天に向かって鳴子を鳴らせ

里崎雅

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(一)初夏の風物詩と言われても

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 北海道に初夏の訪れを告げる風物詩、よさこいソーラン祭り。
 そのお祭りを北海道民全てが歓迎しているかと言うと――その答えはNOだ。

「おい、土曜日の夜の団体の予約取ったヤツ……誰だ?」

 開店まであと十五分の居酒屋の店内に、店長の不機嫌そうな声が響いた。普段は陽気で気さくな店長だが、一度怒らせると後を引くというのはスタッフ誰もが知っている。

(土曜日の予約……って、もしかして俺か?)

 モップ片手に床掃除をしていた近江洋平おうみようへいは、イヤな予感にかられた。
 大学に入ってすぐの4月から働き始めた居酒屋の仕事は、まだまだ慣れないことが多い。何かしでかしただろうかと緊張しながら店長の許に駆け寄ると、ずいっと目の前にメモ用紙を突きつけられる。
 間違いない。これは洋平が取った予約だ。
 けれど、人数にも時間にも代表者の連絡先にも、これといった不備はないような気がする。人数が多い場合は複数の連絡先を聞くようにと言われ、それもちゃんと控えていたし、予約をしてきた青年もとても感じのいい人だった。
 ドタキャンの可能性も低そうだし、何か問題がある予約とは思えない。

「あの……何か、いけなかったでしょうか?」

 店長を不機嫌にさせたら他のスタッフからの顰蹙をかってしまう。なるべく低姿勢で理由を尋ねたところ、店長はバンッと予約の紙がぎっしりと貼られているコルクボードを叩いた。

「よさこいの踊り子たちの飲み会予約は受けるなって、いつも言ってるよなあ? これ、名前見たら普通気づくだろ」

「え?」

 予約名は、『K区踊り子同盟』。
 言われてみれば、確かによさこいソーランのチームっぽい名前だ。でもそれの何がダメなんだと目を白黒させていると、店長が顎をしゃくって洋平を見下ろした。

「お前、新人だな。今回は仕方ねーとして、次から気をつけろよ」

「……はい」

 理不尽だとは思うが、学生バイトの分際でトップに楯突くなんて無茶をするつもりはない。しおらしく頭を下げると、少しは気が晴れたのか店長はメモ用紙をコルクボードに挿して事務所へと引っ込んでいった。

「まあ……あんまり雷が落ちなくてよかったじゃん」

 納得のいかない表情をしている洋平に、スタッフたちがわらわらと寄ってくる。

「俺……よさこいチームの予約受けたらダメって知らなかったんすけど」

「え、そうなの? 電話応対を習う時に、言われなかった? うちの店の注意事項の一つとして、代々受け継がれてるものなんだけど」

 そんな話は聞いていない、とごねたところでどうしようもない。きっと自分に指導してくれた人が忘れていたのだろう。
 しょぼんと肩を落とす洋平をよそに、スタッフたちが気ままに話し始める。

「でもさー、なんでよさこいチームの予約受けたらダメなんだっけ? 理由までは知らなくて」

「店長がよさこい嫌いなの。よさこいが嫌いっていうか、踊り子? ほら、今でこそ大分下火になってきたけど……十年くらい前のよさこいソーラン祭りってもっとチーム数も人数も多かったじゃん。もう、街中に踊り子が溢れてるみたいな」

バイトの中でも経験の一番長い、三十代の女性が言った。

「よくチームの打ち上げとかの予約が入ってたんだけど……その当時、とにかくマナーの悪い客が多かったんだよねえ」

 そのスタッフの話によれば、酔って歌を歌いだすのはまだ序の口。出来上がって踊りだして食器を割ったり、他の客の迷惑になることも多くて苦情が絶えず、そのうちよさこいチームからの予約は断るようになったらしい。

「だってさあ……テンション高いんだよ、踊り子さんたちって。人前で踊って気分高揚するのはわかるんだけど、そのテンションで飲みに来られると正直キツイ。店員にもめっちゃ絡んでくるし」

「わかるー。私もよさこいって苦手だもん。お祭りの時期になるとさー、地下鉄とかに衣装着たままドヤ顔で乗り込んでくるじゃない? あれ結構うざい」

「道いっぱいに広がってオラオラで歩いたりとかさ」

 そう言って顔をしかめるスタッフも入れば、

「えー!? みんなそんなによさこい嫌い? 私は大好き! ダンスみたいでカッコ良くない? こう、ぶわーっと鳥肌たつもん。大通りにもよく見に行くし」

「私も。友達がやってるから結構見に行くけど、ホントかっこいいよねー。踊り子はさすがにできないけど、裏方の手伝いならしたことあるし」

 と、よさこい派を公言するスタッフもいる。

「ねー、じゃあ近江くんはどっち?」

「え、俺すか」

 いきなり話題を振られ、視線を泳がせる。

「……どうだろ、見たことないんであんまりわかりません。祭りの時期は、基本的に街に出ないようにしてるし」

 どちらかと言われたら、「興味がない」が一番ふさわしい。

「おーい、あと五分で開店時間だけど準備できてるのかー?」

「うわ、やばっ!」

 厨房のスタッフから声がかかり、それぞれが慌てて持ち場に戻った。

「よさこい、かぁ……」

 居酒屋のドアを開け「OPEN」と書かれたイーゼル型の看板を外に出しながら、洋平はふと暮れかけた夕陽に目をやった。
 六月の北海道は、爽やかで過ごしやすくて、最高の季節。
 そんな初夏の到来を告げる風物詩と言われたって、洋平のように一度もよさこいチームの演舞を見たことがない人はゴロゴロいるのだ。

「……どっちでもいいけど、土曜日の飲み会は荒れないでほしいなあ」

 そして、よさこいチームの予約は禁止なんて、そんな面倒な約束事は早く廃れてほしいと願うばかりだった。
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