異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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雨季前 4

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   暫くすると、何かやりとりしながらルカとウーヴェが戻って来た。

「川に下りられる様に出来たら、食材の運搬に使えんだろ?  そっちのが良いって」
「雨季の度に桟橋が流されたんじゃ、高くつくだろ」
「桟橋くらいなら、さした出費じゃねぇよ」

 すると今度は、ウーヴェがマルに呼ばれ、奥深い数値が飛び交う謎の会話を始める。
 俺はルカを呼び、お疲れ様と労ったのだけれど、ルカは俺の労いは適当な生返事で流し、俺を見た。

「……出歩けるようになって、良かったな」

 そんな風に言われて、心配されてたんだなぁと思う。だから「気にかけてくれてたのか。ありがとう」と返事をすると、ルカは少し赤い顔をして、そっぽを向いた。

「人足連中もよぉ、あんたの顔見たがってんだよなぁ。
 潤いがねぇってぼやいてるしよぉ、明日で、一旦終了ってなるわけだろ?    来んの?」

 解散前に、顔を出せるかと聞かれた。
 最後くらいは挨拶したいと俺も思ってる。後半に参加してくれた人足達には、一度も顔を合わせていないしな。

「行きたい。けど、ハインが許してくれるかどうか……」
「あー……あいつ今、血の穢れせいりが来てるお袋かって感じだもんな」

 その例え、酷くないか……。
 建物の入り口付近で外を警戒しているハインを見る。
 ハインが獣人だと知った夜から幾日か過ぎて、死のうとするような、思い詰めた雰囲気は無くなった。
 とはいえ、やはり獣人を受け入れる心境にはなれていない様子で、兇手の一行には嫌悪感を顕にしている。彼らは意に介さないといった雰囲気なのだけど、それがよりハインを苛つかせているように思えた。

「俺が、色々ややこしいから、ハインが神経質になってしまうんだよ。
 自分で自分の身が守れたら、もう少し違うのだろうけど……」
「そうかぁ?    あいつ、レイ様が筋骨隆々の強面で、いつも全身鎧着て戦斧振り回してたって同じだったんじゃねぇ?」

 後ろでサヤが噴き出した。

「なぁ、サヤ坊もそう思うよな?」
「……そ、そうですね……ハインさんは、きっと、そんな気が……。
 レイシール様がマッチョでフルプレート……怖いです」

 そう言いながらずっと笑ってる。余程面白いものが想像できてしまったらしい。最近、ここの生活にも慣れ、日常ではあまり、サヤの国固有の言葉は使わなくなったと思っていたのに、それすら溢れてきている……うぅ……自分の身体を見下ろすと、なんとも切ない気持ちになってしまった……。
    筋肉、無いとは言わないけど……腹筋だってハインみたいにギッチリ割れてないし……腕の太さだって……力なんか、明らかに俺より細いサヤに及ばないわけで……俺、もしかして男として、駄目なんじゃないだろうか……。
 笑うサヤに男としての自信を削がれている俺をよそに、そんなサヤの様子を見ていたルカが、顎をさすりながらしみじみと言った。

「俺ぁ、お前が筋骨隆々でもねぇのに、あんな馬鹿力なのが信じらんねぇわ」

 途端、サヤの笑いがピタリと止まる。

「……ふふ。筋肉にも質があるので」

 若干目を泳がせながら、そんな風に言い訳をした。
 異界からこちらに来たらこうなったとは口に出来ないしな。

「え?    質?    分かる様に説明しろって」
「えっと……重たいものをゆっくり動かす様な負荷をかけた筋肉は、瓶に詰めた砂です。
 重たいものを素早く動かす様な負荷をかけた筋肉は、瓶に詰めた小石です。
 密度が違うので、同じ外見でも、筋力に差が出ます」
「…………分かんねぇわ。お前、賢いんだな」

 上手い例えだと思うんだけどなぁ。
 サヤの話は相変わらず難しいが、内容が凄い。
 そうか、細身でも力の強い奴って、そういった鍛え方をしたのか……。よし。

「えっと、重たいものを、ゆっくりと動かす様な鍛え方をすると、筋肉が引き締まるんです。
 逆に、重たいものを、さっと動かす様な、瞬間的に筋肉を使う鍛え方をすると、目の荒い筋肉が出来るんですよ。
 見た目だけ筋骨隆々にしたい人は後者の鍛え方をお勧めします」
「見た目だけって、なんの役に立つんだ?」
「……強そうに見える様になります?」
「俺ぁ、お前みたいなんが一番怖ぇな。見た目は嫁に出来そうなのに、いかつい親父より腕っ節が強いって……尻に敷かれる未来しか見えねぇ」
「……あの、私、嫁にはなりませんよ……」
「分かってるよ。男を嫁にはしねぇって」

 冗談でも嫁とか言わないでほしい……。
 それにサヤは、勇者ばりの凄腕でもかなり可愛いと思うのに。
 ……まあいいや、サヤの可愛さを知られてしまうと、ルカが求婚しそうだし。
 俺が内心鬱々としながら二人の会話を聞いていると、ウーヴェが死にそうな顔でやって来て、サヤを揶揄うなとルカを嗜めた。
 苦労性だな……。嘘が苦手なのに知ってしまうと大変だ。

「おーい、上に凄いのが住み着いてた」

 そんな風にやり取りをしていたら、ダニルが二階から、何かを持って降りてきた。
 土蜘蛛だ。それは立派なやつだった。通常五センチ程度のものが多いが、そいつはダニルの手に収まっていなかったのだ。

