使用人の俺を坊ちゃんが構う理由

真魚

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2話

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 使用人の朝は早い。
 俺は鳥の鳴く声と共に目を覚まし、冷たい水で顔を洗うと、厨房のかまどに火を起こしにいった。

 昨日の灰を片付け、燃えさしとまきを組み上げる。
 手をかざし念を送ると、ポッと明るい光が灯り、燃えさしから煙が立ち始めた。

 俺の魔力生成器官はほぼ使い物にならなくなってしまったが、ごく僅かな魔力は残っている。
 朝起きてすぐならば、小さな火を起こすくらいなら問題ない。

 吹子ふいごで火を育てつつ、昨日ジェフリー様が言っていた『新しい仕事』が何なのか、考えてみる。
 屋敷には色々な仕事があるが、この足でもできる仕事は少ない。
 できる限りご迷惑をおかけしないようにしなくては……

 薪から炭に火を移し終わった頃、きっちりとした黒服を着た人が厨房に現れた。
「セシルとはお前か?」
 厳しい顔をしたその人に、俺は小さな声で「はい」と返事をした。

「……小汚いな」
 黒服の人が軽くため息をつく。
 火を起こした際にかぶったであろう灰も、炭に触れて黒くなった手も、まだ洗っていない。
「洗ってきます……」
「いい。ついて来なさい」

 早足で歩くその人に着いていく。
 昔来たことがある屋敷の主人達が住まう区域に入ると、漆黒の制服に真っ白なエプロンをつけた侍女達が俺にチラッと視線を向けてきた。
 全てがきちんと整えられたこの空間で、薄汚れた姿でびっこを引いて必死に歩く俺は異質だろう。

 二階の奥の一室に到着した時には、俺の息は完全に上がっていた。
 無理をして動かした右足の付け根が痛い。

「リアム、新しく世話係を手伝ってもらう者だ」
 黒服の男が、部屋にいた少年に俺を紹介した。
 カールした金髪に、キラキラとしたはしばみ色の瞳の、とても美しい少年だ。
「セシルです。よろしくお願いします」
 頭を下げるが、少年はこちらをじっと観察するばかりで返答はない。

「なんでこんな人を?」
 少年が不服そうな顔を黒服の男に向けた。
「まず、見た目をどうにかしてやってくれ。仕事を教えるのはそれからだ」
「わかりました」
 かなり面倒くさそうな態度の少年が「こっちに着いてきて」と廊下に向かった。
 
 俺はリアム君に連れられ、まず従業員が使用する浴室で、泡が立たないと文句を言われながら念入りに体を洗われた。
 今まで着ていた服は処分され、リアム君と同じ黒色の制服が与えられた。
 続いて、昔使用したことのある屋敷内の散髪担当者がいる部屋で、肩まで伸びた髪を短く切られた。
 鏡に映る自分は、痩せこけてはしまったが、昔の自分に近い風貌をしていた。
 
「ふぅん。よく見れば綺麗な顔をしているんだね。まぁ、みっともないほどガリガリだけど」
 そう言ったリアム君は、俺を従業員用の食堂に連れて行き、食堂の女性に、「この人の食事はこれから少し多めについでください」と依頼してくれた。
 
 リアム君の仕事は、ジェフリー様の世話係だった。
 俺はその日の午後から、リアム君の後ろに着いて仕事を覚えることとなった。
 
 リアム君はまだ十四、五の若さではあるけれども、非常に優秀な従者だった。
 ジェフリー様から言い使っている雑務をどんどんとこなしていく。
 小さめのノートにリアム君の説明を記載していくが、実に細かくジェフリー様の好みを把握している。
 俺にこんな仕事ができるのか……
 
 それから、頭をフル回転させる日々が何日も続いた。
 日中の仕事は複雑で多岐に渡り大変だが、美味しい食事と温かい風呂、そしてリアム君との二人部屋だがふんわりとしたベッドで寝ることができるようになった。
 毎朝、全身鏡で身だしなみのチェックを行うが、自分でもこけていた頬が少しふっくらしてきたのがわかる。

