狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

文字の大きさ
120 / 146
17章

7 実家へ

しおりを挟む
「シロウも久しぶりに自分の家に泊まりたいだろ?」
「……あ、はい」
 傍観者の体で二人の会話を聞いていたシロウは、いきなり話を自分に振られて返事が一瞬遅れた。それを躊躇っているように
「シロウ、ノエルに気を遣う必要はないよ」
「いえ!そんなことはないです」
 思いの外、大きな声で否定をしてしまい、そのあとの言葉がだんだん小さくなる。
「もちろん、俺にも」
「はい」
 自分の意思を主張することは苦手だ。シロウは遠慮がちに肯定の言葉だけ返事する。
「なら、泊まろう。下着も買えるらしいし」
 ノエルの揶揄いに乗っかったお茶目な返事をして、シロウが引け目を感じないようにしてくれる。
「それに、シロウの育った家を見てみたくないかと聞かれたら、一も二もなく『見たい』と答えるよ」
 リアムが優しい笑顔で後部座席を振り返る。
 気遣いか真意かは判事難かったが、それでもシロウは嬉しかった。

 車窓の風景は街並みから家の数を減らして、すっかり郊外から田舎の風景に変わって来た時、フロントガラスの向こうに小さな家が見えてきた。
 懐かしさを感じるには、時間がいささか短すぎる気もする。だが、物心がついてから半年前まで長い時間を過ごした家が見えた時、「帰ってきた」としみじみ思った。

 実家の周りの風景は閑散としていた。住んでいる時にはそれほど気にならなかったが、こうして見るとあまりに周りに何もない。一番近い民間はもう人が住まなくなって久しい。

 二人ならともかく、姉は寂しいのではないか。
 そんなことを思っていると、石垣の外に佇む人影が見える。

 車が止まるやいなや、シロウは慌てるように外に出た。
「おかえり」
 いつから外で待っていたのか、サクラコが車を降りたばかりのシロウを出迎える。
「ただいま」
 つい、先週あったばかりの姉に抱きつき、腕に力を込めた。背中に回されたサクラコの手がシロウの背中を優しく撫でる。
 姉と家という組み合わせがシロウの琴線に触れて、泣きたいような気持ちにさせる。こんな気持ちになったのは初めてのことだった。

 アメリカに行ってからこちら、何も辛いことなどなかった。
 挨拶に行った先の校内で倒れて、見ず知らずの人に介抱されようが、いきなり「君は人狼だ」と訳がわからないことを言われようが、何不自由ない快適極まりない生活をしていた。
 財布と携帯を無くそうと、いきなりよくわからない集まりに連れて行かれようと、人生で初めての恋人が出来て、ふわふわと幸せな気持ちで過ごしていたものだと思う。

 だが、そういうことではない。
 不自由では無いとか、快適であるとかは関係ないのだ。
 自分でも気づかなかったが、ずっと気を張っていたのだとわかった。

 もう一度「ただいま」と小さく言って、シロウはサクラコに回していた腕を解く。
 少し照れ臭くて、恥ずかしさに横目に見たサクラコの瞳もいつもより潤んでキラキラとしている気がするのは、きっと気のせいだろう。
 二人でふっと小さく笑った。

「サクラコさん、俺もいるんだけど」
 エンジンを切った車から、ノエルとリアムが降りてくる。
「ノエルはいつでも会える」
 サクラコは婚約者に冷たく短い返事をして、シロウと腕を組む。
 ぶらぶらと歩いてきたノエルは、手に持った白いビニール袋を掲げて見せた。肩には大きな布のエコバッグが下げられている。
 見た目のチャラさとは正反対の家庭的な姿に、思わずシロウは笑ってしまった。

「えー、買い物してきたのに」
「それは、ありがとう」
 慇懃なやり取りをする姉と義兄を尻目に、ずっと置いてけぼりのリアムが気になった。
 すぐ側まで来ていたハンサムな恋人も、ロードサイドにあったファストファッションの店の袋を片手に持っている。その似合わなさに今度は声を上げて笑った。

 楽しい。
 大好きな人たちに囲まれたこの時がシロウには思いのほか嬉しかった。

(来てよかった)

 気づけばサクラコと反対側の腕をリアムが取り、二人に連行されるように家に入った。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

天使のローブ

茉莉花 香乃
BL
アルシャント国には幼少期に読み聴かせる誰もが知っている物語がある。 それは勇者の物語。 昔々、闇黒がこの国を支配していた。太陽の光は届かず大地は荒れ果て、人々は飢えと寒さに耐えていた。その時五人の勇者が立ち上がった。 闇黒に立ち向かい封印に成功した勇者たちはこの国を治めた。闇黒から解き放たれた人々は歓喜した。 その話は悠遠の昔のこと…しかし、今も続く勇者の物語。 ファンタジーです 他サイトにも公開しています

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

帝は傾国の元帥を寵愛する

tii
BL
セレスティア帝国、帝国歴二九九年――建国三百年を翌年に控えた帝都は、祝祭と喧騒に包まれていた。 舞踏会と武道会、華やかな催しの主役として並び立つのは、冷徹なる公子ユリウスと、“傾国の美貌”と謳われる名誉元帥ヴァルター。 誰もが息を呑むその姿は、帝国の象徴そのものであった。 だが祝祭の熱狂の陰で、ユリウスには避けられぬ宿命――帝位と婚姻の話が迫っていた。 それは、五年前に己の采配で抜擢したヴァルターとの関係に、確実に影を落とすものでもある。 互いを見つめ合う二人の間には、忠誠と愛執が絡み合う。 誰よりも近く、しかし決して交わってはならぬ距離。 やがて帝国を揺るがす大きな波が訪れるとき、二人は“帝と元帥”としての立場を選ぶのか、それとも――。 華やかな祝祭に幕を下ろし、始まるのは試練の物語。 冷徹な帝と傾国の元帥、互いにすべてを欲する二人の運命は、帝国三百年の節目に大きく揺れ動いてゆく。 【第13回BL大賞にエントリー中】 投票いただけると嬉しいです((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆ポチポチポチポチ

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

フラン

大波小波
BL
 大学を中退したオメガ青年・水流 秀実(つる ひでみ)は、親からの仕送りも途絶え苦しい生活を強いられていた。  ある日、秀実はカフェで無銭飲食をするところを、近藤 士郎(こんどう しろう)と名乗るアルファの男に止められる。  カフェのオーナーであるこの男、聞けばヤクザの組長と言うではないか。  窮地の秀実に、士郎はある話を持ち掛ける。  それは、AV俳優として働いてみないか、という内容だった……!

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

処理中です...