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雨季前 3
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七の月に入った。空気を重く感じる。
雨季は少々前後するが、大抵七の月に入ってから始まる。
今年は一日目からではない様子だけれど、後は時間の問題だろう。一度降り出せば、後はそれがひと月近く、延々と続くのだ。
朝、目が覚めるとサヤは賄い作りに行った後で、交代のハインがおはようございますと、いつもの不機嫌そうな顔で俺に言った。そのことにとてもホッとしつつ、俺もおはようと返す。
よし。時間は稼げた。サヤが戻るまで、気持ちを落ち着けるのに専念しよう。
昨日の俺はどうかしてた。
分かりきっていることに、何故あんな風に気持ちが掻き乱されたんだか……。とにかく、心よ凪げと、自分に言い聞かせ、気の迷いを振り切ることに全力を注ぐ。昨日の自分を振り捨てることに必死で、自室に感じる圧迫感まで忘れていた。
賄い作りを終え、戻ったサヤに、笑顔を作り「お疲れ様」を伝えられた時は、胸の中で拳を握ったとも!
サヤも一瞬、硬い表情だった気がしたけれど、いつも通りにこやかに「おはようございます」をくれ、その襟にはちゃんと三日月の襟飾があって、俺はそれに心底ホッとした。
一度言葉を交わせば、後はもう、いつも通りだ。
朝食を済ませ、午前中に雑務を終わらせてしまう。今日のルオード様は、俺の日常に興味が出たのか、執務室でサヤと共に作業をこなす俺を観察したり、資料を眺めたり、質問してきたり。
俺も手を動かしつつそれに答えてみたり、何かの拍子に学舎時代の話を掘り起こされ、恥ずかしくて必死で誤魔化したりしつつ、過ごした。
俺が美少女でしかなかった話なんてどうでもいい……ていうかサヤに聞かれたくない……。あれはどうにかしたい俺の黒歴史だ。
あとクリスタ様の身代わりをさせられたりとか……あれもほんと心臓に悪すぎて忘れたい。
昼食の賄い作りの時間は、ハインと業務の交代という名目で入れ替わる。
そうして時間を過ごし、昼食を済ませた。
昼からは、買い取ることとなった借家の確認と、改装の為の視察を行う予定となっていた為、サヤ、ハインと共に別館を後にする。ルオード様は、近衛部隊の到着が近いはずなので、残ってゆっくりしておくよと仰った。
そういえば、ルオード様は従者も連れず、一人でいらっしゃった。本来ならその様なことが許される立場ではないわけで、もしかしたら、それで館に残ると仰ったのかもしれない。ハインみたいな従者が置いてきぼりを食らっていたとしたら、一人で出歩いてるのを見つかったら相当怒られてしまうだろうし。
買い取る借家は、セイバーンの河沿いにある、借家区域の、一番端にある物件だった。
他より広く、大きい上に、使われている木材等も値の張るもので、当然家賃も高くなる。その為、なかなか貸し手のつかない借家だったそうだ。とはいえ維持費はそれなりに掛かるわけで、案外あっさりと、手放すことを承諾された。
こういった借家を持つのは、セイバーンの士爵や役人家庭が多い。俺に売却することを渋られるかもしれないと、少し心配していたのだけれど、食事処に作り変えるというのが、売却決意の決め手であったらしい。
娯楽どころか、外食する場すら無い村だから、そういった場が出来ることを歓迎されたようだった。
さて、見回りを渋っていたハインが、村を歩き回るのを承諾したのには理由がある。
この視察には、俺たち以外にも同行者がいた。ルカとウーヴェ、そしてマル。更に五人。大工二名と、料理人三名だ。
大工は親方となるアーロンと、弟子のマレク。
料理人は、ガウリィ。その妻エレノラ、弟子のダニル。
ただし…………これは全て設定である。
「古いわりにゃ良い造りだ。厨房は時代遅れだけどな」
「そこは改装するんですから、文句言わないで下さいよ。
住み込みなんで、二階が貴方たちの生活空間になりますよぅ」
「じゃあ俺、上見て来る」
「じゃあ私も」
