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発作 1
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夕食の席で、俺は考えていたことを口にした。
「脱穀は農民たちに任せておいて大丈夫そうだし、メバックに行こうか」
異母様の側にサヤを置いておきたくない。その気持ちが大きかった。
まだ心の奥底で、黒く重たいものがくすぶっているのを感じる。異母様に会った後は特にそうだ。言い知れぬ不安に、気持ちを揺さぶられて落ち着かない。
俺は異母様に引きずられる頭を意識して払い、作業のことを考えろと自分に念じる。
脱穀に目処が立てば早めにメバックに……と、思っていたのだが、ひとところに集めた麦の脱穀は、思いの外楽だった。
今までは畑ごとに、家庭ごとに脱穀をしていたわけだが、今年は急ぐという理由で合同作業だ。すると、疲れれば他の農民と交代するという方法で、一日中作業が続けられる。自ずと休憩も取れるわけで、普段より楽だという声が上がっていた。
しかも、貯蔵庫前で作業しているため、終わればすぐ貯蔵庫に片付ける。目に見えて脱穀の進み具合が分かる。麦を乾燥させるために作った屋根がそのまま作業場として使われ、日除けにもなっていた。
「来年も共同作業にするかといった冗談すら出てますからね。
収穫量は、畑ごとで計算しなくてはなりませんが…確かに効率が良い気がします。
それぞれの目がありますから、怠ける者も出ませんし……体調が悪ければ休めますし……」
ユミルは体調も回復し、今は脱穀作業に精を出している。
休んでしまった分をと一生懸命だが、農民たちは事情を分かっているので、無理はさせない。
ほどほどで休憩させ、気を配っているのが俺の目からも分かる。
もともと、地域柄もあり横の繋がりが強いのだが、俺が心配しなくても上手くまとまっているようだ。
家族が多く、作業が早く終わる家庭と、家族が少なく、時間のかかる家庭があるわけで、その辺で一悶着あるのではと危惧していたが、休憩を挟んでの作業は体への負担も軽く感じるようで、文句の声もほぼ無い。
それどころか、サヤが差し入れとして、簡単なお菓子を提供したものだから、それを目当てに手伝おうとする子供も増えた。
サヤのお菓子……クレープモドキと呼んでいた。
ギルが送ってきた荷物の中に、蜂蜜があったのだ。サヤは同じく旬の果物だった無花果と蜂蜜を煮て、それをまたポテトサラダみたいにぐちゃぐちゃに潰し、 牛酪で薄く焼いた麺麭……のような皮のようなものに塗って重ねていき、適当に切り分けた。
形も大きさも不揃いな、不思議な重ね焼きのような何かなのだが、これが結構美味なのだ。牛酪の塩気と、蜂蜜煮の甘さが何故か絶妙だ。
甘い食べ物などあまり縁のない農民たちにどうぞとにこやかに差し出し唖然とされていたが……喜ばれていた。最近は争奪戦だ。得体が知れないので遠巻きにしていた男達すら食べたがる。
いつもあるわけではない。時間にゆとりが出来た時、気まぐれに作るのだ。一つ一つも小さいが、それでもお菓子なんてものは珍しく、嬉しいらしい。
それなりに蜂蜜は貴重品なのだが……サヤが楽しそうなので許している。農民達への労いにもなっているようだし、サヤが農民達に溶け込んでいる姿はとても良い……なんだかふんわりと温かい気持ちになるのだ。
「メバックから帰った時に脱穀が終わっていれば、サヤのお菓子をご褒美にするとでも言っておけば、死に物狂いで頑張るのでは?」
「……そういう使い方はよせ……」
ハインが真顔で提案した案を俺はすっぱりと切り捨てたが、サヤは冗談だと思っているのかクスクスと笑っている。いや、こいつはマジでしか言わないからね?