「馬鹿野郎かてめぇは!お貴族様の所に持ってくんな!」
「あ、大丈夫だ。俺は気にならない。凄いな、記録的なデカさだ。一体何を食ってこんなに大きくなったんだ」
「何か住み着く要因があるのかもな。こいつってほら、他のやつ食うし。
 ほら、サヤ坊、お前も見てみろよ、すげぇでけぇぞ」
「え?    何ですか?」

 何年生きてる蜘蛛だろうか。
 ちょっと見ない大きさに、俺とサヤも興味津々覗き込んだのだが……。

「ひ、ぃやあああぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
「ぐふぁ⁉︎」

 怪鳥の雄叫びかという様な、耳に刺さる金切り声。
 そして胸部を尋常じゃないほど圧迫された。な、なに⁉︎

「さ、サヤ……苦しい……」
「やああぁぁ、あかんっ、近付かんといて、それ早う外もってって!」
「ち、千切れる……肋骨折れる!」

 サヤが俺の胸部に思い切り抱きついて締め上げてきたのだ!    いいいいたい、痛い痛い!
 ギチギチと骨の軋む音するんですけど⁉︎

「だははははは!    サヤ坊、お前蜘蛛なんざ怖ぇのかよ⁉︎    こんなのそこいらのゴロツキよりよっぽど可愛いだろ、何びびってんだ?」

 サヤの様子にルカが大笑いしだし、ダニルの手から蜘蛛をひょいと掴み、それをサヤの方に向けたからたまらない。サヤがさらに俺を締め上げた。

「やああぁぁ!    キモい!    嫌ぁ‼︎    こっち、こんといてっほんまあかんっ」
「かわいいもんだろほれほれ、見ろよつぶらな目ぇしてんだろ?」
「ル、ルカさんの鬼ぃ!    嫌やって、嫌やって言うてるのに……酷いイイィィ」

 俺を挟んでやり合いに振り回されるわ圧迫されるわで一瞬意識が飛んだ。

「遊ぶな馬鹿野郎」

 見かねたのか、ガウリィがルカの手から蜘蛛を奪い取って窓の外に放り投げる。
 ついでのように俺からサヤを剥ぎ取って、エレノラに投げた。

「サヤ、てめぇも蜘蛛ぐらいでヒィヒィ言うな!
 エレノラ、そいつ持って上に上がっとけ。主人殺す気か、反省しろ!」

 サヤを投げつけられたエレノラはというと、危なげなくサヤを受け取り、横抱きにしてしまった。その首にサヤがかじりつくように縋る。

「あらあら、サヤ、あんたまだ虫とか駄目だったんだねぇ。大きくなったと思ったのに可愛い子」
「悪ぃサヤ、忘れてた。もうしない」

 エレノラとダニルが、初対面とは思えない見事な演技でサヤをあやし、二階に連れて行く。
 多分、化粧が崩れるか何か、あったんだな。あんな風に退室するってことは。
 そしてそんなサヤをよそに、ガウリィがルカの説教を始めていた。

「てめぇ、何やってんだ。お貴族様に虫は御法度だって知らねぇのか⁉︎    よく生きてられたな今まで」
「げ、サヤ坊やっぱそっち系か。だよなぁ……なんかすげぇ強ぇし、難しいこと言いやがるし……いいとこの坊ちゃんだとは思ってたけどよ……。にしても……女みたいな悲鳴あげたなあいつ。腕っ節強かろうがまだガキなんだなぁ……」

 ちょっと揶揄い過ぎた……。と、頭を掻くルカ。
 その頬が何やらほんのり赤くて、俺は何か、嫌な予感がした……。

「あいつほんとに男だよな?    なんかすげぇこう……ムラッとくるもんがあったと思わねぇ?」

 嫌な予感、的中……。
 と、思った矢先、ルカの首元に抜き身の剣が突き付けられる。剣の先を目で追うと……案の定、ハインだった。剣呑にギラつく瞳がマジの怒りだと言っている。

「サヤを侮辱するならば受けて立ちます」
「は、ハイン!    ちょっ、待って‼︎」
「してねぇ!    侮辱してねぇから、悪かったって‼︎」
「次に同じことをしたら問答無用で首を飛ばします」
「申し訳ありません!    キツく言って聞かせますから、ご容赦下さい!」

 あっという間に修羅場になり、平静を取り戻すまでに、かなり精神を削られた。
 サヤが落ち着いて、階下に降りてきたら即、謝罪会となり、ルカも土下座する勢いで謝ったのだが……。

「こ、来ないで下さい……」

 警戒を露わにしたサヤは、エレノラの陰に隠れ、ルカの前に顔を出さなかった。
 この反応……一見、サヤが怒ってルカを寄せ付けなくしている様に見えるけれど、サヤの表情は硬い……。

 これは……ルカが、怖いんだな……。

 ルカの様子を見るが、まだサヤを女だと認識している風ではない……。つい意識してしまう……といった様子に見受けられた。
 えらいことになった……このまま流しているうちに、サヤを男だと認識してくれる様になれば良いのだけど……。

「あぁ、いけないんだぁ、ルカ。サヤくん虐めるから嫌われちゃいましたよぅ」
「ええぇぇ、悪かったって言ってんじゃん!   機嫌直せってサヤ坊、なぁ!」
「嫌です!    来ないで下さい‼︎」

 俺の懸念はよそに、マルに揶揄われてわたわたしているその光景は、一見平和そのものだった。
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