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秘密 3
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「サヤ……びっくりするかもしれないけど、俺に任せてもらえるか」
唇を動かさぬ様気をつけて、小声でそう、問うた。すると、俺の腰の辺りに、サヤの手が触れるのを感じた。
「……ええよ」
その言葉に。腹に力を込める。
クリスタ様の病が、悪魔の仕業でないなら、偶然でしかないなら、この方は、どう出る?
「ルオード様。サヤの国はニホンと言います。
海の彼方、どこにあるともしれぬ孤島だそうで、潮の流れによって船の行き先も定まらぬ為、戻るにも戻れない。そんな、隔絶された地なのだそうですよ。
そのニホンという国、色々面白いのです。
その国には、どうやら獣人が居ない。サヤは獣人という存在を知りませんでした。
おかしくありませんか。獣人が生まれない地があるだなんて」
俺が始めた話に、ルオード様は虚をつかれた様子で、訝しげな顔のまま、俺を見た。
そのルオード様の視線を意識しつつ、俺は結わえられた自身の髪を、指で摘む。
「それからこの髪型。これは男性の髪型なのだそうです。
女性は、罪人しか髪を括ったり、結わえたりしないのだそうですよ。つまりね、罪人は居るんです。罪は犯す。なのに、獣人は、生まれない。
病にも掛かる、罪も犯す。なのに、獣に堕ちない…………不思議ですね」
髪の件は、サヤのでっち上げだ。だから俺は、口先三寸で、適当なことを述べているだけだ。
だが、真実なんてどうだって良い。何故なら、俺たちの真実が正しい証拠は無い。サヤの真実が正しい証拠も、無いのだ。虚言かどうかの判断など、出来はしない。なら、言い負かすことが出来れば、俺の勝ちだ。
「そんなサヤの国では、病というのは、前世における罪の咎でも、悪魔の呪いでもなく、偶然の産物なのだそうです。
この空気中には、菌という名の微小生物がうようよ居るそうでね。それが体内に入り、退治しきれないと病となる。不衛生にしていると、その菌が大量に身体に纏わりつき、体内に入る量が増える。だから、庶民でも、毎日の様に風呂を使い、身綺麗にすることで健康を保つのだそうです。
なんという文化の違いでしょうね。我々にとって病は、前世や、今世の自身の過ちだったり、悪魔の呪いに屈したことだったりするのに……。
だが少なくともサヤの中では、病は罪でも呪いでもない。クリスタ様はただ、偶然に病まれた方なのです。
だから、少しでも苦痛を和らげようと、その知識を使おうとした。それだけなのですよ」
俺の言葉に、頭を引っ掻き回されているのだと思う、ルオード様が視線を彷徨わせ、口を開いて、すぐに閉じた。言葉を選べない。そんな感じだ。
クリスタ様の病は、罪ではない。そう言われて、きっと、戸惑っている。
そんな彼が、苦しそうに、一言だけ、言葉を紡ぐ。
「い、異端だ……その様なこと……貴族のお前が……」
「ええ。口にすべきではありません。けれど、あえて、口にします。
俺は、クリスタ様の前世だとかは、どうだって良いのです。
罪だって、魂の穢れだって、どうだって良い。
今のあの方は、そんなものに振り回されて良い方じゃない。
あの方は、気高くて、真っ直ぐで、我が儘で、豪胆で、脆弱で、無茶ばかりされて、人の迷惑なんて顧みない。でもとても魅力的な方だ。それで充分ではないですか。
あの方が好きですよ。私がそう思っていることを、サヤは理解してくれている。だから、私の大切な人も、大切にしようとしてくれる。
この子は、優しいのです。私や、私の周りの人々のことを、我が事のように、考えてくれる。そんな従者を、私も大切に思っています。こんな、なんでもない様なことで、失いたくないんです」
ルオード様に顔を近付け、瞳を覗き込む。気圧されるルオード様を、視線で制圧する。
「ルオード様。クリスタ様を、苦しめたくはない。それは、私も貴方も、同じ思いのはず。
ならば、異端だとか、罪だとか、どうだって良いと思いませんか。
貴方はサヤの知識が正しいと、身を以て知っているのですよね? だが、全てがそうでしょうか?
あの子は、確かに私たちに無い知識を持っています。でも、子供なんです。
貴方はただ、サヤの知識を鵜呑みにする様なことは、しないでしょう?
本当に正しい保証は無い。誰にも出来ない。だから、貴方が貴方自身で、見極めませんか。
無条件に信じろとは言いません。見極めて下さい。私たちを」
そして、もう一度息を吸い込んで、吐いた。
「土嚢を教えてくれたのも、サヤですよ」
ルオード様の目が、驚愕に見開かれた。けれど、思ったほどの衝撃は、受けていない様子だ。
きっと、薄々、感じていたのだ。異質さに、同じ匂いを、嗅ぎ取っていた。
「貴方の任務は、土嚢の有用性を体感し、身に付けてくることですよね。
ならば、任務を遂行致しましょう。もしその日々の中で、我々がクリスタ様や、フェルドナレンの害であると思うならば、いつでも構いません。私を斬り伏せて下されば良いです。
ちょうど近衛の者が私の護衛となるのです。私たちの監視にもぴったりだ。そう思いませんか」
今ではない。どこかで判断を下せば良い。と、そう促す。
見れば良い。サヤの知識が、どんなものなのかを。悪魔の手先なのかどうか、見極めてみれば良い。
彼女が知識を引っ張り出すのは、ただこの世界の人の、幸せの為であるのだという事実を、見れば良いのだ。
唇を動かさぬ様気をつけて、小声でそう、問うた。すると、俺の腰の辺りに、サヤの手が触れるのを感じた。
「……ええよ」
その言葉に。腹に力を込める。
クリスタ様の病が、悪魔の仕業でないなら、偶然でしかないなら、この方は、どう出る?
