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魔界の少女
「無法者」
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岩肌むき出しの連山、雄大なドリンケルツ城。
城門から、王城インリオ嶽の広場へつながる通路は「龍の崖路」と呼ばれ、切り立った崖道がまさに龍のごとく蜿蜒と続いている。
両側には、ノメルド連峰とノムゾイ連峰が平行して数多な山を連ねており、左右それぞれの崖下では底深い峡谷が谷霧を立ち込め死への恐怖をただよわせている――
* * * * * * *
「ナウくんてば。なんだって電話に出ないのよっ。王子からかかってきたらどおするワケ!?」
サファイアは魔馬に乗り、シェード相棒のナウントレイを捜して、カフノミ嶽の麓へ急いでいた。
ノメルド連峰の一角にあるカフノミ嶽は、シェード達が集う訓練場のひとつだ。
朝早くからハードなトレーニングに励み、心身を鍛錬する者は決して少なくはなく、特にファーストシェードを目指すセカンドシェード達が半分以上を占めている。
ファーストシェードとは、全シェードのクラス分けにおいて上級レベルの者、楯守の中では王族に直々に仕える者をそう呼び、彼らの下には中級クラスのセカンドシェードが控えているのだ。いわゆる二軍であるセカンドシェードは皆ファーストシェードになる日を夢みて日々修練を積み、仲間同士で熾烈な昇格争いを繰り広げている。
「ナウくんのことだから、どおせまたことわれなくて誰かの特訓に付き合ってんだろおけど……んっ!?」
カフノミ嶽の嶽麓を囲む、広漠とした原野に着いたサファイアは、いきなり目に飛び込んできた信じられない光景に一度ゴシゴシと目をこすり、愕然とした。
「な、な、なにこれっっ!?」
原野一帯に、楯守シェード達がキズだらけのズタボロで倒れ伏している。遠くに目をやると、何者かがやたら長いバールを振り回し訓練中のシェード達に次々と襲いかかっているではないか。黒い軍服姿の若いスレンダーな男で、サファイアもよく知っている人物だった。
「ジ、ジブ先輩!?」
その人物は、鉾狩シェードのジブノッカ=ウォッカード。争いを好む凶暴かつ危険な男で、獲物を見据えて逃さない蛇のように執拗で冷血な淡緑色の目は、思い浮かべるだけで背筋がゾワッとしてしまう。
「なんだってジブ先輩が城に!?」
鉾狩シェードは、吸血魔族を始めとする他の魔族や異賊らを仕留めるのが主な任務だ。そのため彼らは東西南北の四つの団に分かれ、普段はドリンガデス国の各地に拠点を置きそれぞれ担当域で監視の目を光らせている。
ジブノッカは北部のアルゴル地方が管轄の、北の団長だ。その彼が、どうして早朝にドリンケルツ城に居るのか……
「今日は、四団長の集まりがあるんだよ」
「へっ!?」いきなり後ろで声がして、サファイアは振り向いた。
「レオン? なんだってアンタまでが城にっ?」
声をかけてきたのは、ジブノッカの部下で鉾狩シェードの少年、レオン=スカッツェンだった。
あどけなさの残る童顔と細っこい小柄な身体からは想像もつかないが、レオンは見た目にはそぐわないとんでもないパワーと、鉾狩には不可欠の条件である非情さをあわせ持っている。
「俺は団長について来ただけだよ」
「ついて来たんならボケッと突っ立ってないで先輩止めなよっ!」
「ムリだな。団長は最近、小物の狩りばっかで相当うっぷんたまってっからな」
「だからって、なんだって仲間相手に暴れてるワケ!? しかもこんな朝っぱらから!!」
「ちっとばかし早く着いちまったから時間つぶしてんだろ? ちょうどうっぷんも晴らせるしな。まあ、団長本人はうっぷん晴らしじゃなくて『かわいがり』だっつってるけどさ」
サファイアとレオンがこうしてやりとりしている間にも、ジブノッカは目にもとまらぬ猛攻で楯守シェードらを荒々しく薙ぎ倒していく。
「おらあ――っっ!! てめえら、その程度かよ!! まとめてかかってこいや――っっ!!」
ジブノッカの咆哮がカフノミ嶽に響き渡る。これ以上、楯守仲間が理不尽に痛ぶられるのを黙って見てはいられない。
(あの人やっぱ異常だよ! あたしが止めなきゃ被害が甚大になっちゃう!!)
