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16章
4 どうしてこの人が
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ホテルに到着すると、ノエルは荷物とシロウとリアムを車寄せで降ろすなり、「明日十時に迎えに来るから」とだけ言って、さっさと車を出して立ち去る。本当に空港からホテルまでの送迎だけのために来てくれたようだった。
リアムがチェックインをしている間、シロウはロビーで待っていた。
自分とリアムのキャリーケースを傍らに、ぼーっと見るともなしに辺りを見る。さすが世界でも有数のラグジュアリーホテルだ。置かれている調度品や飾られている美術品はモダンで洗練されいるにもかかわらず、どこか日本を感じさせる。
そういえば、ノエルが「インターパシフィックの日本の代表」と言われていたことをふと思い出す。
(ホテルって家族割引とかあるのかな……)
ロサンゼルスのリアムのペントハウスもインターパシフィックグループのホテルだった。中層階までは、普通のホテルで、高層階はレジデントタイプだということは、滞在してしばらくしてから知った。最近の日本のホテルはどこも、オフィスビルや商業施設の上層階がホテルとなっているものばかりだ。ここも、ロビーより下の階は全てオフィスフロアだ。
シロウが日本で働いていた会社も、大手町側にあるビルの中にはいっていた。東京駅周辺には、こういった世界的ラグジュアリーホテルがいくつかあるが、日本に住んでいた時はまさか自分がそういったホテルに泊まることになるなど、考えたこともなかった。
(リアムもだけど……ノエルも想像を絶する金持ちなんだな)
本来だったら交わらない人生が、思いがけない偶然から絡まるように交差することがある。そんな小説のような出来事が自分に起こるとは、三か月前の自分は思いもしなかった。
土曜日の夕方とあって、混みあっているほどではないが、人が頻繁に行き来している。少し先のラウンジにはお茶をしに来ているのか、女性客が多く華やかだった。
「大神!大神じゃないか!?」
いきなり、後から呼び止められて、シロウは面食らった。友人知人の類が壊滅的に少ないシロウは町中を歩いているくらいで、呼び止められることはありえない。
しかも、この高級ホテルのロビーで自分を呼び止める人物に思い当たるものはなかった。
「俺だよ、俺!」
振り返ると、スラックスに開襟シャツという休日の小綺麗な服装した同世代くらいの男性が近づいてくる。窓から差し込む光が逆光になって、顔はよく見えない。
「あ……。ご無沙汰してます」
とりあえず、当たり障りのない返事をしているうちに、男が近づいてくる。
先ほどまでまぶしいほどに差し込んでいた光は真っ黒な雲にさえぎられ、奥の開けた窓を大きな雨粒が勢いよくたたきつける音がこちらにも聞こえてくる。どうやら夕立が降り始めたようだ。
薄暗いロビーを照らす間接照明が際立ち、相手の顔が見えた。そこには三月まで働いていた会社の同僚が立っていた。同じ年に入社した、いわゆる「同期」というやつだった。
昔の職場に近いとはいえ、休日にこんなところで会うなんて。
「ま、覚えていないか。俺みたいなやつのことなんて」
「いえ!覚えています。お元気……そうで」
そう返すのが精一杯だった。それほど親しくもなかった元同期に会ったときに話す、適切な会話をシロウは知らない。
「相変わらずだな。その慇懃な感じ」
棘を感じる。
そう思わずにはいられない言葉を向けられた。ただ、シロウには何か悪意を向けられるほどのかかわりがこの同僚との間にあったか……思い出そうとしたが、何も思い出せなかった。かつて同じ会社で働いていた時にはこのような態度を取られた記憶はなかったのだ。男はシロウが何も言わないことをいいことに、追い詰めるかのように言葉を続ける。
「そうやってお高くとまって。博士号を持ってるわけでもないのに、一人だけ新入社員のときから経営企画に配属されてたな。『俺はお前たちとは違う』とでも言いたげに見下してたんだ。能力もないくせに。どうせそのお綺麗な顔で、上に媚び売ってだんだろうっ」
「え……」
久しぶりに会ったかつての職場の同期から、あまりにも酷い流言飛語をまくしたてられて、シロウはしきりに困惑した。
「俺なんかのこと覚えてないかと思ったけど、覚えてたんだな。そもそも、なんでここにいるんだ?アメリカに行ったんじゃなかったのか」
シロウは愕然として、何も言い返すことが出来ない。
確かにそれほど仲が良かったわけではなかった。それは他の同僚とも同じだ。とはいえ、少なくない同期の中でも、彼のことをよく覚えていたのには理由がある。同じ理系の出身で、孤立しがちなシロウに何かと声をかけたり、気にかけたりしてくれていたからだ。
当時は「親切な人」だとすら思っていた。
だが、内心ではそのように思われていたなんて──。親しくはなかったが疎まれるほどのことをした記憶もない。手のひらを返したような態度と物言いに激しく動揺する。
しかも、なぜシロウがアメリカに行くことを知っている?
