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前編
しおりを挟むなんでこんなことが起きたんだろう。
国王陛下の晴れ舞台、戴冠式で国中が大慶事に沸きあがっていた日…。
私は、ユーリオ・ウィリアム・グレイヴィル、15歳。グレイヴィル王朝第二十代目の王太子で、本日、国王より、その地位を賜った。
今日は午前中に王宮にて戴冠式、その後、新国王夫妻は、オープン式馬車で即位パレードに臨んだ。
連なる馬車は5台。1台目に国王夫妻、2台目には私と従兄弟で婚約者のガブリエル・ローミオ2世・グランフォルド大公爵令息の二人、3台目には妹のマリー王女と婚約者、4台目にガブリエルのご両親で、私の叔父夫妻でもあるグランフォルド大公爵夫妻とその子供や婚約者たち、最後の1台は国王夫妻の侍従と女官が乗車。侍従や女官といっても、国王夫妻のおそばで仕えられるのは伯爵家以上の貴族だ。
パレードは大いに盛り上がった。花吹雪が舞い、耳をつんざくばかりの大歓声。
隣に座るガブリエルが手を振るたび、ばたばたと沿道で歓喜して倒れる人たちを数えながら、私も笑顔で手を振り続けた。
のちに、2台目と4台目の馬車を狙ったオメガヒートテロを防ぐべく、軍隊を動員しての厳重警備が功を奏し、無謀なオメガの攻撃は全て撃沈したと聞いている。
さて、そのパレードから王宮に戻り、王妃が女官を伴って私室に入ると、そこに遺体があったのだ!
当然、王妃は大パニック。すぐに侍医を呼び、取り急ぎ侍従たちが遺体だけは運び出したものの、王妃が私室を使えるはずがなく、とりあえず国王の部屋に一番近い、プライベート用の居間を使用することにした。
法務大臣や騎士団から、王妃の部屋は現状維持との要請があり、私物さえ運び出せない。たとえいつなんどきでも、王妃には身を飾る宝飾品が必要。貴族とは見栄とプライドを食べて生きているからだ。
ただし私の叔父、ガヴィの母上の大公爵夫人だけは例外だ。
ガヴィとは、婚約者のガブリエルの愛称で、私とガヴィは同年齢。
ガヴィは、小さい頃から「傾国の美青年」と呼ばれるお父上、グランフォルド大公爵に瓜二つの美貌だった。正直、同じ人間とは思えず、子供のころは「ガヴィってトイレに行くのかな」と、本気で思っていた。
ある時、その純粋な疑問をガヴィに尋ねた。
ガヴィは私の顔をマジマジと見つめ(この時点で、第一王子である私の顔を凝視できたのは、祖父母と両親、叔父夫妻にガヴィだけ)、おもむろに私の手を取り(この時点で、第一王子である私の手をとれたのは、以下同文)、なんとトイレに連れて行き、ごく自然に私の目の前でおしっこしたんだ!
大事なことなので二度いう!
ガヴィは私の目の前でおしっこした!そして、ごく自然に手を洗い、同じ生物とは思えない笑顔で「ね、僕もおしっこするんだよ」と言った!
この時、祖母の言葉が脳裏に浮かんだ。
「ガヴィはね、容貌は大公爵そっくり、中身は夫人そっくり!」
王太后、あなたの洞察力は正しかった!見栄とプライドの貴族(かたまり)は、こんなことしない!
