異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

文字の大きさ
167 / 1,121

雨季前 3

しおりを挟む
 七の月に入った。空気を重く感じる。
 雨季は少々前後するが、大抵七の月に入ってから始まる。
 今年は一日目からではない様子だけれど、後は時間の問題だろう。一度降り出せば、後はそれがひと月近く、延々と続くのだ。

 朝、目が覚めるとサヤは賄い作りに行った後で、交代のハインがおはようございますと、いつもの不機嫌そうな顔で俺に言った。そのことにとてもホッとしつつ、俺もおはようと返す。
 よし。時間は稼げた。サヤが戻るまで、気持ちを落ち着けるのに専念しよう。
 昨日の俺はどうかしてた。
 分かりきっていることに、何故あんな風に気持ちが掻き乱されたんだか……。とにかく、心よ凪げと、自分に言い聞かせ、気の迷いを振り切ることに全力を注ぐ。昨日の自分を振り捨てることに必死で、自室に感じる圧迫感まで忘れていた。
 賄い作りを終え、戻ったサヤに、笑顔を作り「お疲れ様」を伝えられた時は、胸の中で拳を握ったとも!
 サヤも一瞬、硬い表情だった気がしたけれど、いつも通りにこやかに「おはようございます」をくれ、その襟にはちゃんと三日月の襟飾があって、俺はそれに心底ホッとした。

 一度言葉を交わせば、後はもう、いつも通りだ。
 朝食を済ませ、午前中に雑務を終わらせてしまう。今日のルオード様は、俺の日常に興味が出たのか、執務室でサヤと共に作業をこなす俺を観察したり、資料を眺めたり、質問してきたり。
 俺も手を動かしつつそれに答えてみたり、何かの拍子に学舎時代の話を掘り起こされ、恥ずかしくて必死で誤魔化したりしつつ、過ごした。
 俺が美少女でしかなかった話なんてどうでもいい……ていうかサヤに聞かれたくない……。あれはどうにかしたい俺の黒歴史だ。
 あとクリスタ様の身代わりをさせられたりとか……あれもほんと心臓に悪すぎて忘れたい。
 昼食の賄い作りの時間は、ハインと業務の交代という名目で入れ替わる。
 そうして時間を過ごし、昼食を済ませた。

 昼からは、買い取ることとなった借家の確認と、改装の為の視察を行う予定となっていた為、サヤ、ハインと共に別館を後にする。ルオード様は、近衛部隊の到着が近いはずなので、残ってゆっくりしておくよと仰った。
 そういえば、ルオード様は従者も連れず、一人でいらっしゃった。本来ならその様なことが許される立場ではないわけで、もしかしたら、それで館に残ると仰ったのかもしれない。ハインみたいな従者が置いてきぼりを食らっていたとしたら、一人で出歩いてるのを見つかったら相当怒られてしまうだろうし。

 買い取る借家は、セイバーンの河沿いにある、借家区域の、一番端にある物件だった。
 他より広く、大きい上に、使われている木材等も値の張るもので、当然家賃も高くなる。その為、なかなか貸し手のつかない借家だったそうだ。とはいえ維持費はそれなりに掛かるわけで、案外あっさりと、手放すことを承諾された。
 こういった借家を持つのは、セイバーンの士爵や役人家庭が多い。俺に売却することを渋られるかもしれないと、少し心配していたのだけれど、食事処に作り変えるというのが、売却決意の決め手であったらしい。
 娯楽どころか、外食する場すら無い村だから、そういった場が出来ることを歓迎されたようだった。

 さて、見回りを渋っていたハインが、村を歩き回るのを承諾したのには理由がある。
 この視察には、俺たち以外にも同行者がいた。ルカとウーヴェ、そしてマル。更に五人。大工二名と、料理人三名だ。
 大工は親方となるアーロンと、弟子のマレク。
 料理人は、ガウリィ。その妻エレノラ、弟子のダニル。
 ただし…………これは全て設定である。

「古いわりにゃ良い造りだ。厨房は時代遅れだけどな」
「そこは改装するんですから、文句言わないで下さいよ。
 住み込みなんで、二階が貴方たちの生活空間になりますよぅ」
「じゃあ俺、上見て来る」
「じゃあ私も」

