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翌朝、亜季は朝食だと呼びに来た家政婦に、「体調が悪いからもう少し部屋で休む」と伝えた。
体調が悪いと伝えたら、兄弟が三人揃って亜季の部屋に来そうなものだが、幸いなことに今日は全員朝食を別に取ると家政婦から聞いて、ほっと安堵に胸をなでおろした。
朝食の席で、家族やお手伝いの人たちがいる前で、「第二性はオメガでした」とはどう考えても言い辛い。体調が悪いというのもあながち嘘ではない。昨晩はオメガという診断を受け取ったことの衝撃と不安で全く眠りにつけず外が白み始めるまで、ベッドの中で寝返りだけを打っていた。
遮光の分厚いカーテンに閉ざされた部屋に、隙間から明るい光が漏れ差し込む。
再度チェストの時計に手を伸ばし、顔の前に持ってくる。時刻は九時を過ぎたころだった。
今日が休みでよかった。一日部屋から出なかったとしても、誰も何も思わない。
このまま二度寝をしようかと時計を元の場所に戻した時、部屋の扉を誰かがノックした。
先ほどの家政婦が何かを伝えるのに戻ってきたのか……。兄たちはもう出かけていると言っていたので、違うことは明らかだ。
このまま寝たふりをしようか、それとも声をかけたほうがよいかと迷っていると。扉の外から亜季に話しかける声がした。
「亜季? 起きているかしら」
(お母さま……!?)
母も自身の実家から引き継いだ事業を行っており多忙を極める。
たとえ、土曜日だとしても休んでいるかはわからないが、朝の九時に家にいることは珍しい。もしかしたら、何かあったのか──。
「はい……」
「体調が悪いと聞いたけど、大丈夫かしら?」
自分のことを心から心配しているという声が聞こえ、亜季の頭は混乱した。
(昨晩、あんなにオメガだってことを悲しんでいたのに。なんで今さら僕の体調を心配するんだ──)
「だいじょう、ぶです」
「そう……。少しお話がしたいから、中に入ってもいいかしら?」
正直なところ、母の顔を正面から見られる自信が亜季にはなかった。
母の顔を見た瞬間、というか母が亜季を見た瞬間に悲しい顔や怒った顔、軽蔑した視線を向けられるのではないかと考えるだけで、扉を開ける手が止まる。
部屋にいることも、起きていることもわかっているのに、扉を開けないで済む口実がもう何一つ思いつかず、亜季は観念してベッドを降りた。
ベッドから扉までの距離を、死刑宣告を待つ囚人のような気持ちで歩く足は重い。扉の前に立ったものの、ノブを持つ手が震える。
「大丈夫? 顔色が悪いわ。お医者様を呼んだ方がいいかしら」
「お母さま、大丈夫です。少し昨晩夜更かしをしてしまっただけだから……」
「そう? ならいいけど。お休みのところごめんなさいね」
母親として子供を気遣う、その母の様子に嘘偽りはなさそうだった。だが、亜季の脳裏には昨晩の母の悲しみのこもった「どうして」という言葉が響いてやまない。
「あ、の……話ってなに?」
「そんな急がなくて大丈夫よ」
「忙しい、でしょ。僕は本当に何でもないただの寝不足だから……」
そう言って、母の話を終わらせようと試みる。だが、そんなことは無駄なあがきだということも亜季はわかりきっていた。
「朝食食べられそうなら、いただきながらお話しない?」
嫌だ。
使用人が部屋に朝食を用意してくれるまでの間を待つ間、母の顔色をうかがいながら要件を避けた会話を続けなくてはならないことを考えるだけでしんどい。
亜季だって、母の訪ない理由はわかっている。どうせ自分の第二性についてだ。
「食欲ないから……。それより、話って何? 第二性のことでしょ」
この時間がもったいないと亜季は自分から核心に触れた。
「え……」
「あ、あ、アルファじゃ、なかった、って……」
感情が高ぶり、堪えきれずに涙が頬を伝う。
「オメガだからなんだっていうの?」
母が冷静な声でそう返してくる。
「でも、でも……」
亜季は父の書斎の前で聞いた、悲しそうな母の声が耳から離れない。あんなに「オメガ」であることを母は悲しんでいたではないか。
だが、盗み聞きをしていたことも言えないで、それ以上言葉にはならなかった。
「アルファだろうが、オメガだろうが、ベータだろうが、亜季が可愛い可愛い私の息子であることに違いはないの」
「だって、誰も……、みんなアルファ……ひっく」
泣きすぎて言葉にならないが、何とか伝えようと亜季は言葉を紡ぐ。
「誰も気にしないわ、私たち家族は。晴や冬、夏がオメガってことくらいで亜季のことを嫌うとでも?」
亜季は自分自身でも兄全員から可愛がられていることはよく理解していた。甘やかされていると言っても過言ではないし、過保護が過ぎると思うことも多々ある。
だが、それはすべて兄弟であり、アルファだと思って、亜季が優秀だからではないのか──。
そんなようなことを感情任せに口走れば、母は「呆れたわ。そんなことあるわけないじゃない。亜季が亜季だからみんな大好きで愛しているの。アルファとか優秀とかそんなことで亜季を可愛がっているって思ってるなんて、みんなが知ったらむしろ怒るか悲しむわよ」という。
「でも……」
亜季の不安は尽きない。オメガがこの世界でどのように扱われているかを考えればそれも仕方がない。
体調が悪いと伝えたら、兄弟が三人揃って亜季の部屋に来そうなものだが、幸いなことに今日は全員朝食を別に取ると家政婦から聞いて、ほっと安堵に胸をなでおろした。
朝食の席で、家族やお手伝いの人たちがいる前で、「第二性はオメガでした」とはどう考えても言い辛い。体調が悪いというのもあながち嘘ではない。昨晩はオメガという診断を受け取ったことの衝撃と不安で全く眠りにつけず外が白み始めるまで、ベッドの中で寝返りだけを打っていた。
遮光の分厚いカーテンに閉ざされた部屋に、隙間から明るい光が漏れ差し込む。
再度チェストの時計に手を伸ばし、顔の前に持ってくる。時刻は九時を過ぎたころだった。
今日が休みでよかった。一日部屋から出なかったとしても、誰も何も思わない。
このまま二度寝をしようかと時計を元の場所に戻した時、部屋の扉を誰かがノックした。
先ほどの家政婦が何かを伝えるのに戻ってきたのか……。兄たちはもう出かけていると言っていたので、違うことは明らかだ。
このまま寝たふりをしようか、それとも声をかけたほうがよいかと迷っていると。扉の外から亜季に話しかける声がした。
「亜季? 起きているかしら」
(お母さま……!?)
