異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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設計図 3

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 サヤが慌てて、マルを助け起こし、長椅子に再度座らせる。

「だ、大丈夫ですか……っ、傷が、また出血を……ハインさん、なんで、あんな……」
「あぁ、いぇ……尋常じゃなく、痛いんですけど、あれは、僕が不味かったので……仕方ないです」

 呻きながらもマルは、そう言った。頭の図書館には居座れなくなってしまったらしい。うーあー呻く姿は、いつもの陽気なマルだ。痛そうだが。
 俺もマルの横に移動し、肩の傷を確認する。包帯はずれたりはしていないが……念の為一旦外し、傷の具合を確認することにした。

「……大丈夫だ。少し開いてしまったけど、それだけだよ。
 ごめんな、マル……ハインには……」
「いえ、あれは僕が悪いんで、ハインには何も言わないで下さい。
 失敗しましたね。僕も、見境なくなるくらい興奮してしまってて……ハインを気遣うことすら忘れてましたから、おあいこです。
 ああ、サヤくんの話は、とても興味深く、素晴らしいものでしたよ。
 僕が考えていた仮説が、存外的外れではないことが分かりましたからね。あそこまで具体的に聞けるとは思っていませんでした……。本当に、君は凄いんですねぇ。
 あの、遺伝子という設計図の数。二万五千としたのにも、きっと根拠がありますよね。
 君はそういうの、適当には口にしそうにありません……って、またやってる。ごめんなさい。もう、今日この話はやめておきます。ハインの言う通りだ。仕事しなきゃ……」

 そう言ってから、眉間を指で揉みほぐすようにして、息を吐く。
 顔を上げたマルは、いつものどこかとぼけた様な、飄々とした態度に戻っていた。

「で、サヤくん。その紫外線を防ぐのに、暗色の絹地とは、どんな根拠が?」
「あ、はい……光と色の特性です。白は光を反射、黒は光を吸収しますよね。
 部屋の帳を黒くしておけば、部屋の中に反射して入ってくる光を極力減らせると思って。
 あと絹は、紫外線を吸着する性質があるんです。
 絹は太陽光で変色するでしょう?あれは、紫外線を吸着してるから起こります。
 帳が紫外線を吸着すれば、当然クリスタ様に届く量が減りますし、あの手の病の方は、視力も弱いですから、眩しさがただでさえ目の負担になるので、部屋は少し暗めの方が、落ち着くはずなんですよね」
「……気になったんですが、陽の光を毒とする病は、一つではない?」
「ええ、あまり詳しくはありませんが……私の国で難病に指定されているものなら、私は三つほど知ってます。軽い症状の病も多々ありますし……」
「ああ、そうなんですか」

 息を吐き、肩の力を抜くマル。
 陽の光を毒とする病がひとつきりではないことに、何故かホッとした様に見えた。
 先程、俺の気の所為でなければ、マルはサヤの話の矛先を逸らしている。俺やサヤには触れて欲しくないと思うものが、この話には含まれていたということか?
 気になったけれど、わざわざそうやって誤魔化したからには、指摘したところで教えてはくれないように思えた。今は言えないと思ったのか、それとも知られてはまずいことなのか……。

「ルオード様の誤解を解く方法、僕の方でちょっと、検討してみます。
 あの方は聡明ですし、思慮深い方ですから、きちんとした風な理由があれば、ちゃんと納得してくれると思いますよ。
 それに、疑いだけで暴力に訴えたりする方でもないので、サヤくんは少し、居心地悪いでしょうけど、普通にしてれば良いですから」
「は、はい。お手数をお掛けしますけど、宜しくお願いします。
 あっ、マルさん、明日の朝一に、早馬を出す予定なのですけど、メバックに送る書類等あれば、一緒に送りましょうか?」
「ああ、じゃあ後で持って来ますね。あ、それとサヤくん」

 マルに呼び止められたサヤは、首を傾げて振り返る。

「きっと君は、他のことに集中してても聞こえていたと思うので、言っておきます。
 先程、君を怖いと言ったこと、謝ります。すいませんでした。
 僕は臆病者なんで、レイ様みたいには出来ませんが……君が、僕の為に身体を張ってくれたことに感謝出来ない程、狭量ではないつもりです。
 君が傷つく様な態度を取ることもあるかもしれませんが、大目に見てくれると、有難いなと」

 その言葉に、サヤが微笑む。
 気にしてませんよ。と、言って、ハインさんを手伝って来ますと、部屋を出た。
 ふう。と、息を吐くマルを見る。視線が合うと、少し苦笑した。

「何か、言いたそうですねぇ」

 う……。やはり、顔に出てるか……。

「……ハインが、心配だからね……。
 マルは、ハインが怒る理由も、獣人を拒絶する理由も、知っているのだろうなと思うと、ズルをして聞いてしまいたくなるんだよ」
「僕に聞くのはズルですか?」
「うん……一度目はハインの意思を無視した形になったから……次は待ってあげなきゃと思うんだけどね……。でも知らないと、気のきかないこと言っちゃうんだよなぁ」

 獣人の話が辛かったのかって……あの状況でそれ以外であるわけないのにな。
 ハインの表情が気にかかる。知られたくない、触れられたくないと、全身で訴える様な……それでいて、何かに縋り付きたくて仕方がないと、思っている。
 酷く、怯えているのだ。
 不安を口にする俺に、マルはまた少し、頬を緩める。そして、

