ブレンド・ソウル

野鈴呼

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新たなる船出

「旅立ち」

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 森の中にある墓地は、真っ白い特殊な木「グラープバウム」が群生している。

 グラープ木には死者たちの「遺種いだね」が埋め込まれており、墓地一帯は遺種によってこの世の物とは思えぬほど色とりどりに美しく輝いている。

 遺種は、一本のグラープ木に無数に埋め込まれているものや、グラープ木の切り株や丸太、厚板などにひとつだけ個別に埋め込まれたものなど、そのあり方はさまざまだ。

 厳粛げんしゅくな香りを放つ魔界人たちの墓木はかぼくである。


「母さん、ただいま」センジは、丸太の墓の前で片膝かたひざをついた。

「見ての通り、俺は変わらず元気だぜ」

 後ろから、シルクがそっと花束をそなえた。ロンヤとラズベリーは、夢幻的な墓地をキョロキョロ見回している。

「死んだら種は、色あせて終わりじゃなかったんだ……」

「グラープ木におさめると遺種は生きてる時みたく輝くんだよ。だから墓はグラープ木でつくられてんだ」魔界の墓の常識をセンジは三人に教えた。

 種の色艶いろつやはよみがえるというのに、死んだ持ち主がよみがえる事はない。皮肉なものだ。もっと皮肉なのは、この白木は同じ魔族でも吸血魔族にとっては命を奪い、肉体を完全消滅させてしまう恐るべきヴァンパイアキラーだという事だ。


「センジさんのお母さまの種、アンバーみたいでとってもキレイですね」墓前でしゃがみ込み、シルクは丸太に埋め込まれたきらめく光りに見入っている。

「そいつは種じゃねえ。宝石アンバー模造品レプリカなんだ。母さんの遺種はヴァンパイア大陸に置いてきちまったからな」

「あっ……」シルクは口を押さえた。

「ウソッぱちの墓だけどよ。子供ガキの頃からここへ来ると母さんに会える気がしてさ。ヘヘッ、バカだよな。ほんの気休めにすぎねえ模造品ダミーだってのによ」

「ううん。きっと…… きっとお母さまはここに来てくださっています」膝の上にあるセンジの手に、シルクは自らの手を重ねた。

「センにいのお母さんてむっちゃ強くってめっちゃ美人さんなんだろっ? サファちゃんゆってたよ?」ラズベリーはセンジの背中に覆いかぶさるようにへばりついた。

「自分も、聞いた……  ベクセナさん、だっけ? センジさんは母親似なんだって。どうりで、センジさん、男前なはずだね」

「ロンヤ、お前は正直者だなぁ~ よっしゃ、帰りにうめえもんでも食ってこうぜ! アニキに金もらってるしよ!」

「男前」というワードに気を良くしたセンジは勢いよく立てり、へばりついているラズベリーをおんぶした。

「うっひょぉ~ セン兄におぶられるのなんて久しぶりだなぁ。ところでさ、お金なんかどこにあったの?」

「人間界へ行く時アニキがばあちゃんに渡した金、まんま返してくれたんだってよ」

「へぇ~ じゃあ行こ行こっ! ぼく達もこれからカフェ始めるんだし、他の店を観察して参考にしないとさ!」

 しんみりではなく、和気あいあいとした墓参り。

 活気あふれる楽しいムードに囲まれて、もしここに本当に母ベクセナが居たらどんなにか喜んでいるだろうかと、センジは母の笑顔が恋しくなった。

「エバ兄も来れば良かったのになあ~ あちこち修理ばっかしててつまんないや。人間界の時とおんなじじゃん」

「お店を再開するためにおばあさんちの改装もしてるんだから仕方ないわよ」

「こおなったらエバ兄、こっちでも修理屋すればいいのにさ」

「そりゃムリだな。ラスいちの遺種の奪還と公爵探しがあるんだからよ」

「……セン兄も、どっか行っちまうんだろ……?」センジの耳元でラズベリーがささやいた。

「ああ……  ごめんな。お前たちにも申し訳ない」

「あやまらないで、センジさん。私たち、センジさんのおかげでこうして家族と幸せに過ごせているんですから。センジさんはセンジさんのやりたいようにやってください」シルクはセンジを見上げてニッコリした。

