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17章
7 実家へ
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「シロウも久しぶりに自分の家に泊まりたいだろ?」
「……あ、はい」
傍観者の体で二人の会話を聞いていたシロウは、いきなり話を自分に振られて返事が一瞬遅れた。それを躊躇っているように
「シロウ、ノエルに気を遣う必要はないよ」
「いえ!そんなことはないです」
思いの外、大きな声で否定をしてしまい、そのあとの言葉がだんだん小さくなる。
「もちろん、俺にも」
「はい」
自分の意思を主張することは苦手だ。シロウは遠慮がちに肯定の言葉だけ返事する。
「なら、泊まろう。下着も買えるらしいし」
ノエルの揶揄いに乗っかったお茶目な返事をして、シロウが引け目を感じないようにしてくれる。
「それに、シロウの育った家を見てみたくないかと聞かれたら、一も二もなく『見たい』と答えるよ」
リアムが優しい笑顔で後部座席を振り返る。
気遣いか真意かは判事難かったが、それでもシロウは嬉しかった。
車窓の風景は街並みから家の数を減らして、すっかり郊外から田舎の風景に変わって来た時、フロントガラスの向こうに小さな家が見えてきた。
懐かしさを感じるには、時間がいささか短すぎる気もする。だが、物心がついてから半年前まで長い時間を過ごした家が見えた時、「帰ってきた」としみじみ思った。
実家の周りの風景は閑散としていた。住んでいる時にはそれほど気にならなかったが、こうして見るとあまりに周りに何もない。一番近い民間はもう人が住まなくなって久しい。
二人ならともかく、姉は寂しいのではないか。
そんなことを思っていると、石垣の外に佇む人影が見える。
車が止まるやいなや、シロウは慌てるように外に出た。
「おかえり」
いつから外で待っていたのか、サクラコが車を降りたばかりのシロウを出迎える。
「ただいま」
つい、先週あったばかりの姉に抱きつき、腕に力を込めた。背中に回されたサクラコの手がシロウの背中を優しく撫でる。
姉と家という組み合わせがシロウの琴線に触れて、泣きたいような気持ちにさせる。こんな気持ちになったのは初めてのことだった。
アメリカに行ってからこちら、何も辛いことなどなかった。
挨拶に行った先の校内で倒れて、見ず知らずの人に介抱されようが、いきなり「君は人狼だ」と訳がわからないことを言われようが、何不自由ない快適極まりない生活をしていた。
財布と携帯を無くそうと、いきなりよくわからない集まりに連れて行かれようと、人生で初めての恋人が出来て、ふわふわと幸せな気持ちで過ごしていたものだと思う。
だが、そういうことではない。
不自由では無いとか、快適であるとかは関係ないのだ。
自分でも気づかなかったが、ずっと気を張っていたのだとわかった。
もう一度「ただいま」と小さく言って、シロウはサクラコに回していた腕を解く。
少し照れ臭くて、恥ずかしさに横目に見たサクラコの瞳もいつもより潤んでキラキラとしている気がするのは、きっと気のせいだろう。
二人でふっと小さく笑った。
「サクラコさん、俺もいるんだけど」
エンジンを切った車から、ノエルとリアムが降りてくる。
「ノエルはいつでも会える」
サクラコは婚約者に冷たく短い返事をして、シロウと腕を組む。
ぶらぶらと歩いてきたノエルは、手に持った白いビニール袋を掲げて見せた。肩には大きな布のエコバッグが下げられている。
見た目のチャラさとは正反対の家庭的な姿に、思わずシロウは笑ってしまった。
「えー、買い物してきたのに」
「それは、ありがとう」
慇懃なやり取りをする姉と義兄を尻目に、ずっと置いてけぼりのリアムが気になった。
すぐ側まで来ていたハンサムな恋人も、ロードサイドにあったファストファッションの店の袋を片手に持っている。その似合わなさに今度は声を上げて笑った。
楽しい。
大好きな人たちに囲まれたこの時がシロウには思いのほか嬉しかった。
(来てよかった)