でもこれ以降、ガヴィの「7歳の勇者伝説」や「史上最年少の生徒会長」、「建国以来の天才」というあだ名を聞いても、私は普通にガヴィと接することができた。
ちなみに「史上最年少の生徒会長」とは、ガヴィが特例で13歳ながら王立学園に入学したと同時に生徒会長に選ばれたことを指している。私は彼に遅れること2年、今年から王立学園に通い始めた。
話がそれてしまった。
とにかく王妃には宝飾品が必要なので、大公爵夫人が代々大公爵家に伝わる宝飾品を邸宅から持ち寄って下さり、今は体裁を保っている。
王妃の私室で亡くなっていたのは、セリーヌ・ジーニー嬢といい、ジーニー伯爵家の三女で、王妃には王太子妃時代から仕えたベータの女官。
よく気が付き、王妃からの信頼も殊のほか厚く、王妃が私室への入場を許可していた数少ない女官だった。
私が王妃と会う時も、常に後ろに控えていた。容貌は控えめながら凛とした佇まい。
そんな女官が、なぜ王妃の私室で亡くなっていたのか…。
遺体発見後、私とガヴィは国王に呼ばれた。侍従を通しての正式な謁見だ。
すぐさま赴くと、国王陛下は跪いて控える私たちに、二人で協力し、女官死亡の真相を究明するよう言い渡し、「これは王命である」と、宣言した。
それと共に陛下は、今夜開催予定の祝賀記念大晩餐会は、王妃の体調が優れないことを理由に、一週間後に変更になる旨も同時に宣言。
晩餐会の急な変更によって、貴族社会には色々な憶測が飛び交うことは、容易に予想できる。
つまり陛下は、私たちに一週間で真相にたどり着けと命じたんだ。
私はガヴィと私室に戻ってから、思わず本音が出てしまった。
「拝命はした。けど、なんで私たち?普通は騎士団の担当じゃない?うちはそんなに人手不足なのか?それに一週間だよ!タイムリミットは一週間!」
腰に手を当て、立ったまま砕けた口調で不満を漏らす私に対して、ガヴィはソファに座るように促したあと、「いや、ユーリオ殿下が捜査するのが、一番効率がいいよ」と、事もなげにいう。
私の正面に座ったガヴィは続けて「だって、騎士団が捜査した場合、誰に聞くにしても、まずは上に許可を取ってという手順を踏むことになる。でも殿下ならいらない。一言、命じるだけで、この王宮内の全ての人間に話が聞ける。
それだけじゃない。もし騎士団が捜査したとして、彼らを王妃様の私室に入れるのか?いくら事件とはいえ、王妃様の私室に入れるわけにはいかないだろう」という。
確かにガヴィのいう通りだ。
「それに一週間というのも妥当だよ。一週間、王太子が捜査し、何かの結果に辿りつけばよし、もし解明できなかったとしても王家には天下の宝刀・箝口令がある。箝口令だけじゃない、不審死は病死で片づける。でしょ?」
「つまり、王太子が捜査したというのが大事?」
「そう!しっかりして賢いと評判の王太子が一週間捜査した。これが大事なんだ」
「私は賢いの?」
ガヴィが笑って「自分の評判には、ほんとに疎いね。そういうところがいいだよ」などとおだてるので、私は顔が赤くなった。
「王太子が捜査したのが大事か…」
私は少しうがった見方をしてしまう。
「これはテストなのかなって」
「テスト?」
「…だから王太子として務まるかどうか、国王国王がテストのつもりで命じたのかなって」
ガヴィが目を見張った。
「そんなわけない!」
「いやだって、オメガの王っていうのは、グレイヴィル王朝始まって以来なんだ」
「ユーリオ!」
ガヴィが私を呼び捨てにする。彼は、皆の前では常に私を殿下呼びするが、二人だけだと、わりと呼び捨てだ。それがちょっと嬉しいのだが、今は声が怒っていた。
「王太子教育で貴族法を学んだよね?オメガであろうとなかろうと、男子の第一子が爵位を継承する。これは先王が決定したものだ。そしてこの法はユーリオが生まれて三年後に制定された」
この国では、長子で男子であってもオメガだった場合、他にアルファの男子がいると、長子ではなくアルファの男子に爵位を継承させるのが暗黙の了解だった。
もちろん例外はある。他にアルファの子がいなかった場合は、長子のオメガが継承する。
