傾国の魔女が殺されたら、可愛いお姫様に転生した。

夜のトラフグ

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本編

閑話11 ある女 下

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「殿下の放蕩には、国王さまも頭を抱えてらっしゃるわ」
「あら、でも仕方がないんじゃない? あの大国から押し付けられたは、身体が弱くって子供は望めないそうよ」
「だからって、あんな……。素性も知れない奥さまのペットにまで手を出さなくても」
「それも仕方ないわ。色々とままならないことの多いご身分なのだから」
「……そうね。仕方ないのかもしれないけどね…」

 ある夜、女は侍女たちの囁き声で目を覚ました。壁の向こうから聞こえてくるその声に、女は天啓を受けたような気がした。
 こんな状況にも、彼女にも、そして自分にも辟易していた。こんな幕引きならばちょうどいいと、女は考えたのだ。

 凍えるほど寒い日、女はひとり彼女に告白をした。

『子供ができました。あなたの旦那様との子供です』

 彼女は目を見張り、絶句して固まった。女は「しめた」と思った。このままきっと口汚く罵って殴られ、虫やゴミを見るような蔑んだ目を向けられる。そうすれば、それで全て終わると思っていた。
 しかし彼女の反応は、女の予想したものではなかった。彼女はガバリと女に抱きつき、ポロリと一粒の涙を流した。

「……ごめんなさい。あなたを守ることができなくて」

 ズキリ、と。これまで一度も痛んだことのない女の胸が、張り裂けるように痛んだ。
 彼女は女を責めるようなことは一度も言わなかった。ただ女を案じて、自らを恥じ入るように謝り、子供のように涙を流すばかりだ。
 彼女は苦労も何も知らない無垢な存在なのではない。女よりずっと強く、優しさを持って生まれた人なのだとやっとわかった。

 女は、生まれて初めて自分を呪った。誰かにぶつけて保っていた心からの怒りを、初めて自分自身に向けたのだ。

 彼女はしばらくして病で死んだ。「子供が生まれたら、私の名前をつけて」と笑っていたのが最後だった。


##


『自分が許せないってか? やめろよ、そんな殊勝な人間じゃないだろ?』
『確かにあの女は、稀に見る善人だったんだろうさ。でも、おまえはどうだ? 結局何も信じず拒み続けて、結果多くの人を不幸にした。百回死んだってあんな女にはなれねえよ』

 彼女が死んでからしばらくして、城内ではある噂が立った。それは「王子に惚れた女が、嫉妬で王妃を呪い殺し王子を誑かした」というものだ。筋書きは全く違うのに、事実の帰結は同じなのだからよくできていると女は笑った。
 それからだ。女が「傾国の魔女」と呼ばれるようになったのは。

『あんな女の真似をしてどうする。一丁前に死を悼んでるつもりか?』
「違うわ、私は私にできる限りが何か考えたの。そしてわかったわ。とびきりの悪になればいいのだと。そのためなら悪魔に魂でも売ってみせる」
『……へっ、純情なことで』

 女はかつての彼女の口調を真似し、真っ赤な紅を唇に引いた。どれだけの時間が経とうとも、彼女のことを忘れることがないように。


「逃げるつもりですか?」

 女――傾国の魔女は、かつて自分を嬲った男の背中に笑って声をかけた。男はビクリと肩を跳ねさせたあと、振り返って女の姿しかないことに気づき油断の笑みを浮かべた。

「なんだ。君、喋れたの」
「ええ。とくに話すこともないので黙ってただけよ」
「へぇ。どこかで聞いたような喋り方だね。あぁでも、甘っちょろくて淑やかな彼女とは、中身の出来が違うようだけど」
「長く時間を過ごして喋り方も移ったみたいだわ」
「そうかい」

 沈黙が落ちた。と、その瞬間に男は目を朱黒く光らせて、圧力プレッシャーを強めた。

「――動くなよ。おまえも魔力を使えたのか」
「ええ。生まれ育ちが悪いものだから」
「ハッ…。洗脳が効いてると思ってたがな」
「まさか。彼女も気付いてたわ」
「そんなわけがあるか。……ひとつ、情けで聞いてやる」

 ――俺と来るなら、命は助けてやろうか。

 ギラギラと野心に染まる目を真正面から受け、女は笑った。助ける気などさらさら無いくせに。そう、こういう相手なら躊躇しなくてすむ。

『闇の死霊よ。その無念と恨みをこの一身に向けよ』

 バンッ! とありったけの魔力を男に向けてぶつけた。

「なっ……!」

 不意打ちで全く反応できなかった男は全身を打撲して動けなくなる。それをさらに、魔力で固定した。

 男はおそらく、これまで全く抵抗しなかった女をまだ弱者と侮っていたのだろう。なんてことはない、それは女と彼女の問題であるのに。この世に彼女がいなくなった今、女が躊躇する理由など一つもない。
 無感情に見下ろす女に、男は焦ったように引き攣った笑みを浮かべた。

「ま、待て……! おまえは新参で知らないかもしれないが…、魔力のある者を殺すと――」
「呪われるのよね、知っているわ。『西の親愛なる悪魔よ、忠誠を誓って贄を捧げる。受け取りたまえ』」
「グワァッ!」

 ジュ、と男は焼かれるようにして溶けた。

「悪魔の呪いを恐れる魔女なんていないわ。それ以上の怒りと不幸が、私たちを満たしているもの。だからこそ幸福な人間は、私たち魔女を恐れるのよ」

 そう呟き魔女は国に呪いをかけた。その後数百年続く、強力で執拗な呪いを。

『――私の名は、傾国の魔女オディール。雪で閉ざされたこの冬の国に、私の血を引く子を授ける。崇めれば国は栄え、疎めば呪いが返ってくるだろう』

 女は生まれた子供に、彼女の名前を付けた。その子孫が繁栄し、やがて没落していくまでを、傾国の魔女としての力を振るう傍ら手出しせずただ眺め続けた。
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