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中編-1
しおりを挟む私の曾祖母は、25歳の時、ツツカブラの毒で暗殺された。
犯行現場は、当時の国王陛下の私室、つまり曽祖父の私室だった。
祖父が5歳の時だった。
王妃暗殺―。
この大事件に、当時、国王だった曽祖父は陣頭指揮を取って暗殺者の捜査をしたという。
その結果、捕まったのはアッシュリー・グレゴリオ、25歳。
グレゴリオ侯爵家の当主だった。
亡くなった王妃の手にグレゴリオ家の家紋入りのボタンが握られていたことで、事件発覚直後から、アッシュリーは疑われた。
そのため早々に尋問を受けたが、彼は一貫して無実を主張。
「私は嵌められた!ボタンは失くした」と、言い続けたのだ。
このボタンだけでは決め手にならなかったが、アッシュリーの妻、グレゴリオ侯爵夫人の証言で、状況は一転する。
夫人は侯爵が、自身の娘を王妃にするという妄執に取りつかれ、そのためにどうしても王妃が邪魔だと言っていたことを証言した。
さらに夫人は、侯爵がどうやって毒を手に入れたのかまでは知らないが、王妃が亡くなったと聞き、ついに侯爵が暗殺を実行したと思ったとも述べたのだ。
この夫人の証言を元に、アッシュリー周辺を入念に捜査した結果、彼の犯行と断定、アッシュリーは処刑。夫人も知っていたのに通報しなかったとして暗殺幇助に問われて処刑。グレゴリオ侯爵家は取り潰しとなり、アッシュリーの娘は貴族籍をはく奪のうえ、王都を追放され、北部の修道院に送られた。嫡男は当初は処刑と言われたが、まだ11歳だったので、国王が哀れだとして、娘と同様、貴族籍をはく奪され、国外追放となった。
ここまでは私とガヴィは知っている。アッシュリー事件と呼ばれる、この王妃暗殺は歴史で学んでいたから。
「とにかく、国王陛下に女官はツツカブラの毒で亡くなったという事実を伝えよう」
私よりもいち早く冷静になったガヴィがいう。
私たちの報告を聞いた陛下は、絶句した。
そして陛下は「法務大臣の保管庫に閲覧禁止としてある、アッシュリー事件の捜査資料がある。それを見る権限を与えるから、二人で確認しなさい。私は、先王(ちちうえ)にツツカブラの毒が使われたことを伝えよう。至急、離宮へ向かう」と言い残して、馬車で2時間の距離にある離宮へ向かわれた。
私たちはそのまま保管庫にいき、アッシュリー事件の捜査資料を持ち出して、私室に運んだ。
資料は、侍従が抱えられるくらいの大きさの木箱1箱。
「資料がこれだけというのが、まず意外だよね」
私もガヴィと同様の感想を持った。
王妃暗殺は大事件だ。相当の資料があるのだろうと思ったが、そうではなかった。
資料が少ないという点で、すでに嫌な予感しかない。
歴史では、入念な捜査の結果、犯人と断定されたと教えられたのに…。
冤罪。
嫌な言葉が頭をよぎる。
私は王太子教育で、我が国の国法について学んでいる。その中に、一つの発生事案に複数の異なる証言がある場合、その証言の数だけ裏を取る必要があることを教えられた。
このアッシュリー事件では、犯人とされたアッシュリーは無罪を主張し、夫人はアッシュリーが犯人だと主張。
この場合、アッシュリーだけでなく、夫人の証言についても裏を取らねばならないはずだ。アッシュリーがいつ、どこで、王妃が邪魔だといったのか。その彼の発言は、夫人以外で聞いた者がいたのか。
内容が内容なので、アッシュリーは夫人以外に洩らさなかったのであれば、アッシュリーと夫人の夫婦関係はどうだったのか。夫婦関係の証言は、社交界、領地内、さらに邸宅内と及ぶから、その証言を集めたら、相当な数になるはず。
ほんとであれば。
それなのに木箱に入っていたのは、アッシュリーの尋問調書と夫人の調書、修道院に入った長女の様子をまとめた報告書、嫡男の国外追放に立ち会った近衛騎士の調書、そして王妃が握っていたというグレゴリオ侯爵家の家紋入りボタン一つ。
これだけ。たったこれだけしかなかった。
私の中に、どんどん黒い染みが広がっていく。こぼした紅茶の染みが広がるように。
冤罪。
ああ、大嫌いな言葉だ。
しかも捜査の陣頭指揮をとったのが、王妃を殺された、当時の国王。
王妃がグレゴリオ侯爵家の家紋入りのボタンを握りしめていたことで、最初から侯爵を犯人扱いしたのではないか?