母も自身の実家から引き継いだ事業を行っており多忙を極める。
たとえ、土曜日だとしても休んでいるかはわからないが、朝の九時に家にいることは珍しい。もしかしたら、何かあったのか──。
「はい……」
「体調が悪いと聞いたけど、大丈夫かしら?」
自分のことを心から心配しているという声が聞こえ、亜季の頭は混乱した。
(昨晩、あんなにオメガだってことを悲しんでいたのに。なんで今さら僕の体調を心配するんだ──)
「だいじょう、ぶです」
「そう……。少しお話がしたいから、中に入ってもいいかしら?」
正直なところ、母の顔を正面から見られる自信が亜季にはなかった。
母の顔を見た瞬間、というか母が亜季を見た瞬間に悲しい顔や怒った顔、軽蔑した視線を向けられるのではないかと考えるだけで、扉を開ける手が止まる。
部屋にいることも、起きていることもわかっているのに、扉を開けないで済む口実がもう何一つ思いつかず、亜季は観念してベッドを降りた。
ベッドから扉までの距離を、死刑宣告を待つ囚人のような気持ちで歩く足は重い。扉の前に立ったものの、ノブを持つ手が震える。
「大丈夫? 顔色が悪いわ。お医者様を呼んだ方がいいかしら」
「お母さま、大丈夫です。少し昨晩夜更かしをしてしまっただけだから……」
「そう? ならいいけど。お休みのところごめんなさいね」
母親として子供を気遣う、その母の様子に嘘偽りはなさそうだった。だが、亜季の脳裏には昨晩の母の悲しみのこもった「どうして」という言葉が響いてやまない。
「あ、の……話ってなに?」
「そんな急がなくて大丈夫よ」
「忙しい、でしょ。僕は本当に何でもないただの寝不足だから……」
そう言って、母の話を終わらせようと試みる。だが、そんなことは無駄なあがきだということも亜季はわかりきっていた。
「朝食食べられそうなら、いただきながらお話しない?」
嫌だ。
使用人が部屋に朝食を用意してくれるまでの間を待つ間、母の顔色をうかがいながら要件を避けた会話を続けなくてはならないことを考えるだけでしんどい。
亜季だって、母の訪ない理由はわかっている。どうせ自分の第二性についてだ。
「食欲ないから……。それより、話って何? 第二性のことでしょ」
この時間がもったいないと亜季は自分から核心に触れた。
「え……」
「あ、あ、アルファじゃ、なかった、って……」
感情が高ぶり、堪えきれずに涙が頬を伝う。
「オメガだからなんだっていうの?」
母が冷静な声でそう返してくる。
「でも、でも……」
亜季は父の書斎の前で聞いた、悲しそうな母の声が耳から離れない。あんなに「オメガ」であることを母は悲しんでいたではないか。
だが、盗み聞きをしていたことも言えないで、それ以上言葉にはならなかった。
「アルファだろうが、オメガだろうが、ベータだろうが、亜季が可愛い可愛い私の息子であることに違いはないの」
「だって、誰も……、みんなアルファ……ひっく」
泣きすぎて言葉にならないが、何とか伝えようと亜季は言葉を紡ぐ。
「誰も気にしないわ、私たち家族は。晴や冬、夏がオメガってことくらいで亜季のことを嫌うとでも?」
亜季は自分自身でも兄全員から可愛がられていることはよく理解していた。甘やかされていると言っても過言ではないし、過保護が過ぎると思うことも多々ある。
だが、それはすべて兄弟であり、アルファだと思って、亜季が優秀だからではないのか──。
そんなようなことを感情任せに口走れば、母は「呆れたわ。そんなことあるわけないじゃない。亜季が亜季だからみんな大好きで愛しているの。アルファとか優秀とかそんなことで亜季を可愛がっているって思ってるなんて、みんなが知ったらむしろ怒るか悲しむわよ」という。
「でも……」
亜季の不安は尽きない。オメガがこの世界でどのように扱われているかを考えればそれも仕方がない。
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