【完結】末っ子オメガ

鉾田 ほこ

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 亜季の中では卒業したら、家に帰るという考えは完全になくなった。
 山奥の何もない場所で、何一つ自由にならない青春をすごし、このまま会ったこともないアルファと結婚するなんて、まっぴらごめんだと思う。
 この山奥ではアルバイトもできない。
 そもそもオメガではまともなアルバイトには就けないのだが……。
 卒業後のことを考えて、亜季は実家から送金される生活費にほとんど手を付けなくなった。そのお金を貯めておいて、生活しようと考えた。
 この山奥の保護区サンクチュアリから追い出される日を指折り数える。


 卒業式の日、少しの衣服と貯めておいた現金だけを持って、それ以外はすべて実家に送る段ボールに詰めて、逃げるように寮をでていった。亜季はそれまで使っていた携帯電話端末も段ボールに入れた。
 母からの電話以降、電源が入ることはなかった携帯電話だ。送り返したところで何の問題も亜季にはない。

 意気揚々と山を下りたものの、オメガの自分にまともに就ける仕事はなかった。
 山奥の限られた世界で生きてきた亜季はあまりに世間知らずだった。
 
 まず、部屋を借りるのにはアルバイトでもいいから定職に就く必要がある。定職につくためには、定住地が必要という解決の難しいループに陥った。
 部屋を借りるのには、保証人も必要だった。職無し、保証人無しで借りられる部屋なんて無いか、ろくなものではない。
 まず、不動産屋に入ってもまともに相手をしてもらえなかった。亜季は高校を卒業して成人していたが、オメガらしく小柄なままあまり成長しておらず、まるっきり子供に見えるようだった。
 あるところでは家出を疑われ……、実際家出なのだが、未成年と思われて通報されそうになった。
 
 もともとしばらくはホテルに滞在するつもりでいたが、新しく契約した携帯電話で調べて、その価格に驚愕する。
 亜季が家族と家族で出かける際に宿泊していたホテルは一番安い部屋でも、十万するようなところばかりだった。そんなところには泊まれない。
 泊まったとしても、長くはいられない。それに、大して効かない抑制剤の金額もばかにならなかった。
 亜季は引き続き節約をしなければ……、早晩生活が立ち行かなくなることは、世間知らずの亜季にだってわかった。
 今度は検索で上限価格を五千円に設定すると、結果はゼロ件だった。
 亜季は途方に暮れた。初日からこんな状態でこれから生活していけるのか不安がよぎる。 だが、亜季に実家に戻るという選択肢はなかった。帰ったところで、誰が面倒を見てくれるというのか──。
(家に戻ったら……どっかのアルファと結婚させられる)
 検索価格を再度設定すると、いくつか候補が出てきた。亜季の表情が少しだけ明るくなる。
 まずは検索の一番上に出てきたホテル、「東京カプセルイン」に向かった。

 見るからに怪しい。
 「東京カプセルイン」という看板を見つけて、意気揚々と近づいた。近くで見ると、繁華街の雑居ビルとビルの間に、どうやって建てたのかと疑問に思うくらいに細くて長い建物だった。
 入るか入るまいか逡巡し、ここでうろうろしていても変に思われると考えて、自動扉を入る。
 中を見回すと、受付に座る男性が一人、新聞を読んでいた。
「あ、あの、すみません」
「あーはいはい、予約……」
「いえ」
「あんた、オメガか?」
 いきなりぶしつけな質問をされて、亜季は驚いた。確かに亜季は久しぶりに首が隠れる洋服を着て、その下には随分前に母親から渡された革製のネックガードをつけていた。
「そうですが……、なにか?」
 失礼な対応に、失礼な態度を返すのも子供っぽいとは思ったが、亜季は男性の質問にぶっきらぼうに答える。
「あー、だめだめ。うちはベータとアルファしか泊められないよ」
「え!? どうして」
「どうしてって、『オメガ』は駄目なんだよ。規則だよ、規則」
「そんな……」
 オメガはこんなところでも差別をされるのか──。
 亜季は自分の第二性を恨みたくなった。
 オメガにさえならなければ、今頃は家族と同じ家で暮らし、大学に進学するための準備をしていたに違いない。卒業したら、すぐにどこかに嫁がされるなんてこともなかったはずだ。
「ごめんよ。きまりなんだ。ホテルの概要に書いてあっただろ」
 亜季は検索結果でホテルの名前とアクセスしか確認していなかった。それというのも、ホテルにアルファ、ベータ、オメガで宿泊の可否に違いがあるなんて思ってもいなかった。
 これも亜季の世間の知らなさが露呈したものだった。
「見ていなかった、です」
「そもそも調べるときには『オメガ』を条件にいれないと、こういった宿だとどこも難しいよ」
 早速、男性の目の前でオメガを検索条件に入れて検索すると、ほんの数件結果が出たが、どれもこのホテルの一泊の値段よりかなり高かった。
 亜季はその価格の違いに驚いて、受付の男性に、「なんとか泊められませんか?」と縋ってみるも、つれない返事しか返ってこなかった。
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