ガヴィから、自分が長女の報告書と夫人の調書を読むから、アッシュリーの尋問調書と嫡男の国外追放に立ち会った近衛騎士の調書を読むようにと促された。
でも、これを読む意味があるのか。
ただの時系列の確認しか出来ないのではないか。
読みたくはなかったが、ガヴィが読み始めたので、アッシュリーの調書を手に取る。
現在進行形で女官の死の究明を陛下から命じられているのに、過去の、もう終わった事件に踏み込むことが嫌だった。ただでさえ、やっかいな事案を抱えているのに。
いや、違う。
曽祖父が下した判断の間違いに到達するのが嫌なんだ。それは瘡蓋を、もう一度、自分でかきむしるようなものだから。
そんな気持ちでいるから、調書の表紙ばかり見ていた。
表紙には、事件発生から終結までの日付が記載されていた。
一週間だった。
また一週間だ。
ここでも一週間!
王家は一週間が好きなのか!?
すごい勢いで長女の報告書を読み進めていたガヴィがいった。
「もしかしたら、修道院に送られたという長女が生きていて、復讐を企てたのかと想像してた。だからこれから先に読み始めたけど…。事件は長女が5歳の時に起きた。つまり5歳で修道院に送られたということだね。それから彼女は5年、生きた」
「え、亡くなったの?修道院に入って5年後ということは、10歳で亡くなった?」
ガヴィは調書から目を離さず、「記録によると、10歳の時、修道院近くの川に落ちて、亡くなった。…ということになっている」と、意味深にいう。
「なっている?」
ガヴィは顔を上げた。
「遺体は出てない」
「どういうことだ?」
「薬草積みの奉仕をしていた彼女は、あやまって川に転落。これは複数の人が見ていて証言している。その後、救出しようと川沿いを皆で追いかけたものの、途中で見失う。院長が一番近くで駐屯していた騎士団に報告して、大規模な捜索が行われたけど、結局、見つからなかったようだ。それで死亡と届けられた」
二人して黙り込んでしまった。
最初に声を出したのはガヴィだった。
「これが自殺か他殺か、あるいは事故か、もしくは彼女が生きているのか、死亡しているのか、それは置いとくとして、彼女の父、つまりアッシュリーは自分の娘を王妃にしたくて、この事件を起こしたという。でも、事件が起きたとき娘はまだ5歳だったんだよ。そのときの王の御年齢は?」
「25歳だったはず」
「…25歳の王に、わずか5歳の娘を王妃にしようと画策する父親がいると思う?」
「…もう、犯人の動機からして怪しい。それだけじゃない!」
私は、自分でも驚くような声が出た。
何か言いたそうなガヴィは、とりあえず無視して、アッシュリーの調書を乱暴にテーブルに置くと、放置していた嫡男の国外追放に立ち会った近衛騎士の調書を手に取った。
ああ、やっぱり。
ほんとに最悪だ。
「ユーリオ?」
心配そうに私を見つめるガヴィ。
「私は大丈夫だ。でも、この調書はどうしようもない。どうしようもなくおかしい。まず、アッシュリーの尋問調書の表紙!ここには彼のバース性の記載がない!次に、この騎士の名前、ジョン・アーノン、30歳、バース性はベータ。アーノンなんて姓の騎士は、この国にはいないよ。取り潰しになった騎士の家系にもいない。つまり、こんな名前の騎士、いないんだ!」
ガヴィが茫然としている。
調書や報告書の表紙の書き方には決まりがあって、必ず表紙には調書を受けた対象者の氏名とバース性を入れなければならない。侯爵夫人のバース性はアルファだ。そして10歳で死んだとされる長女はオメガ。それから察するに、恐らくアッシュリーはオメガだったのではないか。