「でも、収穫が終わったら、川の補強を頑張ることになるのだし……何かみなさんの為にできるなら、私は構いませんよ。
疲れた時に甘いものが食べたくて無理やり作ったお菓子なのに、喜んでもらえてるから私も嬉しいです」
「え?サヤの世界のお菓子じゃないの?」
「似たのはありますよ。でもあのままの形じゃないです」
まさかのサヤが作ったお菓子だった。似たのがあるって……そんな簡単に料理を考え出してしまえるものなのか……唖然とするしかない。
「農民達へのご褒美はまた考えるとして、行くなら明日にしませんか。しばらくサヤを、ここから離しておきたいので」
まさかの提案がハインから上がった。
俺もそう思っていたわけだが……ハインが言い出すとは……。
「サヤの価値をあの方が正しく判断できるとは思いませんが、珍しい知識が目につくのも時間の問題でしょう。
今は特に、サヤに目が向いているように思いますので、しばらく離れて、興味が失せるのを待つ方が良いかと」
「そう……だな……。また、父上のところに出向いてくれたら、暫く時間が稼げるんだが……帰ったばかりだしな」
「それから、早くサヤを、見習いから従者に取り立てるべきですよ。見習いでは、やはり少し、弱い」
「え?」
「また横槍を入れられては面倒です。今回は話の流れで上手く逃げましたが、従者にしてやる、小姓にしてやると言われれば、受けるのが普通でしょう。上からの言葉をはねつけられる者はなかなかいません」
ハインに言われ、今回も結構やばかったのだと今更ながら思った。
サヤは身分をあまり意識していないようだが、本来なら、貴族から直々に、あのように言われて断るなど、不敬扱いされるのを恐れ、しないのが普通だ。
綱渡りだったのだと意識してしまうと、胸の奥の恐怖がまたもや膨れ上がってきた。無理矢理ねじ伏せて小さく押し固める……。大丈夫だ。何も無かった。もしもを考えるな、大丈夫だったんだ……。
「私は大丈夫ですよ。
別に楽な仕事がしたいわけじゃありません。異母様のところで働きたいとも思いません。
私はレイシール様のところにいます。今の仕事だって、気に入ってます。まるで両親の手伝いが出来てるみたいで、嬉しいんですよ?
レイシール様だって、ハインさんだって優しいし、不満なんて全然ありません。
そもそも、性別隠さなきゃいけないのに、行くわけないじゃないですか」
俺が自分の気持ちに折り合いをつけている間に、サヤとハインの会話は続いていた。
サヤの言葉に、ハインが溜息を吐きつつ返す。
「サヤの気持ちが揺らぐとは思ってませんよ。
ただ……脅されたり、駆け引きで……行かざるを得なくなるような場合もあるでしょう。
ですから、私も、レイシール様も、サヤを極力、あの方達に接触させたくないのです。
……今回は、明らかにサヤが目的でしたから……正直サヤが出向いてくれて助かりました。
あのまま庇い、行かせないこともできたでしょうが……その場合、今回ほど上手くは切り抜けられなかったと思います。何かしらの因縁をつけられて、レイシール様の立場を悪くする可能性もありました」
そこまで神妙に話してから、違和感に気付いたようだ。「……今私が優しいとか言いませんでしたか」「言いましたよ?」「…………ちょっとサヤの精神状態が心配になってしまいました」などという、よく分からないやり取りを繰り広げる。
俺もほどほどびっくりした。サヤにはハインが優しいと感じるのか……。ハインは効率の鬼だから、そつなく行動できない人間には鬼でしかないんだが……。つまりサヤはハイン並みに有能ということか。
「まあ、良いです。私は厩番と本館にメバック行きを報告してきますから、お二人は明日の準備をしておいて下さい」
多分照れたのであろうハインが、慌てたように食器を片付けて退室して行く。
それを見送ってから、俺はつい、溜息を零してしまった。
「レイシール様?」
不思議そうにサヤが聞いてくる。何でもないよと答えたが……。
「何でもなくないと思うから、聞いてるんですよ?」
と、やんわり返されてしまった。
言っても仕方がないことなんだ……。だって落ち込んでしまっただけだから……。
「ハインも、サヤも、有能だなと思ったんだよ。俺は特技と言えるようなものは無いし、誰かに誇れる技能も持たないから……」
どうせサヤには、俺の無能さ加減は知られてるわけで、今更誤魔化しようもないから、そのまま零す。
するとサヤは、何故かびっくりしたような顔をした。
「レイシール様は、凄いと思いますよ?」
「……ええと……気を使わなくて良いからね?」
自分に凄い部分が見出せないので、お世辞と解釈したのだが……。
「お世辞じゃないですよ。何言ってるんですか。
……もしかして、気付いてらっしゃらないんですか?」
と、返されてしまった。
気付いてません。ていうか、そんな部分は無い。全く思い浮かばない。
俺の様子に、分かってないのだと結論付けたサヤは、優しく微笑んだ。
「レイシール様らしい気もしますけど……。
私の国では、レイシール様みたいな人が貴重ですよ。素晴らしい才能だと思います。
身分や立場の違う人たちと気さくに、垣根を作らず接することが出来る能力。
何かの責任を持とうとする姿勢も。決断を、人任せにしない所も…。
まだ他にも沢山ありますよ。
私が怖いと思うこと、嫌だと思うことを、しないでいて下さることも……。
きっと、私のことも……凄く、考えて下さってるのだと、思います。
ただでさえ、私は扱い辛いと思うのに……」
思いもよらない数々の褒め言葉にびっくりしてしまう。
身分にこだわりが薄いのは、元庶民の貴族であるからというだけだし、責任を持つのは、役職上当たり前だし、決断だって、俺の仕事だ。それを能力として扱って良いのか?