料理人のうち二名はさっさと上に行ってしまった。そして俺の視線に気付いた、残りの男性一名が、ギロリと鋭い眼光で俺を見て、不機嫌そうに口を開いた。
「あぁ⁉︎ なんか文句あんのか」
「口を慎め。斬られたいのか」
「文句無い! ハインも喧嘩売らない‼︎
昨日の今日で、なんでこんなことになってるのかって思っちゃっただけだから!」
「こっちの台詞だそりゃあ……なんでこんな、大々的なことになってんだ」
チッと舌打ちする男。初対面ではない。数日前に会っている男だ。仮面付きだったから、顔は知らなかったのだが……。
そう。料理人の三名は兇手の一行だ。残りの二人は初対面だけど、ガウリィと呼ばれる彼の声には覚えがあった。サヤの料理に食いついていた人だ。
いざという時の戦闘要員が五名いるということで、なんとか外出許可が出た。
ハインはとても嫌そうではあったのだけど、俺は久しぶりに村を歩けてとても機嫌が良い。なので、兇手の彼らがどんな口をきいても、腹が立たなかった。
対等だと言ったからか、態度が物凄く悪くなったけれど、気を許してくれたのだと思えば嬉しいとすら思える。
「だって、まさかレイ様が食事処を作るって言い出すと思ってなくて。
どうせだから乗っかる方が良いじゃないですか。余計な言い訳考えずに済みましたし、呼べる人数も増やせました。
それにガウリィだって、サヤくんに料理習えるならなんだっていいって言いましたよねぇ? だから文句は受け付けません」
「文句あるとは言ってねぇよ! 近衛部隊とかウロウロする予定の所によくまぁ兇手連れ込むよなって呆れてるだけだ」
「兇手は連れ込んでないんでねぇ。僕が連れ込んだのは忍ですし」
「チッ、まだ受けてねぇよ」
「んっふふふ……時間の問題ですよぅ」
ガウリィは忍になるの、嫌なのかな……。
まあ、今まで兇手として誇りを持って生きてきたのに、それを否定されるのは、快くは思わないかな……。
内心ではちょっと傷つきつつも、それでも心底嫌ならここにこうして来てくれているとは思えない。だから、まだ保留中なのだと自分に言い聞かせ、俺はマルとガウリィの会話には口を挟まないでおいた。ガウリィは、サヤに料理を習う代わりに、ここで料理人をしてくれる。
村の面々にも、サヤの料理の師匠だと吹き込む周到さで、マルの準備は万端だ。その実態は逆なのだが。
「あのぅ、もうちょっと声、落とした方がいいと思うよ」
大工のアーロンが、厨房から戻り、そんな風に注意を飛ばす。彼ら大工組も兇手だ。
アーロンはどちらかというと小柄。しかし大工だけあるというか、筋骨隆々だ。その割に、態度と顔は温和。彼の一言に「分かってらぁ!」と、ガウリィが怒る。分かってるのかな……。
マルの行動力……運動はからっきしなのに、こういうことはやたらと早い上に大胆でなんかもう、怖い。
「これなら今日中に使える様には出来る。なるだけ早く利用したいっていうなら、大きめのかまど二つをまず直す。それを使ってもらいつつ、残りは後から日を追ってって感じかな。古くても使えないわけじゃないし」
「じゃあそれでお願いしますね。とりあえず、まずは三十人程が一度に食事できれば充分なんで、机や椅子も、後々増やしましょう。あ、食器は後で別館に取りに来て下さい。
後はえっと……ウーヴェとルカはどこ行きました?」
「裏庭の方を見に行かれてましたよ」
「じゃあ俺、このまま作業に入らせてもらうよ。マレク、始めよう」
このアーロンらも、後日セイバーンに借家を借りて滞在することとなる予定だ。
雨季を目前にし、土嚢壁が川の氾濫に耐えうるかどうか、経過観察が始まる。それが無事終わり、氾濫を防ぐことが出来たなら、そこからは河川敷作りとなる。
土嚢壁までは、臨時に雇った人足と土建組合員だけでどうにか出来る内容であったけれど、ここからは大きく変わってくるだろう。
工事の為に専門職の職人を多く呼び寄せることになるし、必要な道具類も増える。その為、今セイバーンには居ない、大工や石工、料理人を、工事の期間滞在させるということで話が纏まっている。
マルはその中に、兇手を潜ませたのだ。