そして「アーノン」。これは「不明」という意味だ。
こんなことができるのは、我が国では一人しかいない。
当時の国王、私の曽祖父だ。
王妃の夫で、捜査の陣頭指揮を取った、我が国の最高権力者。国王でなければ出来ない。
「どういうことだ?」
「曽祖父主導でなければ、こんな隠ぺいはできない。おそらく嫡男は国外追放にはなってない!」
「私は実によい後継者に恵まれた」
そういったのは、国王陛下だった。
「陛下!」
「みな、畏まらずともよい。そのままで。ユーリオ、先ぶれせず、入室してすまない」
「とんでもございません。陛下は離宮に向かわれたのでは…」
陛下は、今日だけで10歳くらい老け込まれたように見えた。金髪は少し乱れ、顔には疲労の色が濃い。ガヴィがさっと席を立とうとすると、「構わないから」と言われて、陛下はガヴィの隣に座られた。
「人ばらいを」
陛下の命に家令がすぐさま動き、部屋は三人だけになった。
「離宮に向かう途中で、王宮に行こうとする馬車と会った。聞けば、父上の命を受けた家令だった。父上からこれを私に渡すようにと命じられたという」
陛下は侍従から受け取った品物を私たちに見せた。それは一通の手紙と紺色の大きめの宝石箱で、宝石箱は蓋を開けると緋色の表紙の日記帳が入っていた。
「これは?」
日記帳から目を離さず、私は聞いた。
「手紙は父上からだ。それてこれは…王妃の日記帳」
「え、暗殺された王妃の?」
私の問いかけに、陛下は頷かれた。
思わずガヴィと見つめ合う。
「父上は、昨日、離宮に戻ってから、この日記帳を私に渡そうと思われたそうだ。
ユーリオ、ここに王妃暗殺の真相が書いてある。私は戻る馬車の中で、ざっと読んだ。
読んで清々しい気持ちになる日記ではない。これを年若い二人に読ませていいものか、正直、躊躇する思いもある。
しかし、そなたたち二人なら大丈夫だろうという極めて楽観的な思考から、二人に渡そうと決めた。読みなさい。
これは王家の恥部だ。
ただし内容については一切、他言無用。
…ただ今回の女官死亡の件と、何か関わりがあるのか、それは分からない。謀略のたぐいか、それともただ毒物が同じだけなのか。それも分からない。
日記を読んだ後、父上からの手紙を読もう」
◇◇◇◇◇◇◇◇
あの男が陛下のお部屋に呼ばれた。
私が嫁いでくるより前から、あの男は陛下の最愛だった。
既にあの男は陛下のお子さえ、産んでいるのだ。
運命の番。
私たちの間については、たとえ王妃であっても絶対に口出しするな。
初夜にそう陛下から告げられた。
「王妃としては不自由なく過ごすがよい」
あくまでも王妃としてもてなす。そう陛下は言い残した。
もてなす?それでは客と同じだ。
私は一人でベッドに横たわり、陛下はあの男をベッドに引き入れた。
「陛下、陛下、今夜ぐらいは王妃様と…」
「ああ、なんといじらしいことをいうのだ、アッシュリー」
今夜ぐらいと、あの男はいう。初夜だけは私に陛下の情けを譲ってあげようと。あの男がどんな表情で言っているのか、想像するだけで腹立たしい。悔しくて、悔しくて、涙が止まらない。自分をかきむしって、無くしてしまいたい。
私は公爵家の娘で、5歳で陛下の婚約者になった。我が家紋を無視できない王家と、王妃を出したい父との間で結ばれた政略結婚。
しかし成長するにつれ、私は陛下をお慕いするようになった。
でも、陛下はわずか10歳で、運命の番に出会ったという。それがあの男だ。あの男も10歳だった。
それはすぐさま公爵である父に伝えられたが、父は運命の番がいても関係ないとし、そのまま私の輿入れを推し進めた。