「ルオード様。サヤの国はニホンと言います。
海の彼方、どこにあるともしれぬ孤島だそうで、潮の流れによって船の行き先も定まらぬ為、戻るにも戻れない。そんな、隔絶された地なのだそうですよ。
そのニホンという国、色々面白いのです。
その国には、どうやら獣人が居ない。サヤは獣人という存在を知りませんでした。
おかしくありませんか。獣人が生まれない地があるだなんて」
俺が始めた話に、ルオード様は虚をつかれた様子で、訝しげな顔のまま、俺を見た。
そのルオード様の視線を意識しつつ、俺は結わえられた自身の髪を、指で摘む。
「それからこの髪型。これは男性の髪型なのだそうです。
女性は、罪人しか髪を括ったり、結わえたりしないのだそうですよ。つまりね、罪人は居るんです。罪は犯す。なのに、獣人は、生まれない。
病にも掛かる、罪も犯す。なのに、獣に堕ちない…………不思議ですね」
髪の件は、サヤのでっち上げだ。だから俺は、口先三寸で、適当なことを述べているだけだ。
だが、真実なんてどうだって良い。何故なら、俺たちの真実が正しい証拠は無い。サヤの真実が正しい証拠も、無いのだ。虚言かどうかの判断など、出来はしない。なら、言い負かすことが出来れば、俺の勝ちだ。
「そんなサヤの国では、病というのは、前世における罪の咎でも、悪魔の呪いでもなく、偶然の産物なのだそうです。
この空気中には、菌という名の微小生物がうようよ居るそうでね。それが体内に入り、退治しきれないと病となる。不衛生にしていると、その菌が大量に身体に纏わりつき、体内に入る量が増える。だから、庶民でも、毎日の様に風呂を使い、身綺麗にすることで健康を保つのだそうです。
なんという文化の違いでしょうね。我々にとって病は、前世や、今世の自身の過ちだったり、悪魔の呪いに屈したことだったりするのに……。
だが少なくともサヤの中では、病は罪でも呪いでもない。クリスタ様はただ、偶然に病まれた方なのです。
だから、少しでも苦痛を和らげようと、その知識を使おうとした。それだけなのですよ」
俺の言葉に、頭を引っ掻き回されているのだと思う、ルオード様が視線を彷徨わせ、口を開いて、すぐに閉じた。言葉を選べない。そんな感じだ。
クリスタ様の病は、罪ではない。そう言われて、きっと、戸惑っている。
そんな彼が、苦しそうに、一言だけ、言葉を紡ぐ。
「い、異端だ……その様なこと……貴族のお前が……」
「ええ。口にすべきではありません。けれど、あえて、口にします。
俺は、クリスタ様の前世だとかは、どうだって良いのです。
罪だって、魂の穢れだって、どうだって良い。
今のあの方は、そんなものに振り回されて良い方じゃない。
あの方は、気高くて、真っ直ぐで、我が儘で、豪胆で、脆弱で、無茶ばかりされて、人の迷惑なんて顧みない。でもとても魅力的な方だ。それで充分ではないですか。
あの方が好きですよ。私がそう思っていることを、サヤは理解してくれている。だから、私の大切な人も、大切にしようとしてくれる。
この子は、優しいのです。私や、私の周りの人々のことを、我が事のように、考えてくれる。そんな従者を、私も大切に思っています。こんな、なんでもない様なことで、失いたくないんです」
ルオード様に顔を近付け、瞳を覗き込む。気圧されるルオード様を、視線で制圧する。
「ルオード様。クリスタ様を、苦しめたくはない。それは、私も貴方も、同じ思いのはず。
ならば、異端だとか、罪だとか、どうだって良いと思いませんか。
貴方はサヤの知識が正しいと、身を以て知っているのですよね? だが、全てがそうでしょうか?
あの子は、確かに私たちに無い知識を持っています。でも、子供なんです。
貴方はただ、サヤの知識を鵜呑みにする様なことは、しないでしょう?
本当に正しい保証は無い。誰にも出来ない。だから、貴方が貴方自身で、見極めませんか。
無条件に信じろとは言いません。見極めて下さい。私たちを」
そして、もう一度息を吸い込んで、吐いた。
「土嚢を教えてくれたのも、サヤですよ」
ルオード様の目が、驚愕に見開かれた。けれど、思ったほどの衝撃は、受けていない様子だ。
きっと、薄々、感じていたのだ。異質さに、同じ匂いを、嗅ぎ取っていた。
「貴方の任務は、土嚢の有用性を体感し、身に付けてくることですよね。
ならば、任務を遂行致しましょう。もしその日々の中で、我々がクリスタ様や、フェルドナレンの害であると思うならば、いつでも構いません。私を斬り伏せて下されば良いです。
ちょうど近衛の者が私の護衛となるのです。私たちの監視にもぴったりだ。そう思いませんか」
今ではない。どこかで判断を下せば良い。と、そう促す。
見れば良い。サヤの知識が、どんなものなのかを。悪魔の手先なのかどうか、見極めてみれば良い。
彼女が知識を引っ張り出すのは、ただこの世界の人の、幸せの為であるのだという事実を、見れば良いのだ。
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