「エバイさんは、どうしてシモーネさんの遺種、この木にほうむらないんだろ……」グラープ木の太い幹に近寄り、ロンヤは白い樹皮をなでている。

「そういや、バットチッカも気にしてたな。アニキは復讐を果たすまで、シモーネの遺種を葬るつもりはねえってよ」

「それじゃ……  まだまだ先だね……」ロンヤは嘆息をもらした。

 楽しかった雰囲気がじゃっかんしめっぽくなりつつある。

「あー、腹へってきたわ。ぼちぼちめし食いに行こうぜ」ラズベリーを背負ったままセンジは歩き出した。

 すると、センジの耳元で再度ラズベリーがささやいた。

「復讐って……  必要なことなのか?」

 こんなに近い距離で聞こえないふりもないが、センジは返答できなかった。

 ラズベリーの疑問が彼女の体重よりはるかに重くのしかかってきたからだ――


 †    †    †    †    †    †    †    †    †


 一頭の立派な灰白色かいはくしょく魔馬まばが、平和なミナッタ村を疾風のごとく駆け抜ける。

 並みの馬とは比較にならない頑強で筋肉質な馬体、豪快な走り。


 食事を終え、家はもう目前の帰り道。後方からとんでもないスピードで迫って来た魔馬との衝突を回避すべく、センジは慌てて弟妹きょうだい三人を脇の原っぱへと押しやった。

 魔馬が通り過ぎた後の土ぼこりがすさまじい。

「ゴホッ、グホッ、なんなんだよ、あいつ!!」むせ込み、センジは薄目で魔馬に乗っている人物を見やった。

「すまんな!! 魔馬こいつは今、抑制がきかんらしい!!」その人物は大声でセンジ達に詫びながら遠ざかって行った。

 センジの聞き覚えのある声だ。

 土ぼこりがおさまった頃には、魔馬はとっくに見えなくなっていた。ザクロばあとエバイの家の方へ向かった事は間違いない。

「もしかして、エバドゥーか? じゃああの人は……」

 急ぎ足でセンジが先に帰宅すると、エバイが魔馬にまたがり敷地内を旋回していた。魔馬の目の色はエバイの目と同じグレージュで、たなびく魔馬のたてがみもエバイの髪と同じカッセルブラウンだ。

「やっぱりそうか! エバドゥーだ!」

 エバドゥーはエバイの愛魔馬だ。ヴァンパイア大陸では、エバイとセンジを乗せ吸血鬼の追手から逃れるべく走り続けてくれた。

 そして、エバドゥーを連れてここまで来たさっきの人物はビルじいの友人で遊牧民の男、ハーゲン=マウントリだ。

 ハーゲンはがっちりとした体型の中年男で、ろう色の目と髪は渋くてかっこいいが、無精髭ぶしょうひげにボサボサ頭、シャツもズボンもヨレヨレのシワだらけと、遊牧民とはいえお世辞にも身ぎれいとは言えない風貌だ。

 人柄は穏やかで子供好きで、村を訪れた際、移動生活のあれこれを話してくれるのをセンジはワクワクと聞いたものだ。とてもたのもしくもあり、父親を知らないセンジにとっては、祖父代わりのビル爺や兄代わりのエバイとは異なるハーゲンの存在はけっこう新鮮だった。


「ハハッ。エバドゥ―の奴、この瞬間を待ちわびていただけに嬉しくてたまらないだろうな。エバイの気配を感じて全速力でここまで来たんだからな」ハーゲンはもともと細い目をさらに細め、愛情たっぷりのまなざしになっている。

 どうやら、エバイがエバドゥーを旋回させているのではなく、エバイとの再会に歓喜したエバドゥ―がそこら中をグルグル回り、はしゃいでいるらしい。

「でっかくても可愛いもんだな」センジも思わず口元がゆるんだ。

 後から帰って来たロンヤとシルクは、初めて目にする魔馬の迫力に圧倒されている。が、ラズベリーだけは臆する事なく好奇心まる出しで駆け寄った。

「ぼくも乗っけてよ! エバ兄っ!」

 エバイは、腕を伸ばして飛び跳ねるラズベリーの手首をつかみ、馬上に引き上げると自らの前に座らせた。

「ひょお――――っ!! セン兄のおんぶよりうんと高いや!!」見晴らしの良さにラズベリーは大満足で、得意げにセンジ達を見下ろしている。

 喜色満面のラズベリーを見ていると、センジは今なお耳に温かい彼女のささやきを思い返し胸が締めつけられた。

 ――復讐は必要か。

 墓参りの後のせいなのか、センジはそのささやきが母の声で問われたような気がしてならなかった。


 夜遅く、センジは家族の誰にも告げずにコッソリと家を出た。エバイは気が付いているかもしれないが……

 出て行く時、センジは大きな両手鍋を手に取った。納屋の棚に積まれていたうちのひとつで、エバイが変形を直したばかりの使い古した鉄の鍋だ。

「ごめんよ、ばあちゃん。一個いっこ借りてくぜ」

 鍋の取手とってにベルトを通して肩に掛けると、人間界から愛用していた丈夫な足袋たびを履き、タンクトップに上衣を羽織り、センジはいざ、たった独りの旅に出た。

 度合どごう魔修理屋の上衣を着ていると、いつでもどこでも兄弟たちとつながっていられるのだと信じて――
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