サファイアは魔馬から下り、手に剣を出現させた。ジブノッカはサファイアに気が付き、ニヤつきながら距離を詰めて来る。そして、これみよがしにバールを太い金砕棒に変化させた。尖り立つ無数の鉄条付きの、思わずギョッとする金砕棒がジブノッカの一番武器なのだ。
「で、出た! 鬼棒! あたしみたいな乙女相手にフツーあんなの出すか!?」ついつい心の声が大音量でもれてしまう。
「あ? 乙女だろうがなんだろうがシェードはシェードだ。みっちりしごいてやるよ」
サファイアの苦手な、蛇みたいなジブノッカの目が怪しげに笑っている。
「な、なんかヤだ!! なめてるよね!? あたしなんかに、ううん、楯守なんかに負けるワケないって嘲笑ってるよね!?」
腹を立てたサファイアはジブノッカの鬼棒に対抗すべく、剣を円盤状のノコギリ、丸鋸の刃に変えた。
「へぇ~、おもしれえ。いくらファーストシェードでも、おめえにそんな鬼武器が扱えんのかよ?」ジブノッカは口角をつり上げた。
「やっぱ先輩、楯守なめてますよねっ!? やれますよ!! やったりますよ!!」
サファイアは丸鋸の刃を眼前で浮かせてグルグルと回転させ、ジブノッカに向け勢いよく飛ばし回転数を上げながら思いきり宙を走らせた。が、相手は獰猛な吸血魔族らを仕留めてきた鉾狩の団長だ。サファイアは丸鋸の刃を巧みにあやつり何度もジブノッカを狙ったがかわされ続け、最後はまるでホームランでも打つかのようなフォームで鬼棒ひと振り、あっさり打ち壊されてしまった。
しかし、サファイアも第一王子の護衛をつとめるファーストシェードだ。しかもかなりムキになっている。再度、手に剣を出すや剣身を炎で包み込み、ますますニヤつくジブノッカへと一直線に突進した。
「うおりゃぁぁぁ!!!!」
まるで乙女らしくない雄叫びを上げ炎の剣を振りかざし打ちかかろうとするサファイアだったが、そこへ突然――
「やめろ、サファ!!」
捜していたナウントレイが魔馬で駆けつけ下馬するや、メラメラと燃えるサファイアの剣をつかみ取った。
「ナウくん!? どこ居たの!? てか、なんでジャマすんの!?」
「サファ、ジブノッカの挑発にのってバカなマネするんじゃない!」ナウントレイは、サファイアの剣を炎ごと消滅させた。
「だって、ジブ先輩がみんなを殺しまくってるからっっ!!」
「殺すって……」レオンは何やら失笑をこらえるように口元をゆがめた。
「あ? どの口が言ってやがる。先輩の俺がこうしてわざわざ楯守の連中に稽古つけてやってんのに殺人鬼呼ばわりかよ。そのうえ丸鋸だの炎だので襲いかかって来やがってよ。王子のシェードってのは教育がなってねえなぁ」
太く重い鬼棒で自らの肩をドンドン叩き、ジブノッカは頬を引きつらせた。
「あ、あたしはみんなを助けよおとしただけだよっ」
「サファ、いいからさがってろよ」
ナウントレイは反論するサファイアを押しとどめ、ジブノッカを正面から見据えた。
「ジブノッカ、稽古をつけてくれるのはありがたいがこれ以上は控えてくれ」
勇ましく登場し、凶暴きわまりないジブノッカにきっぱりと言い放つ。そんな勇敢なナウントレイだが、実は内心ひどく怖気づいている事を、サファイアは熟知していた。
ゼスタフェを彷彿とさせる凛としたたたずまい、涼しげな面差しからは誰も想像できないだろう。
だが、ナウントレイは楯守シェード一の戦闘能力がありながら、知る人ぞ知る戦闘嫌いの気弱な性格でジブノッカとは対照的だった。だから当然このような対峙は大の苦手でスルーしたいはずなのだ。それなのに、いざという時彼は必ず平静を装い自らが前に出る。
