異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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仮面 1

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 ルオード様がいらっしゃったのは、俺たちがクリスタ様のお部屋を辞してから、小一時間経った頃だった。

「遅いではないか」
「我々は任務でこちらに赴いているのです……。
 その方らは待機してくれ。中は我々で足りる」

 俺やクリスタ様の護衛任務に就いていた近衛の方らは、部屋の外で待機となり、我々学舎の面々のみが、クリスタ様の部屋に通されることとなった。
 当然、お茶等の準備もサヤではなく、ハインが行う。クリスタ様のお部屋は、クリスタ様以外が不在で、女中頭のリーカ殿すら控えの間に退いているという徹底ぶりだ。

 お茶の準備を終えたハインが、俺の背後に控え、席に着いたのは、俺、クリスタ様、ルオード様、マルクスだ。

「ギルは来ておらぬのだな」
「……ギルは、忙しいので……」

 喧嘩して追い出したとは言えない……。
 少々バツの悪い思いをしつつ、俺は毒味を優先しようと、お茶を飲み、茶菓を口にする。
 サヤが頑張って準備してくれたのは、干し果実入りのクッキーと、香茶葉入りのラングドシャだった。うん、今日も美味だ。

「さて。わざわざ学舎の面々のみになったのだから、思い出話に花を咲かせるのは後で良かろう。
 レイシール、僕がここに来た理由を、君は理解しているか」
「……先程のあれを言いにいらっしゃったのではないということですね?」
「う……あ、あれは……少し、先走りすぎた……。
 だが、君を思ってのことでだな……」
「それは、重々理解してます。ですが俺は、ここでの責務を全うする所存ですので、そこはご理解下さい」

 学舎で馴染みの面々だけになったからか、クリスタ様がより砕けた口調になった。
 ふう、其方って言われるの、なんか緊張するんだよな。君って言われる方が、やはりしっくりくる。
 内心ではそんなふうに思いつつも、念の為釘を刺しておくと、クリスタ様は少し悪い顔で、むくれてしまった。
 あれは、勢いで言ったのだとしても、押し通せたなら押し通すつもりでいたってことだな……よかった。ディート殿が庇ってくれなかったら、本気でまずかったってことだし。
 顔には出さず、ほっと胸を撫で下ろしていると、ルオード様が「レイシールの申す通り、先走りすぎです。レイシールが責任を蔑ろにするような者ではないことは、よく分かっているでしょう」と、クリスタ様を窘めて下さった。
 きっと、ディート殿から報告を受けているのだろうな。
 それでようやっと、クリスタ様の口から「すまぬ……」と、か細い謝罪の声。
 俺は「もう気にしてませんから」と、笑って謝罪を受け入れる形で、終止符が打たれた。
 ふう、良かった。これでもう、近衛にするとかは言い出さないだろう。
 正直、俺にその選択肢を選ぶつもりは全く無い。
 俺のここでの責任には、領地管理や氾濫対策のこともあるが、サヤを無事故郷に帰すというものもあるのだ。
 王都に行ってしまったら、その約束すら、守れなくなってしまう……。だから、これだけは、いくらクリスタ様にごり押しされようと、受け入れるつもりは無かった。

「まあ……僕がここに来ようと思ったのはだな……マルクスが手を打って来たからだ。
 レイシールが、セイバーンで肩身の狭い立場であることは分かっていたし、君がそれを甘んじて受け入れているのも、癪にさわるが理解している。だが、マルクスが手を打って来たということは、抗う意思を持ったということだろう。
 ならば、君には後ろ盾が必要だ。本来なら、セイバーン殿がそうであるべきだが、彼の方は君にすら、人伝でしか状況を伝えられない状態らしい」

 皮肉げに口元を歪めて、クリスタ様が言う。
 それは、父上が自ら動いていないということを、責めているように聞こえた。

「なのでな、実績を作ってやろうと、こうして出向いて来たのだ」
「実績……ですか?」
「そう。アギーが君との縁を望んで繋いでいると分かりやすくするためにな!」

 感謝して褒め称えよ。とでも言う様に、腕を組んでふんぞりかえる。
 しかしこれは…………ただの言い訳だな。きっと来たくて、来ただけだ。クリスタ様は、たまにこんな我儘をされることがある。それだけ、俺に会いたいと思って下さっていたのだと思えば、怒るわけにもいかないのだが。

「アギー家からの支持と、支援金。さらに王家からの支持と、支援金。これだけで過分な程だと思うんですけど……」
「きっ、君は僕に再会出来たというのに、嬉しくないと抜かすのか!」
「そんなわけないでしょう。
 再開できたのは嬉しいですよ。けれど、無理をして、体調を崩される様なことになって、それが俺の為と言われたら、素直に喜べません。
 ただでさえセイバーンは、アギー公爵様にご迷惑をお掛けしてしまった過去があるのですし」