そして、サヤを扱い辛いだなんて、思うわけがない。
「サヤを扱い辛いなんて……全然そんなことないよ。何言ってるんだ?」
「扱い辛いですよ。男性不信で恐怖症持ちですよ? 普通は腫れ物扱うみたいに……近寄らないんですよ。
なのにレイシール様は、そうされないでしょう?それに……私に触れることも、躊躇わない……。けれど、私がちょっとでも嫌がる素振りを見せれば、それ以上踏み込んでこない……。
あっちの世界では……そんな人、いなかったですよ。カナくんも……そんなややこしい部分が煩わしかったのだと思います……。幼馴染だったから……関わらないわけにもいかなかったでしょうし……」
少し苦しげに、眉毛の下がった笑顔でサヤが言う。
嫌われてると言って、泣いていたサヤを思い出し、俺も苦しくなった。
「レイシール様は、凄い人だと、思います。
そもそも、ハインさんみたいな有能な人が、貴方の為に何かをしようとするんですよ?
そんな風に思ってもらえる人が、どれ程いると思うんです?」
「それは……それは、ハインが俺に、負い目を持っているだけだよ……。
気にしなくても良いのに、律儀だから、俺に恩を返そうと……」
手の障害を、自分の所為だと思っているから……。
「それだけでしょうか?
ハインさんは、無神の民だって私に仰いました。
無神の民は忌避されるのだって教えてくれたのはレイシール様です。
でもレイシール様は、ハインさんを煙たがったりしませんし、神を崇めるように強要もしません。ハインさんが嫌だと言ったから……。それだけの理由で許してますよね?
そんなレイシール様だから、ハインさんは仕えるのだと思いますけど」
サヤに指摘されたことにまたびっくりする。
ハイン……自分で無神の民だと言ったんだな……。サヤにそれを教えているとは思わなかった。
ハインが自分のことを人に話すなんて……。
「私は神とか、結構どうでも良い国の人間だから、無神の民だからって、それが気になったりはしません。
でもレイシール様はそれが当たり前の世界にいて……それが価値基準になってない……。それって凄いことだと思います。信仰で人の価値を決めないのは、案外、難しいです」
どこかを見つめる瞳で、サヤがしみじみと言う。
サヤの国にも色々あるのかもしれない……。そんな風に感じた。
「……ありがとう。サヤが褒めてくれたから、ちょっと気持ちが楽になった気がする。
けど……それは俺の生まれや、役職だから当たり前だと思うけど……」
「まだ言うんですか。
役職だからってそれができない人が多いから、世の中上手くいかないんですよ。
本当は、未成年のレイシール様が働く前に、成人の方が役職につくべきなんでしょう?でも出来ないからこうなってる。ほらね?」
サヤの指摘に、虚を突かれた。
……まあ確かにそう……そうだ、ね。
「レイシール様は、凄いんですよ。分かりました?」
にっこり笑ってそう言われて、俺も顔に血が昇るのを自覚した。
そんな……面と向かって褒めないでくれ……なんかすごく恥ずかしい!
