狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

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狼の憂鬱 番外編

side spring vacation

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 季節外れの高気温に、今年は早咲きだった桜は既に盛りを過ぎ、強く吹いた風に花びらを散らしている。この風では、一両日には花をすっかり落として、桜の見頃も終わりを告げることだろう。
 道路に落ちた花びらは道ゆく人に踏まれて、汚れてしまっている。
 人々は見上げることはあれど、落ちた桜にかける興味はないのだ。

 今日、会社を辞めた。
 少ない推薦の枠を研究室の同期と争う気にもなれず、地道に就職活動をして、内定を取って入った会社だった。
 数年を過ごしたが、馴染んでいるとも言い難かった。
 辞めていくものにかける情はないのか、最後の挨拶も、別れの花束もなく、年度末最終日の今日もいつものように仕事をした。いつもと違っていたのは社員証を返却してビルを後にしたことくらいだ。
 去っていく者を気にかけるような職場ではなかったのか。
 いや、自分はそれだけの人間関係を築けていなかっただけのことだ。

 後悔もない。

 仕事が辛くて辞めたかったわけでも、つまらなくて辞めたわけでもなかった。
 ただ、新卒で入って数年過ごした割には、全く周りと打ち解けることもなく、ただただ淡々と仕事をこなして、必要最低限で過ごしているような毎日だった。
 国内でもそこそこ有名な外資の材料メーカーだったので、姉には「本当に辞めてしまっていいの?」と言われたが、続けて「この会社で何かやりたいことがある!」という情熱のかけらも無く、それよりは「別の場所に行きたい」ということのほうが先に立った。

 姉が婚約をしたのだ。近々、結婚をする。
 とても嬉しい。

 やっと俺の面倒から解放されて自分の幸せに目を向けてくれたのだが……。
 そうなると、いま姉と二人で暮らしている家に義兄が一緒に住むか、姉が家を出ていくか、いずれにせよ、自分から「家を出る」と言わない限り、姉は自分と一緒に暮らすことを前提とする。
 流石に新婚家庭のお邪魔虫になる気はさらさらなかった。
 
 そこで、苦し紛れに「気分も変えたいし、アメリカに行って勉強か仕事かするよ。経験になるし」と、そう姉に伝えた。
 気分を変えたかったのは本当のこと。
 でも、アメリカまでいく必要はないかもしれない。
 だが、東京にいる限り、「一人暮らしするから家を出る」と言ったところで、「お金ももったいないし、一緒に暮らせばいい」と説得されかねない。なんなら、国内なら「どうしてわざわざ!」と言われることも目に見えている。
 それなら、いっそのこと外国なら、姉も「どうして?」とは思えど、「気分を変えて」と「経験になる」ところに文句は言えないと思った。

 幸いなことに、実家暮らしで趣味もなく、お金を使うこともなかったため、就職してからの給料はほとんどが給与振込口座に無造作に入れたままだった。
 働き口がなかったとしても、しばらくの間は生活には困るまい。それも決断をする後押しになっていた。

 随分と日が長くなった。外の空気はもうすっかり春の匂いをまとっている。

 少しだけ清々しい気分ですらある。
 久しぶりの春休みだ……。ちょっとだけゆっくりしよう。

 でも、色々と準備をしなくては。
 なんの資格もなく、コネもない自分ではアメリカでまともな仕事を見つけられないだろう。
 やっぱり、最初は大学に入り直そうか……。

 考えながら歩く駅までの道は、仕事を始めてから何度も歩いたはずなのに、いつもとは違って見える。

 大人しく、普通に周りから逸脱して見えないように、ひっそりと過ごして来た自分の初めての普通じゃない決断に少しだけ興奮しているのかもしれない。

 わくわくと心配が入り混じりながら、これから何をしようか、どんなことが起こるか考えるのは楽しかった。

 この数ヶ月後に、普通からかけ離れた出来事に巻き込まれるなんて、この時は全く知る由もなかった……。

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