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3章
21 ハウスと領主
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でゅけ? と健介は頭の中で繰り返した。
「そうよ。デュケ。ボルハウンド公爵家のってことね」
頭の中で繰り返したと思っていたが、どうやら声に出ていたようで、ゾイが教えてくれた。
「あ、こ、こう……しゃく」
身分制度も、健介のわかる日本語に自動的に訳されて聴こえているはずだ。きっと。おそらく。
ならば、自分の知っているそれは、「公侯伯子男」だったと思う……のだが、日本語の音だとこの身分制度は大変にややこしい。
「こうしゃく」は「公爵」なのか、「侯爵」なのか……。
いずれにせよ、ど偉い高位の貴族だったことがわかって、健介の脇からどっと汗があふれる。ふかふかの座席に沈んでいた背筋を伸ばして、座り直した。
ところで、皇帝を頂点として、封建的な階級制度が敷かれているこの国において、果たして庶民と貴族は同じ馬車に乗るのだろうか。
ちらっと隣のゾイを窺い見ると、ゾイも健介をじっと観察するように眺めていた。
ハッとして健介は視線を正面にした。
不敬? 不敬なのでは?
でも、同乗はゾイに言われたことだし、馬車が走り始めてからいままで、ダメだとかそういったことは何も言っていない。なんなら、隣に座らないのかと聞いてきたくらいなのだ。
健介は意を決して、体ごとゾイの方を向きなおした。
「ぞ、ゾイさ、さん、さま」
「『さん』」
「ゾイ、さん、貴族様とお、俺みたいな平民は同じ場所に乗りませんよ、ね?」
「そうねぇ。でも、貴方はハウスの従業員だし……」
こちらを見ていたゾイは片手を顎にあてて、首を傾げてにっこり笑っている。
そんなゾイに対して、健介は焦ったようにその先を続けた。
「で、でも、使用人は一緒にしょ、食事をしたり、馬車に、乗ったりしない、ですよね?」
「まあ、ハウスのプレイヤーは使用人じゃないから」
「?」
雇い人と雇われ人。雇用主と被雇用者。
確かに使用人とは違うかもしれないが、立場は同じではない。雇用関係の上下が逆転していない限り、どちらにせよ馬車に同席しない。
健介にはゾイの言葉が理解できなかった。
そんな健介の表情を見て、ゾイは「ちょっと長くなるけど……」と話し始めた。
「第二性」であるDomやSubは誰もがもっているものではない。ダイナミクスを持つ人は、帝国内では全人口の四分の一強程度だ。それをDomとSubで数えるなら、Domがだいたい二割、Subは二割弱しかいない。
これは健介は自分がSubだと判明したときに、医者から説明をされていた内容と同様だった。健介は「なんだって誰もが使える魔法……魔力はないのに、誰もが持っているわけではない……しかも、より希少な方なのか?」とこの世界の神を恨んだものだ。
健介はゾイの話に頷きながら、過去の自分を思い出す。ゾイの後ろにある窓から見える景色はすっかり多くの建物がひしめくような街並みからまばらに家や店舗が立ち並ぶ長閑な雰囲気へと変わっていた。ゾイの話は続く。
第二性単語持ちがどうして生まれてくるのかは解明されておらず、貴族であろうが平民であろうが関係ないが、比較的獣人に多い。この帝国の貴族はルーツに獣人を持つ家が多く、帝国はダイナミクス持ちを保護することを義務付けている。
そのため、各領には国と領が費用を半分づつ出し合って、ハウスが設置されており、その運営は領主に義務付けられ、その監査は国の機関が行なっているそうだ。
そして、運営を領主が行うということで、ハウスの責任者はだいたいが領主の身内が担っており、ボルハウンドの現領主の弟である、ゾイがその役割を務めているそうだ。そして、ボルハウンドは帝国内で四つしかない「公爵家」だという。
「へぇ……そうなんですね」
健介は初めて聞くその話に興味深く頷いた。無邪気に話に耳を傾ける健介をゾイはまたじっと見つめながら、話を続ける。
「領主の身内が管理をするのは、ハウスで身分を傘に着て狼藉を働かないようにという抑止もあるのよ、ほら、領主の身内以上に身分が高い人はそういないから」
健介は大いに納得した。正直なところ、貴族で公爵の弟という身分であるゾイが、ハウスで支配人をしているのは健介からすると、おかしなことのように感じていた。ハウスは娼館ではないということはわかっていたが、「ダイナミクスのプレイをする場所」という施設の管理者を健介の常識では貴族が行うことには思えなかったのだ。
説明を聞いて、自分の常識ではこの世界におけるダイナミクスというものを理解できていなかったとよくわかった。
長いこと丁寧な説明をしていたゾイが健介から視線を逸らさずに、ひと呼吸つく。
「本当にケンちゃんは何も知らないのね……」
意味深な呟きをして、ひたと捉えていた健介から視線を窓の外に移す。
「少し休憩をしましょう」
そう言って、小窓から御者さんに何かを告げる。窓の外の景色はすっかり帝都の街並みから、郊外……自然が多くなっていた。
「そうよ。デュケ。ボルハウンド公爵家のってことね」
頭の中で繰り返したと思っていたが、どうやら声に出ていたようで、ゾイが教えてくれた。
「あ、こ、こう……しゃく」
身分制度も、健介のわかる日本語に自動的に訳されて聴こえているはずだ。きっと。おそらく。
ならば、自分の知っているそれは、「公侯伯子男」だったと思う……のだが、日本語の音だとこの身分制度は大変にややこしい。
「こうしゃく」は「公爵」なのか、「侯爵」なのか……。
いずれにせよ、ど偉い高位の貴族だったことがわかって、健介の脇からどっと汗があふれる。ふかふかの座席に沈んでいた背筋を伸ばして、座り直した。
ところで、皇帝を頂点として、封建的な階級制度が敷かれているこの国において、果たして庶民と貴族は同じ馬車に乗るのだろうか。
ちらっと隣のゾイを窺い見ると、ゾイも健介をじっと観察するように眺めていた。
ハッとして健介は視線を正面にした。
不敬? 不敬なのでは?