視線を逸らして赤い顔をしてる俺に、サヤは満足そうだった。
「脱穀は農民たちに任せておいて大丈夫そうだし、メバックに行こうか」
異母様の側にサヤを置いておきたくない。その気持ちが大きかった。
まだ心の奥底で、黒く重たいものがくすぶっているのを感じる。異母様に会った後は特にそうだ。言い知れぬ不安に、気持ちを揺さぶられて落ち着かない。
俺は異母様に引きずられる頭を意識して払い、作業のことを考えろと自分に念じる。
脱穀に目処が立てば早めにメバックに……と、思っていたのだが、ひとところに集めた麦の脱穀は、思いの外楽だった。
今までは畑ごとに、家庭ごとに脱穀をしていたわけだが、今年は急ぐという理由で合同作業だ。すると、疲れれば他の農民と交代するという方法で、一日中作業が続けられる。自ずと休憩も取れるわけで、普段より楽だという声が上がっていた。
しかも、貯蔵庫前で作業しているため、終わればすぐ貯蔵庫に片付ける。目に見えて脱穀の進み具合が分かる。麦を乾燥させるために作った屋根がそのまま作業場として使われ、日除けにもなっていた。
「来年も共同作業にするかといった冗談すら出てますからね。
収穫量は、畑ごとで計算しなくてはなりませんが…確かに効率が良い気がします。
それぞれの目がありますから、怠ける者も出ませんし……体調が悪ければ休めますし……」
ユミルは体調も回復し、今は脱穀作業に精を出している。
休んでしまった分をと一生懸命だが、農民たちは事情を分かっているので、無理はさせない。
ほどほどで休憩させ、気を配っているのが俺の目からも分かる。
もともと、地域柄もあり横の繋がりが強いのだが、俺が心配しなくても上手くまとまっているようだ。
家族が多く、作業が早く終わる家庭と、家族が少なく、時間のかかる家庭があるわけで、その辺で一悶着あるのではと危惧していたが、休憩を挟んでの作業は体への負担も軽く感じるようで、文句の声もほぼ無い。
それどころか、サヤが差し入れとして、簡単なお菓子を提供したものだから、それを目当てに手伝おうとする子供も増えた。
サヤのお菓子……クレープモドキと呼んでいた。
ギルが送ってきた荷物の中に、蜂蜜があったのだ。サヤは同じく旬の果物だった無花果と蜂蜜を煮て、それをまたポテトサラダみたいにぐちゃぐちゃに潰し、 牛酪で薄く焼いた麺麭……のような皮のようなものに塗って重ねていき、適当に切り分けた。
形も大きさも不揃いな、不思議な重ね焼きのような何かなのだが、これが結構美味なのだ。牛酪の塩気と、蜂蜜煮の甘さが何故か絶妙だ。
甘い食べ物などあまり縁のない農民たちにどうぞとにこやかに差し出し唖然とされていたが……喜ばれていた。最近は争奪戦だ。得体が知れないので遠巻きにしていた男達すら食べたがる。
いつもあるわけではない。時間にゆとりが出来た時、気まぐれに作るのだ。一つ一つも小さいが、それでもお菓子なんてものは珍しく、嬉しいらしい。
それなりに蜂蜜は貴重品なのだが……サヤが楽しそうなので許している。農民達への労いにもなっているようだし、サヤが農民達に溶け込んでいる姿はとても良い……なんだかふんわりと温かい気持ちになるのだ。
「メバックから帰った時に脱穀が終わっていれば、サヤのお菓子をご褒美にするとでも言っておけば、死に物狂いで頑張るのでは?」
「……そういう使い方はよせ……」
ハインが真顔で提案した案を俺はすっぱりと切り捨てたが、サヤは冗談だと思っているのかクスクスと笑っている。いや、こいつはマジでしか言わないからね?