人足の中に紛れ込ませていた草と同じく、ごく一般の職人らとして。
それにしても……大工やら、料理人やら、兇手をしなくても良さそうな技能持ちがなんと多いことか。
でもそれが、兇手としての仕事を円滑に行う為の技能なのだと思うと、なんだかもやもやとしてしまう。
「あ、そうそうレイ様。ガウリィらの招集、僕らが呼び寄せたんじゃ、異母様方が職人やその家族に無体を働くかもしれないからっことで、推薦状、二枚ほど使わせて頂きましたよ。あちらも快く利用させて下さったんで、問題ありません」
問題……ありません? いやいやいや、王族の推薦状を兇手の呼び込みに利用するって、大問題だと思うんですけど⁉︎
しかも、推薦状として使うんじゃなくて、偽装に使うって……どれだけ面の皮が厚い要求してるんだ……。
「レイ様の従者や武官の推薦にも使いたかったんですげどねぇ……流石に工事と関係ないって断られちゃいました」
もっと図々しかった!
帰ったらルオード様に謝ろうと心に誓いつつ、「うん、そうか……」と、相槌を打っておく。
多分何言っても響かないだろうしな、マルには。
「でも、レイ様の武官は本当になんとかしたいですよねぇ。どこかに身内を持たなくて後腐れなくて勤勉な武官いませんかねぇ」
食事処に置く棚の大きさを、計算しつつ、マルがそんな風にぼやく。
「そんな都合の良い人いるわけないだろ」
「近衛の方々をレイ様の護衛に利用させて貰えるうちは良いんですが……後が続きませんしねぇ。最低二人、武官が欲しいんですが……胡桃の所には武官が出来るような者が居ないんですよねぇ。都合良く、身寄りがなくて信頼できて強い人、落ちてないもんですかねぇ」
「落ちないよ。身寄りはともかく、そういう人は職に就いてるから」
「いっそのこと傭兵でも雇いますか。評判の良い者はどうにも高いのですけど」
傭兵……。
「マルは、明けの明星っていう傭兵団を、知ってる?」
つい、そう口走ってしまった。あの人は、いないのだと分かっているのに……。
「ああ、聞きますね。そこそこ有名ですよ。
団員は少なめで十五人程でしたか。あそこ高いですよねぇ……。でも、腕もさることながら、全員が読み書き出来て、貴族の護衛が出来る程度の礼儀作法と教養を身に付けてるっていうんで、値段も納得なんですけどね。
確かにあそこなら信頼できますけど」
あるんだ。
あの人がいなくなっても、ちゃんと、存在してるんだ。
あの人の仲間だった人たち……もう、十二年経つから、あの当時の人が、何人残っているか、分からないけれど……。
そういえば……あの人の剣は、どうなったのだろう……。
「雇うつもりなんですか? 十五人は流石に多いですし、金額もびっくりなことになりますけど」
「いや……名前を聞いたことがあったから、言ってみただけだよ」
存在していると知れただけで、嬉しかった。
例えあの人がいないのだとしても、あの人のいた痕跡がそこにあるだけで、嬉しい。
「レイシール様……」
サヤが、物言いたげに、俺にそう、語りかけてきたけれど、大丈夫だよと笑っておいた。
大丈夫だよ。あの人がいないことを、俺はもう受け入れている。
今は、苦しさもあるけれど、それだけじゃなくなった。だから、大丈夫だ。
雨季は少々前後するが、大抵七の月に入ってから始まる。
今年は一日目からではない様子だけれど、後は時間の問題だろう。一度降り出せば、後はそれがひと月近く、延々と続くのだ。
朝、目が覚めるとサヤは賄い作りに行った後で、交代のハインがおはようございますと、いつもの不機嫌そうな顔で俺に言った。そのことにとてもホッとしつつ、俺もおはようと返す。
よし。時間は稼げた。サヤが戻るまで、気持ちを落ち着けるのに専念しよう。
昨日の俺はどうかしてた。
分かりきっていることに、何故あんな風に気持ちが掻き乱されたんだか……。とにかく、心よ凪げと、自分に言い聞かせ、気の迷いを振り切ることに全力を注ぐ。昨日の自分を振り捨てることに必死で、自室に感じる圧迫感まで忘れていた。
賄い作りを終え、戻ったサヤに、笑顔を作り「お疲れ様」を伝えられた時は、胸の中で拳を握ったとも!