 リアム君の後に着いて仕事を覚えながら二週間が経ったころ、ジェフリー様から朝の起床は俺が担当するようにと言われた。
 そう言いつかった帰り道、リアム君は少し不服そうだった。

 一緒に仕事をしていてよく分かったが、リアム君はジェフリー様を大変敬愛している。
 少しでも役に立ちたい。ジェフリー様に声をかけていただきたい。
 言動の節々からその想いが伝わってくる。
 あまり、彼の仕事を横取りするようなことはしたくないのだが、主であるジェフリー様のご要望は第一に取り扱われてしまう。

 俺は次の日の朝、きっちりと身なりを整えてジェフリー様の寝室に一人で向かった。
 軽くノックをして寝室に入ると、ふわりとジェフリー様が好んでお召しになっているこうの香りがした。
 ベッドですやすやと休まれているジェフリー様を横目に、窓のカーテンをゆっくり開けると、眩しい朝の光が部屋に入ってきた。

 リアム君と一緒に起床のご連絡に来ていた時は、部屋が明るくなるとジェフリー様は自ら目を覚まされることがほとんどだったが、今日はまだ起きてこられない。
 俺はベッドのそばに寄り、その美しいプラチナブロンドがかかる顔を見つめた。

 今やすっかり立派になられたジェフリー様も、寝ていると、昔の幼い頃の面影が残っている。
 ふかふかの芝生で、俺の横で寝てしまったジェフリー様を思い出し、懐かしさに思わず笑みがこぼれる。

「ジェフリー様、おはようございます」
 そっと声をかけると、ジェフリー様はその美しい青い瞳を細く開けられた。
「セシル……」
 ジェフリー様のどこか甘い声と、少し微笑んだ目元がいつもと違う雰囲気だ。
 思わずじっと見惚れてしまうと、ジェフリー様が腕を伸ばし、もっとこっちへと誘導した。

 少し身を乗り出すと、ジェフリー様の右手が俺の頬に優しく触れた。
「少し回復したね」
 満足そうなジェフリー様の表情に、自分の鼓動がトクンと脈打ったのがわかる。
「ジェフリー様のおかげです」
 一瞬きざした何かを隠すように、俺は丁寧にこうべを垂れた。
 
 ジェフリー様が俺の前髪に指を絡めると、額に何か柔らかいものが触れた。

 え?
 目の前のジェフリー様から立ち昇る香りとあいまって、ブワッと熱が込み上げてくる。
 
 ジェフリー様は混乱している俺の肩を優しく退かすと、ベッドから降りて、隣の衣装室に向かわれた。
 
 俺は慌ててジェフリー様の後を追い、立ち止まって待っているジェフリー様のシルクのローブを脱がせた。
 ジェフリー様はいつも、ローブの下には何もお召しにならずにお休みになられる。
 その鍛え上げられた裸体が、いつもよりなんだか見てはいけないもののように感じる。

 ――何を考えているんだ、俺は……

 どこかいつもと違う精神状態の自分を無視し、俺は仕事に徹した。
 ジェフリー様の性器が若干お勃ちになっているような気がするなんて、気のせいだ。

 ブラウスとトラウザーズをきっちりと着込んだジェフリー様を見送り、俺は一人になった部屋でローブやシーツなどを回収した。
 手に持ったローブからふわりとジェフリー様の香りがわずかに立ち上り、思わず顔をうずめたい衝動が湧き上がる。
 
 ――それは、ダメだ。

 ハッとして、自分の行動を止める。
 何をしようとしたんだ、俺は?
 何か、今朝はおかしい。
 きっとジェフリー様の香りがいけないのだ。

 俺は急いで部屋を出、早足で洗濯係の元へ向かった。
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