狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

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18章

4 姉弟

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「花火~花火~」
 静寂を破り、楽しそうに口ずさんだノエルがバケツを片手に戻ってくる。シロウは慌ててリアムから距離をとった。心臓がバクバクしている。
 みしっと畳の軋む音が聞こえて部屋を見ると、サクラコが花火を両手にリアムとシロウを見下ろしていた。
 上機嫌なノエルとは対照的に、その顔は少しだけ不満そうである。
「どうかした?」
 ご機嫌なノエルがサクラコに尋ねる。
「Nothing, never mind.(べーつにー)。さ、獅郎。花火しよう。久しぶりだね」
 先程まで英語で話していたのに、サクラコは急にノエルには英語で返事をして、シロウには日本語で話をする。そして、リアムの隣からシロウを引き離して、庭に降りようと手を引く。
「あ、待って」
 裸足のまま庭に降りそうになって、シロウも咄嗟に日本語で返す。まだ、サンダルも何も履いていない。

 サクラコが掴んだのとは反対側の手をリアムが取る。
「オオオカ、サイバン」
 ノエルの呟きにシロウは「よくそんな言葉を知っているな」と他人事のように感心した。


 四人でバケツいっぱいになるほどの花火をした。
 手持ち花火や噴出花火。手に持った花火から噴き出す火花を見ていると童心に返ったような気がする。小さな頃から大して変わらないそれらを見て、懐かしい記憶がよみがえってきた。よく考えてみれば、シロウも子供の時以来、実に十年以上ぶりの花火だ。四人は消えないように火を分け合って遊び戯れる。
 何とも日本の夏らしい。
 田舎はこういうところがいい。ちょっとくらいはしゃごうが、煙を立てようが文句を言ってくるほどの距離に隣人もいない。
 最後の線香花火はお決まりの──誰が一番長く玉を残しておけるか競って花火を終えた。

 サクラコが夕飯の片付けをしに台所へ行く。シロウも食器を持ってその後をついて行った。 リアムを縁側に置いてきてしまうが、ノエルもいるし問題はない。
 食器を流しに置き、洗い場に立つ姉の隣にで、以前と同じように洗い終わった食器を布巾で拭き始める。心なしか姉の機嫌も戻ったようだ。
「ありがとう」
「ん?」
「部屋、綺麗にしておいてくれて。そのままだったし」
 「あぁ、そんなこと」と当たり前という反応がかえってくる。
「片づけて来客用の部屋とかにしていいのに」
「嫌よ。ここは獅郎の帰ってくる場所なの」
 その返事は頑なにこの不便な家から姉が引っ越さない理由の一つだという気がした。
「この前も聞いたけど、どう? やっていけそう?」
 こちらも向かずに次々と食器を洗っていく。おろしている黒いストレートの髪が顔にかかって、どんな表情か読めない。
「まだ、仕事も始まってないよ」
 こちらもキッチンバスケットに置かれていく食器を取っては布で拭いていく。二人は阿吽の呼吸で流れるように作業した。
「すぐ帰って来てもいいんだからね」
 サクラコが片手に食器を持ったまま固まり、その視線は水道から流れ落ちる水から離れない。二人の作業の流れは止まり、シンクのステンレスを打つ水音だけが台所に響く。
「大丈夫だよ。いろんな国の人が居たし、皆いい人そうだった」
「そう?」
 一度挨拶をしただけで、正直なところどんな人がいるのかわからない。だが、そんなことを言って、サクラコを不安にさせる必要もなかった。

「友達も出来たよ」
 サクラコを安心させることを一つでも多く話したい。
「そうなの?」
「うん。大学生なんだけど、とってもしっかりしたいい子で」
「どこで知り合ったの!?」
 安心させるつもりが、思い通りにいかなかった。サクラコはシロウの方を向き直り、驚いた声を出す。やっと姉の表情が見えた。
「リアムとノエルの群れの子なんだ。人狼のことをいろいろ教えてもらって」
 初めて出来た優しい友人を思い出して、自然と笑みがこぼれる。
「群れ……か。どんな子なの」
 何かを納得したのか、シロウから視線を手元に移し、洗い物に戻る。
「よく気が利くし、気遣いがあって優しい」
「そう……」
 同意をしたものの、聞いているのかいないのか、心ここにあらずといった返事で、既に何か別のことに関心が移ったようだった。何を考えているのか。
 シンクに置かれた大量の食器も調理器具もすっかり洗い終わって、サクラコも布巾を取って戻ってくる。

「緑さん、元気なおばあちゃまだったでしょ?」
 ジェイムズの話から、いきなり話題が変わる。何か考えていたようだったのはミドリのことだったようだ。
「うん。いろいろとお話を伺ったよ。姉さんも勿論会ったことあるんだよね?」
「勿論。ノエルの両親よりよっぽど顔を合わせているかも」
 同じ日本に住んでいる婚約者の身内だし、会う機会もあるのだろう。シロウも昼に会った可愛らしいミドリの姿を思い出していた。

「でも、一度も人狼の話を聞いたことはなかった」
 サクラコは次の皿を取らず、布巾を持った手をワークトップの上に置く。シロウも持っていた食器と布巾を置いて、姉を見る。
「不思議ね。私たちにも人狼の血が流れているなんて──。ノエルに『自分は人狼だ』って言われたとき、それが自分にも、シロウにも関係するなんて、全く、少しも、一ミリだって思わなかったわ」
 手に持った布巾を握りしめ、力を込めて言い切るとシロウを見た。
「それなのに……。大丈夫なの?」
 それは突如「人狼になってしまった」シロウに対する心配だろう。婚約者から言われることと、自分にもその血が流れているのでは全く異なる。
 その上、サクラコはそれを実体験出来はしないのだから。
 身体に何か大きな負担があるのではないか、不自由なことが出てくるのではないか。想像するしかない不安が滲み出ていた。
「みんな小さい時から人狼だって。小さい時からしきたりとか習うんでしょ?」
「大丈夫だよ。なったばかりの時は勝手がわからずに戸惑ったけど、今は、本当に問題ないんだ。さっき言った友達にもいろいろ教えてもらって、それがきっかけでその、ジェイムズと仲良くなれたし」
「そう……」
 シロウは自信をもって、サクラコに伝えた。だが、サクラコが納得したわけではないことは表情を見ればわかった。
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