母上は、妹のマリーを難産のすえ産み落とした時、侍医から、もう子は望めないだろうと進言された。マリーもオメガだったので、母上は陛下の実家であるアルベルト公爵家のアルファを養子にしたらどうか、と提案したという。
それを聞いた先王は、すぐさま「男子の第一子が爵位継承」を法として明文化するように命じたんだ。
これにより、私は我が王朝始まって以来、初めてのオメガで王となることが決定した。
しかし、母上は納得していない。
なぜなら母上もオメガで長子、そして男子だから。それにも関わらず、当時、国王だった祖父は、親戚であるアルベルト公爵の次男で、アルファの父上を自身の養子として迎え、母上と結婚させて王太子とした。
オメガの男子で長子―。
条件は同じなのに、なぜ自分は王になれず、息子はなれるのか。
母上はずっとそう思っている。幼少時から優秀だったからなおさらだ。
全ては当時国王であった祖父の決定なので、母上は表面的には従順を装っているけど、私の王太子教育の進み具合の報告を聞くたび、ため息を漏らす。そのため息には、「私の方が優秀なのに」という言葉が込められている…と思う。
ため息でも人の心は殺せる、そう知った。
「ユーリオは自身を過小評価する傾向がある」
私の中から自信とやらはポロポロと落ちていき、すくってもすくっても溜まらない。
ガヴィが続ける。
「おじい様が『男子の第一子が爵位継承』を法律化したと聞いた母上は、『優れたユーリオ王子を国王にするという、父上の気概を感じる』と言った。僕もそう思う」
ジョシュア様が、そんな風に言ってくれたなんて。
私は、ガヴィの人間離れした美しさも、貴族らしからぬところも、凄いなと思っても羨ましいと思ったことはない。
ただ、ジョシュア様が母だったら、どんなに幸せだろうと、何度も思った。王妃とジョシュア様は兄弟なのに、どうしてこんなに違うのだろう。
「ユーリオ、一人じゃないよ。僕がいる。これはユーリオと僕の初めての公務だ」
僕は少しだけはにかみながら頷いた。
私たちはまず、亡くなった女官の同僚たちから話を聞くことにし、侍従にジーニー女官の同僚を順番に謁見の間に呼ぶよう指示した。
この聞き込みの結果、亡くなったジーニー女官は献身的に王妃に仕え、思慮深くて、よく気が付き、名家から縁談が持ち上がったものの、自分は生涯、王妃様に仕えるのだと話し、縁談を断っていたことが分かった。
そして今日は、パレードに参加した5台目の馬車に乗る予定だったのに乗車しておらず、しかし国王即位という慶事にみな浮かれ、奔走している最中、乗るべき女官がいないことに、誰も注意を払わなかった。
また、王宮の戴冠式の時は間違いなく女官は参列し、戴冠式からパレードに移る間、国王夫妻は、それぞれいったん私室に戻り、着替えてから馬車に乗り込んだが、その時も女官は王妃の着替えを手伝ったので、この時点までは生きていた。
次に王宮警護の騎士に聞いたところ、衝撃的な証言が出た。
この騎士は、国王夫妻が馬車に乗ろうという時間、国王と王妃の私室へつながる扉前で警備していた。
「国王陛下と王妃様が馬車に乗り込もうという時間でした。亡くなられた女官が『王妃様が忘れ物をされた』といって戻ってきました。私は扉を開け、彼女を中に入れました。しかし私は、すぐに交替したので、彼女が出てきたのかどうか分かりません」
交替した騎士も証言した。
「自分は前任務者から引き継ぎ、警備しました。王妃様の私室に亡くなった女官が入っていったということは聞いておりますが、私が警備している間、誰も出てきませんでした。
しかし、女官が出てこないことを不思議には思いませんでした。戴冠式というイベントに、普段とは違い、いろいろなことが起きていたため、そこまで気が回らなかったというのが、正直なところです。申し訳ありません。
扉の前に誰もいない状況があったかですか?いや、それは絶対にありません。自分が警備している間は、誰も出ておらず、入室もありませんでした」
遺体を引き取った侍医が謁見を申し込んできた。
侍医によると、死因は毒物だと思うが、解剖してみないと特定はできないこと、首元から胸あたりのドレスが裂けていたので、おそらく第三者が無理やり女官に毒物を飲ませたのではないかという。
ジーニー女官は、パレードの最中に誰かに無理やり毒を飲まされた?
