ツンデレ貴族さま、俺はただの平民です。

夜のトラフグ

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5章

第1話 退屈

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「アステオ」

 休日の午後、屋敷の渡り廊下で珍しく母に遭遇した。

「母様」

 反射的にご無沙汰してます、と言おうとして、家族にそれもおかしいかと思い、口を噤む。
 そんなアステオに構うそぶりもなく、母は顔をしかめる。

「やめてちょうだい」

 その呼び方。

 母は人目のある場を除いて、母と呼ばれることを嫌がった。
 小さい頃は、この事実を自分のことが嫌いだからなのかと考えていた。でも、もしかしたら単に世代や年齢に縛られることを嫌っているだけなのかもしれない。

「……近頃、発作はよく起きているんですか?」
「いえ、最近は落ち着いています」

 無難に答えた。

「そう」

 母も特に関心は無い様子で、短く答える。

「精進するのですよ。我が家の人間として、恥ずかしくないように」

 そう言って母は去っていった。
 ずしり、と心が重くなった。


♯♯


 進級して、また変わらず学校に通う。毎日続けていることだけど、道行く足取りは重い。

 シエルは学校を辞めていた。

 なんとなくそんな気はしたが、手を尽くして行方を追っても、見つけることはできなかった。

 彼のいない学校はつまらない。
 いや、時間そのものが退屈で、過ぎるのがとても遅く感じてしまう。


「アステオ公子。お元気ないですね」

 本を眺めて休み時間を過ごしていると、クラスメートに声を掛けられた。

 今年は最終学年ということで、クラス分けは進路別だ。つまりおおよそ立場や身分の近い者が一緒になっている。今のクラスメートは大抵、社交界でも顔見知りだった。

「いや………そんなことはないよ。ただ、今度の週末が少し憂鬱で」
「ああ、式典ですか」

 学生生活の終わりが見えて、前よりも″大人″として社交界に出る機会が増えた。先月も二回ほどあった。

「確かにつまらないですよね」
「でも、終わればパーティーもありますよ。今度のは、食事も酒もそこそこですし」
「可愛い女の子もいるかもしれません!」

 談笑する同級生たちに、アステオは当り障りの無い笑顔で応える。
 別に、嫌という訳ではない。以前はパーティーの直前や最中に具合が悪くなり離席してしまうことを、情けなく不甲斐なく思っていた。

 ただ。未来のこと、少し先のことを考えると、どんよりした気持ちになるだけだ。


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