ツンデレ貴族さま、俺はただの平民です。

夜のトラフグ

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1章

第8話 また来てやらないこともない。

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「二階が俺の部屋だから」

 シエルはアステオを連れて自室に案内した。シエルの部屋は大して広くないが、家具も少ないためそこまで狭く見えない。ベッドと、横に机が置いてあるだけで、隙間にところ狭しと本が並んでる。それを見たアステオはポツリと呟いた。

「………随分、読書家なんだな。君が本を読むなんて知らなかった」

 皮肉というよりは感想といった感じの言葉だったので、シエルはつい苦笑いする。

「あー、まあ。ほとんど魔法の本だけどな」

 そう言いながらその辺にあったプリントや雑誌をどけていくシエルを眺めていると、ふとアステオは見知った本がいくつか並んでるのを見つける。

(………マナー教本? 詩集? こんなの、なんで……)

 貴族の嗜みと言われるような本がシエルの部屋にあることに、なんだか違和感を拭えない。しかし、ちょっと尋ねてみようか、と思ったところでちょうどシエルから声をかけられる。

「ほら、この椅子座ってろ。今飲み物持ってくるから」


♯♯


 課題はかなり順調に進んだ。二人とも今度は時間が無いことをわかって集中したし、それなりに譲り合ってやったからだろう。

「これでだいたい大丈夫だな。あとは本番か」
「本番も、君がミスしなければ完璧だよ」
「おまえなあ……」

 ツン、と取り澄ましてそう答えるアステオ。シエルは思わず呆れた声を上げるが、これもこいつなりの気遣いなのかなあ、なんて思えば言い返す気も失せた。
 と、そんなとき。ふと西の空が少し暗くなってきているのがシエルの目に入った。

「……なあ、そういえば時間は大丈夫か? 門限とかあるのか?」

 今さら気づいた、と思って問いかけると、シエルは落ち着きを払って答えた。

「ああ、問題ない。連絡はしてあるし。
 でもそろそろ迎えが来る頃かな」
「じゃ、キリもいいし今日は終わりにするか」

 そう言ったところで、下から母親の話す声が聞こえた。どうやら、ちょうど迎えが着いたようだ。
 二人が揃って下に降りると、やはりアステオの家の者だった。じいや、とアステオが呟く。

「坊っちゃま、お勉強は捗りましたか」
「……うん」

 アステオが馬車に乗り込む。シエルは母親と並んで見送りをした。

「また来いよ」
「待ってるわ」

 それにアステオは素っ気なく答える。

「平民の家も、そんなに悪くなかったし。また来てやらないこともない」

 しかし、そう話す彼の顔はなんだか耳まで赤いし、目線もキョロキョロ動いて落ち着きがない。どうやら内心は照れてるようだ。そんな様子にシエルは、アステオも自分と同じくこういうことに不慣れなのだろうなあ、と勝手に仲間意識を抱いた。


 小さくなっていく馬車を眺める。辺りはもう暗くなってきて、馬車の向かう先が黄金色こがねいろに輝いていた。
 リーナが笑ってシエルに話しかける。

「かっこいい子だったわね~アステオくん」
「……あいつ、かっこいい?」

 シエルはアステオの整った容姿を、とくに意識したことはなかった。それより、残念な内面に気をとられていたので。
 そんなシエルの疑問には答えず、リーナは穏やかに微笑む。

「それに、とっても真面目そう。よかった、シエルちゃん。いいお友達ができたわね」

 うふふ、と楽しげに微笑むリーナ。こののんびりした母親の目にかかれば、あの高慢な態度もとくに気にかからないらしい。まあ、悪く思われてないならそれでいいか。
 シエルが一人そう納得してると、リーナはポツ、とまるで溢したように呟いた。

「………お父さんのこともあるし、ね」

 どこか遠くを見つめているリーナ。シエルはそんな母を見て、反射的にこう答えた。

「………別に。
 俺と親父は関係ない」

 そう呟くシエルは、いつになく固い声をしていた。
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