狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

文字の大きさ
114 / 146
17章

1 人狼だったのですね

しおりを挟む
「つまり、シロウは人狼だったのですね、グラニー」
 その場にいる全員が衝撃を受けたであろうミドリの告白に、リアムが冷静に返しながらテーブルにグラスを置く。
 ノエルの祖母は昔を思い出すように窓の外に視線をやり、グラスに刺さったストローをくるりと回す。溶けかけて残っていた氷がグラスにぶつかりカラカラと音をたてた。

「血筋はね──。でも、シロウのおばあちゃん……梅子さんはそうじゃないと思っていた」
 そう言ってシロウに視線を向ける。
 まっすぐに見つめられてシロウは少したじろいだ。
「どこから話そうかしら……。シロウのおじいちゃんの士郎さんは、わたしたちの群れの最後の人狼だったの」
 そこで一度言葉を切って、遠くを見るような目をする。そして、それほど間を置かずに少しずつ思い出すように再び話し始めた。

 ミドリの話によると、祖父母から受け継いだサクラコの住む──半年前まではシロウも住んでいた家のある地域は、昭和の初期のころまでは「狼の隠里」と呼ばれていた場所だそうだ。十九世紀の始めには絶滅したと言われているニホンオオカミが、その辺りではたまに目撃されていた。それもそのはずで、人狼たちが人目を避けるように群れを作って暮らしていた。
 その人狼たちがときどき狼の姿になって野原をかけている姿を郷の外の人が目にしていたのだった。
 ただ、昔の……本当の集落は、現在サクラコが住む家がある所より、もっともっと山の奥にあったらしい。
 ずっと長いことそこに住み続けていたのか、どこかから移り住んできたのか──。

「私が生まれる少し前は郷の者のほとんどが狼と人とを行き来していたそうよ」
「そんなに昔?」
 ノエルが驚きの声をあげた。
「まあ、ノエルったら失礼ね」
 そう言って、ミドリはくすくすと上品に笑った。だが、それも束の間に一転して真剣な表情で続ける。
「でも、そんな私たちが小さかった頃には、産まれてきた子供で人狼になれる者は少なくなっていてね……。私たちの世代に郷で狼になれるのは士郎さんしかいなかった──」
 なぜ、祖父以外に人狼が生まれなかったのか──シロウは不思議に思った。何せ、リアムとノエルの群れには未だに多くの人狼がいるようなのだから。
 シロウが知るだけでも、リアム、ノエル、そしてその父親たち。
 それだけではない。
 レナートにマット、そしてサクラコとノエルの婚約パーティーにいた人々。数人どころではない数の人狼があの場にいたのだ。
 その疑問を口にするべきか逡巡していると、リアムが横からシロウの考えを見透かしたように質問をする。
「グラニー、なぜ人狼が生まれなくなったのかご存知で?」
 ミドリは目を伏せて小さく首を横にふった。
「どうしてか正確なことは私は知らない……いえ、誰にもわからないと思うの」
 その表情には少し残念さが滲んでいる。
「村の中だけで結婚相手を探すような時代でもなくなっていたし、きっと、血が薄らいでしまったのだろうと、みんなそんなふうに思っていたわ。その昔、狼は田んぼや畑を荒らす猪や鹿などの害獣をとらえることから、山の神『大神』として長い間あがめられてきたけど。明治以降には逆に家畜を襲うということで、徹底的に駆除が行われたのだそうよ。それに加えて、住処の山々が切り拓かれたりして、日本の狼は相当に数を減らしていた。人狼たちも、狼の姿で自由に野山を駆け回ることも難しくなっていたのではないかしら」

 ミドリはふぅと小さく一息をついて、唇を湿らせるように目の前に置かれたアイスコーヒーを飲む。グラスの中の氷は既に溶けきっていた。
「戦争が始まって……疎開してきた人もいて、そのまま居着く人もいた。そういった知らない人たちに自分たちが狼になれることは伝えてはいなかった。だから、大人たちの中には寧ろこれ以上の人狼は産まれない方が良いと──、そう思っていた人も多かったのかもしれないわ」
 ミドリはシロウに向けていた視線をすっと逸らすと、窓の外を見るともなしに眺める。その頃を思い出しているのか、視線の先は遠くのどこかを見ているようだった。

「梅子さんと士郎さんの子供……シロウのお父さんね、彼も大きくなっても狼に変身するようなことはなかった。それにその次の、シロウやサクラコ達の世代でも人狼は生まれなかったから、もう私たちの世代でこの秘密を守る必要も無くなった……と思っていたのだけど」
 もう、八十歳を超えているだろうノエルの祖母は、まったくその年齢を感じさせないほどしっかりした口調で、その当時のことをほんの少し前の出来事のように三人に語る。

「グラニーはどうしてそんなに詳しく覚えているの?」
 ノエルの疑問はもっともだった。シロウの祖母なら……最後の人狼がいた大神の家の人ならいざ知らず。関係のないミドリがどうしてここまで詳しく覚えている──というより、むしろ知っているのだろうか。
 シロウもノエルに同意するように小さくうなずいた。
「それはね、ノエルのおじい様と私が結婚したからよ」
 先ほどまでの、少し重暗い表情から、恋する少女のような可愛らしい笑顔でそう言うと、ノエルにウインクした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

オメガの僕が、最後に恋をした騎士は冷酷すぎる

虹湖🌈
BL
死にたかった僕を、生かしたのは――あなたの声だった。 滅びかけた未来。 最後のオメガとして、僕=アキは研究施設に閉じ込められていた。 「資源」「道具」――そんな呼び方しかされず、生きる意味なんてないと思っていた。 けれど。 血にまみれたアルファ騎士・レオンが、僕の名前を呼んだ瞬間――世界が変わった。 冷酷すぎる彼に守られて、逃げて、傷ついて。 それでも、彼と一緒なら「生きたい」と思える。 終末世界で芽生える、究極のバディ愛×オメガバース。 命を懸けた恋が、絶望の世界に希望を灯す。

ずっと、貴方が欲しかったんだ

一ノ瀬麻紀
BL
高校時代の事故をきっかけに、地元を離れていた悠生。 10年ぶりに戻った街で、結婚を控えた彼の前に現れたのは、かつての幼馴染の弟だった。 ✤ 後天性オメガバース作品です。 ビッチング描写はありません。 ツイノベで書いたものを改稿しました。

俺がモテない理由

秋元智也
BL
平凡な大学生活を送っていた桜井陸。 彼には仲のいい幼馴染の友人がいた。 友人の名は森田誠治という。 周りからもチヤホヤされるほどに顔も良く性格もいい。 困っている人がいると放かってはおけない世話焼きな 性格なのだった。 そんな二人が、いきなり異世界へと来た理由。 それは魔王を倒して欲しいという身勝手な王様の願い だった。 気づいたら異世界に落とされ、帰りかたもわからない という。 勇者となった友人、森田誠治と一緒に旅を続けやっと 終わりを迎えたのだった。 そして長い旅の末、魔王を倒した勇者一行。 途中で仲間になった聖女のレイネ。 戦士のモンド・リオールと共に、ゆっくりとした生活 を続けていたのだった。 そこへ、皇帝からの打診があった。 勇者と皇女の結婚の話だった。 どこに行ってもモテまくる友人に呆れるように陸は離 れようとしたのだったが……。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2025.12.14 285話のタイトルを「おみやげ何にする? Ⅲ」から変更しました。 ■2025.11.29 294話のタイトルを「赤い川」から変更しました。 ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

処理中です...