異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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大店会議 4

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 結局、場所をまた移動した。
 なんというか……状況を説明した際ハインが、その様にしたのだ。
 急遽、ギルに部屋を一つ用意してもらい、そこに俺たちは集合していた。俺たち……というのは、俺、ハイン、サヤ、ギル、マルである。
 用意された部屋は、なにもない閑散とした部屋だった。
 椅子が運び込まれ、俺だけがそれに座る。俺の周りに他の一同は立った状態だ。
 俺から離れた場所で、ウーヴェは床に膝をつき、項垂れている。

「内情……ね。
 痛くない腹なら、探られているなど勘ぐる必要も無いですからね。
 しっかりと話をお聞きしたいものです。ねぇ、ウーヴェ」

 にんまりと、人の悪い笑みを浮かべるハインに、俺の気分が滅入る。楽しそうだな……。
 もう、肉食獣が獲物を前に舌舐めずりしてる顔でしかないぞ、お前……。
 ウーヴェは、そんなハインを睨み付け……だがすぐに、顔を背けた。

「もう、……目星は付けてらっしゃるのでは……」
「それだけでは不満なのですよ。洗いざらいが欲しいのです。
 正直に話すなら、お優しいレイシール様のことですから、酌量の余地があるかもしれませんよ」
「ふっ……その様なもの……今更……」

 まただ……。
 ウーヴェが、皮肉げに歪んだ笑みを浮かべていた。
 挑発する様なその顔だが、目は淀み、態度が去勢なのだと分かる。
 腕を組んで、口元を手で隠しつつ、俺は小さく溜息をついた。
 そうか……俺って、こんな感じだったんだ……と、思ってしまったのだ。
 匂いのようなものがある。
 いや、実際に匂うわけじゃなく、感じるのだ。ウーヴェから。空気を。何か重い、伸し掛るようなものを。
 それは俺には馴れ親しんだというか……今もずっと俺に纏わりついているもの。それに酷似してる気がした。
 とりあえず口を開くことにする。ハインとのやりとりじゃあ、精神を疲弊するばかりだ。俺は別に、ウーヴェをいたぶりたい訳じゃない。サヤも心配そうだし……。

「ウーヴェ。サヤの件は、サヤが勝手に取った行動だ。それについて其方をどうこうしようというつもりは無い。貴族の従者に手傷を負わせたということに関しては、サヤは立場を偽っていたのだし、其方に問われる罪は無い。
 ただ……サヤから、店での其方の行動、言動、事件とその顛末についての報告はされている」

 俺の言葉に、ウーヴェの顔が苦渋に歪む。
 ……ここか。
 サヤのことは罪に問わない。そう言っても、この男は何の反応も示さなかった。
 なら、ウーヴェが内情と表現したのは、エゴンと自身が営むバルチェ商会に関してだ。
 まあそうだろうなとは思っていたが……。どうやらバルチェ商会は、踏み込んではいけない部分に踏み込んでしまっている様だな……。
 胸が軋む。ウーヴェの心情が、分かる。自身の預かり知らないものに翻弄されて、疲れてしまった目だ。
   と、そこで急に、マルが口を開く。

「ああ、なんの話かと思ってたら、バルチェ商会のそれでしたか。
 そりゃ、まぁ、ねぇ。情状酌量の余地は無いですかね。あはははは」
「……空気読めよ、てめぇ……」

 ギルが顔を歪め、マルの頭を鷲掴みにする。マルが痛い痛いと抗議の声を上げているが、気にしない。
 俺は視線をやっていたマルから、もう一度ウーヴェに視線を戻した。
 ウーヴェの顔は無表情に凍りついていた。

「ほら、もう私が、何を言う必要も無いようですが……」

 抑揚のない声で、俺を見上げるようにして言う。
 言葉は丁寧だけれど、好きにすりゃいいだろと、投げやりな気分なのが分かる。
 うーん……実は何も分からないんだよねー。とか言えば、どんな顔するんだろうな、こいつ。    

「それでも、私は其方の口から、聞きたいと思うが?
 其方しか知らぬ事情もあるだろうし、こちらが知っている事が全てだとも思わない。
 ウーヴェ……。私は、其方の言葉で、伝えて欲しい。
 断っておくが、サヤがバルチェ商会に伺ったのは、ただの偶然だ。お前たちのことは、まだ何一つ、明るみに出ていない。
 其方の家業のことだとして、其方がそれに関わっているかどうかも、また別の話だろう」

 俺の言葉に、ウーヴェが俺を睨んだ。
 苛々しているな。気持ちが混乱しているのか?俺を睨み付けるウーヴェに、ハインが反応して剣に手を掛けようとするが、眼力で俺がどうこうなるわけもない。控えておくようにと首を振った。サヤはハインの反対側、俺の後ろ横で、黙って立っている。
 悠長に待ちの体勢に入っている俺に、ウーヴェのイライラは募るばかりのようだ。喋り終えた俺が、腕を組んだまま沈黙を続けると、痺れを切らし、声を荒げた。

