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第三章 聖女と月精

25. 宰相の沈黙

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★視点の変更があります★


 竜人種というある意味チート級の設定を恣にしていたジオルグが、いやにあっさりと攻撃を封じられ、魔竜に敗北した理由がこれでわかった。

 ──呪い、だったんだ。

 シリルが魔竜に喰われたあと、それまで見たことがないような形相で剣を抜き、猛然と魔竜に斬りかかっていった法衣の宰相、ジオルグ・ジルヴァイン・ロートバルのあまりに呆気ない最期。
 常に冷静沈着だった彼らしくもない、だが竜人種の禁忌を知った今となっては、あれは完全に自殺行為だったのだとも思える。
 だけど、いったいどうして……、あのゲーム世界ではない、それもまだ魔竜すら現れていない世界のジオルグを責めたところで、意味がないことはわかっている。
 それでも、と。これだけは言っておかなければという思いに衝き動かされた俺は、気持ちを鎮めるべく鼻で小さく息を吸い、吐いた。

「今の……、カイルさんが言った竜人種の禁忌の話は、本当ですか?」
「ああ」
「ならば、は困ります」
「あれ?」

 ジオルグが真顔で首を傾げる。だけど今は、その美貌にさえ惑わされなかった。

「徴が現れたときに、何があろうと俺のことを守ると仰いましたね。ですが、魔竜と戦う俺のそばにあなたが居ては、です」


    * * *


 ジオルグが、完全に虚をつかれて黙り込む瞬間というものを、おそらくエドアルドは初めて目の当たりにした。
 いやはや、これはなかなかに見難い光景ではないだろうか。怜悧冷徹、百戦錬磨の論客が、ぐうの音も出ない沈黙を強いられる様というのは。
 しかし、それを揶揄しようという気持ちはまったく起きなかった。何故ならば今、若い魔法騎士が放った言葉は痛烈な拒絶だったからだ。
 視界の端で、ジスティとカイルがそっと目配せし合うのをとらえる。彼らにも、シリルの言葉の真意までは読み取れていないだろう。だが、賢明にも自分たちが口を挟む状況ではないことは悟っている。

 聖女召喚の儀を無事に終え、王宮の広間で廷臣たちへのお披露目が行われる前に、聖女が休息をとっている間、エドアルドが設けたささやかな朝食会は、突然小さな影形カゲナリが出現した以外は、概ね事前に示し合わせたとおりに進められている。とはいえ、ジオルグは打ち合わせの場からずっと、気乗りしない態度を隠さなかったが。

『しかし、叔父上だけで話すとなると、いたずらに時が経ってしまって先延ばしになる気がしますが?』

 ジオルグの多忙をあてこするようにそう言って、今日のこの時間に場を設けることと、エドアルドとその知己である護衛師団の幹部二人も同席させることを渋々承諾させたのだった。

 八回目の話が終わったとき、シリルの様子は落ち着いていた。否、
 神妙な顔つきで話を聞いているように見えたが、エドアルドの目にはとうに飽いているようにも映った。
 八回目の話は、わずかに残された資料にのみ頼ったまともな考証すらないお粗末な代物だったが、そのことをまるで最初から予測していたかのように。
 膝の上に乗せた影形を構うときや、カイルが淹れた紅茶を飲んだときにだけ、若者らしい可愛げのある素の表情を浮かべていた。
 その顔色が変わったのは、九回目の話になったときだ。さらに言えば、竜人種が竜種を害せば死の呪いをかけられるというくだりか。
 九回目の概要は、八回目とは異なり、パノンの国民にとっても周知の事実だ。ただ竜人種の禁忌については、下々にまでわざわざ大っぴらにするような事柄でもないので、巷ではそれこそカイルのような、魔法関係の雑学に通じている者ぐらいしか知らない話だろう。
 それに竜人種が竜種に逆らうことなど、そんなことは現実的にまず有り得ない話だ。いや、そのはずなのだが。

 ──しかし、シリルは本気でその可能性を恐れているのか?

 突然のシリルの激昂。そして、宰相のこの狼狽ぶり。まるでような。
 どうやらシリルはエドアルドが思っていた以上に、そしてこの自分よりもずっと、月精についての核心に迫っている。
 それはジオルグにとっても、きっと予想外のことだったにちがいない。
 この場ではまだ話すつもりのない真実さえも、あの澄んだ瑠璃色の瞳は、今ある偽りとともに見抜いてしまうのではと。そう思うが故の、苦い沈黙であろうから。


    * * *


「シリル……」

 名前を呼んだきり、ジオルグは言葉が詰まったように言いよどむ。
 俺のこぶしに重ねられていた手に、さらに力がこめられる。
 父上、と俺は小さく言った。

「この期に及んで隠し立ては無用です。最初から、月精の役目は

 ジオルグの両眼が愕然としたように見開かれた。
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