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18章
2 禅メディテーションのポーズ
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家の変化を一通り確認して、シロウは庭を望む縁側にいた。休みの日はここでぼーっとしたり、本を読んだりして過ごしたお気に入りの場所だ。
中に入ってからは驚きの連続だったが、変わらない前庭を眺めると気持ちが落ち着いてくる。渦巻きの蚊取り線香から立ち昇る煙は夏の日本の匂いそのものだ。
縁側の隅に重ねられた座布団を二つ持ってきて、ふと些細なことを疑問に思う。
リアムは座布団に座れるのか──。
一緒に暮らしてこの方、リアムが狼の姿以外で床に座っているところなど見たことのない。
そのまま座布団を勧めるべきか、食堂から椅子を持ってくるべきかとシロウは一瞬悩む。
リアムに座ってもらってから、お茶を淹れに行こうかと思っていたが、考え直して一度自分で座ってみせた。
正座で座り、隣の座布団を指して、「どうぞ」と言った。
リアムは悩むそぶりもなく、すっとしゃがむとそのまま座布団の上に難なく胡座で座る。
「どうかした?」
「いえ、床に座られる文化がないかと思って」
リアムは「あぁ」と笑って、「禅メディテーションのポーズだよ」と答えた。
冷たい麦茶を傍らに二人で縁側に座る。ジージーと耳が痛いほど鳴り響いていた蝉の声はいつしか聞こえなくなり、リリリリリという鈴虫の鳴き声に変わっていた。季節が夏から秋に移り変わっているのを感じる。夕方のまだ暑い湿った空気にのって、庭からむせかえるほどの草いきれがする。
リアムは胡坐をかいた膝の上に手をのせてゆったりと、西日で赤くなった庭を眺めている。その姿がまさに瞑想のようで、先ほどの発言を思い出してシロウは自然と笑顔になる。
「心が落ち着くね」
その発言で、シロウの表情は限界を迎えた。
「ふふっ」
思わずもれた笑い声に、リアムが怪訝な顔をする。
「何か変かな?」
「すみません。ふふ」
胡坐をかいたまま、両手を広げて首をかしげる。その姿はまるでヨガのポーズか、何かの導師が信者に語りかけているようだ。似合っているのか似合っていないのかはわからないが、堂にいっているかと聞かれたら、それは否だろう。普段から想像出来ない姿に堪えきれない笑みが込み上げる。
この旅でシロウはリアムの普段は目にすることのない姿をたくさん見ることが出来た。楽しいものの、いい加減この話題から話を逸らさないと声を上げて笑い出してしまいそうだった。
シロウは握った拳を口元に当てて、コホンとわざとらしい咳払いをして庭に視線をやる。
「ここは気に入っていただけましたか」
「あぁ、とてもいいところだ。シロウはここで育ったんだね」
「そうですね。祖母に引き取られてから、ついこの間まで」
「自然が近い」
「そうですね……。長い時間をこの縁側や庭で過ごしてきました」
「心が落ち着く気がするよ」
自分の大好きな場所をリアムも気に入ってくれているようだ。それがお世辞ではないことくらいシロウにはわかる。
だからこそ、素朴な風景を愛しんでもらえたことが……同じものを見て同じように感じられることが素直に嬉しかった。
昼と夜の境、だんだんと低くなった太陽が山の陰から庭を照らす。茂る草木が地面に濃い影を落とし、風が吹くたびにチリンチリンと風鈴の音が鳴り幻想的だ。穏やかな時間を共有する。会話もなくいつまでも眺めていられそうだった。
「綺麗だ……」
しばらくそうして庭を眺めていたが、ふとリアムが囁くようにつぶやいた。
庭に対してなのか、シロウに対してなのかわからない。「そうですね」と応えようとリアムを見れば、アイスブルーの瞳がまっすぐにシロウを見つめていた。
照れくささに顔が熱くなる。
リアムには気づかれなかっただろうか。
いや、きっと夕焼けの色だと思ってもらえただろう。
ぱっと目をそらして、何事も聞こえなかったように、再び庭に視線を戻した。
蚊取り線香の匂いに混ざって、リアムから甘くエキゾチックな香りがした気がする。
「さっき、ノエルが花火を買っていました」
空気を変えようと、先ほどの買い物の話をする。
「驚いたよ。日本では花火がスーパーマーケットで買えるんだね」
「そうですね。イベントで打ち上げるような大きなものではありませんが、手に持てるものから、打ちあがるものまで売っていますよ」