サヤも一瞬、硬い表情だった気がしたけれど、いつも通りにこやかに「おはようございます」をくれ、その襟にはちゃんと三日月の襟飾があって、俺はそれに心底ホッとした。
一度言葉を交わせば、後はもう、いつも通りだ。
朝食を済ませ、午前中に雑務を終わらせてしまう。今日のルオード様は、俺の日常に興味が出たのか、執務室でサヤと共に作業をこなす俺を観察したり、資料を眺めたり、質問してきたり。
俺も手を動かしつつそれに答えてみたり、何かの拍子に学舎時代の話を掘り起こされ、恥ずかしくて必死で誤魔化したりしつつ、過ごした。
俺が美少女でしかなかった話なんてどうでもいい……ていうかサヤに聞かれたくない……。あれはどうにかしたい俺の黒歴史だ。
あとクリスタ様の身代わりをさせられたりとか……あれもほんと心臓に悪すぎて忘れたい。
昼食の賄い作りの時間は、ハインと業務の交代という名目で入れ替わる。
そうして時間を過ごし、昼食を済ませた。
昼からは、買い取ることとなった借家の確認と、改装の為の視察を行う予定となっていた為、サヤ、ハインと共に別館を後にする。ルオード様は、近衛部隊の到着が近いはずなので、残ってゆっくりしておくよと仰った。
そういえば、ルオード様は従者も連れず、一人でいらっしゃった。本来ならその様なことが許される立場ではないわけで、もしかしたら、それで館に残ると仰ったのかもしれない。ハインみたいな従者が置いてきぼりを食らっていたとしたら、一人で出歩いてるのを見つかったら相当怒られてしまうだろうし。
買い取る借家は、セイバーンの河沿いにある、借家区域の、一番端にある物件だった。
他より広く、大きい上に、使われている木材等も値の張るもので、当然家賃も高くなる。その為、なかなか貸し手のつかない借家だったそうだ。とはいえ維持費はそれなりに掛かるわけで、案外あっさりと、手放すことを承諾された。
こういった借家を持つのは、セイバーンの士爵や役人家庭が多い。俺に売却することを渋られるかもしれないと、少し心配していたのだけれど、食事処に作り変えるというのが、売却決意の決め手であったらしい。
娯楽どころか、外食する場すら無い村だから、そういった場が出来ることを歓迎されたようだった。
さて、見回りを渋っていたハインが、村を歩き回るのを承諾したのには理由がある。
この視察には、俺たち以外にも同行者がいた。ルカとウーヴェ、そしてマル。更に五人。大工二名と、料理人三名だ。
大工は親方となるアーロンと、弟子のマレク。
料理人は、ガウリィ。その妻エレノラ、弟子のダニル。
ただし…………これは全て設定である。
「古いわりにゃ良い造りだ。厨房は時代遅れだけどな」
「そこは改装するんですから、文句言わないで下さいよ。
住み込みなんで、二階が貴方たちの生活空間になりますよぅ」
「じゃあ俺、上見て来る」
「じゃあ私も」
料理人のうち二名はさっさと上に行ってしまった。そして俺の視線に気付いた、残りの男性一名が、ギロリと鋭い眼光で俺を見て、不機嫌そうに口を開いた。
「あぁ⁉︎ なんか文句あんのか」
「口を慎め。斬られたいのか」
「文句無い! ハインも喧嘩売らない‼︎
昨日の今日で、なんでこんなことになってるのかって思っちゃっただけだから!」
「こっちの台詞だそりゃあ……なんでこんな、大々的なことになってんだ」
チッと舌打ちする男。初対面ではない。数日前に会っている男だ。仮面付きだったから、顔は知らなかったのだが……。