父は輿入れ前夜に、この事実を私に告げた。号泣し、嫁ぎたくないと叫んだ私に、父は私の腕を殴った。顔だと明日の結婚式に差し障りが出るからだ。
「それでも貴族の娘か!」
私個人の幸せより、家紋の繁栄。これは貴族の令嬢であれば当然の選択だ。
その父の言葉を受け入れ、私は王妃になった。
王妃になった最初の晩、私は父に殴られた腕で、自分で自分を抱きしめ一人で寝た。
初夜なのに。
◇◇◇◇◇◇◇◇
今日も、あの男の嬌声が聞こえる。今夜からヒートというだけに、いつもに増して、凄まじい息遣い。肉と肉がぶつかる音、ぴちゃぴちゃ、びちゃびちゃ、ぐちゃぐちゃと。
あの男の達する声から、陛下の唸り声まで。
私は泣きながら書いている。陛下は、今夜はわざと、続きの扉を開けたままでいる。私があの男を今夜の夜会で無視したから、その意趣返しのつもりだろう。王妃が侯爵に夜会で声を掛けないなど、あってはならない。それをした私に、罰を与えているのだ。
なぜ、私が罰を受けるのか。
毎夜、繰り返される陛下とあの男の激しい情事を聞かされているだけでも拷問なのに。
侍女がいった。庭師から聞いたそうだ。庭園の整備のため、岩を動かしたら、岩の下にびっしりと小さな幼虫がついていた。それは不気味で、気持ち悪かったと。
私の侍女でありながら庭師と会話するなど、あるまじき行為だ。その庭師と侍女は、一目を忍んで情事に更ける仲なのか。そんなことはどうでもいい。問題は岩の下に巣くっていた幼虫だ。想像するだけで気持ちが悪い。
でも私の中にも、同じ物が巣くっている。気持ち悪くてどうしようもないもの。蠢く幼虫のように鳥肌が立つもの。生臭い女の匂い。これが嫉妬というものなら、私はとっくに嫉妬という虫に乗っ取られている。私の体はいつか虫になるのだろう。虫の方がいい。
こんな声をこれからも聞かされるのならば、いっそ虫になってしまいたい。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私にヒートがきた。
だから、初めて陛下がお渡りになった。陛下は私に「下だけ脱げ」とおっしゃり、ご自分は寝着さえお脱ぎにならない。
そして、あんな情けない恰好をさせられた。自分で自分の膝をかかえ、恥部を広げさせられたのだ。屈辱で顔を上げられない。いくらヒートとはえ、前戯がなければ十分に濡れない。恥ずかしくて足を下ろしたい。
それは痛みしかなかった。痛いという言葉さえ出せず、ただ目をぎゅっと瞑った。陛下は声一つお出しにならなかった。出血した。当然だ。初めてだったのだから。
陛下からはねぎらいの言葉もない。横になったとき、陛下がベッドサイドに用意されているタオルを取って、ご自身のモノを拭いているのが見えた。私の精液がついたそれを、汚物を見る目で見つめ、タオルを床に捨てた。
私は、あのタオルと同じだ。汚物として扱われ捨てられる。陛下にとって、私はそういう物なのだ。
今後、おそらくもう二度と、陛下はこの部屋には来ない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王太子が生まれて5年。
私が王太子を生んだ月の少し前、あの男も女児を生んだ。また侯爵夫人が生んだように画策するため、あの男はしばらく領地に引っ込んで王宮には出てこなかった。今年で11歳になる侯爵家の嫡子も、そうやってあの男が生んだ陛下の子だ。
あの男が領地に引っ込んでいる間だけは、私は平安に暮らせると思っていた、あの晩までは!