急な話題転換は不自然ではなかっただろうか。
「今日はたくさん初めてのことが経験出来そうだよ」
そう言ってリアムは笑った。
中に入ってからは驚きの連続だったが、変わらない前庭を眺めると気持ちが落ち着いてくる。渦巻きの蚊取り線香から立ち昇る煙は夏の日本の匂いそのものだ。
縁側の隅に重ねられた座布団を二つ持ってきて、ふと些細なことを疑問に思う。
リアムは座布団に座れるのか──。
一緒に暮らしてこの方、リアムが狼の姿以外で床に座っているところなど見たことのない。
そのまま座布団を勧めるべきか、食堂から椅子を持ってくるべきかとシロウは一瞬悩む。
リアムに座ってもらってから、お茶を淹れに行こうかと思っていたが、考え直して一度自分で座ってみせた。
正座で座り、隣の座布団を指して、「どうぞ」と言った。
リアムは悩むそぶりもなく、すっとしゃがむとそのまま座布団の上に難なく胡座で座る。
「どうかした?」
「いえ、床に座られる文化がないかと思って」
リアムは「あぁ」と笑って、「禅メディテーションのポーズだよ」と答えた。
冷たい麦茶を傍らに二人で縁側に座る。ジージーと耳が痛いほど鳴り響いていた蝉の声はいつしか聞こえなくなり、リリリリリという鈴虫の鳴き声に変わっていた。季節が夏から秋に移り変わっているのを感じる。夕方のまだ暑い湿った空気にのって、庭からむせかえるほどの草いきれがする。
リアムは胡坐をかいた膝の上に手をのせてゆったりと、西日で赤くなった庭を眺めている。その姿がまさに瞑想のようで、先ほどの発言を思い出してシロウは自然と笑顔になる。
「心が落ち着くね」
その発言で、シロウの表情は限界を迎えた。
「ふふっ」
思わずもれた笑い声に、リアムが怪訝な顔をする。
「何か変かな?」
「すみません。ふふ」
胡坐をかいたまま、両手を広げて首をかしげる。その姿はまるでヨガのポーズか、何かの導師が信者に語りかけているようだ。似合っているのか似合っていないのかはわからないが、堂にいっているかと聞かれたら、それは否だろう。普段から想像出来ない姿に堪えきれない笑みが込み上げる。
この旅でシロウはリアムの普段は目にすることのない姿をたくさん見ることが出来た。楽しいものの、いい加減この話題から話を逸らさないと声を上げて笑い出してしまいそうだった。
シロウは握った拳を口元に当てて、コホンとわざとらしい咳払いをして庭に視線をやる。
「ここは気に入っていただけましたか」
「あぁ、とてもいいところだ。シロウはここで育ったんだね」
「そうですね。祖母に引き取られてから、ついこの間まで」
「自然が近い」
「そうですね……。長い時間をこの縁側や庭で過ごしてきました」
「心が落ち着く気がするよ」
自分の大好きな場所をリアムも気に入ってくれているようだ。それがお世辞ではないことくらいシロウにはわかる。
だからこそ、素朴な風景を愛しんでもらえたことが……同じものを見て同じように感じられることが素直に嬉しかった。
昼と夜の境、だんだんと低くなった太陽が山の陰から庭を照らす。茂る草木が地面に濃い影を落とし、風が吹くたびにチリンチリンと風鈴の音が鳴り幻想的だ。穏やかな時間を共有する。会話もなくいつまでも眺めていられそうだった。
「綺麗だ……」
しばらくそうして庭を眺めていたが、ふとリアムが囁くようにつぶやいた。
庭に対してなのか、シロウに対してなのかわからない。「そうですね」と応えようとリアムを見れば、アイスブルーの瞳がまっすぐにシロウを見つめていた。
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リアムには気づかれなかっただろうか。
いや、きっと夕焼けの色だと思ってもらえただろう。
ぱっと目をそらして、何事も聞こえなかったように、再び庭に視線を戻した。
蚊取り線香の匂いに混ざって、リアムから甘くエキゾチックな香りがした気がする。
「さっき、ノエルが花火を買っていました」
空気を変えようと、先ほどの買い物の話をする。
「驚いたよ。日本では花火がスーパーマーケットで買えるんだね」
「そうですね。イベントで打ち上げるような大きなものではありませんが、手に持てるものから、打ちあがるものまで売っていますよ」
急な話題転換は不自然ではなかっただろうか。
「今日はたくさん初めてのことが経験出来そうだよ」
そう言ってリアムは笑った。
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