狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

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18章

1 帰ってきた

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 帰ってきた──。

 家の中に入ると懐かしい匂いがする。匂いは記憶を呼び覚ます。シロウは部屋に入って、家に帰った実感が湧いてきた。

 シロウの部屋は家を出た時と何一つ変わっていなかった。窓にかかるカーテンも、小さい時から使っていた学習机も。

 
 玄関から入ってすぐのシロウの部屋は、元々応接間として使われていた場所で、昼は日当たりもよく明るい。部屋の窓は開けられておらず熱がこもっているものの、棚にも床にも埃一つ落ちていない。綺麗に整えられたベッドには洗濯されたシーツがかかり、その上に畳まれたタオルケットが置いてある。
 部屋の主が居なくとも、掃除をして空気を入れ替えられて、住んでいた時と変わらないように綺麗にされている。
 田舎の家にありがちだが、シロウとサクラコの家は部屋数も多く広い。いつ建てられたものなのかもよくわからない。修繕と改装を繰り返したもののガタがきている、よく言えば歴史を感じる古民家、悪く言うなら隙間風の入り込む古い日本家屋で、二人にとっては無駄に広いだけの家だった。掃除も全ての部屋を行うのはかなり手間と時間がかかる。
 それなのに、こうして暮らしていた時と変わらない状態にしてくれるサクラコの優しさがシロウの身に染みる。


 自分の部屋の変わらなさとはうって変わり、家の中は変化を見せていた。
 まず、驚いたことに車庫が拡張されていた。
 今までだって車庫はあった。だがそれは、車が一台おけるだけのスペースしか取られていなかったし、何よりそれで十分だった。
 サクラコは職場の学校に通うために、小さな軽自動車を持っている。ここのように周りに何も無い郊外では、通勤とは関係なくとも、車を持っていないと普段から生活がしづらい。サクラコは免許取得年齢に達した時に、真っ先に免許を取得した。
 一方、シロウも大学在学中に免許を取得したものの、普段は姉が運転する隣が常席だった。いわゆる、ペーパードライバーというやつで、免許だけは取ったものの、ろくに運転したことはない。
 駐車場所はサクラコの小さな軽自動車が置かれるためだけにしか使われておらず、それ以上の広さは必要ない。

 ノエルはシロウがこの家で暮らしている頃から頻繁に車で訪れていた。だが、サクラコの軽自動車が置かれた車庫前の空いたスペースに停められていたに過ぎなかった。
 それが、サクラコの軽自動車が入れられていた古い車庫は車が二台入るサイズの真新しい車庫に姿を変えていた。最新の。シャッターがついた。それはそれは立派なやつに。

 そして、ノエルの部屋が出来ていたのだ。
 無駄に広い家には空いていて使われていない部屋がいくつかある。
 シロウがこの家に住んでいた時、ノエルが泊まることはあっても、それは座敷の畳に布団をひいて寝るという来客スタイルで、「滞在することはあるが帰る」ことが前提だった。
 それが……座敷の一つが「ノエルの部屋」になっていた。
 十畳の奥座敷には絨毯が敷かれ、大きなベッドが運び込まれている。小さいながらワークテーブルも置かれており、そこにはパソコンやモニター、デスクライトが設置されていた。
 床の間にはフィギュアが置かれ、床脇の違い棚には書籍が立てられている。手前の襖は一箇所だけ残し、ホームセンターか大衆的な家具屋に売っていそうなオープンタイプのワードローブが置かれ、そこには本来こんな簡素なワードローブにかけられるべきではない、ノエルの仕立てのよいスーツがいくつかかけられて異彩を放っていた。
 どの程度の頻度なのか部屋の変化からは窺い知れないが、ノエルはここに「滞在する」から「生活する」に変えたことはわかった。

 そして最後に、一番驚いたのは台所の脇にあった姉の部屋が、奥座敷の隣にある「次の間」に移っていたことだ。
 奥座敷と仏間の間にある次の間は、元々祖母が生きていた時に生活をしていた場所だった。亡くなった後も何に使うこともなく、祖母が使っていたときのまま鏡台やちゃぶ台が残されており、白い布がかけられていたと記憶している。
 それらはすっかり片付けられ、ノエルの部屋と同じように、畳の上には絨毯が敷かれ、姉の部屋に置かれていた棚や箪笥が移動されていた。

 姉がこの広い家に一人で住んでいないことに安堵すると同時に、ほんの少し、本当に少しだけ、シロウは寂しさを感じた。
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