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雨季 6

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 違和感を感じた。サヤを利用しろ。そんな言葉をギルが使うこと自体が、強く疑念を抱かせた。

「……サヤは、サヤの世界に帰るんだよ。二年後なんて……」
「帰り方が分かればだろ。
 あいつは、自分の与り知らないあずかりしらない現象で、この世界に放り出されたんだ。今はここに保護されたおかげで、従者をしてられる。けどそれでも、不安は感じてる筈だ。
 だから、保険だよ。サヤがここにいるなら、ここを居場所にしてやるって、保証してやれっつってんだ。
 言葉で言うだけじゃなく、形で示せ」

 違和感がより強くなる。形で示せ?   形で表すということは、誤魔化しはきかなくなるということだ。
 俺がサヤの後見をする。それは確かに、才能を保護するという意味でも行われるが、サヤが女性である以上、別の意味合いの方が強く意識されるだろう。しかも、性別を隠してきたとなれば、尚更……。

「ギル、お前……本音は違うだろう。
 後見人は、確かにそういった側面もある。
 けど、サヤは女性だ。公表するってことは、誤魔化してきた性別も、明らかにするってことだよな?
 二年後に、俺になんて言うつもりだ。
 もう男装は無理だから、性別を公表しろか?   後継人なんだから、そのまま妾にしてしまえか?   それが一番、サヤを守る最善の策だとか言ったら、俺は、お前と絶交するからな」

 そう釘を刺すと、ギルが言葉に詰まった。
 後見人は、才能がある者の衣食住を保証するかわりに、その腕を見出した貴族の名声になる。
 一方、保護する相手が女性となると、違う側面もある。
 手元に置きたい女性を、体裁が取り繕えるまで確保しておく、手段でもあるのだ。
 誤魔化しきれなかったと悟ったギルが、溜息を吐いて頭を掻き毟る。

「……はぁ……。
 別に、そういった側面があったって、周りにそう見られたとしたってな、お前がそう扱わなきゃいい話だろ?」
「サヤがそれを、どう感じるかが問題だろ。あの娘が、そんな目で見られて、心安らかにしていられるとは思えない。ギルは、サヤの心の傷を、軽く見過ぎだ」
「……じゃあ言うがな、お前は、お前自身の気持ちをどう考えてんだよ。
 惚れてんだろうが。何も言わずにただ、今の状況を続けるつもりか」
「サヤは故郷に慕う相手がいると、前も言ったよな。
 だから帰るんだよ。絶対に。なら俺の気持ちとか、関係ないだろ」
「……関係ないんなら、なんでそんな顔するんだ……」

 どんな顔だとは、聞けなかった。
 分かってる。俺が今酷い顔をしているってことは。だけど仕方ないだろ……それが、受け入れるしかない現実だ。

「サヤが帰れる保証はねぇんだろ……今までだって、こんな馬鹿みたいな話……異界から泉を通って、人がやって来るだなんて話、聞いたことがない。
 来れたからって、帰れる保証はねぇ……」
「言うなよ!   探しもしていないんだ。分からないだろ⁉︎」
「でもその不安をあいつはずっと抱えてんだろ⁉︎
 それだって重いはずだ。帰れなかった時どうすればいいか、それを考えない程、思慮の浅い奴じゃねぇんだ。分かってるだろ⁉︎
 だからお前に、それを保証してやれって言ってんだ。
 俺の所との契約で、賃金が発生する。二年の間にあいつはそれなりの財を築くだろう。食ってく分には、保証してやれる。
 けどな、気持ちの拠り所ってのは、お前だろうが!
 だから言ってるんだ。あいつだって、お前のこと憎からず思ってるはずだって!   じゃなきゃ、あんな献身的に……」
「サヤのは違う!
 サヤの気持ちは……彼女が想っているのは、カナくんだよ。俺のは……違う」

 だってサヤは、カナくんには触れられなかったんだ。
 怖かった。男性として見てたから怖かったんだよ。
 だけど、それでも好きな相手だった。そんな気持ちに、勝れるとは思えない。だって俺は、サヤにとっては初めから、そういった対象ではないんだ。

「サヤ本人から聞いたのかよ」
「……あの状況で、あの顔で、あんなふうに口にしたことが……そうじゃないなんて思える奴は居ないと思うよ……」

 嫌われていると言いながら、それでもあんな顔をするんだ。
 あれが、恋じゃないはず、ないじゃないか。

「聞いてないんだな。なら確認しろ。
 ちゃんとサヤ本人の口から、想い人はカナくんだと聞き出してから言いやがれ。
 そもそも、ここに来て、ここで生活してる間に、気持ちが変わることだってあるんだぞ?」
「……サヤを恋愛対象として見るなって言ったよな」
「見ねぇようにしてんだろが⁉︎
 お前、俺にそれ言うんだったら、カナくんはどうなんだって話だよな⁉︎」
「居もしない人間に何が言えるっていうんだよ⁉︎」
「そもそもがおかしいんだよ!   サヤが誰を想っていようが、お前の気持ちを伝えないって選択になるのがおかしいんだ!
 言えよ!   玉砕しろ‼︎   そんで気持ちに踏ん切りをつけろ!   世間一般的には、そんなもんなんだよ‼︎」
「ギルは玉砕しないからそんなこと口にできるんだよ‼︎   振られたことなんかないだろうが⁉︎」
「お前だってないだろうが!」
「そもそも誰かを好きになったことがないんだよ‼︎」

 声を荒げて言い合いになってしまった。
 お互い口を噤んで、息を整える。……不毛だ。こんな話二人でしたって何にもならない。
 ギルは、なんでこんなことを俺に強いるんだ?   サヤを大切に思うなら、しこりが残る様なことを、すべきじゃないだろうが。

「言って、どうするんだ……。
 サヤが帰る時、笑って、見送るって決めたんだよ。
 ここのことを思い出す時、良い思い出でいたいんだ……思い出すのも辛いような、そんな風には、したくないんだよ……」

 サヤは、女として見られること自体が、苦痛なんだぞ?
 夢に見て、苦しむような思い出には、なりたくない。いつでも取り出せる、温かい記憶でいたいんだ。
 どうせ離れるのが分かっているんだから。
 気持ちがこちらを向くことはないと、分かっているんだから。
 だって俺は、サヤに助けられてばかりだ。サヤにとって俺は庇護する対象でしかないんだ。
 そのかわりに、近くに居られるだけなんだ。この状況が、俺の選べる最善なんだよ。

「……ヘタレかよ。
 お前は、そうやって傷付かない方選んでりゃ楽かもしれんが、サヤはきついだろうよ。
 お前は、あえて目を背けてるみたいだから、俺が言っておいてやる。
 ありもしない希望を、ずっと抱かせておくなんてのは、下手な拷問よりタチが悪いぞ。
 帰れないんだと、はっきり分からせてやることも、優しさだ」

 頭で火花が散った。
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