 料理人のうち二名はさっさと上に行ってしまった。そして俺の視線に気付いた、残りの男性一名が、ギロリと鋭い眼光で俺を見て、不機嫌そうに口を開いた。

「あぁ⁉︎    なんか文句あんのか」
「口を慎め。斬られたいのか」
「文句無い!    ハインも喧嘩売らない‼︎
 昨日の今日で、なんでこんなことになってるのかって思っちゃっただけだから!」
「こっちの台詞だそりゃあ……なんでこんな、大々的なことになってんだ」

 チッと舌打ちする男。初対面ではない。数日前に会っている男だ。仮面付きだったから、顔は知らなかったのだが……。
 そう。料理人の三名は兇手きょうしゅの一行だ。残りの二人は初対面だけど、ガウリィと呼ばれる彼の声には覚えがあった。サヤの料理に食いついていた人だ。
 いざという時の戦闘要員が五名いるということで、なんとか外出許可が出た。
 ハインはとても嫌そうではあったのだけど、俺は久しぶりに村を歩けてとても機嫌が良い。なので、兇手の彼らがどんな口をきいても、腹が立たなかった。
 対等だと言ったからか、態度が物凄く悪くなったけれど、気を許してくれたのだと思えば嬉しいとすら思える。

「だって、まさかレイ様が食事処を作るって言い出すと思ってなくて。
 どうせだから乗っかる方が良いじゃないですか。余計な言い訳考えずに済みましたし、呼べる人数も増やせました。
 それにガウリィだって、サヤくんに料理習えるならなんだっていいって言いましたよねぇ?    だから文句は受け付けません」
「文句あるとは言ってねぇよ!    近衛部隊とかウロウロする予定の所によくまぁ兇手連れ込むよなって呆れてるだけだ」
「兇手は連れ込んでないんでねぇ。僕が連れ込んだのはしのびですし」
「チッ、まだ受けてねぇよ」
「んっふふふ……時間の問題ですよぅ」

 ガウリィは忍になるの、嫌なのかな……。
 まあ、今まで兇手として誇りを持って生きてきたのに、それを否定されるのは、快くは思わないかな……。
 内心ではちょっと傷つきつつも、それでも心底嫌ならここにこうして来てくれているとは思えない。だから、まだ保留中なのだと自分に言い聞かせ、俺はマルとガウリィの会話には口を挟まないでおいた。ガウリィは、サヤに料理を習う代わりに、ここで料理人をしてくれる。
 村の面々にも、サヤの料理の師匠だと吹き込む周到さで、マルの準備は万端だ。その実態は逆なのだが。

「あのぅ、もうちょっと声、落とした方がいいと思うよ」

 大工のアーロンが、厨房から戻り、そんな風に注意を飛ばす。彼ら大工組も兇手だ。
 アーロンはどちらかというと小柄。しかし大工だけあるというか、筋骨隆々だ。その割に、態度と顔は温和。彼の一言に「分かってらぁ!」と、ガウリィが怒る。分かってるのかな……。
 マルの行動力……運動はからっきしなのに、こういうことはやたらと早い上に大胆でなんかもう、怖い。

「これなら今日中に使える様には出来る。なるだけ早く利用したいっていうなら、大きめのかまど二つをまず直す。それを使ってもらいつつ、残りは後から日を追ってって感じかな。古くても使えないわけじゃないし」
「じゃあそれでお願いしますね。とりあえず、まずは三十人程が一度に食事できれば充分なんで、机や椅子も、後々増やしましょう。あ、食器は後で別館に取りに来て下さい。
 後はえっと……ウーヴェとルカはどこ行きました?」
「裏庭の方を見に行かれてましたよ」
「じゃあ俺、このまま作業に入らせてもらうよ。マレク、始めよう」