 俺の言葉に、クリスタ様の表情が険しくなる。頬に朱が差し、眉が釣り上がって、あ、怒らせてしまったと思った時には後の祭りだった。

「そう言うなら、もっと早くに、連絡を寄越せ‼︎
 僕は、ずっと待っていたのだぞ⁉︎   便り一つ寄越しもせぬから、僕は、僕は……っ!」
「だっ、だって俺は、不義理をして……」
「誰もその様に思っておらんわ!   それすら言わせず、早々に去るから……二年前だって、相当な傷を負ったというのに、見舞いすら、断って来たではないか‼︎」
「あ、あんなことで再度アギー公爵様に足を運んで頂くわけにはいきませんよ!」
「僕が行こうと思ってたんだ!」
「公爵様からの書簡だったじゃないですか⁉︎」
「お二人共、落ち着きなさい」

 ルオード様に冷めた声音で静止されて、俺たちは次に言おうと思っていた言葉を飲み込んだ。
 この人にこんな風に言われると、感情を露わにしていることが恥ずかしくなってくる。
 あと更に続けると、視線がどんどん冷たくなるのが、なんとなく怖い。

「……クリスタ様、レイシールが心配だったというのなら、意地を張らずに出向けば良かったのです。
 言って来ないから行けないなどと、他の者相手なら、貴方はそんな風には考えないでしょう?」
「だっ、だが……」
「今後も、待ったところで無駄です。レイシールが我慢強く、他を頼らない性分だということは、この二年余の時間で充分理解出来ましたね。
 それに……もう、幼い子供でもないのです。貴方が手を出さずとも、彼はもう、一人で立てるのですよ」

 サヤのことでの蟠りもあると思うのに、ルオード様はクリスタ様を、そのように言って諭して下さった。
 そして俺を認める様な言い方をして下さったことに、少なからず衝撃を受ける。
 この方からすれば俺など、本当に未熟者でしかないだろうに……。

「ですから、レイシールの為にと仰るならば、貴方がするべきことは、ただ背に庇うことではありません。
 この環境から無理やり引き剥がそうとすることでもないはずです。
 なら何を、すれば良いでしょうか?」
「…………レ、レイシールの……決めたことを、邪魔しないこと……」
「そうですね。その通りです。ですから、先程の様なことは論外ですね」

 うっ……。あ、あえて更に釘を刺すのか……。
 ビクッと、クリスタ様が慄いた。最悪の選択でしたよ。と、暗に言われたのだから、衝撃も受けるよな……。もの凄く暗い雰囲気になってしまった……。しかしルオード様は、甘い顔をしない。素っ気なく視線を逸らし、クリスタ様を放置する。
 そ、そこまで怒らなくても……実際、ちゃんと自分から、撤回されたのだし……。

「あ、あの……俺のことを、そこまで真剣に、考えて下さったことは、嬉しかったですよ?
 ですが俺は、幼い子供のままだと、クリスタ様に思われていたくありません……。少しでも成長していると、思って頂きたいですし、その為の努力をして来たつもりなのです。
 俺がまだ信頼に足らないと思われるなら、そう仰って下さって構わない……ですがまずは、見て頂けませんか……。今の俺を」

 今の俺だって、誇れたものじゃない……周り中に助けられて、迷惑を掛けて、やっと立っているだけなのが現状だ。
 だからそれを見て、頼りないと思われたなら、その評価を甘んじて受け入れる覚悟だけれど、例え欠片ほどのものであったとしても、あの頃より磨かれた俺でありたかったし、その為に二年、頑張って来た。それを見て欲しかった。

 一生懸命クリスタ様を傷つけない様、気持ちは嬉しかったのだと伝わる様、言葉を選んだのだが、俺の背後からふぅ……と、重い、これ見よがしな溜息。ハインだ。
 そうやって付け入る隙を作るから駄目なんですよ。と、思われているのが圧で分かる……。
 わ、悪かったな……だけど、なんか、駄目なんだ。クリスタ様は、傍若無人なのがクリスタ様というか……落ち込んだ顔しているのは、なんだか凄く、違う気がするんだ。
 俺の言葉がきちんと伝わったかどうか分からない。けれど、クリスタ様は俺の言葉に一瞬だけ、表情を緩めて下さった。だが、年下の俺に庇われたというのも、矜持を傷付けられるのだと思う。怒り顔を少し赤らめ、俯いてしまった。
 う……ちょっと、言葉の選び方を、間違えてしまったか?

「まあまあ、ここは、クリスタ様に名誉挽回して頂き、チャラにしませんか。
 丁度良い案がありましてねぇ。
 ある程度状況が進んでからご提案しようと思っていたのですけれど、クリスタ様が仰った様に、レイ様とアギー家の繋がりを主張するというのなら、今からの方が都合が良い。
 なに、どちらにも益となる話ですよぅ、雨季を無事乗り越えられれば、ですが」

 いつものヘラヘラ顔で、マルクスがそんな風に、俺たちの間の落ち着かない空気を、取り持つかの様に口を開く。ルオード様が、少し警戒した様子で眉間にしわを寄せたが、マルは意に介さず言葉を続けた。

「なに、計算上、失敗はありませんよ。土嚢壁の強度は、想定される雨量が五割り増しになっても耐えられる様、準備してありますしね。
 案というのも、特別予定が変わるものではありません。今までの話を、より広範囲で進めるだけのことですよ」

 そんなふうに提案されたのは、先日マルが言っていた交易路のことだった。
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