陛下はあろうことか、ご自分の子を、あの男が生んだ侯爵家の嫡男を手籠めにしたのだ。侯爵家の嫡男は、あの男そっくりに育った。姿形がそっくりのオメガ。それで陛下は血迷ったのだと思う。
誰も渡るはずのない陛下の部屋から、「やめて!」という声がした。恐る恐る部屋を覗けば、陛下がご自分の子を凌辱していた。泣く嫡男の穴に貪りついて、舐めまわしている陛下が見えた。あれば化け物だ。
耳を塞ぐが、手が震えてうまく塞げない。その間も何度も繰り返される陛下の痴態。やがて嫡男が嬌声を上げるようになった。堕ちたオメガの嬌声。私がもう一度、陛下の部屋を覗くと、あのオメガは陛下の背に手を回し、下から自分の父親を咥えこみ、もっともっとと言っていた。
狂ってる。狂った獣が狂った交尾をしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
侯爵夫人と話したい。
王妃のお茶会を利用するしかない。
侯爵夫人が、自分の夫が陛下の愛人であることを知らないはずはない。しかし、夫人がそれをどう思っているのかまでは分からない。
もし夫人が、陛下の夫への寵愛を利用し、それを侯爵家の発展に繋げようと思っているならば、私は一人で実行しよう。
そうではなく、夫人も私と同じで、岩の下に蔓延る鳥肌の立つ幼虫を体内に飼っているのであれば、協力を願う。
夫人に接触するしかない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夫人と話した。
私と一緒だった。いや、夫人は私よりも、はるかに病んでいた。
協力するという。
毒は夫人が入手すると約束してくれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夫人が毒と侯爵家の家紋入りボタンを手に入れた。
毒はツツカブラだと言った。
飲むと、喉が焼け、あっという間に死に至る。
そんなに苦しまないのであれば、それがいい。
王太子を思うと涙が出る。
悔やむのは王太子のことだけだ。
よい乳母に恵まれ、すくすくと元気に育っている。
まだ5歳なのに賢い。
母を許して。
ごめんなさい。
もう母は壊れてしまった。
侯爵夫人は、自分も処刑されたいという。ただし刑を受けるのは、あの男の後がいい、先に絶命するあの男の最後に目に映るのが陛下ではなく、自分でありたいと。
夫人は豪華なドレスを着て、優雅に微笑みながら、そういった。
あのおぞましい幼虫は成虫となり夥しい数となって、とうとう侯爵夫人を乗っ取ってしまった。
夫人はドレスを着た虫だった。私も同じ。王冠をかぶった虫。
今夜も陛下はあの男を部屋に引き込んでいる。子を産んでもなおも衰えないあの男の容色。日に日に、さらに似てきた侯爵家の嫡男は、最近は呼ばれない。少し体調を崩し、領地に戻っていると聞いた。きっと妊娠したのだ。腹にいるのは陛下の子だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
決行は明日。
この日記も今日が最後だ。
わたしはわざと、日記はこのまま私室に置いておくことにする。
陛下が見たら、どう思うのか。
何も思わないだろう。
そして、陛下の私室で毒を食らう。
最後に陛下に言いたい。
地獄に堕ちろ!
◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらく誰も声を出せなかった。
父上が残られたのは、祖父からの手紙のためということもあるだろうが、多分に私たち二人を心配してのことだと思う。
知ってしまった事実は重すぎる。
ガヴィをふと見る。
彼も打ちのめされているようだ。
私たちは重い氷の塊を背負ってしまった。背負うには重すぎるのに背負ってしまった。しかも氷だ。背中が冷たく底冷えがする。それでも前に進まなければならない。氷が溶けるから。溶けた氷は水になり、私たちをぐっしょり濡らし、重くなって動けなくする。だから、だからそうなる前に進むしかない。
陛下が祖父の手紙を読み上げた。
侯爵家嫡男は、国外追放にはされず、西方にある王家のもう一つの離宮で暮らし、曽祖父は国王を引退した後、その離宮に移ったそうだ。彼は、一度は妊娠したものの流産し、その後は子供が生めぬようになった。そして曽祖父が亡くなった時、自ら命を絶ったという。
「嫡男が亡くなった事実は間違いない。つまり侯爵家の血はここで断絶した」
そう断言する陛下に、ガヴィは食い下がった。
「お言葉ですが陛下、長女は?北部の修道院に送られて、5年後に近くの川に落ちて亡くなったと言われている長女です。遺体は見つかってません」
「北部というと、ベルファレス修道院か?」
「そうです」
「そうかベルファレスか。…確かに遺体は発見されていないかもしれないが、あの急流に流されて、とても生きているとは思えないね」
「陛下は、その川をご覧になったことがあるのですか?」
「昨年、北部地方の視察にいった際に、その修道院に立ち寄った。その時、川も見たよ。まさかそんないわくつきの川とは知らなかったがね。そういう目で見なくとも、ずいぶんと流れの早い河川だと思ったものだ」
ガヴィはまだ納得していないようだ。陛下が諭すように続けた。
「ガヴィ、元侯爵家の血筋の者が王宮に仕えるというのは不可能だ。我々のそばで仕える者は、その血筋を徹底的に調べるからね」
「…はい。それは分かっているのですが」
「君は聡いから、あらゆる方向に気が回るのだろう。しかし、あの河川を見た私の見解は、あそこに落ちたら、流れが急すぎて助からないと思う」
「もし、例えば長女が川に落ちたこと、それ自体が嘘だとしたら。確かに報告書には、修道女数名が、長女が落ちたところを目撃したとはありましたが」
「私は、その報告書を読んではいないが、目撃したのが修道女であるなら嘘ではないだろう。宗教的な理由ではないよ。
昨年、視察で修道院に立ち寄ったと言っただろう。あそこの院長は代々、王家に心酔している者が務めるんだ。だからこそ、いわくつきの人物を引き受けてくれる。院長からしてそうだから、修道女も右に同じだ。
もし君が、未来の王配が視察してごらん。君が命じたら、彼女らは君の靴裏さえ舐めるだろう。そんな彼女らが、王妃を手に掛けたと言われている元侯爵の娘を匿うはずがない。
むしろ、長女を川に落としたのは、彼女らではないかと疑う方が現実的だ」
陛下はさらっと、修道女が宗教者にあるまじき行為を働いたかのように言われた。陛下は重いことを、こうして軽くおっしゃるところがある。こういう陛下に、私は昔から何度も救われたんだ。
「さて、60年前の王妃暗殺の真相は分かった。問題は、この事件と今回の事件との関連性だ。亡くなった女官は伯爵家の娘だ。当然、歴史は学んでいる。つまり過去の王妃の件は、通常の範囲内で彼女は知ってはいたというわけだ」
陛下が場を仕切り、私たちの思考を現実に戻して下さる。
「そもそも、60年前の王妃暗殺、いや違うな、真相は王妃の自殺。この件と、今回の女官の死の共通点はツツカブラだけだ。確実に同じなのはこれだけ、そうだろう?」
私が「ええ、そうです」と答える。
「いや、それだけじゃないです!」
ガヴィが言った。
「王妃は殺されたと思っていたが、実は自殺でした。今回は?今回だって、我々は、女官は殺されたと思っていました。でも、もしかして自殺だったとしたら?」
そうだ。もし自殺なら、女官以外は誰も王妃の私室に出入りしていなくてもいいんだ。
でも、それなら、なぜ、王妃の部屋で?
私の曾祖母は、夫である国王への恨みから死を選んだ。日記を残し、わざと王の私室で亡くなった。
女官が王妃の部屋で自殺したとしたら、王妃を恨んで?王妃に対する嫌がらせ?
ああ、嫌だ。最悪だ。
これは瘡蓋をかきむしるどころではない。
膿んでる傷に、刃物でさらに傷つけるようなものだ。
そしてその刃は、私にも向かってくる。
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