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3章
20 ゾイのフルネーム
しおりを挟むしばらくしても、隣でとめどなく話し続けるゾイに、ふと健介は違和感を感じた。いま、自分たちは馬車に乗っているのに、ゾイは喋り続けている。
健介はいままでに馬車に乗ったことが一度だけある。よくある乗り合いの辻馬車だ。
正確には二度だが、この世界に来てすぐに手足を縛られて乗せられたのは、自分の意思ではないので、回数に数えなくていいだろう。
ハウスで働き始めてからは馬車に乗っていない。というより、単純に長距離の移動などする必要がなかったので乗ることもなかった。
何より初めて乗った馬車の経験が二度と乗りたくないと思わせるのに十分だったから……ということもある。
とにかく揺れる。激しく揺れるのだ。
道が悪ければ、がたごとと跳ねて、座席にゆっくりと腰を落ち着けることはできない。その座席も木の板を置いただけ、といった代物で振動が直接尻に響き、座っていることすらツラいほごであった。そんな状況では話すことなど出来ない。無理だ。舌を噛むこと間違いない。
だが、どうだろうか──。
整備されていない土の道を走るのに比べたら、帝都の舗装された道路を走る分にはそれほど揺れないのかもしれない。
だが、石畳だって前の世界の平らに整えられたアスファルトと比べたら、どう考えたって揺れるに決まっている。それなのに、この馬車は全く、少しも、揺れを感じないのだ。
まるで止まっているように静かだ。自動車だってここまで静かには走れない。
不思議に思った健介はゾイの話しの合間を見計らって尋ねた。
「それはそうよ。魔道具が組み込んであるもの」
魔石! キタコレ!!
今度こそファンタジー!
魔法があるなら、魔道具は定番だ。あるのではないかと考えていたが、実際にその存在を聞くとやはり若干テンションがあがる。
「魔道具……ですか! す、すごいですね」
少しだけ興奮して返事をするが、目の前のゾイは「何をそんなに興奮することが?」と不思議そうにこちらを見ていた。
健介は困惑する。
「ま、魔道具は、その……普通に使われている、のですか?」
「そうねぇ、魔道具はよく使われているとは思うわよ。ほら、水道とか、部屋の明かりとかもそうだし」
かどわかされたときに連れていかれた村も、明かりには松明を使っていたし、救護院でもろうそくで明かりを取っていた。基本的には水も井戸から水をくみ上げる。だが、ハウスは蛇口をひねると水が出てくるし、部屋の明かりもボタンを押すと点いていた。電気の概念がなさそうなので、動力はなにか? とは常々疑問に思っていたが答えは魔道具だったのか、と健介は納得した。
「まあ、貴族の間では、だけどね」
貴族。
その言葉を聞いて、健介はゾイが「卿」と呼ばれていたことを思い出す。この世界でも同じ意味なのかはわからないが、確か元の世界では「貴族や官僚への敬称」ではなかったか……。
自分の耳が自動翻訳のように聞こえているのであれば、同様の意味ということであてられたのだろう。
それにその時には別のことが気になって、深く追求することが出来なかったが、サイベリアンの母親の弟ということ言っていた。サイベリアンの母親はこの帝国の皇帝の配偶者。つまり、皇后だ。
皇后になれるような家柄ということは……。
「ぞ、ゾイさ、さん、まは、……」
「ケンちゃん、さんまって……。さんでいいのよ、『さん』で」
「あ、は、はい。ゾイさ、んは偉い貴族なのですよね?」
我ながら、「偉い貴族」という言い方が馬鹿っぽくてあきれたが、他にうまい言い回しというか聞き方がわからなかったのでしかたがない。
「うーん……そうねぇ。まだ家を出ている訳じゃないし、貴族ではあるし。そもそも、契約書に名前書いてあったんだけど。ケンちゃんは読めなかったのよね」
「は、はい……」
「ゾイ・デュケ・ボルハウンドっていうのよ」
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