気づけば午後の遅い時間になっていた。
「暗くなる前に、王妃様の私室だけは見ておこう」
ガヴィの提案に、侍従を伴い二人で王妃の私室に向う。
王妃の私室は、祖父が退位を表明した時、祖母が部屋を明け渡した。国王と王妃の私室は、慣例として家具や調度品はそのまま使用するが、装飾品は自身の好みで変更できる。
王妃の私室へは今日、初めて入る。
母上は公務に従する時は、それに相応しい装飾品を身に付けるが、だからといって派手で華美な宝飾品に金銭を浪費するタイプではない。だから部屋は、グレーを基調に刺し色にブルーを用いた落ち着いた部屋で、花が好きなので、大きな花瓶をセンスよく幾つも配置し、季節の花があちこちに飾ってある。
「ガヴィ。確か亡くなった女官は花を飾るのが上手で、この部屋に花を飾る担当だったと、同僚の女官が言ってたよね」
「そうだね。ねえ、この花瓶、実はすごく高価だったりする?」
ガヴィが白磁に青色の花の図柄の花瓶を見ながら聞きた。
「これは母上が購入した物ではなく、王家の宝物だ。ガーヴィン・マーローという作家のもので、庭シリーズという連作の花瓶だよ。青の庭、緑の庭、赤の庭、水辺の庭、睡蓮の庭、薔薇の庭と、全部で6シリーズあって、1つのシリーズで4種類の図柄があり、合計24種類。この部屋にあるのは、青の庭と緑の庭の8つの花瓶だ」
私は部屋を見渡し、花瓶の数を確認した。そして一番手前にあった花瓶を持ち上げ、底を見せながら「ガヴィ、ここを見て。底に0-1とある。最初の0というのに価値があるんだ。この作家は同じ図柄でいくつも作品を作ったけど、0は試作という意味で、一番最初に焼いたということだ。マーローの作品で0番だと、1万ガウスくらいの価値だろうね」
「すごい!」
ガヴィがうれしそうに言う。
「そうだね」
「いや、金額じゃなくて、ユーリオの知識がさ」
「え、いや王家の宝物はリスト化されてて、王太子として覚えるべきものだから」
私は少し照れてしまい、ガヴィを置いて部屋の奥に進んだ。ガヴィはほんとに褒めるのがうまいな。
「このあたりに倒れていたんだ」
女官がこと切れていたあたりは、アンティークの小さなテーブルが倒れ、その上に置いてあった金のオルゴールも床に落ちていた。それだけでなく、壁にかかっていた絵画が三つとも床に落ちている。
「割と広い範囲で、いろんな物が床に落ちてる」
「そうだね。争ったのかな…。あ!ユーリオ、止まって!」
後からついて来たガヴィの声に、私は立ち止まって床を見た。青い絨毯に付いていたのは血痕だ。
私とガヴィは無言になった。
ここで、女官が亡くなっていたのだという現実が突き付けられた。
王命で真相究明を拝命したことに気を取られ、亡くなった女官に対する哀悼の気持ちまで及ばなかった自分を恥ずかしく思う。
二人で黙とうした。
思慮深く、よく気が付き、献身的に王家に仕えたジーニー女官の死。
なぜ、彼女が死ななければならなかったのか。
「扉の外で警護していた騎士は、亡くなった女官以外は誰も入っていないと証言した。でも、隠し通路があるよね」
ガヴィの指摘は最もだ。
王族の私室には、緊急事態が発生したときに使用する隠し通路がある。陛下夫妻と、私の私室、そして妹の部屋にある。
「そこは確認すべきだね」
そう答えると、私は侍従に命じた。
