ブレンド・ソウル

野鈴呼

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新たなる船出

「決意」

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 納屋の戸をあけると、風塵ふうじんが舞い立った。
 
納屋ここは半端ねえな」センジは両腕であおぎ、ほこりを払った。


 再会パーティーの翌日、サファイアは首都ノミモンドへ帰って行き、それから二日が経っていた。

 シルクとラズベリーはザクロばあと買い物に出かけ、エバイは家の傷みを補修している。ロンヤはそれを手伝っている。

 細かい塵埃じんあいに巻かれていると、自分のちっぽけさが色濃くなった気分になる。センジは、小川のほとりでのエバイとサファイアの会話が頭から離れず、テンションだだ下がりになっていた。

 どこかで感づいていた。同じ屋根の下でどれだけの時を重ねても、家族として過ごしても、いまだエバイが自分に心を開いていないであろう事実に。感づいていながら目をそむけていた。

 だが、エバイが、最愛であるはずのシモーネにも本当に心を開いていなかったのだとしたら、エバイという人物をどう理解すればいいのか、センジの中で受け止められない複雑な感情が飛び交いゴチャゴチャに入り乱れていた。

 そして、サファイアの事も。

 サファイアにとってセンジは、大好きな幼なじみである事は間違いない。しかし、大好きで気心が知れていて、なんでも話せて悩みを相談できる相手であったとしても、自分は頼れる存在ではないのだろう……と、センジはしょぼくれていた。

 バットチッカから始まり、モヤモヤ続きでセンジはすっかり自信をなくしていた。


「ただいま、センジさん」シルクの声がした。

 振り向くと、風で閉まりかけている戸をシルクがほうきで押さえていた。シルクは他にも雑巾、バケツ、ほこり取りを持ち、頭からほおかぶりをして口元も覆っている。

「シルク? 買い物に行ったんじゃなかったのか?」

「センジさんが納屋の片づけするって聞いたから帰って来ちゃいました。さあ、センジさん。片づけちゃいましょっ」シルクはやる気満々だ。
 
 ザクロ婆と共同で使用している納屋の中は、棚にもロフトにも古い道具が積み上げられている。センジはそれら全てをせっせと外へ運び出した。あらかたザクロ婆の物だ。

 家の方は時々ビルじいとザクロ婆が清掃に入ってくれていたのでマシだったが、納屋こちらは長年手つかずだったためなかなか手ごわかった。

 納屋中をのっとっているちりやゴミ、棲みついていた数々の虫と格闘し、センジとシルクは大掃除に明け暮れた。シルクは虫が苦手でさんざんだった。

 普段はおとなしいシルクがキャーキャー逃げ回っているのがおかしいやら可愛いやらで、センジは自然と癒されていた。癒されるとついつい油断してしまい、ため込んでいた不満をシルクにダラダラもらしていた。

「俺ってよっぽど頼りがいのねえ役立たずなんだろうな」

「うふふ。センジさんて根はポジティブなはずなのに、思い込んだらとことんネガティブ思考になっちゃうんですよね」虫が出てこないかビクビクしながらも、棚を一段一段丁寧に拭きつつシルクは笑った。

「笑いごとじゃねえよ。アニキといいサファといい……  サファのバカが。ゼスタフェって恩師を語る時やアニキとくっちゃべってる時なんか、俺に見せる顔とまるっきり違ってんだからよ」センジはむしゃくしゃして、ほこり取りをバタバタ乱暴に扱った。

「ゴホッ、オホッ」まさに自業自得。再び塵が舞い上がりセンジはせき込んだ。

「あら。私は逆の見方をしてました。サファイアさん、みんなに笑顔でしたけど、センジさんの前でだけは安心しきった表情だったのが印象的です」

「気をつかわないですむから楽っつうか、居心地がいいだけだろ」

「それだけじゃないです。サファイアさん言ってましたよ? センジさんが居てくれるとどんな時でも『生きよう!』って、強い気持ちになれるんだって」

「サファが……?」

「はい。私も納得なんですよね。ん~、たとえば、旅の道中で最強の巨人に遭遇したとして」シルクは手を止め、いきなりとっぴな例え話を始めた。

「エバイさんとなら、戦いのジャマしちゃいけないから任せっきり一択になると思うんです」

「なんだよ。俺なら任せられねえってか?」

「センジさんとなら、ただゆだねるだけじゃなくて、一緒に戦いたいって強い気持ちにしてくれると思うんです」

「……だから、なんだよ、それ」センジは戸惑った。

 喜んでいいのか悪いのか、一緒に戦うのだからつまるところ、あてにならないと言われているのか。

「つまり、なんというか、センジさんはどんな状況でもどんな結末でも、最後まで運命共同体であり続けたいって思わせてくれるんです!」シルクは満面の笑みで小さくガッツポーズをとった。

「なんて、戦ったことがない私に言われても微妙ですよねっ。早いとこ掃除すませなきゃ」雑巾をバケツの水につけ、シルクは箒を手に取り床を掃いた。

 確かに微妙だ。だが、いまいち微妙で戸惑いながらも、納屋に積もった塵のごとく胸の内にたまっていたセンジの不満は、ほんの少しぬぐい取れたような気がした。ほんの少し……

「なんかよく分かんねえけど、ありがとな、シルク」


 †    †    †    †    †    †    †    †    †

 
 掃除後、いったん外へ運び出した道具の数々を収納し、ようやく小ギレイになった納屋にセンジはエバイを呼び出した。

 とかく一人ではもてあますばかりのわだかまりを排除すべく、エバイと1対1で向き合おうと決めたのだ。同時に、今回の件で決心した“ある事”を打ち明けようとも決めていた。