たとえ小心者でもファーストシェードとしての自覚は人一倍あり、臆病だからこそ普段から心がけている義侠心に駆りたてられるのだ。
「控えろだぁ? そう簡単に控えちまったら俺が不完全燃焼に終わっちまうだろーが。使えねえ後輩ばっかでよぉ」
「終わってくれ。度が過ぎると稽古ではなく暴挙になる」
「ナウ。ずいぶんとおえらくなったじゃねえか。俺を止めたけりゃゼスタフェさんでも連れて来いや。マジで殺られてえのかよ」
「ここは本城なんだ。騒ぎが大きくなれば王のお耳にも入るんだぞ」
「そんときゃそん時だ。なんだあ? おとがめってやつが怖えのか? これだからおめえら平和ボケした楯守はよぉ……俺がとことん鍛え直してやるぜ!!」
言うが早いかジブノッカはナウントレイめがけてダッシュするや高々と跳躍し、にぶく光る鬼棒を破壊的に振り下ろした。ナウントレイもすかさず魔力で剣を出し瞬時に刃を分厚く変え恐るべき威力の鬼棒をギリギリ食い止めた。
「まだまだこっからが本番だぜぇ!!」
さらなるスイッチが入ったのか、ジブノッカはただただ戦闘を享楽するようにナウントレイを攻め立てた。ナウントレイはジブノッカに負けず劣らずの高速の動きで防御しつつも反撃に転じた。
どちらもゆずらない、鬼棒と分厚い刃の激しく力強いハイスピードな打ち合いが繰り返される。
「ど、どっちもすごっ……あんなナウくん、久々だよ」
すっかり傍観者になったサファイアは、二人の戦いに見入り立ちつくしていた。
「ちっとは成長してんじゃねえか、ナウ! 腰抜けのおめえがよぉ!!」
「ジブノッカ! さっさとこの場を引き上げてくれ! このままだといつまでたっても決着がつかない!!」
「ああ!? 調子こいてんじゃねえ! 決着つかねえよーにしてやってんだよ! バカタレがぁ!!」ジブノッカの享楽がどんどん加熱していき“狂楽”になる。
「ク、クソッ……!!」
幾度となく鬼棒を剣に打ちつけられ手を痛めたのか、ナウントレイの力はここへきてやや低下気味だ。
「ねえっ、さすがにナウくんヤバいんじゃない? あたしも加勢した方が……!」サファイアはやきもきしていた。
「アホか。お前がまた挑発にのってムチャやらかしたら団長の思うツボだろ」レオンがボソッとつぶやいた。
「レオン、アンタどっちの味方なの?」サファイアもポソリとつぶやき返した。
「とりあえず団長の気がすむまで辛抱するしかねえんじゃね? 心配するなよ。殺したりはしないはずだからさ。だいたいナウくんだってさ、怖がりにしてはなんだかんだヤワじゃねえし」
「あの人の気がすむのなんて待ってられないよ! こおなったらゼスタフェさんに報告して……」
「こんな内輪もめ、報告なんかできるのか? そもそも報告したくないからナウくんは必死で団長止めてんだろ?」
「だったらせめて、他の団長さんたち呼んで来るよ! そろそろ到着してるよね!?」
「やめとけ。戦闘が余計に長引くだけだ」
「もお~っ、じゃあやっぱりあたしが……!!」
自分も再び参戦し、今度はナウントレイを見習って冷静にジブノッカを阻止しようと、サファイアは身構えた。ところが、その矢先――
「れ? あれれれれれ??」
思いがけない、拍子抜けする展開にサファイアは目を見張った。
どういう訳か、あれ程まで見境なかったジブノッカの猛攻がウソのようにピタリとやみ、同時に鬼棒までもが消失したのだ。あまりに急なジブノッカ戦意喪失の理由。その答えは、ジブノッカの視線の先にあった。
「ワ、ワンちゃん……?」
そこには大きな石があり、石の後ろ側から中型の犬がビクつきながらこちらをのぞいている。薄汚れたバサバサの毛の、痩せ細った野良犬だ。