そう。料理人の三名は兇手の一行だ。残りの二人は初対面だけど、ガウリィと呼ばれる彼の声には覚えがあった。サヤの料理に食いついていた人だ。
いざという時の戦闘要員が五名いるということで、なんとか外出許可が出た。
ハインはとても嫌そうではあったのだけど、俺は久しぶりに村を歩けてとても機嫌が良い。なので、兇手の彼らがどんな口をきいても、腹が立たなかった。
対等だと言ったからか、態度が物凄く悪くなったけれど、気を許してくれたのだと思えば嬉しいとすら思える。
「だって、まさかレイ様が食事処を作るって言い出すと思ってなくて。
どうせだから乗っかる方が良いじゃないですか。余計な言い訳考えずに済みましたし、呼べる人数も増やせました。
それにガウリィだって、サヤくんに料理習えるならなんだっていいって言いましたよねぇ? だから文句は受け付けません」
「文句あるとは言ってねぇよ! 近衛部隊とかウロウロする予定の所によくまぁ兇手連れ込むよなって呆れてるだけだ」
「兇手は連れ込んでないんでねぇ。僕が連れ込んだのは忍ですし」
「チッ、まだ受けてねぇよ」
「んっふふふ……時間の問題ですよぅ」
ガウリィは忍になるの、嫌なのかな……。
まあ、今まで兇手として誇りを持って生きてきたのに、それを否定されるのは、快くは思わないかな……。
内心ではちょっと傷つきつつも、それでも心底嫌ならここにこうして来てくれているとは思えない。だから、まだ保留中なのだと自分に言い聞かせ、俺はマルとガウリィの会話には口を挟まないでおいた。ガウリィは、サヤに料理を習う代わりに、ここで料理人をしてくれる。
村の面々にも、サヤの料理の師匠だと吹き込む周到さで、マルの準備は万端だ。その実態は逆なのだが。
「あのぅ、もうちょっと声、落とした方がいいと思うよ」
大工のアーロンが、厨房から戻り、そんな風に注意を飛ばす。彼ら大工組も兇手だ。
アーロンはどちらかというと小柄。しかし大工だけあるというか、筋骨隆々だ。その割に、態度と顔は温和。彼の一言に「分かってらぁ!」と、ガウリィが怒る。分かってるのかな……。
マルの行動力……運動はからっきしなのに、こういうことはやたらと早い上に大胆でなんかもう、怖い。
「これなら今日中に使える様には出来る。なるだけ早く利用したいっていうなら、大きめのかまど二つをまず直す。それを使ってもらいつつ、残りは後から日を追ってって感じかな。古くても使えないわけじゃないし」
「じゃあそれでお願いしますね。とりあえず、まずは三十人程が一度に食事できれば充分なんで、机や椅子も、後々増やしましょう。あ、食器は後で別館に取りに来て下さい。
後はえっと……ウーヴェとルカはどこ行きました?」
「裏庭の方を見に行かれてましたよ」
「じゃあ俺、このまま作業に入らせてもらうよ。マレク、始めよう」
このアーロンらも、後日セイバーンに借家を借りて滞在することとなる予定だ。
雨季を目前にし、土嚢壁が川の氾濫に耐えうるかどうか、経過観察が始まる。それが無事終わり、氾濫を防ぐことが出来たなら、そこからは河川敷作りとなる。
土嚢壁までは、臨時に雇った人足と土建組合員だけでどうにか出来る内容であったけれど、ここからは大きく変わってくるだろう。
工事の為に専門職の職人を多く呼び寄せることになるし、必要な道具類も増える。その為、今セイバーンには居ない、大工や石工、料理人を、工事の期間滞在させるということで話が纏まっている。