気づけばサクラコと反対側の腕をリアムが取り、二人に連行されるように家に入った。
「……あ、はい」
傍観者の体で二人の会話を聞いていたシロウは、いきなり話を自分に振られて返事が一瞬遅れた。それを躊躇っているように
「シロウ、ノエルに気を遣う必要はないよ」
「いえ!そんなことはないです」
思いの外、大きな声で否定をしてしまい、そのあとの言葉がだんだん小さくなる。
「もちろん、俺にも」
「はい」
自分の意思を主張することは苦手だ。シロウは遠慮がちに肯定の言葉だけ返事する。
「なら、泊まろう。下着も買えるらしいし」
ノエルの揶揄いに乗っかったお茶目な返事をして、シロウが引け目を感じないようにしてくれる。
「それに、シロウの育った家を見てみたくないかと聞かれたら、一も二もなく『見たい』と答えるよ」
リアムが優しい笑顔で後部座席を振り返る。
気遣いか真意かは判事難かったが、それでもシロウは嬉しかった。
車窓の風景は街並みから家の数を減らして、すっかり郊外から田舎の風景に変わって来た時、フロントガラスの向こうに小さな家が見えてきた。
懐かしさを感じるには、時間がいささか短すぎる気もする。だが、物心がついてから半年前まで長い時間を過ごした家が見えた時、「帰ってきた」としみじみ思った。
実家の周りの風景は閑散としていた。住んでいる時にはそれほど気にならなかったが、こうして見るとあまりに周りに何もない。一番近い民間はもう人が住まなくなって久しい。
二人ならともかく、姉は寂しいのではないか。
そんなことを思っていると、石垣の外に佇む人影が見える。
車が止まるやいなや、シロウは慌てるように外に出た。
「おかえり」
いつから外で待っていたのか、サクラコが車を降りたばかりのシロウを出迎える。
「ただいま」
つい、先週あったばかりの姉に抱きつき、腕に力を込めた。背中に回されたサクラコの手がシロウの背中を優しく撫でる。
姉と家という組み合わせがシロウの琴線に触れて、泣きたいような気持ちにさせる。こんな気持ちになったのは初めてのことだった。
アメリカに行ってからこちら、何も辛いことなどなかった。
挨拶に行った先の校内で倒れて、見ず知らずの人に介抱されようが、いきなり「君は人狼だ」と訳がわからないことを言われようが、何不自由ない快適極まりない生活をしていた。
財布と携帯を無くそうと、いきなりよくわからない集まりに連れて行かれようと、人生で初めての恋人が出来て、ふわふわと幸せな気持ちで過ごしていたものだと思う。
だが、そういうことではない。
不自由では無いとか、快適であるとかは関係ないのだ。
自分でも気づかなかったが、ずっと気を張っていたのだとわかった。
もう一度「ただいま」と小さく言って、シロウはサクラコに回していた腕を解く。
少し照れ臭くて、恥ずかしさに横目に見たサクラコの瞳もいつもより潤んでキラキラとしている気がするのは、きっと気のせいだろう。
二人でふっと小さく笑った。
「サクラコさん、俺もいるんだけど」
エンジンを切った車から、ノエルとリアムが降りてくる。
「ノエルはいつでも会える」
サクラコは婚約者に冷たく短い返事をして、シロウと腕を組む。
ぶらぶらと歩いてきたノエルは、手に持った白いビニール袋を掲げて見せた。肩には大きな布のエコバッグが下げられている。
見た目のチャラさとは正反対の家庭的な姿に、思わずシロウは笑ってしまった。
「えー、買い物してきたのに」
「それは、ありがとう」
慇懃なやり取りをする姉と義兄を尻目に、ずっと置いてけぼりのリアムが気になった。
すぐ側まで来ていたハンサムな恋人も、ロードサイドにあったファストファッションの店の袋を片手に持っている。その似合わなさに今度は声を上げて笑った。
楽しい。
大好きな人たちに囲まれたこの時がシロウには思いのほか嬉しかった。
(来てよかった)
気づけばサクラコと反対側の腕をリアムが取り、二人に連行されるように家に入った。
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