傾国の魔女が殺されたら、可愛いお姫様に転生した。

夜のトラフグ

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本編

閑話5 別離

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 場所変わって、古書店――。

「これとこれと……これは……、いやでも帰りのことを考えると、ちょっと重いかも…」

 王都の狭い一軒家ほどのスペースに上から下まで積み上げられた本を前に、オデットはかつてないほどテンションを上げていた。
 そこは王城の図書館には少ない大衆向けの本などを主に扱っている店だった。タイトルを見ていくだけで楽しく、どれを買おうか目移りする。

「お~い、エド――。まだかかるー?」
「う……。あともう少し、待て」

 エウトの言葉に、オデットは絞り出すようにそう答える。エウトは溜め息をついた。そして、店を出たところにいる兄に話しかける。

「……あれは、まだまだ掛かりそうだね。まあまだ時間はあるけど」
「お前も好きな場所を見てきて良いんだぞ、エウト」

 店の前の脇に座り込み、ひとり本を読みながらそう答えるイヴォ。しかし、エウトもイヴォに付き合って隣に腰を下ろした。

「うん。でもおれは、普段もや兄ちゃんよりは自由に歩けるから」
「……そうか」

 それきり、イヴォは何も言わなかった。人通りの喧噪の中で、二人にだけ沈黙が落ちる。しかし、しばらくして口火を切ったのはエウトだった。

「……いやー、それにしてもさ。今回は随分ムチャしたよねえ。兄ちゃん」
「なんだ、藪から棒に」
「兄ちゃんがオデットを外に連れ出したいって言ったときは、何の冗談かと思ったけど。まさか本当に実行しちゃうとはねー…」

 イヴォが本から顔を上げる。エウトは軽い口調とは裏腹に、真剣な目をしていた。そしてその目を兄ではなく正面に向けて、ただ人の行き交う大通りを眺めていた。

「……兄ちゃんが常々、オデットにもっと広い世界を見せたいと思っていたのは知ってるよ。でも、……こんなでたらめな手段を使わなくたって、いつか視察として堂々と来る手もあったんじゃない?」

 自然にエウトはイヴォに視線を移した。その目には、どこか兄を責めるような色もあった。

 事前にこの話を兄に持ち掛けられたとき、エウトの脳裏をよぎったのは半年前の暗殺未遂だ。もし、連れ出したことをきっかけに目の前でオデットをむざむざと殺されたら、エウトはきっと一生後悔する。悔やんでも悔やみきれないだろう。

 でも、一方で彼女の立場を気の毒に思う心にも嘘はない。だからエウトは迷いながらも、積極的に引き留めることもしなかった。実際に男装をして町を自由に歩くオデットは、なぜだか自然で馴染んでいた。こんな生き方もひとつあるのかもしれない、とエウトは思わされた。

「……そうかもしれないな」

 少しの沈黙のあと、イヴォはあっさりと肯定した。しかし、じっと真意を問うようなエウトの目に、イヴォは言葉を続ける。

「だが、それでは間に合わないだろう」
「間に合わない?」
「俺は、三月には学園を卒業して領地に戻るからな」
「!」

 長男であるイヴォは、卒業後は父の跡を継いで領主となるための経験を積むことが決まっていた。王都に残るオデットやエウトとは、別の道を行くということだ。

「俺が傍にいられるうちに。そして、お前たちが学園に入って他の貴族たちと深い繋がりを持つ前に、こういう機会を設ける必要があると思っていた」
「……知ってたけど、兄ちゃんってオデットに対してすごく過保護だよね」

 一周回って呆れたような顔をするエウトに、イヴォはポンと手を出して頭を撫でた。

「お前のことも大事に思ってるぞ」
「……ん」

 しばらく大人しく撫でられていたエウトは、しばらくして「もういいって…」と手を掴んだ。

「…あーあ、それにしてもさ。おれたちのことがそんなに大事なら、跡取りなんか辞めてこっちに残ればいいのに」
「そんなわけにはいかないだろ」
「おれには、兄ちゃんの代わりにオデットを守るなんて無理だからね?」
「お前はお前のできることをやれば良い」

 何でも無いように言うイヴォ。その真面目な視線に弟への信頼があるのを見て、エウトはとうとう何も言い返せなくなってしまった。
 そのとき、「カラン」と古書店の扉が開く。

「――お待たせ。さぁ、帰ろうか」

 細い腕に限界まで積まれた本に、イヴォとエウトがあんぐりと口を開く。

「たくさん買ったなあ…! 何冊あるんだよ。帰りも歩きだってわかってる?」
「厳選したよ、これでも。店主が値段を負けてくれた」
「エド、貸せ。俺とエウトで持つ」
「ええ~? おれは嫌だよ」
「いい、自分で持つ」


 連れ立って歩き、相も変わらず仲の良いきょうだいのように戯れる三人。彼らが同じ時間を過ごすことができるのは、あと少し。

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