狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

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18章

3 狩り? その1

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 夕飯のメインは奥庭でのバーベキューだ。
 買い物の時にノエルがいそいそとソーセージや骨付きの肉を買っていたので、なんとなくそうかとは思っていた。
 気の置けない仲の人となら、こうやって外で食事をするのも楽しいことだと知った。
 シロウには今までこういったことに誘ってくるような知り合いも友人もいなかった。本で読んだり、映像で見たりしたことがあるだけだった。
 義兄が楽しそうに片手に持ったトングで肉をひっくり返す。
 縁側のちゃぶ台にはサクラコが作った料理が並べられていた。懐かしい味。
 出しのきいた青菜のおひたし、きゅうりとハムの入ったポテトサラダ、紫蘇と茗荷の乗った冷奴。
 どれもこれもシロウの好きなものばかりで、サクラコがシロウのことを考えて用意してくれたことがよくわかる。
 ノエルの焼いてくれる肉はそっちのけで、サクラコの料理ばかり食べていたら、「俺の焼いた肉が食えないのか」と面倒くさい上司のような拗ね方をし始めて、サクラコと二人で声を上げて笑う。
 
「リアム、酒はそのくらいにしておけよ」
 お腹もいささかふくれてきた頃、ノエルがひょいと眉毛を上げて、意味ありげに言う。
「なんだ?」
 ニヤッと意味ありげに笑うだけで、何も答えない。
「この程度じゃ、俺は不能になったりしないぞ」
 シロウは飲んでいた麦茶が変なところに入って咽せる。顔を真っ赤にして、リアムを睨みつけた。
 サクラコはシロウの背中を優しく撫でつつ、心底呆れた顔で二人を見る。
「俺は関係ない!冤罪」
 両手を小さく上げて、ノエルが抗議する。
「お前が勿体ぶるからだろ?で、なんだよ」
 自分も巻き込まれた被害者だと言わんばかりに、下品な発言をした本人はノエルへ罪をなすりつける。
「せっかくだからさ、この後狩りに行ったらどうかと思って」

(狩り?この時間から?)

 それにしても、狩猟期間は秋ごろだったと思う。まだではないか。
 いや、それより狩猟許可とか必要ないのか。
 不思議に思ったが、隣のサクラコは「あぁ」と納得した顔をしている。この中でわかっていないのはシロウだけのようだった。

「どうだ?」
 片手に持ったビールを掲げて、わざとらしいほどにニヤッとする。
「あぁ、いいかもな。だが、本当に大丈夫なのか?」
 やはり何か心配なことでもあるのか、シロウの方を視線だけで窺ってリアムが尋ねる。
「大丈夫、大丈夫。何度か行ってるし」
 反応が軽い。楽観的な返事をするノエルをリアムは疑わしげに見る。

(まさか、密猟!?)
 
 シロウは驚き、目を剥いた。だが、それに気づく者はいなかった。

 そもそも、密猟なはずはない。
 姉のサクラコはとても高潔で高い倫理観を持っている。恋は盲目と言えど、人道に悖る行為はいくらなんでも許さないだろう。まぁ、姉は恋に盲目になるようなタイプでもないし。
 そのサクラコの前で堂々と話していると言うことは、犯罪行為ではないはずで……。
 サクラコをちらっと横目で見て、視線を天井に向ける。
 
 狩り、狩り、かり──。
 きのこや紅葉も「狩り」に行く。
 だが、いまは晩夏だ。きのこにも紅葉にも早い。この時期にいるのは生命が尽きそうな蝉か、カブトムシか、鈴虫の類いくらいなものだ。
 日本語だと、虫は「捕り」に行くとは言うが、間違っても「狩り」には行かない。
 英語は……。hunt(狩り)か、catch(捕り)。
 どちらが正確か、元より虫捕りの話なのかはシロウには判然としなかった。

(大の大人が、二人で虫を捕まえに行く?)

 眉間にしわを寄せ、頭の中で一人悶々と考えている間に、ノエルが花火をしようと言い出す。
「日本だと、花火がスーパーで買えるんだぜ!」
 ノエルが子供のようにはしゃいで、リアムが先刻シロウに言ったことと同じようなことを言う。テンションの高さは理解できないが、とにかく楽しそうで良かった。
「ちょっと待ってろよ。いま用意するから」
 ノエルは縁側からそのまま、水を入れたバケツを取りに家の裏へ消える。奥庭から裏を回ると庭木用の小さな外水栓があるのだ。
 隣に座っていたサクラコも立ち上がって、部屋の中に入っていく。

 リアムは縁側に座って、後ろについた手にもたれるようにして、庭を眺める。シロウは立ち上がって、リアムの隣まで行った。
「『初めて』ですね」
 そう言って、シロウは縁側に腰掛ける。
「ワクワクするよ」
 笑いながら、隣に座ったシロウを見つめる。
「日本の夏の風物詩です」
「あぁ。二つめの『初めて』だ」
 そう言って、リアムはシロウの榛色の澄んだ瞳を覗き込み、縁側についていた手を柔らかなシロウの髪にくぐらせる。優しく何度か髪をすいたあと、その手をシロウの頬に添えた。
 静まり返った庭からはリィーンリィーンと鈴のような虫の音がして、温くなった風が微かに草を揺らす。
 だんだんと顔が近づいて、もう少しで唇が触れそうだ。
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