ジブノッカの蛮行がおさまるのを待っていたのは、ナウントレイやサファイア達だけではなかった。おそらく犬は、石の陰に身をひそめ戦いの巻き添えになるのを避けていたのだろう。体はガタガタと震えている。どうやらジブノッカは犬の存在に気づいて、それで即座に戦闘をやめたようだ。
「……ナウ。犬に免じて今日はこれで勘弁してやるぜ」
身じろぐ事もできずにおびえ、自分を見上げる犬をそっと抱え上げると、ジブノッカは犬を連れてカフノミ嶽の原野を立ち去った。一方的な「しごき」から始まった終わりの見えない最悪な状況は急転直下、終息した。
「な、なんだったの??」
サファイアはあっけにとられていた。当然ナウントレイも唖然としている。安堵するより、あっけなさ過ぎる幕引きにしばらくの間気持ちが切りかえられずにいた。
「団長はな、犬には目がないんだよ。特に野良公は放っておけない性分なんだ」サファイア達の複雑な心境を読みとったのか、レオンが言った。
「なにそれ! なにそれっ! いい人じゃん!!」
「知らなかったのか? 団長が無類の犬好きなのはけっこう有名な話だぜ? お兄さんと一緒に恵まれない犬の保護活動までやってるくらいだからな」
「そこだけ聞くとマジいい人じゃん!! あんな最低なのにウケ良くなるよね!? ちょっと待って!? お兄さんて、エングエーレ国に居る“ウィード”の……?」
「僕も聞いてはいたけど、あそこまでとはな……」
ナウントレイが手首をさすりながら、サファイアとレオンの方に近寄って来た。ジブノッカにボコられた他のシェード達も徐々に、ヨロヨロよろめきながらもなんとか立ち上がっている。
「良かったぁ。みんな生きてたよっ」サファイアはこの時やっと、ホッと息をついた。
「サファ、ひとつ忠告しといてやるよ」胸をなでおろすサファイアの隣りで、レオンはやたら真顔になっている。
「忠告?」
「団長が言った通り、お前には鬼武器なんか扱えやしないぜ。たとえ相手が誰であれ、そんなもん出したところで、お前らはどうしたって非道にはなりきれねえんだからな。それなら鬼武器なんか最初から使わない方がいい。中途半端に使えば、ヘタすりゃ自分が大ケガしちまうかもしれないからな。ま、楯守は実戦の機会が少ねえだろうけどいちおう覚えときな。じゃあな」
そう言い残すと、レオンはジブノッカを追うように駆け足でその場を後にした。
「忠告はありがたいけど……なんか上からっぽいんだよね。そりゃ鉾狩に比べたらあたしらは実戦なんて全然少ないよ? でもあの王子たちに仕える大変さときたら……アンタら鉾狩には絶対つとまらないだろおよ」
遠ざかるレオンを見送りつつ、サファイアは口をとんがらせてちょっぴりぼやいた。そんなサファイアとは違って、いつの間にかナウントレイは立ち上がれない仲間たちのそばへ行き順次手を貸している。
「ナウくんたら、自分もきついくせにムリしちゃって……」サファイアもまた、傷ついた仲間たちの手助けに行った。
朝の日差しが連山の峰に届く頃。
カフノミ嶽の頂付近で訓練していたシェード達が下山して来ると、ナウントレイとサファイアは負傷者の介抱を彼らに託し、それぞれ魔馬を走らせた。
ジブノッカよりも厄介な、第一王子ギリザンジェロの元へと――
城門から、王城インリオ嶽の広場へつながる通路は「龍の崖路」と呼ばれ、切り立った崖道がまさに龍のごとく蜿蜒と続いている。
両側には、ノメルド連峰とノムゾイ連峰が平行して数多な山を連ねており、左右それぞれの崖下では底深い峡谷が谷霧を立ち込め死への恐怖をただよわせている――
