狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

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16章

3 意外な人物

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 外に出ると、クーラーで冷え切った身体をむわっとした熱気が包み込む。午後の強い陽射しがコンクリートに照り返して、眩暈がしそうだった。ロサンゼルスの夏は湿度が低く、カラッとしており、日本のじめじめとした暑さは別物だ。日本の夏の暑さはそれだけで、体力を奪っていくように感じる。

(あっついな……)

 外のまぶしさに目を細め、正面を見ると、目の前に見慣れた黒い国産のSUVが停まっていた。
「獅郎!」
 「なぜこの車がここに?」とシロウが思っている間に、運転席から車の持ち主であるノエルが颯爽と降りてくる。
「ノエル……さん?!」
「獅郎、『お兄ちゃん』だろ?」
 当然のように現れたノエルは満面の笑みでどうでも良いことを指摘する。リアムがノエルに迎えの足を頼んだことは理解できたが、シロウは驚きのあまり、二の句が継げなかった。安心半分、申し訳なさ半分で、どうしたらよいのかシロウはあたふたとする。
「俺への挨拶はなしか?」
 悠然と歩いてきたリアムが後ろから声をかける。振り返ったリアムは日本の夏の蒸し暑さをよそに、ジャケットを片手に持って、シャツの襟を崩すこともなく、涼しい顔で佇んでいる。片や、ノエルは半袖の白いTシャツにハーフパンツというラフで涼し気な姿だった。
「お前はどうでもいい」
 ノエルはそう言って手をしっしっと言わんばかりに振ると、シロウの手から素早くキャリーケースを取り、リアゲートを開けて勝手に中にしまってしまう。
「獅郎は助手席な。リアム、お前は自分で荷物を積んで、勝手に後ろに乗っておけ」
 ノエルはさっさと行こう、とシロウに手で示して、車を回り込み、運転席に歩いて行った。


 人で溢れかえっていた空港内とは対照的に空港付近の車道は空いていた。空港から続く景色はどこの国も大概似ていて、開けていて周りになにもない。車はあっという間に高速道路に乗り、都心へ向かう。
「リアム、暑くないのか?見ているだけで、汗が出そうだよ」
「お前こそ、なんだよその海に行くみたいな恰好は」
「これが正しい、日本の夏の正装だね。そのうち耐えられなくなるさ」
 リアムとノエルは絶えずお互いに気安い軽口をたたきあっている。シロウが助手席に座っているため、会話が前後で繰り広げられており、どうにも落ち着かない。
 次々交わされる会話で、シロウはすっかり御礼を言うタイミングを失っていた。
 

 お台場を通り過ぎ、レインボーブリッジを渡る。窓から見える景色は開けた海岸から、だんだんと乱立する高層ビル群へと変わっていく。この雑然とした景色を見ると、日本に帰ってきたと思う。
 切れた会話の合間を見計らって、シロウはノエルに話しかけた。
「その、ありがとうございます。わざわざ……」
「全然。気にすんなって。こいつぐらい図々しく頼ってよ」
「いや、あの……」
「明日のばあちゃんちも、俺が連れて行くからさ」
 それはそうだ。住所を聞いて、リアムと二人で行くことはできるだろうが、ここはノエルに同行してもらった方が心強い。重ねて、面倒をかけていることに申し訳ない気持ちになる。
「すみません」
 謝るシロウにノエルは不思議なものを見るような視線を向ける。そんなノエルがシロウには逆に不思議だった。
「あのな、獅郎は俺の弟になる。それにリアムのメイトだ。それだけで十分に自分事なんだよ」

 人のために献身できるノエルには頭が下がる思いだった。シロウにはその優しさが嬉しい。この人が姉の結婚相手であり、メイトで良かったと思う。
「ありがとうございます。助かります」
 助手席におさまったまま、小さく頭をさげる。フロントガラスを見据えたまま、ノエルも大きく頷いた。そんな二人の仲の良いやりとりを、後ろから見ていたリアムは疎外感でも感じたのか不満げに小さくうなっていた。
 フロントガラスから見える空には大きく真っ白な積乱雲が浮かんでいる。実に夏らしい。
 ふと、ノエルが思い出したように「今日の宿はインターパシフィックだよ。リアムのリクエストだ、いい部屋取ってるから」と、ウインク片目に、にこやかに告げる。

 シロウは再び恐縮したのだった。

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