「……ハインはねぇ、肉体的なものは、あまり獣人寄りではないんですが、精神的な部分は、とても獣人らしいと思うんですよねぇ。
 直情だし、難しいことは考えるのすぐ放棄しますし、習慣化された作業に強いでしょ?主人を決めたらひたすら尽くそうとする辺りなんか、ほんと獣人の習性よく出てますよ。
 肉体的な部分で獣人的要素が強く出ているのが胡桃なのだとしたら、精神的な部分での獣人的要素が強く出ているのは、ハインですよ。本人が気付いてるかどうか知りませんが。
 正直あそこまでだと、感情制御はもっと、難しいと思うんですけど……。レイ様が上手く躾けちゃったんですかねぇ。あれだけ怒って、傷口を掴まれる程度で済みましたし」

 胡桃だったら僕、半殺しで済んでますかねぇ。と、ケタケタ笑う。
 痛い思いをしたのに懲りないな……。しかもあの状況で、ハインの観察は怠ってない……。
 でもまあそれはともかく、躾とか、動物の調教みたいな表現は、嫌だ。過去の俺を言われているみたいだし。

「……マル、その言い方は、あまり好きじゃない……」
「知ってます?   獣人ってね、主人がいる方が、精神的な部分は安定するんですよ。もしくは集団での生活。基本的に、自分で決めて行動するというのは、彼らには負担みたいなんですよね。
 だから、レイ様がハインを心配に思うならね、彼のことを、ある程度縛ってあげれば良いんです。レイ様が決めてあげて下さい。人から生まれ、人と同じように話し、感情を動かすから、つい同じ様に考えてしまいがちですが、サヤくんの言葉を借りるなら、種が、違うんです」

 マルの言葉に、少し反発を覚える。
 種が違う。
 それは、拒絶の様に聞こえたのだ。
 けれど、マルの表情は、ハインを突き放している風ではなく、ただ俺に、ハインというものを教えてくれているのだと、分かる。
 精神的部分が、強く獣人らしい……か。
 獣人らしいって、なんだろ。神話や書物で獣人はよく出てくる。基本的に、排除すべき対象としてだ。
 だが、九年という歳月、俺はハインを、獣人だなんて思わず過ごして来た。全く重ならなかった。ハインの様に、獣人と気付かず接している人間が、俺の周りには、まだいるのかもしれない。本人すら、気付かずに。
 …………獣人って、なんだ。人って、なんだ。俺はもっと、そのことを知らなきゃならない気がする。
 マルは、何故獣人に、拘りがあるのだろう……。気の所為じゃないよな……知識欲の塊であるハインだけれど、獣人のことに関しては、ただ知識欲だけで動いているようには見えない……。
 だけど……これを聞くのも今度にしよう。今は、教えてくれそうにない。
 マルはまだ、俺を値踏みしているみたいだから。

「……とりあえず、獣人の話は保留。今はクリスタ様の話だ。
 あの人、何の目的で来るんだ?   体調を考えたって、無理矢理すぎるだろ」
「痺れを切らしたんじゃないですか?   あの方、レイ様が大のお気に入りでしたし。
 今までだって、何度も近況確認が来てましたよ。僕の所に」
「はぁ⁉︎   そんな話聞いてないぞ⁉︎」
「言わなかったですから。遅かれ早かれ、こうなってたと思いますよ。
 けどまあ、分かってあげて下さいよ。あの方、レイ様が本当にお気に入りなんですって。……色々な意味で」
「なっ、なにその、意味深な……怖いんだけど⁉︎」

 そんな日常会話の延長が戻る。お茶を持ったハインとサヤが帰り、明日以降の予定を話し合っているうちに、ルオード様も戻られた。
 夜番の近衛を連れ帰って来て下さったのだが、それは私がしますからとサヤが却下し、連日それじゃ休めないじゃないかと怒る俺に、自分の役目ですからと突っぱねるサヤ。
 そんなふうに一悶着あったものの、結局押し切られ、サヤの夜番は続行となった。
 結局近衛の方々の仕事は、日中の俺の護衛のみに落ち着いた。
 ううぅ、だからさ、女性なんだよサヤは。口には出来ないけど!   だからいい加減、男の俺と同室で就寝は、おかしいんだって気付けよ⁉︎   こっちの精神的な部分にももうちょっと配慮をだな……っ。

「そんなにサヤが長椅子で就寝するのが気になるのでしたら、物置にしている部屋を片付けては?   そちらに夜番用の寝台を置けば良いと思うのですが……。サヤの能力なら、壁一枚くらい挟んだとて、何とかするのでしょうし」

 冷静に戻ったハインの一言に、それだ‼︎   と、俺は食いついた。
 なので翌日の早馬に持たせる手紙に、寝台の追加注文が加わった。
 そして密かにへこんだ……。何で気付かなかったんだろ、俺……初めから隣室を夜番用にすれば良かったのに……。

 そんな感じで、細かく問題は孕みつつも、間近に迫る雨季を迎える準備は、ほぼ平和に進んでいくこととなる。表面的には、なのだが。
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