* * * * * * *
「ナウくんてば。なんだって電話に出ないのよっ。王子からかかってきたらどおするワケ!?」
サファイアは魔馬に乗り、シェード相棒のナウントレイを捜して、カフノミ嶽の麓へ急いでいた。
ノメルド連峰の一角にあるカフノミ嶽は、シェード達が集う訓練場のひとつだ。
朝早くからハードなトレーニングに励み、心身を鍛錬する者は決して少なくはなく、特にファーストシェードを目指すセカンドシェード達が半分以上を占めている。
ファーストシェードとは、全シェードのクラス分けにおいて上級レベルの者、楯守の中では王族に直々に仕える者をそう呼び、彼らの下には中級クラスのセカンドシェードが控えているのだ。いわゆる二軍であるセカンドシェードは皆ファーストシェードになる日を夢みて日々修練を積み、仲間同士で熾烈な昇格争いを繰り広げている。
「ナウくんのことだから、どおせまたことわれなくて誰かの特訓に付き合ってんだろおけど……んっ!?」
カフノミ嶽の嶽麓を囲む、広漠とした原野に着いたサファイアは、いきなり目に飛び込んできた信じられない光景に一度ゴシゴシと目をこすり、愕然とした。
「な、な、なにこれっっ!?」
原野一帯に、楯守シェード達がキズだらけのズタボロで倒れ伏している。遠くに目をやると、何者かがやたら長いバールを振り回し訓練中のシェード達に次々と襲いかかっているではないか。黒い軍服姿の若いスレンダーな男で、サファイアもよく知っている人物だった。
「ジ、ジブ先輩!?」
その人物は、鉾狩シェードのジブノッカ=ウォッカード。争いを好む凶暴かつ危険な男で、獲物を見据えて逃さない蛇のように執拗で冷血な淡緑色の目は、思い浮かべるだけで背筋がゾワッとしてしまう。
「なんだってジブ先輩が城に!?」
鉾狩シェードは、吸血魔族を始めとする他の魔族や異賊らを仕留めるのが主な任務だ。そのため彼らは東西南北の四つの団に分かれ、普段はドリンガデス国の各地に拠点を置きそれぞれ担当域で監視の目を光らせている。
ジブノッカは北部のアルゴル地方が管轄の、北の団長だ。その彼が、どうして早朝にドリンケルツ城に居るのか……
「今日は、四団長の集まりがあるんだよ」
「へっ!?」いきなり後ろで声がして、サファイアは振り向いた。
「レオン? なんだってアンタまでが城にっ?」
声をかけてきたのは、ジブノッカの部下で鉾狩シェードの少年、レオン=スカッツェンだった。
あどけなさの残る童顔と細っこい小柄な身体からは想像もつかないが、レオンは見た目にはそぐわないとんでもないパワーと、鉾狩には不可欠の条件である非情さをあわせ持っている。
「俺は団長について来ただけだよ」
「ついて来たんならボケッと突っ立ってないで先輩止めなよっ!」
「ムリだな。団長は最近、小物の狩りばっかで相当うっぷんたまってっからな」
「だからって、なんだって仲間相手に暴れてるワケ!? しかもこんな朝っぱらから!!」
「ちっとばかし早く着いちまったから時間つぶしてんだろ? ちょうどうっぷんも晴らせるしな。まあ、団長本人はうっぷん晴らしじゃなくて『かわいがり』だっつってるけどさ」
サファイアとレオンがこうしてやりとりしている間にも、ジブノッカは目にもとまらぬ猛攻で楯守シェードらを荒々しく薙ぎ倒していく。
「おらあ――っっ!! てめえら、その程度かよ!! まとめてかかってこいや――っっ!!」
ジブノッカの咆哮がカフノミ嶽に響き渡る。これ以上、楯守仲間が理不尽に痛ぶられるのを黙って見てはいられない。
(あの人やっぱ異常だよ! あたしが止めなきゃ被害が甚大になっちゃう!!)