侍従は、天井まで届く大きな書棚の前に近づき、観音開きの扉を開けた。書棚の中に収納物はない。侍従はかがんで書棚の板を押すと、板が後ろ側に倒れて通路が現われた。
もう一人の侍従が壁からロウソクを取り、火をつけて渡してくれたので、二人で覗き込む。
「これか。階段が下に続いている。どこに出るの?」
「王城の裏だよ。一番、山に近いところ」
私は、侍従に隠し通路の出口付近を確認し、最近、誰かが出入りした様子はないか見てくるように命じた。
その間、二人で通路の入り口を見る。
「すごい埃だ。これ、もし誰かが出入りしたら、足跡がつくはず。でも、そんなものはないね」
ガヴィのいう通りだった。
この埃の中、足跡を着けずに中に入るのは不可能だ。
このあと、戻った侍従から「隠し通路の外側の出口は草に覆われ、人が出入りしていたら、草が踏まれているはずですが、それはありませんでした。誰かが近づいた形跡はありません」と、報告を受けた。
では、死んだ女官以外の者はどうやって入ったのだろう…。
僕たちは思いの外、疲労困憊していたようだ。
王妃の私室から私の部屋に戻ると、二人してソファに倒れ込んだ。
「疲れた~」
そういうとガヴィが私の頭を抱えて、自分の肩に寄りかからせてくれ、ガヴィは私の頭に寄りかかった。
私がふっと笑うと、彼が「何?」と聞く。
「ガヴィは、みんなの前では完璧貴公子だけど、二人だけの時は違うよね」
「当たり前だろ?僕たちは夫婦になるんだよ。父上は『傾国の美青年』、なーんて呼ばれているけど、母上の前だと軟体動物だからね。背骨?何それ?っていうくらい、ふにゃふにゃだよ」
ガヴィが体を起こして私を見つめる。
「ユーリオ、想像してごらん。ものすごい夫婦喧嘩して、お互い顔を見たくないのに、『両陛下、バルコニーへ』と言われたら、過去100年、一度も夫婦喧嘩なんてしたことありませんという笑顔で登場し、手を振るんだ。どっかで素の自分をさらさなきゃ、頭が変になる」
「あはは。そうだね」
ガヴィがとても優しい目になった。
「僕は、ユーリオが良かったんだ。最初、婚約の話はマリー王女だった。でもマリー王女だと、結構、しんどいと思ってた。だって王女は、ウェスティンやエミリオ、リチャードと同じ目で僕を見るんだ。…キラキラした目だよ。僕にいろんな物を期待する目。だけど、ユーリオは違うからさ」
「当たり前だろ!何しろ、おしっこするところ、見たんだから」
「あれは、いいアイディアだった」
二人でクスクスと笑いあう。
「ちなみにアナベルはどういう目で見る?」
「アナベルは別格。王太后が乗り移っているから。達観した目だね」
僕は爆笑した。
ガヴィは真面目な顔になり、「とにかく、早く真相にたどり着かないとダメだ」といった。
「国の慶事に王宮で女官が亡くなる。こんな事が起きると、王家は大丈夫なのかと言い出す輩が出る。不吉な予兆とか、果ては呪いとか。みんなが疑心暗鬼になる。国王陛下は一週間と言われた。それが限界ということだ」
私もそう思った。
さっそく、次の日から予想外の事が起きた。
「幽霊?亡くなった女官の幽霊が出たというのか?」
報告した侍従も困惑している。
「はい。マリー王女様付の女官であるキャロル・ウェブスター嬢が見たと」
大きなため息が出る。
昨日亡くなって、もう幽霊になるのか?
