【完結】末っ子オメガ

鉾田 ほこ

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「第二性:オメガ」
 そう記載された紙を両手で持って、教室の中で茫然自失とする。
 思春期の第二性検査を受けるまで、誰もがアルファだと信じて疑っていなかった。他の兄弟たちに比べたら、確かに身体は少しばかり小柄で華奢だった。顔は美しい母親似で、癖のある髪の毛は父親似だ。勉強は人並み以上にできていた。もちろん成績は上から数えたほうが早い。張り出される試験結果の順位だって、全国模試の順位だって、優秀だといわれている兄たちに劣ることなどなかった。
 少し、運動は苦手。
 でも、それだって他の子たちに比べて遜色のないくらいにはこなせていた。
 病気も特になく、身体が弱いということもない。
 人より並外れて美しいと言われるのは母を褒められているようで単純に嬉しいことだ。兄たちは全員父親に似ていたから──。

 それなのに。
 オメガだった……。父も母も、兄たちも皆アルファだ──。
 自分だけ。家族の中で自分だけがオメガと診断された。
 何かの間違いでは?
 両親に、兄弟に何と言ったらいいのか……、亜季には分からなかった。
 アルファじゃなかったとしても、せめてベータだったら。よりにもよってどうして自分がオメガなのだ。

 亜季の逡巡は空しく、自分が伝えることなく、既に両親のもとには第二性の結果が届けられていた。
「第二性:オメガ」

「あ、えぇ……? どうして……あの子が。なにかの間違いでは?」
「いや、病院からの通知は『オメガ』と記載されていたよ」
「そんな……」
 夜遅くに帰ってくる両親を待って、結果を伝えようと父の書斎の扉の前で佇む。中から聞こえてくる母のあまりにも悲壮感に溢れる声に、亜季は思わず扉を叩く手を止めて固まった。
(やっぱり……)
 父も、母もアルファ。兄弟も全員アルファ。
 一族は皆、アルファかベータばかりだ。オメガを見かけたことなどない。
 自分がオメガであるばかりに、両親……とりわけ母はショックを受けている。
 申し訳ない気持ちが胸いっぱいに広がった。
「私のせいだわ……」
「いや、君のせいではない」
「でも!」
「落ち着いて。オメガだからなんだっていうんだ。私たちの可愛い子供であることに代わりはないだろう?」
「それは! それはもちろんよ」
 そこまで聞いて、亜季はその場を後にした。母も父もオメガであっても、自分たちの子供だと言ってくれたことだけで、亜季には十分だった。

 自分で伝える勇気もなく、扉をノックすることもできずに亜季は元来た廊下をとぼとぼと歩く。
 今日は兄弟全員の帰りが遅くなるということで、夕飯は一人でとっていた。第二性の検査結果を受け取ることはみんなも知っていることだった。食事を一緒にして『オメガ』だと自分の口から言わずに済んでいたのは、幸いだったのか……。
 両親はすぐにみんなにも伝えるだろうか──。
 母の様子を思い出すと、嫌われはしないかもしれない。が、ショックを受けることは確かだった。
 今朝も家を出る前に、夏輝から「大丈夫だって、亜季ももちろんアルファだよ。こんなに優秀なんだ」と声をかけられていた。夏輝は亜季を安心させるために言ったことだとはわかっている。
 だが、今となってはそれがまるで期待を裏切ったようで心苦しい。

 自室までの長い薄暗い廊下を歩きながら、亜季は自分の頬が濡れていることに気づいた。
(泣いたってどうしようもないのに)
 そう思ったが、涙が次から次へと溢れて止まらなかった。
「亜季!? どうした?」
 廊下の暗がりから現れたのは長兄の晴臣だ。
「晴兄さま……? い、いえ、なんでもないです」
 思わず名前を呼ばれてから、目元をぬぐって素知らぬ顔をする。
 だが、それで許してくれる晴臣ではなかった。
「なんでもないわけあるか! 何かあったのか?」
 心配そうな顔で駆け寄ってくる晴臣に、亜季は体を背けて拒絶の態度を示す。聞かれたことに何と返事をしたらいいのか、亜季は返事を持ち合わせていなかった。
「亜季」
 近づいてきた晴臣の香りがふわりと鼻をかすめる。今日も、長兄はいつもと同じ香水をつけているのか、サンダルウッドの濃厚でスパイシーな香りに柑橘系のさわやかさをまとっている。
 腕を捕まれて逃げるのを阻まれた。肩を掴まれてクルリと正面を向かされて、晴臣の真剣な視線と対峙する。
「大丈夫です。ちょっと……、あ、物悲しい気持ちになっただけ」
 いい言い訳を思いついたと口から出まかせを言うが、それが嘘だということは晴臣にはお見通しだ。
「亜季……」
「本当に、なんでもないよ。晴兄さま、大好き」
 そう言って、真正面にいることをいいことに亜季は自分から晴臣の胸に抱き着く。
 自分とは違って、背は高く、厚い胸板に頬を寄せる。
 背中に腕を回せば、固い筋肉に覆われた体躯に「あぁ、これがアルファなのか」と再認識させられた。
「何かあるなら、兄さんにでもいいし、両親にでもきちんと相談するんだよ」
 優しく頭を撫でられて、幼い子供のように諭される。このやさしさは自分がアルファでなく、オメガだったとしても変わらずに向けられるものなのか、亜季は不安で「はい……」と答える以外に何も言えなかった。
「部屋まで一緒に行くか?」
 気遣いしげに尋ねる晴臣に、「小さな子供じゃないんですよ」と膨れたように返せば、「そうか」と笑って、「おやすみ」と頭をひと撫でして亜季から離れる。
 亜季も「おやすみなさいませ」と返事をして、その場を立ち去った。
 亜季は足早に歩く。自分の部屋までのあいだで、これ以上人に会わないようにそう願うだけで精一杯だった。

 
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