サファイアは魔馬から下り、手に剣を出現させた。ジブノッカはサファイアに気が付き、ニヤつきながら距離を詰めて来る。そして、これみよがしにバールを太い金砕棒に変化させた。尖り立つ無数の鉄条付きの、思わずギョッとする金砕棒がジブノッカの一番武器なのだ。
「で、出た! 鬼棒! あたしみたいな乙女相手にフツーあんなの出すか!?」ついつい心の声が大音量でもれてしまう。
「あ? 乙女だろうがなんだろうがシェードはシェードだ。みっちりしごいてやるよ」
サファイアの苦手な、蛇みたいなジブノッカの目が怪しげに笑っている。
「な、なんかヤだ!! なめてるよね!? あたしなんかに、ううん、楯守なんかに負けるワケないって嘲笑ってるよね!?」
腹を立てたサファイアはジブノッカの鬼棒に対抗すべく、剣を円盤状のノコギリ、丸鋸の刃に変えた。
「へぇ~、おもしれえ。いくらファーストシェードでも、おめえにそんな鬼武器が扱えんのかよ?」ジブノッカは口角をつり上げた。
「やっぱ先輩、楯守なめてますよねっ!? やれますよ!! やったりますよ!!」
サファイアは丸鋸の刃を眼前で浮かせてグルグルと回転させ、ジブノッカに向け勢いよく飛ばし回転数を上げながら思いきり宙を走らせた。が、相手は獰猛な吸血魔族らを仕留めてきた鉾狩の団長だ。サファイアは丸鋸の刃を巧みにあやつり何度もジブノッカを狙ったがかわされ続け、最後はまるでホームランでも打つかのようなフォームで鬼棒ひと振り、あっさり打ち壊されてしまった。
しかし、サファイアも第一王子の護衛をつとめるファーストシェードだ。しかもかなりムキになっている。再度、手に剣を出すや剣身を炎で包み込み、ますますニヤつくジブノッカへと一直線に突進した。
「うおりゃぁぁぁ!!!!」
まるで乙女らしくない雄叫びを上げ炎の剣を振りかざし打ちかかろうとするサファイアだったが、そこへ突然――
「やめろ、サファ!!」
捜していたナウントレイが魔馬で駆けつけ下馬するや、メラメラと燃えるサファイアの剣をつかみ取った。
「ナウくん!? どこ居たの!? てか、なんでジャマすんの!?」
「サファ、ジブノッカの挑発にのってバカなマネするんじゃない!」ナウントレイは、サファイアの剣を炎ごと消滅させた。
「だって、ジブ先輩がみんなを殺しまくってるからっっ!!」
「殺すって……」レオンは何やら失笑をこらえるように口元をゆがめた。
「あ? どの口が言ってやがる。先輩の俺がこうしてわざわざ楯守の連中に稽古つけてやってんのに殺人鬼呼ばわりかよ。そのうえ丸鋸だの炎だので襲いかかって来やがってよ。王子のシェードってのは教育がなってねえなぁ」
太く重い鬼棒で自らの肩をドンドン叩き、ジブノッカは頬を引きつらせた。
「あ、あたしはみんなを助けよおとしただけだよっ」
「サファ、いいからさがってろよ」
ナウントレイは反論するサファイアを押しとどめ、ジブノッカを正面から見据えた。
「ジブノッカ、稽古をつけてくれるのはありがたいがこれ以上は控えてくれ」
勇ましく登場し、凶暴きわまりないジブノッカにきっぱりと言い放つ。そんな勇敢なナウントレイだが、実は内心ひどく怖気づいている事を、サファイアは熟知していた。
ゼスタフェを彷彿とさせる凛としたたたずまい、涼しげな面差しからは誰も想像できないだろう。
だが、ナウントレイは楯守シェード一の戦闘能力がありながら、知る人ぞ知る戦闘嫌いの気弱な性格でジブノッカとは対照的だった。だから当然このような対峙は大の苦手でスルーしたいはずなのだ。それなのに、いざという時彼は必ず平静を装い自らが前に出る。