でも、同乗はゾイに言われたことだし、馬車が走り始めてからいままで、ダメだとかそういったことは何も言っていない。なんなら、隣に座らないのかと聞いてきたくらいなのだ。
健介は意を決して、体ごとゾイの方を向きなおした。
「ぞ、ゾイさ、さん、さま」
「『さん』」
「ゾイ、さん、貴族様とお、俺みたいな平民は同じ場所に乗りませんよ、ね?」
「そうねぇ。でも、貴方はハウスの従業員だし……」
こちらを見ていたゾイは片手を顎にあてて、首を傾げてにっこり笑っている。
そんなゾイに対して、健介は焦ったようにその先を続けた。
「で、でも、使用人は一緒にしょ、食事をしたり、馬車に、乗ったりしない、ですよね?」
「まあ、ハウスのプレイヤーは使用人じゃないから」
「?」
雇い人と雇われ人。雇用主と被雇用者。
確かに使用人とは違うかもしれないが、立場は同じではない。雇用関係の上下が逆転していない限り、どちらにせよ馬車に同席しない。
健介にはゾイの言葉が理解できなかった。
そんな健介の表情を見て、ゾイは「ちょっと長くなるけど……」と話し始めた。
「第二性」であるDomやSubは誰もがもっているものではない。ダイナミクスを持つ人は、帝国内では全人口の四分の一強程度だ。それをDomとSubで数えるなら、Domがだいたい二割、Subは二割弱しかいない。
これは健介は自分がSubだと判明したときに、医者から説明をされていた内容と同様だった。健介は「なんだって誰もが使える魔法……魔力はないのに、誰もが持っているわけではない……しかも、より希少な方なのか?」とこの世界の神を恨んだものだ。
健介はゾイの話に頷きながら、過去の自分を思い出す。ゾイの後ろにある窓から見える景色はすっかり多くの建物がひしめくような街並みからまばらに家や店舗が立ち並ぶ長閑な雰囲気へと変わっていた。ゾイの話は続く。
第二性単語持ちがどうして生まれてくるのかは解明されておらず、貴族であろうが平民であろうが関係ないが、比較的獣人に多い。この帝国の貴族はルーツに獣人を持つ家が多く、帝国はダイナミクス持ちを保護することを義務付けている。
そのため、各領には国と領が費用を半分づつ出し合って、ハウスが設置されており、その運営は領主に義務付けられ、その監査は国の機関が行なっているそうだ。
そして、運営を領主が行うということで、ハウスの責任者はだいたいが領主の身内が担っており、ボルハウンドの現領主の弟である、ゾイがその役割を務めているそうだ。そして、ボルハウンドは帝国内で四つしかない「公爵家」だという。
「へぇ……そうなんですね」
健介は初めて聞くその話に興味深く頷いた。無邪気に話に耳を傾ける健介をゾイはまたじっと見つめながら、話を続ける。
「領主の身内が管理をするのは、ハウスで身分を傘に着て狼藉を働かないようにという抑止もあるのよ、ほら、領主の身内以上に身分が高い人はそういないから」
健介は大いに納得した。正直なところ、貴族で公爵の弟という身分であるゾイが、ハウスで支配人をしているのは健介からすると、おかしなことのように感じていた。ハウスは娼館ではないということはわかっていたが、「ダイナミクスのプレイをする場所」という施設の管理者を健介の常識では貴族が行うことには思えなかったのだ。
説明を聞いて、自分の常識ではこの世界におけるダイナミクスというものを理解できていなかったとよくわかった。
長いこと丁寧な説明をしていたゾイが健介から視線を逸らさずに、ひと呼吸つく。
「本当にケンちゃんは何も知らないのね……」
意味深な呟きをして、ひたと捉えていた健介から視線を窓の外に移す。
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