そもそも亡くなってから幽霊になるまでの時間は、どのくらいなんだろ。いや全員が幽霊になるわけじゃないか。王太子教育に、幽霊になるまでの時間について、なんてなかったし。
僕はため息と共に侍従に命じた。
「では、そのウェブスター女官をここに呼んで」
「謁見の間でなくてよろしいですか?」
「動揺しているだろうから、執務室の方が、大げさにならずにいいと思う。グランフォルド大公爵令息は、まだ王宮に着いてない?」
「はい。あと30分ほどで到着予定と聞いております」
「二人で話しを聞きたいから、30分後にウェブスター女官をここに呼んでほしい」
「承知しました」
30分もしないうちにガヴィが部屋にやってきた。部屋に入るなり、「殿下、おはようございます。遅れて申し訳ございません」と、頭を下げる。
「いや、30分より早いよ」
ガヴィは執務机の前のソファに座りながら、困ったようにいう。
「もう少し早く登城予定だったんだけど、リチャードがぐずったんだ。いつもはこんなことないんだけど」
「なんでぐずったんだ?」
ガヴィはいい難そうだ。
「『にいちゃま、あぶない。おしろ、あぶにゃいから、いかないで』って」
「リチャードが?」
「そう…」
グランフォルド大公爵家の子供たちは、昨日のパレードに参加するため全員が登城していた。その後、女官の遺体が発見され、夜に開催予定の晩餐会は延期となったので、そのまま邸宅に戻ったものの、王宮内の物々しい様子、慌ただしく皆が緊迫していた雰囲気に、子供ながらにただ事ではないと感じたようだと、ガヴィがいった。
「母上は女官が亡くなったことは、リチャードには言ってないと言われていた。…もう影響はこんなところに出てきた。リチャードだけじゃない。戴冠式には、我が国の全ての貴族が参集された。今朝、どこの貴族家でも同じようなことが起きたんじゃないか」
ガヴィのいう通りだと思った。
幽霊を見たという女官が執務室にきた。
「私は、マリー殿下のお部屋から出て、階段を降りようとしていました」
妹の部屋は、僕の私室と同じ階の西側の棟にある。私の部屋がある東側の棟とは長い廊下で繋がっており、王女の私室側に一つの階段、私の私室側にもう一つの階段があって、ウェブスター女官は王女の私室側の階段を下りたそうだ。
「踊り場で、何気に振り返り、階段の上を見ました。そしたら、そしたら、そこにジーニー様が立っていました!」
俯きかげんで話すウェブスター女官。体が震えている。ガヴィが冷静に質問した。
「あなたが見たものを否定はしない。けど、踊り場から階上を見上げると、窓から光が入るよね。逆光でも、亡くなった女官が立っていると分かったのか?」
「完全な逆光の位置ではなく、カーテンの近くでした。だからジーニー様だと分かりました。だってすごく寂しそうな表情だったので」
「表情まで分かったの?」
ガヴィが驚き、少し口調が大きくなった。
「え、あ、あの、なんとなくですけど、寂しそうな感じで」
私はガヴィと目配せした。「寂しそうな」は完全に想像。これ以上は聞いても意味がない。
「ウェブスター女官。侍従への報告、ありがとう。だけど、これ以降は他言無用にして欲しい」
私の命令に、彼女は動揺した。
「あ、はい。あの…」
目が泳いでいる。…もう既に誰かに話したな。私がガヴィを見ると、彼も少し頷いた。
「誰に話した?」
「あの、マリー王女様付きの女官全員に」
私とガヴィは思わず、天を見上げた。
ウェブスター女官が退出すると、ガヴィはため息をつきながら「否定はしないけど、彼女の想像がかなり入っていると思う。あの踊り場から階上を見ると、朝方は逆光になるんだ。誰が立っていようと判別できるはずがない。ましてカーテンの近く…。カーテンが揺れたのを人だと見間違えたんだと思うけどな…。しかし、この調子でいくと、今日中に、あちこちにジーニー女官の幽霊が出るぞ」と、予言した。
それは的中した。
それからわずかの時間で庭師、クッキングメイド、はては騎士までが、亡くなった女官の幽霊を見たという報告が上がってきた。
私とガヴィが頭を抱えている時、侍従が侍医の謁見の申し込みを伝えた。
執務室に入ってきた侍医は、疲れ切っていた。徹夜で解剖し、死因を調べたという。
「死因は毒でございました。即効性の高いツツカブラという植物の毒です。ツツカブラの種が猛毒でございまして、服用すると喉が焼け、内臓が大量出血を致します。女官の内臓を診たところ、同じ症状でした。間違いございません」
ツツカブラ…。そんな…。
私は絶句した。ガヴィもそうだ。
この王宮で、ツツカブラの毒で亡くなったのは、これで二人目。
私の祖父の母、つまり、前々王妃がその毒で暗殺されたのだ。
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