目をやった。すると、シンク台に鍋がひとつ置かれてあり、フタをあけると夕食であろうポトフがおいしそうな香りを立てていた。鍋はどれもほんのりと温かい。シンクも見事にピカピカだ。

「ん?」
 
 ダイニングテーブルの上にメモ書きがある。シルクの字だ。買う物を書きとめているのかと思いきや、

「お世話になりました。度合家の家族になれて幸せでした。ありがとうご……」単なるメモではなく、別れを告げるかのような文面だった。

 最後まで読んでなどいられず、センジは階段を駆け下り勢いよく玄関を飛び出した。ちょうど庭ではロンヤが草を刈っていた。

「ロンヤ! バットチッカは!?」

「え……? ずっと眠ってて、ついさっき起きて、出てったよ。なんか、ボスの座をかけて、タイマンはるとか、なんとか……」

「クソッ! ロンヤ、ラズを頼む!!」センジは走り、走って走ってスピードをぐんぐん上げた。

「シルク!! バットチッカ!! どこだっっ!?」

 バットチッカなら超音波でシルクの後を追えるはずだ。だが、時間が経てば経つほどシルクの波動の余韻が消えてしまう。シルクを捜しながら、同時にバットチッカも捜しセンジは声を張り上げた。通りすがりの人らは何事かと見返っている。


 パワースポットの港に着いたセンジはようやく足を止めた。シセド国からシルクを連れ帰った際、シルクが図本国で初めて目にした景色がこの場所だ。

 図本国では、シルクは買い物以外の時間をほとんど家で過ごしていた。身を寄せられる友人はおろか知人もろくに居ないはずだ。出て行ったところで行く当てもなく、ふらりとここへ来たのではないかとセンジは考えたのだが……

「来てねえか……シルク、どこ行ったんだよ」

 センジは激しく後悔した。この半年の間、シルクのためにもっとしてやれる事があったのでないか。エバイをもっと強く説得していれば、シルクはもっと居心地よく暮らせたのではないか。あんなふうに気をつかい肩身の狭い思いをせずにすんだのではないか。もっともっともっと……と、悔やんでも悔やみきれなかった。


「センジ……さん?」

 背後から、シルクそっくりの声がした。センジが振り返ると、工場をバックにシルク本人が立っていた。どういう訳かエバイも一緒だ。

「シルク……! と、アニキ?」

おせえんだよ」エバイはあきれたように口をゆがめた。

「なんで……」

「シルクが出てくの見かけたんだよ。様子がおかしかったからソラじゃねえかって後つけて来たんだが、まさかの家出だったとはな」

「そ、そうだったんか…… え? アニキ今、『シルク』って……」エバイが普通にシルク呼びした事に、センジはすぐさま反応した。

「ええ。エバイさんが初めて名前で呼んでくれたんですっ」シルクのいつものはにかんだ笑顔はいつもの百倍喜びで満ちあふれ、つやめいている。

「けど、アニキ。どうして……」

「仕方ねえだろ。こいつのホントのこえを聞いちまったからには、これ以上疑う必要もねえからよ」

 シルクが家族と真剣に向き合った事で、どうやらエバイの気持ちも大きく変化したようだ。というより、もしかしたらエバイはそれを待っていたのではないかと、センジはなんとなくそんな気がした。

 ともあれ、センジは安堵した。エバイとシルクの事はもちろん、シルクが無事でこうしてそばに居る事にも安堵し、一気に足の力が抜けその場にへなへなとへたり込んでしまった。

「シルク……なんだって出て行こうとなんかしたんだよ。今日みんなに話してくれたのはなんだったんだよっ」

「センジさん、ごめんなさい。ごめんなさいっ。ソラのことや記憶がないことで、みんなに迷惑かけたくなくて……でも、去る時にはきちんと話そうって決めてたから……」シルクはしゃがみ込み、涙をポロポロこぼした。

「あやまるのは俺だよ。俺、お前を助けたつもりになってて、なのになんもしてやれなくて、お前、思いつめてたんだよなっ」センジはギュッと、シルクを抱きしめた。

「ごめんな、シルク…… ごめんっっ」
 
 黄金色の見事な夕映えで工場がシルエットになっている。センジが抱きしめるシルクの髪も、夕日に照らされ輝きを増していた。

「そろそろおきても見直し時だな……」エバイのつぶやきが、夕風にそよいでセンジの耳に届いた。

 きっと、シルクの耳にも――
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