マルはその中に、兇手を潜ませたのだ。
人足の中に紛れ込ませていた草と同じく、ごく一般の職人らとして。
それにしても……大工やら、料理人やら、兇手をしなくても良さそうな技能持ちがなんと多いことか。
でもそれが、兇手としての仕事を円滑に行う為の技能なのだと思うと、なんだかもやもやとしてしまう。
「あ、そうそうレイ様。ガウリィらの招集、僕らが呼び寄せたんじゃ、異母様方が職人やその家族に無体を働くかもしれないからっことで、推薦状、二枚ほど使わせて頂きましたよ。あちらも快く利用させて下さったんで、問題ありません」
問題……ありません? いやいやいや、王族の推薦状を兇手の呼び込みに利用するって、大問題だと思うんですけど⁉︎
しかも、推薦状として使うんじゃなくて、偽装に使うって……どれだけ面の皮が厚い要求してるんだ……。
「レイ様の従者や武官の推薦にも使いたかったんですげどねぇ……流石に工事と関係ないって断られちゃいました」
もっと図々しかった!
帰ったらルオード様に謝ろうと心に誓いつつ、「うん、そうか……」と、相槌を打っておく。
多分何言っても響かないだろうしな、マルには。
「でも、レイ様の武官は本当になんとかしたいですよねぇ。どこかに身内を持たなくて後腐れなくて勤勉な武官いませんかねぇ」
食事処に置く棚の大きさを、計算しつつ、マルがそんな風にぼやく。
「そんな都合の良い人いるわけないだろ」
「近衛の方々をレイ様の護衛に利用させて貰えるうちは良いんですが……後が続きませんしねぇ。最低二人、武官が欲しいんですが……胡桃の所には武官が出来るような者が居ないんですよねぇ。都合良く、身寄りがなくて信頼できて強い人、落ちてないもんですかねぇ」
「落ちないよ。身寄りはともかく、そういう人は職に就いてるから」
「いっそのこと傭兵でも雇いますか。評判の良い者はどうにも高いのですけど」
傭兵……。
「マルは、明けの明星っていう傭兵団を、知ってる?」
つい、そう口走ってしまった。あの人は、いないのだと分かっているのに……。
「ああ、聞きますね。そこそこ有名ですよ。
団員は少なめで十五人程でしたか。あそこ高いですよねぇ……。でも、腕もさることながら、全員が読み書き出来て、貴族の護衛が出来る程度の礼儀作法と教養を身に付けてるっていうんで、値段も納得なんですけどね。
確かにあそこなら信頼できますけど」
あるんだ。
あの人がいなくなっても、ちゃんと、存在してるんだ。
あの人の仲間だった人たち……もう、十二年経つから、あの当時の人が、何人残っているか、分からないけれど……。
そういえば……あの人の剣は、どうなったのだろう……。
「雇うつもりなんですか? 十五人は流石に多いですし、金額もびっくりなことになりますけど」
「いや……名前を聞いたことがあったから、言ってみただけだよ」
存在していると知れただけで、嬉しかった。
例えあの人がいないのだとしても、あの人のいた痕跡がそこにあるだけで、嬉しい。
「レイシール様……」
サヤが、物言いたげに、俺にそう、語りかけてきたけれど、大丈夫だよと笑っておいた。
大丈夫だよ。あの人がいないことを、俺はもう受け入れている。
今は、苦しさもあるけれど、それだけじゃなくなった。だから、大丈夫だ。
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