【完結】末っ子オメガ

鉾田 ほこ

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「え、どういうことですか?」
「どういうこともなにも、昨日アキくん、こことここにサインしたよね」
 確かに名前を書くように言われて、そのとおりにした記憶はある。だが、よくよく考えたら、書類に何が書いてあったのか──など一つも思い出せなかった。それもそのはず、亜季はよく読まずに……。
 というより、何も読まずに「今日の寝床のため」に必要なものだと思い込んで名前を書いた。
「で、でも、昨日何も言われなかったじゃないですか」
「言ってないけど、書面には書いてあるし、アキくんも自分で署名したでしょ」
 名前を書いたものの、それが「サイン」、「署名」である認識もなかった。
 一体自分は何に名前を書いたのか──。
 昨日と同じ男性を前に泣きそうになっていると、ビーズカーテンの先からハルが歩いてくる。
「おはよー」
「ハル! 助けて」
「え? どうしたの?」
「ぼ、僕、ここで働くことになったって」
「あ、そうだよーよろしくー」
「!?」
 そういうことだろうか、ハルは状況がわかっているのか。
「どういうこと?」
「えぇ? どうしたのさ、そんな怖い顔して」
「どういうこと!」
「だって、泊るところなかったんでしょ? っていうか、アキは家出しているんだよね。ここじゃなくてどこにいったら、『オメガ』で、『お金もなく』て、『ホテルも探せない』くせに、生活していけるのさ」
 指摘されたとおりだった。自分でその日の宿も探せなくて、どうしてこの限られたお金で生活していけるというのか──。
 それは自分でも痛いほどわかっていた。だからといって……。
「ハルは『ここがなにか』わかってて、黙って連れて来たっていうの!?」
 信じていたのに……。何か不思議な縁があると思ったのは勘違いだった。
「騙すつもりはなかったよ。さっきオーナーが言った通りちゃんと書類に書いてあったし。読まなかったのはアキだよ」
 その指摘ももっともだった。ハルはここが何なのかを黙っていたし、オーナーと呼ばれた男も、ここが何なのか黙っていた、意図的に。でも、説明されるより明確に、書類に書いてあったのを読まなかったのは自分だ。そう言われたら、亜季はもう全面的に自分が悪いように思えてきた。
「でも、ここは……」
「オメガが所属するアルファ専用の風俗だよ」
 亜季が言おうとしたことを、詳細な説明付きでハルがそのあとの言葉を引き継いだ。
 これから風俗でアルファを相手に性的なサービスを行わなくてはならない。
 
 実家に帰って、どこかのアルファと結婚して厄介払いに従うか、風俗店で男娼としてアルファ相手に身体を売るか──。
 亜季はこの二択を迫られる。
家に帰れば、身体を売る必要はない。 
だが、亜季に実家に帰るという選択肢はやはりなかった。男娼に落ちたとしても、知らないアルファと結婚して、籠の鳥の中のような生活をするより、よっぽどましなのではないか。
 騙されたとわかったうえで亜季は「わかりました。ここで働きます」と答えたのだった。
 風俗堕ちしようがしまいが、所詮「汚らわしいオメガ」であることに違いはない、亜季はそう思った。

 住めば都とはよくいったもので、生活は悪いものではなかった。
 店の人たちはみんな、亜季に優しかった。
 ハルは自分より一つ年上の十九歳。思った通り歳が近く、名前も似ているのでよくセットでみんなから可愛がられた。
 亜季は結局、源氏名もそのまま「アキ」とすることにした。
 家族が自分を探しているとして、「あき」なんて名前はありふれているし、だれもが源氏名と本名が一緒だなんて思いはしない。それに、厄介払いをしたいと思っていた末っ子のオメガがいなくなったところで、探す人などいない。
 お店は仕事だけではなく、住む場所も用意してくれて、抑制剤も処方してくれる。
 オメガの抑制剤の費用は非常に高額だ。特に亜季が使っている抑制剤は特殊なもので、ほとんど効かない市販の抑制剤の中で、唯一少しだけ効果があるものだった。お店が避妊薬と抑制剤の費用を負担してくれるのは、生活していく中で大変助かった。
 手元に渡されるお金は決して多くはなかった。でも、自由に買い物をしたり、外出したりできることは、山奥の学校で青春時代を過ごした亜季にとって、長年の夢だった。
 また、店で働くオメガたちも事情はそれぞれだが、喧嘩することもなく、仲良くしてくれた。
 充実しているとすら思った。
 初めての外の世界に亜季は魅了された。
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