たとえ小心者でもファーストシェードとしての自覚は人一倍あり、臆病だからこそ普段から心がけている義侠心に駆りたてられるのだ。
「控えろだぁ? そう簡単に控えちまったら俺が不完全燃焼に終わっちまうだろーが。使えねえ後輩ばっかでよぉ」
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「そんときゃそん時だ。なんだあ? おとがめってやつが怖えのか? これだからおめえら平和ボケした楯守はよぉ……俺がとことん鍛え直してやるぜ!!」
言うが早いかジブノッカはナウントレイめがけてダッシュするや高々と跳躍し、にぶく光る鬼棒を破壊的に振り下ろした。ナウントレイもすかさず魔力で剣を出し瞬時に刃を分厚く変え恐るべき威力の鬼棒をギリギリ食い止めた。
「まだまだこっからが本番だぜぇ!!」
さらなるスイッチが入ったのか、ジブノッカはただただ戦闘を享楽するようにナウントレイを攻め立てた。ナウントレイはジブノッカに負けず劣らずの高速の動きで防御しつつも反撃に転じた。
どちらもゆずらない、鬼棒と分厚い刃の激しく力強いハイスピードな打ち合いが繰り返される。
「ど、どっちもすごっ……あんなナウくん、久々だよ」
すっかり傍観者になったサファイアは、二人の戦いに見入り立ちつくしていた。
「ちっとは成長してんじゃねえか、ナウ! 腰抜けのおめえがよぉ!!」
「ジブノッカ! さっさとこの場を引き上げてくれ! このままだといつまでたっても決着がつかない!!」
「ああ!? 調子こいてんじゃねえ! 決着つかねえよーにしてやってんだよ! バカタレがぁ!!」ジブノッカの享楽がどんどん加熱していき“狂楽”になる。
「ク、クソッ……!!」
幾度となく鬼棒を剣に打ちつけられ手を痛めたのか、ナウントレイの力はここへきてやや低下気味だ。
「ねえっ、さすがにナウくんヤバいんじゃない? あたしも加勢した方が……!」サファイアはやきもきしていた。
「アホか。お前がまた挑発にのってムチャやらかしたら団長の思うツボだろ」レオンがボソッとつぶやいた。
「レオン、アンタどっちの味方なの?」サファイアもポソリとつぶやき返した。
「とりあえず団長の気がすむまで辛抱するしかねえんじゃね? 心配するなよ。殺したりはしないはずだからさ。だいたいナウくんだってさ、怖がりにしてはなんだかんだヤワじゃねえし」
「あの人の気がすむのなんて待ってられないよ! こおなったらゼスタフェさんに報告して……」
「こんな内輪もめ、報告なんかできるのか? そもそも報告したくないからナウくんは必死で団長止めてんだろ?」
「だったらせめて、他の団長さんたち呼んで来るよ! そろそろ到着してるよね!?」
「やめとけ。戦闘が余計に長引くだけだ」
「もお~っ、じゃあやっぱりあたしが……!!」
自分も再び参戦し、今度はナウントレイを見習って冷静にジブノッカを阻止しようと、サファイアは身構えた。ところが、その矢先――
「れ? あれれれれれ??」
思いがけない、拍子抜けする展開にサファイアは目を見張った。
どういう訳か、あれ程まで見境なかったジブノッカの猛攻がウソのようにピタリとやみ、同時に鬼棒までもが消失したのだ。あまりに急なジブノッカ戦意喪失の理由。その答えは、ジブノッカの視線の先にあった。
「ワ、ワンちゃん……?」