退社後の予定をシロウは誰にも話していなかった。
それをどうして知っているのか──。
無関心を装って接していた人々の中には、興味本位で陰口を叩いていた人もいたのかもしれない。
こんなことなら、邪魔になってもいいから、リアムの側を離れるのでは無かったと後悔する。
一刻も早く、この場を立ち去りたい。これ以上、この讒口に付き合いたくはなかった。
リアムがチェックインをしている間、シロウはロビーで待っていた。
自分とリアムのキャリーケースを傍らに、ぼーっと見るともなしに辺りを見る。さすが世界でも有数のラグジュアリーホテルだ。置かれている調度品や飾られている美術品はモダンで洗練されいるにもかかわらず、どこか日本を感じさせる。
そういえば、ノエルが「インターパシフィックの日本の代表」と言われていたことをふと思い出す。
(ホテルって家族割引とかあるのかな……)
ロサンゼルスのリアムのペントハウスもインターパシフィックグループのホテルだった。中層階までは、普通のホテルで、高層階はレジデントタイプだということは、滞在してしばらくしてから知った。最近の日本のホテルはどこも、オフィスビルや商業施設の上層階がホテルとなっているものばかりだ。ここも、ロビーより下の階は全てオフィスフロアだ。
シロウが日本で働いていた会社も、大手町側にあるビルの中にはいっていた。東京駅周辺には、こういった世界的ラグジュアリーホテルがいくつかあるが、日本に住んでいた時はまさか自分がそういったホテルに泊まることになるなど、考えたこともなかった。
(リアムもだけど……ノエルも想像を絶する金持ちなんだな)
本来だったら交わらない人生が、思いがけない偶然から絡まるように交差することがある。そんな小説のような出来事が自分に起こるとは、三か月前の自分は思いもしなかった。
土曜日の夕方とあって、混みあっているほどではないが、人が頻繁に行き来している。少し先のラウンジにはお茶をしに来ているのか、女性客が多く華やかだった。
「大神!大神じゃないか!?」
いきなり、後から呼び止められて、シロウは面食らった。友人知人の類が壊滅的に少ないシロウは町中を歩いているくらいで、呼び止められることはありえない。
しかも、この高級ホテルのロビーで自分を呼び止める人物に思い当たるものはなかった。
「俺だよ、俺!」
振り返ると、スラックスに開襟シャツという休日の小綺麗な服装した同世代くらいの男性が近づいてくる。窓から差し込む光が逆光になって、顔はよく見えない。
「あ……。ご無沙汰してます」
とりあえず、当たり障りのない返事をしているうちに、男が近づいてくる。
先ほどまでまぶしいほどに差し込んでいた光は真っ黒な雲にさえぎられ、奥の開けた窓を大きな雨粒が勢いよくたたきつける音がこちらにも聞こえてくる。どうやら夕立が降り始めたようだ。
薄暗いロビーを照らす間接照明が際立ち、相手の顔が見えた。そこには三月まで働いていた会社の同僚が立っていた。同じ年に入社した、いわゆる「同期」というやつだった。
昔の職場に近いとはいえ、休日にこんなところで会うなんて。
「ま、覚えていないか。俺みたいなやつのことなんて」
「いえ!覚えています。お元気……そうで」
そう返すのが精一杯だった。それほど親しくもなかった元同期に会ったときに話す、適切な会話をシロウは知らない。
「相変わらずだな。その慇懃な感じ」
棘を感じる。
そう思わずにはいられない言葉を向けられた。ただ、シロウには何か悪意を向けられるほどのかかわりがこの同僚との間にあったか……思い出そうとしたが、何も思い出せなかった。かつて同じ会社で働いていた時にはこのような態度を取られた記憶はなかったのだ。男はシロウが何も言わないことをいいことに、追い詰めるかのように言葉を続ける。
「そうやってお高くとまって。博士号を持ってるわけでもないのに、一人だけ新入社員のときから経営企画に配属されてたな。『俺はお前たちとは違う』とでも言いたげに見下してたんだ。能力もないくせに。どうせそのお綺麗な顔で、上に媚び売ってだんだろうっ」
「え……」
久しぶりに会ったかつての職場の同期から、あまりにも酷い流言飛語をまくしたてられて、シロウはしきりに困惑した。
「俺なんかのこと覚えてないかと思ったけど、覚えてたんだな。そもそも、なんでここにいるんだ?アメリカに行ったんじゃなかったのか」
シロウは愕然として、何も言い返すことが出来ない。
確かにそれほど仲が良かったわけではなかった。それは他の同僚とも同じだ。とはいえ、少なくない同期の中でも、彼のことをよく覚えていたのには理由がある。同じ理系の出身で、孤立しがちなシロウに何かと声をかけたり、気にかけたりしてくれていたからだ。
当時は「親切な人」だとすら思っていた。
だが、内心ではそのように思われていたなんて──。親しくはなかったが疎まれるほどのことをした記憶もない。手のひらを返したような態度と物言いに激しく動揺する。
しかも、なぜシロウがアメリカに行くことを知っている?
退社後の予定をシロウは誰にも話していなかった。
それをどうして知っているのか──。
無関心を装って接していた人々の中には、興味本位で陰口を叩いていた人もいたのかもしれない。
こんなことなら、邪魔になってもいいから、リアムの側を離れるのでは無かったと後悔する。
一刻も早く、この場を立ち去りたい。これ以上、この讒口に付き合いたくはなかった。
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