「もう、そんなややこしいことは良いではないですか!
 私は従者殿の秘密を知った。家業の方もきな臭い。それならさっさと切って捨てれば良いでしよう。
    どちらにしてもバルチェ商会は、ご子息様にとっては不要のもの。
    二年前から、そのつもりでいらっしゃったのではないのですか⁉︎    ならグダグダ詳細など問わず、ここで……」
「何故、サヤの秘密を守るために、領民を斬らねばならん」

 自暴自棄だなと思ったので、ウーヴェの言葉を遮り、不敬を重ねる前に制止する。
 正直俺は、ウーヴェに会う前に懐いていた敵意のようなものは、もう持っていなかった。
 サヤを傷付ける要因となった男……という認識だったのだけどな……違う。エゴンの息子……というには、あまりに似てないと思う。
 害意が感じられない。俺にイラついたような態度を取っていても、それは俺に対するものではないようだ。
 エゴンが、俺を疎ましく思っているのは知っている。慇懃な態度を取っていても、内心がそれにそぐわないのは、貴族社会では多々あることだ。だからその息子も、俺をよく思ってないだろうと、そう考えていたのだけど……。
 この男にあるのはただ、自身に対する嫌悪ばかり。
 ウーヴェは、あの家業でいるには潔癖すぎるのではと、そう思った。
 親の家業は子が継ぐ。それが当然なのだが、ギルのように、それを天職とできる者ばかりではないと、俺は身をもって知っている。望まぬ未来を、用意されている苦悩も。
 俺も出自に翻弄される身だ。ルーシーも、それに苦しんでいた。そして、ギルだって……なんの葛藤も無く、自身が生まれた時に用意されていた道を、歩んだ訳ではない。

「ウーヴェ……。私は、サヤの秘密を守る為に、領民を害する気は無い。不確かな罪で、裁こうとも思わない。二年前、今までのやり方を変えてしまったのは、其方の実家の家業を疎んだからではない。……不誠実なのが、嫌だと思ったんだ。
 領主は領民を護る責務がある。それは管理することとは違う。一方的に下知を押し付けるのは、領民の為の行為とは、思えなかった……。
 そのことで、其方の父に、泥を被らせることになってしまったのは、申し訳なかったと思う。
 だが……正しいと思えないやり方をやっていけるほど、私は割り切れなくてね……。そうする方が良い場面もあるのだと思う。思うが……。
 すまない。貴族らしくあろうと思うのだが、なかなかに不出来なのだよ。私は」

 自身が貴族でなかったらと思ってしまう。それを望んでいた。だから、どうしても……自分がそうありたかったと思う人たちが、苦しむのは嫌だ。
    俺はそうなれなかったけれど、笑ってほしい。恙無く、平穏に、日々を重ねてほしいのだ。
    そしてそれを願える立場に、俺はいる。ならば、せめて、夢に見る貴族でない自分が、笑顔でいられそうな市政を作りたい。

「だからウーヴェ……。そんな風にするな。其方の家業と、父と、其方自身は別物だ。私はそれを承知しているつもりだ。
 きちんと話せ。其方の言葉で。生まれた時から全てが決まっていたと、決めつけて諦めるな。
 ……と、偉そうに言える立場でもないのだがな……。俺も、つい先日まで、そんな心境だった訳だし……はは」

 自分で言ってて恥ずかしくなってしまい、そんな風に誤魔化した。
 昨日までの俺は、まさにこんな風だったよなって、思ってしまったのだ。
 諦めて、戦うことをしなかった。運命に抗ってすらいなかった俺が、言えた義理じゃない……。
 ふと視線をやると、ウーヴェが変なものを見たと言わんばかりの顔で、俺を見ている。
 ああ……威厳も何もないよなぁ……。まあいいけど。
 苦笑して、俺は席を立つ。ウーヴェがビクリと身を縮めた。

「休憩時間が、半分ほど減ってしまったぞ?」
「……は?」
「後半の会議がある。其方も休め。
 あまり心休まる心境ではないだろうが……焦ることもない。ゆっくり考えれば良い」
「ちょっ、い、意味が分かりません!
 バルチェ商会の罪は、充分分かってらっしゃるのでしょう?ならここで拘束すべきです!」

 焦ってそんなことを言うウーヴェに笑ってしまった。自分で捕まえろって進言する悪人はいないと思うよ。

「ウーヴェがそれに関わってるかどうか分からない。まだ其方から聞いておらぬ。
 それに、其方は逃げぬよな。なら、言える心境になった時に来れば良い。
 今は雨季の氾濫対策を優先したい。村民の命と生活が掛かっているのでな。私にはそちらの方が重要だ」

 バルチェ商会の罪というのを把握しているのは、多分マルのみだし。確認する時間も必要だ。
 と、いうのが主な理由だったが、誤魔化しておこう。
 ウーヴェがボロを出してくれたおかげで明るみになったようなもんなんだよね、本当は。でもそれは、知らぬが花ってやつだろう。

「後半も、宜しく頼むよ」と、言い置いてから、俺は退室した。
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