そこには大きな石があり、石の後ろ側から中型の犬がビクつきながらこちらをのぞいている。薄汚れたバサバサの毛の、痩せ細った野良犬だ。
ジブノッカの蛮行がおさまるのを待っていたのは、ナウントレイやサファイア達だけではなかった。おそらく犬は、石の陰に身をひそめ戦いの巻き添えになるのを避けていたのだろう。体はガタガタと震えている。どうやらジブノッカは犬の存在に気づいて、それで即座に戦闘をやめたようだ。
「……ナウ。犬に免じて今日はこれで勘弁してやるぜ」
身じろぐ事もできずにおびえ、自分を見上げる犬をそっと抱え上げると、ジブノッカは犬を連れてカフノミ嶽の原野を立ち去った。一方的な「しごき」から始まった終わりの見えない最悪な状況は急転直下、終息した。
「な、なんだったの??」
サファイアはあっけにとられていた。当然ナウントレイも唖然としている。安堵するより、あっけなさ過ぎる幕引きにしばらくの間気持ちが切りかえられずにいた。
「団長はな、犬には目がないんだよ。特に野良公は放っておけない性分なんだ」サファイア達の複雑な心境を読みとったのか、レオンが言った。
「なにそれ! なにそれっ! いい人じゃん!!」
「知らなかったのか? 団長が無類の犬好きなのはけっこう有名な話だぜ? お兄さんと一緒に恵まれない犬の保護活動までやってるくらいだからな」
「そこだけ聞くとマジいい人じゃん!! あんな最低なのにウケ良くなるよね!? ちょっと待って!? お兄さんて、エングエーレ国に居る“ウィード”の……?」
「僕も聞いてはいたけど、あそこまでとはな……」
ナウントレイが手首をさすりながら、サファイアとレオンの方に近寄って来た。ジブノッカにボコられた他のシェード達も徐々に、ヨロヨロよろめきながらもなんとか立ち上がっている。
「良かったぁ。みんな生きてたよっ」サファイアはこの時やっと、ホッと息をついた。
「サファ、ひとつ忠告しといてやるよ」胸をなでおろすサファイアの隣りで、レオンはやたら真顔になっている。
「忠告?」
「団長が言った通り、お前には鬼武器なんか扱えやしないぜ。たとえ相手が誰であれ、そんなもん出したところで、お前らはどうしたって非道にはなりきれねえんだからな。それなら鬼武器なんか最初から使わない方がいい。中途半端に使えば、ヘタすりゃ自分が大ケガしちまうかもしれないからな。ま、楯守は実戦の機会が少ねえだろうけどいちおう覚えときな。じゃあな」
そう言い残すと、レオンはジブノッカを追うように駆け足でその場を後にした。
「忠告はありがたいけど……なんか上からっぽいんだよね。そりゃ鉾狩に比べたらあたしらは実戦なんて全然少ないよ? でもあの王子たちに仕える大変さときたら……アンタら鉾狩には絶対つとまらないだろおよ」
遠ざかるレオンを見送りつつ、サファイアは口をとんがらせてちょっぴりぼやいた。そんなサファイアとは違って、いつの間にかナウントレイは立ち上がれない仲間たちのそばへ行き順次手を貸している。
「ナウくんたら、自分もきついくせにムリしちゃって……」サファイアもまた、傷ついた仲間たちの手助けに行った。
朝の日差しが連山の峰に届く頃。
カフノミ嶽の頂付近で訓練していたシェード達が下山して来ると、ナウントレイとサファイアは負傷者の介抱を彼らに託し、それぞれ魔馬を走らせた。
ジブノッカよりも厄介な、第一王子ギリザンジェロの元へと――
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