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第四章 お披露目、そして開幕
29. 最初の選択
しおりを挟む自分のことばかりにかまけていたが、この世界の聖女・アイリーネを主人公とするストーリーは既に始まっているようだった。
お披露目直前の聖女の休息所に押しかけてくるオリーゼの行動は、それ自体かなり突飛なようでいて、実はゲームでは共通ルートの一番最初に発生するれっきとしたイベントなのである。なので、そこはあまり深く詮索しても意味はないかもしれない。
問題は、この世界で起こる事象に、ゲームのシナリオがどれぐらいの影響を及ぼしているのか。
俺は十年前に一度、シナリオの内容に逆らって、自分の意志を徹す行動を取っている。複数の人格保持や、主人格の部分的な記憶喪失など、シナリオの強制力から免れきれていない部分はあるにせよ、あの凶悪なカイファを目覚めさせなかったという一点において、なかなか悪くない立ち回り方をしている……と思いたい。まあ俺は主人公ではないので、いちいちわかりやすい選択肢などなく、ただ勝手に行動するだけなのだが。
額に月精の徴が現れたのも、たぶんこの世界の【シリル】が、魔竜の介入を受けていないからだろう。これは転生者である俺にとっては、非常にわかりやすいアドバンテージとなる。
故にこそ、また別の不安もある。俺が課せられなかった分のその重い枷は、一体誰が負わされているのだろうか。
──王太子殿下の婚約者と、会うか会わないか。
ゲームにおけるこの最初の二択は、さして重要なものでもなく、仮に『会わない』を選んでイベントをスルーしたとしても、後の攻略ルート確定にもほとんど影響はない。
また、あえて『会う』を選んだところで、聖女に対してわざわざマウントを取りにやって来た悪役令嬢の嫌味と自慢のオンパレードを延々聞かされるだけで、ゲームを進行する上での有益な情報もほとんどないと言える。
それでも『会う』を選択する意味がプレイヤー側にあるとしたら、そのあとで攻略対象キャラと会えることと、最終的に全スチルを回収するため、などだったりする。
意外だったが、現実のアイリーネは面会を断り、オリーゼとは会わなかったらしい。
王太子の許嫁でもある公爵令嬢相手に、一度は折れかけた女神官のハンナや護衛師団の面々も、アイリーネ自身がはっきりと拒否したことでその意志を重んじてくれた。
さらには魔導通信でベルナーが王太子付きの侍従に報告を入れたことから、公爵令嬢の発言は虚偽であるとわかり、そこからは一転して全員が強気の対応をしたそうだ。
アイリーネは、部屋の中で耳をそばだてて、じっとその様子を窺っていたのだが……。
「とっても、嫌な感じがしたんです……」
このまま迎賓館には戻らず、王宮内に部屋を用意されることになったアイリーネは、その準備が整うまでの間、円卓の部屋で俺たちにポツリポツリと事情を話してくれた。
「何を仰っているのかは、よくわかりませんでしたけど。オリーゼ様の甲高い声を聞いているうちに、なんだか堪らなくなってしまって。落ち着くために、部屋の中をぐるぐると歩き回りました。でも、またどんどん、嫌な感じが大きくなっていって……」
そうしてふと、窓辺で立ち止まった時だった。
「開いていた窓の框に、青くて綺麗な石が、あったんです」
「青い石?」
「はい。あの、これぐらいの……」
アイリーネは親指と人差し指で輪を作り、その大きさを示してくれる。
「それで……その石に触れたのですね?」
ジオルグが訊ねると、アイリーネはこくりと頷いた。
──どういうことだ?
俺は内心で首を傾げる。ゲームでは『会わない』を選択をした場合、その石は聖女の部屋に現れないはずだった。にもかかわらず、『会う』を選択したのと同じように、石は現れた……。
──ああ、でも、だからか。
アイリーネが石に触れた途端、眩い光が溢れて瞬く間に部屋を満たす。体が光の中に吸い込まれていくような感覚のあと、気がつけば見知らぬ部屋の天井が目の前にあったというわけだ。
「おそらく、その石に転移の術式が組み込まれていたのです」
「……転移?」
「石に触れた者が望む場所に、触れた者を転移させる魔法術式です」
「まあ……!」
ジオルグの説明を聞いたアイリーネは目を丸くして驚き、それから俺の顔をじっと見た。
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