「でも、収穫が終わったら、川の補強を頑張ることになるのだし……何かみなさんの為にできるなら、私は構いませんよ。
疲れた時に甘いものが食べたくて無理やり作ったお菓子なのに、喜んでもらえてるから私も嬉しいです」
「え?サヤの世界のお菓子じゃないの?」
「似たのはありますよ。でもあのままの形じゃないです」
まさかのサヤが作ったお菓子だった。似たのがあるって……そんな簡単に料理を考え出してしまえるものなのか……唖然とするしかない。
「農民達へのご褒美はまた考えるとして、行くなら明日にしませんか。しばらくサヤを、ここから離しておきたいので」
まさかの提案がハインから上がった。
俺もそう思っていたわけだが……ハインが言い出すとは……。
「サヤの価値をあの方が正しく判断できるとは思いませんが、珍しい知識が目につくのも時間の問題でしょう。
今は特に、サヤに目が向いているように思いますので、しばらく離れて、興味が失せるのを待つ方が良いかと」
「そう……だな……。また、父上のところに出向いてくれたら、暫く時間が稼げるんだが……帰ったばかりだしな」
「それから、早くサヤを、見習いから従者に取り立てるべきですよ。見習いでは、やはり少し、弱い」
「え?」
「また横槍を入れられては面倒です。今回は話の流れで上手く逃げましたが、従者にしてやる、小姓にしてやると言われれば、受けるのが普通でしょう。上からの言葉をはねつけられる者はなかなかいません」
ハインに言われ、今回も結構やばかったのだと今更ながら思った。
サヤは身分をあまり意識していないようだが、本来なら、貴族から直々に、あのように言われて断るなど、不敬扱いされるのを恐れ、しないのが普通だ。
綱渡りだったのだと意識してしまうと、胸の奥の恐怖がまたもや膨れ上がってきた。無理矢理ねじ伏せて小さく押し固める……。大丈夫だ。何も無かった。もしもを考えるな、大丈夫だったんだ……。
「私は大丈夫ですよ。
別に楽な仕事がしたいわけじゃありません。異母様のところで働きたいとも思いません。
私はレイシール様のところにいます。今の仕事だって、気に入ってます。まるで両親の手伝いが出来てるみたいで、嬉しいんですよ?
レイシール様だって、ハインさんだって優しいし、不満なんて全然ありません。
そもそも、性別隠さなきゃいけないのに、行くわけないじゃないですか」
俺が自分の気持ちに折り合いをつけている間に、サヤとハインの会話は続いていた。
サヤの言葉に、ハインが溜息を吐きつつ返す。
「サヤの気持ちが揺らぐとは思ってませんよ。
ただ……脅されたり、駆け引きで……行かざるを得なくなるような場合もあるでしょう。
ですから、私も、レイシール様も、サヤを極力、あの方達に接触させたくないのです。
……今回は、明らかにサヤが目的でしたから……正直サヤが出向いてくれて助かりました。
あのまま庇い、行かせないこともできたでしょうが……その場合、今回ほど上手くは切り抜けられなかったと思います。何かしらの因縁をつけられて、レイシール様の立場を悪くする可能性もありました」
そこまで神妙に話してから、違和感に気付いたようだ。「……今私が優しいとか言いませんでしたか」「言いましたよ?」「…………ちょっとサヤの精神状態が心配になってしまいました」などという、よく分からないやり取りを繰り広げる。
俺もほどほどびっくりした。サヤにはハインが優しいと感じるのか……。ハインは効率の鬼だから、そつなく行動できない人間には鬼でしかないんだが……。つまりサヤはハイン並みに有能ということか。
「まあ、良いです。私は厩番と本館にメバック行きを報告してきますから、お二人は明日の準備をしておいて下さい」
多分照れたのであろうハインが、慌てたように食器を片付けて退室して行く。
それを見送ってから、俺はつい、溜息を零してしまった。
「レイシール様?」
不思議そうにサヤが聞いてくる。何でもないよと答えたが……。
「何でもなくないと思うから、聞いてるんですよ?」
と、やんわり返されてしまった。
言っても仕方がないことなんだ……。だって落ち込んでしまっただけだから……。
「ハインも、サヤも、有能だなと思ったんだよ。俺は特技と言えるようなものは無いし、誰かに誇れる技能も持たないから……」
どうせサヤには、俺の無能さ加減は知られてるわけで、今更誤魔化しようもないから、そのまま零す。
するとサヤは、何故かびっくりしたような顔をした。
「レイシール様は、凄いと思いますよ?」
「……ええと……気を使わなくて良いからね?」
自分に凄い部分が見出せないので、お世辞と解釈したのだが……。
「お世辞じゃないですよ。何言ってるんですか。
……もしかして、気付いてらっしゃらないんですか?」
と、返されてしまった。
気付いてません。ていうか、そんな部分は無い。全く思い浮かばない。
俺の様子に、分かってないのだと結論付けたサヤは、優しく微笑んだ。
「レイシール様らしい気もしますけど……。
私の国では、レイシール様みたいな人が貴重ですよ。素晴らしい才能だと思います。
身分や立場の違う人たちと気さくに、垣根を作らず接することが出来る能力。
何かの責任を持とうとする姿勢も。決断を、人任せにしない所も…。
まだ他にも沢山ありますよ。
私が怖いと思うこと、嫌だと思うことを、しないでいて下さることも……。
きっと、私のことも……凄く、考えて下さってるのだと、思います。
ただでさえ、私は扱い辛いと思うのに……」
思いもよらない数々の褒め言葉にびっくりしてしまう。
身分にこだわりが薄いのは、元庶民の貴族であるからというだけだし、責任を持つのは、役職上当たり前だし、決断だって、俺の仕事だ。それを能力として扱って良いのか?