「アニキに話があるんだ」センジが早々そうそう切り出すと、

「すまねえ。最後のあれは言い過ぎた」なぜかエバイはすぐさまあやまった。

「は? 俺、まだなんもきいちゃいねえぞっ」

「パーティーの夜のことだろ?」

「パーティーのって……  まさか、まさかアニキ俺が居たこと気づいてたのかっ?」茂みに身をひそめていたはずなのにと、センジは仰天した。

「ヘタな盗み聞きだったよな」

「ぬ、盗み聞きじゃねえよっ。つうか、俺が居るのにフツーあんな返答するかっ?」センジはずかしくなり顔面が熱くなった。

「……そっか、そうだよな。アニキは元ウィードだし、サファは現役シェードだもんな。そりゃ気が付くよな。二人ともすげえよ。俺はかなわねえわ」納屋のロフトに上がるはしごに、センジはため息まじりで背中をもたせかけた。

「サファはお前に気づいてなかったさ。だから俺にあんなこときいたんだよ」

「ハハッ。だったらやっぱポンコツだな、あいつ…… いや、ポンコツは俺か……」納屋の小窓から差し込むかき色の日の光りが、センジの足元を照らした。

「俺さ、母さんに守られて、母さんが死んだ後はアニキやバットチッカ、じいちゃんばあちゃんに守られて生きてきた。ずっとずっと、独りで生きたことなんかなかったんだ。俺は甘ったれの弱々よわよわなんだよ」

「それがどうした。恵まれてるってのは別に弱いことじゃねえだろ。だいたいお前は俺の特訓しごきに耐えてきたじゃねえか。俺は生半可にしごいてきたワケじゃねえぞ」

「分かってるさ。けどよ、それだけじゃダメなんだ。俺は自立しなきゃダメなんだよ。俺は……  俺は誰にも甘えられねえ環境に身を置いて自分を追い込みたいんだ。そのために、そのために修行の旅に出かけたいんだ!」

 屹立するエバイの正面に、センジは詰め寄った。

「サファはシェードになるのに想像を絶する努力をしたんだよな?」

「……ああ。死ぬほどのな」

「死ぬほど」と、エバイは簡単に口にした訳ではないはずだ。

 シェードになるには一万回以上死ぬくらいの峻烈しゅんれつな努力と忍耐が必要なのだと、同等のウィードだったエバイ自身、身をもって熟知しているからだ。そしてセンジは、その過酷な試練を乗りこえるのはサファイアではなく自分であるべきだったのだと、今さらながら彼女への負い目と、負けられない焦燥感にかき立てられていた。

「アニキの反対押し切ってロンヤ達を家族にしたってのに、無責任なのは重々じゅうじゅう承知してる。マジ申し訳ねえと思ってる。けど、俺の勝手をきいてほしい。俺は徹底的に自分てめえを鍛え直したいんだ。旅しながら公爵の手がかりもちゃんと探すからよっ。どうか、この通りですっっ」

 ガッと両手を合わせ、センジは拝むように深々と低頭した。

「……俺のせいか?」エバイが問いかけた。

 サファイアとのやりとりを言っているのだろう。

「まあ……  そいつがきっかけにはなったけどよ。正直、底抜けに滅入ったし、アニキはどこまで距離とってんだってムカついた。そしたらそのうち自分にムカついてきてよ。ひょっとしたら、俺がアニキにああ言わせちまってるのかもしれねえって……  俺が、半人前のまんまだから……」

 頭を上げると、エバイののど元にある傷痕が目に入った。もうほぼほぼ気にした事もなかったが、なぜだろう、やたら痛々しく感じられた。

 ヴァンパイア大陸で幼い自分を助けるために負った、吸血鬼による深い咬傷痕――

 その瞬間、センジはエバイに対するモヤモヤがすっぱりとなくなった。

 こののど元を通り過ぎ発するエバイの言葉がなんだろうと、ここにとどまり続け永遠に消える事のない傷痕が、エバイの心の扉の向こう側を常に物語っているのだ。

 それだけで十分だ。何をウジウジしていたのだろうと、センジは拳を握りしめた。


「本気なんだな?」さらなるエバイの問いかけに、センジはハッとして力強くうなずいた。

「本気だ……!!」

「だったら行けよ。こっちはこっちで公爵探しと遺種いだねの件、なんとかするからよ」

「い、いいのか……? ホントにいいのかよ……」

あいつらのこと、じいさんとばあさんにまた迷惑かけちまうけどな」センジの意志を容認しつつ、エバイは二人への心苦しさを口にした。

「誰が迷惑だって? バカお言いでないよ」

 突然、ザクロ婆がエバイとセンジに声をかけた。

「ばあちゃん!?」納屋の戸口に立ち、ザクロ婆は腕まくりしている。

「せっかくセンジとシルクが片づけてくれたんだけどね。さあさあ二人とも、今から私の商売道具を取り出すのを手伝っておくれ。これから店を始めるのに準備しなきゃならないからね」ザクロ婆は棚やロフトを見上げ目玉をキョロキョロさせた。

「店? ばあさん、どういうつもりだ?」

「昔やってた山羊ミルクと手づくりパイの店頭販売を再開するのさ。私だけではムリだろうけど、シルクとラズと三人でなら大丈夫だろう? この際だから屋外おくがいカフェもやってみたいねえ。どうだい? あのたちにも働いてもらうなら、アンタ達だって心おきなく私に託せるんじゃないのかい? 残りの人生、カフェのオープンは私の夢でもあったしね」

「屋外カフェ……?」「カフェすんのが、ばあちゃんの夢だったのか……」

 さまざまな決意、向上心、願望が、動き出そうとしていた。
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