 このアーロンらも、後日セイバーンに借家を借りて滞在することとなる予定だ。
 雨季を目前にし、土嚢壁が川の氾濫に耐えうるかどうか、経過観察が始まる。それが無事終わり、氾濫を防ぐことが出来たなら、そこからは河川敷作りとなる。
 土嚢壁までは、臨時に雇った人足と土建組合員だけでどうにか出来る内容であったけれど、ここからは大きく変わってくるだろう。
 工事の為に専門職の職人を多く呼び寄せることになるし、必要な道具類も増える。その為、今セイバーンには居ない、大工や石工、料理人を、工事の期間滞在させるということで話が纏まっている。
 マルはその中に、兇手を潜ませたのだ。
 人足の中に紛れ込ませていた草と同じく、ごく一般の職人らとして。
 それにしても……大工やら、料理人やら、兇手をしなくても良さそうな技能持ちがなんと多いことか。
 でもそれが、兇手としての仕事を円滑に行う為の技能なのだと思うと、なんだかもやもやとしてしまう。

「あ、そうそうレイ様。ガウリィらの招集、僕らが呼び寄せたんじゃ、異母様方が職人やその家族に無体を働くかもしれないからっことで、推薦状、二枚ほど使わせて頂きましたよ。あちらも快く利用させて下さったんで、問題ありません」

 問題……ありません?    いやいやいや、王族の推薦状を兇手の呼び込みに利用するって、大問題だと思うんですけど⁉︎
 しかも、推薦状として使うんじゃなくて、偽装に使うって……どれだけ面の皮が厚い要求してるんだ……。

「レイ様の従者や武官の推薦にも使いたかったんですげどねぇ……流石に工事と関係ないって断られちゃいました」

 もっと図々しかった!
 帰ったらルオード様に謝ろうと心に誓いつつ、「うん、そうか……」と、相槌を打っておく。
 多分何言っても響かないだろうしな、マルには。

「でも、レイ様の武官は本当になんとかしたいですよねぇ。どこかに身内を持たなくて後腐れなくて勤勉な武官いませんかねぇ」

 食事処に置く棚の大きさを、計算しつつ、マルがそんな風にぼやく。

「そんな都合の良い人いるわけないだろ」
「近衛の方々をレイ様の護衛に利用させて貰えるうちは良いんですが……後が続きませんしねぇ。最低二人、武官が欲しいんですが……胡桃の所には武官が出来るような者が居ないんですよねぇ。都合良く、身寄りがなくて信頼できて強い人、落ちてないもんですかねぇ」
「落ちないよ。身寄りはともかく、そういう人は職に就いてるから」
「いっそのこと傭兵でも雇いますか。評判の良い者はどうにも高いのですけど」

 傭兵……。

「マルは、明けの明星っていう傭兵団を、知ってる?」

 つい、そう口走ってしまった。あの人は、いないのだと分かっているのに……。

「ああ、聞きますね。そこそこ有名ですよ。
 団員は少なめで十五人程でしたか。あそこ高いですよねぇ……。でも、腕もさることながら、全員が読み書き出来て、貴族の護衛が出来る程度の礼儀作法と教養を身に付けてるっていうんで、値段も納得なんですけどね。
 確かにあそこなら信頼できますけど」

 あるんだ。
 あの人がいなくなっても、ちゃんと、存在してるんだ。
 あの人の仲間だった人たち……もう、十二年経つから、あの当時の人が、何人残っているか、分からないけれど……。

 そういえば……あの人の剣は、どうなったのだろう……。

「雇うつもりなんですか?    十五人は流石に多いですし、金額もびっくりなことになりますけど」
「いや……名前を聞いたことがあったから、言ってみただけだよ」

 存在していると知れただけで、嬉しかった。
 例えあの人がいないのだとしても、あの人のいた痕跡がそこにあるだけで、嬉しい。

「レイシール様……」

 サヤが、物言いたげに、俺にそう、語りかけてきたけれど、大丈夫だよと笑っておいた。
 大丈夫だよ。あの人がいないことを、俺はもう受け入れている。
 今は、苦しさもあるけれど、それだけじゃなくなった。だから、大丈夫だ。
しおりを挟む
感想 192

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

騎士団寮のシングルマザー

古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。 突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる! ……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!? ※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。 ※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

処理中です...