そして、サヤを扱い辛いだなんて、思うわけがない。
「サヤを扱い辛いなんて……全然そんなことないよ。何言ってるんだ?」
「扱い辛いですよ。男性不信で恐怖症持ちですよ? 普通は腫れ物扱うみたいに……近寄らないんですよ。
なのにレイシール様は、そうされないでしょう?それに……私に触れることも、躊躇わない……。けれど、私がちょっとでも嫌がる素振りを見せれば、それ以上踏み込んでこない……。
あっちの世界では……そんな人、いなかったですよ。カナくんも……そんなややこしい部分が煩わしかったのだと思います……。幼馴染だったから……関わらないわけにもいかなかったでしょうし……」
少し苦しげに、眉毛の下がった笑顔でサヤが言う。
嫌われてると言って、泣いていたサヤを思い出し、俺も苦しくなった。
「レイシール様は、凄い人だと、思います。
そもそも、ハインさんみたいな有能な人が、貴方の為に何かをしようとするんですよ?
そんな風に思ってもらえる人が、どれ程いると思うんです?」
「それは……それは、ハインが俺に、負い目を持っているだけだよ……。
気にしなくても良いのに、律儀だから、俺に恩を返そうと……」
手の障害を、自分の所為だと思っているから……。
「それだけでしょうか?
ハインさんは、無神の民だって私に仰いました。
無神の民は忌避されるのだって教えてくれたのはレイシール様です。
でもレイシール様は、ハインさんを煙たがったりしませんし、神を崇めるように強要もしません。ハインさんが嫌だと言ったから……。それだけの理由で許してますよね?
そんなレイシール様だから、ハインさんは仕えるのだと思いますけど」
サヤに指摘されたことにまたびっくりする。
ハイン……自分で無神の民だと言ったんだな……。サヤにそれを教えているとは思わなかった。
ハインが自分のことを人に話すなんて……。
「私は神とか、結構どうでも良い国の人間だから、無神の民だからって、それが気になったりはしません。
でもレイシール様はそれが当たり前の世界にいて……それが価値基準になってない……。それって凄いことだと思います。信仰で人の価値を決めないのは、案外、難しいです」
どこかを見つめる瞳で、サヤがしみじみと言う。
サヤの国にも色々あるのかもしれない……。そんな風に感じた。
「……ありがとう。サヤが褒めてくれたから、ちょっと気持ちが楽になった気がする。
けど……それは俺の生まれや、役職だから当たり前だと思うけど……」
「まだ言うんですか。
役職だからってそれができない人が多いから、世の中上手くいかないんですよ。
本当は、未成年のレイシール様が働く前に、成人の方が役職につくべきなんでしょう?でも出来ないからこうなってる。ほらね?」
サヤの指摘に、虚を突かれた。
……まあ確かにそう……そうだ、ね。
「レイシール様は、凄いんですよ。分かりました?」
にっこり笑ってそう言われて、俺も顔に血が昇るのを自覚した。
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視線を逸らして赤い顔をしてる俺に、サヤは満足そうだった。
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