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仮面 2
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とりあえずはメバックとセイバーンを繋ぎ、領内を川に沿って交易路としていくよう、進める算段をしていた交易路計画。マルは、それを頭からアギーへ繋げる前提で、進めていくことに変更するのだと言った。
「アギーの名が計画当初から連なるならば、この交易路の注目度は格段に上がります。信頼性もね。
ここは河川敷として機能する為に、人に使ってもらわなくてはなりません。
踏み固めるという、日々の作業が必要なのですよね。
ですから、交易路として作ることで二重に意味を持ちます。
更に、セイバーンとアギーの流通に貢献してくれる。
今の経路より安全性も上がる予定ですし、距離的にも短縮されますからねぇ」
「ふむ。だがセイバーンとアギーの流通は然程賑わっておらぬよな。
交易路にするとして、利用者はどう確保するつもりだ」
「うちは中継地として売り出すのですよ。他領に囲まれておりますからねぇ。
交易路計画は、川沿いを中心に進めていきますが、最終的にはセイバーン内にある程度張り巡らせればと考えてます。メバックは位置的にも、都合が良い。そんな風にしていれば、そのうち新しい流れも出来るでしょう」
クリスタ様が真面目に話を始め、マルが中心となって具体的な構想を披露しつつ、目指す形を語っていく。
俺はそれを聞きながら、ちらりとクリスタ様の真剣な横顔を伺った。
もう、先程の落ち込んだ雰囲気は無い。
ホッとするが、それと同時に、再会してからずっと感じている、少々の戸惑いの理由を探っていた。
この二年余の時間に、俺の背は随分と伸びた。
クリスタ様と、頭一つ分近く、身長差が開く程に。
そして久しぶりの再会故にか、クリスタ様の違和感……今までは、当たり前のことと受け入れていたはずのことに、妙な差異を感じていた。
変わらないお姿だ。先程言った通り、時が戻ったのかと錯覚する程に、クリスタ様はお変わり無いはずなのに……。まるで、クリスタ様では無い様に、見えてしまう。
それは、落ち込むクリスタ様に感じる違和感に近い。見た目の麗しさとは裏腹に、この方はもっと豪快で、男らしく、我儘なくらいが丁度良い。
丁度良い、はずなのだけど……なんだろうな。この異物感は。こうじゃないという、妙な引っかかりの正体は。
もう少しで分かりそうな気がするのに……どこだ?
暫くクリスタ様を観察していたのだけれど、どうも分からない。スッキリしない。
そして、更に俺を観察している視線にも気付き、俺はこの違和感の元を追うのを断念した。
ルオード様だ。気付かれない様、気を付けてはいるのだけれど、これ以上続けていると、きっと伝わってしまう。
ふぅ……すこし、気持ちを切り替えてこよう。久々の再会だから、記憶が薄らいでいるだけなのかもしれないしな。
「すいません、少し席を外します」
「どちらへ」
不浄場(トイレ)。ということにしておく。手振りで示し、ハインは残れ。と、指示しておく。
外にはサヤも、近衛の方々も居るのだから、敢えてハインを連れて行く必要も無いし、学舎の面々のみというこの状況で、使用人はハインのみだ。抜けるとクリスタ様のお世話をする者が居ない。
扉の外には、午後からの俺の護衛役と、クリスタ様の武官が一人、扉横で待機していた。
お伴しますと言われ、断るわけにもいかず、是と了承する。
……まあいいか、宣言通り、不浄場にでも行っておこう。
気分転換になればなんでも良いのだし。そう思って、階下に足を向けたのだが……。なんだか落ち着かない様子のルーシーが、玄関広間で中途半端に掃き掃除をしていた。
何が中途半端なのかというと、ほぼ履いていないのだ。一瞬だけ動き、すぐに手が止まる。
「ルーシー?」
声を掛けると、上の空だった様子のルーシーが、パッとこちらに顔を向け、駆け寄って来た。
「レイ様!……あっ、も、申し訳ございません……何か、御用でしょうか?」
「特に無いよ。それより、どうした?何か問題があったか?」
俺がそう問うと、口元に手をやったルーシーが、少し悩む素振りを見せてから、ちらりと近衛の方を見た。言って良いのかどうか……逡巡していた様だが、結局口を開く。
「その……問題という程では、無いのですけれど……サヤさんの様子が、ずっと、変で……」
眉を寄せ、瞳を伏せて心配そうに溜息を吐く姿は大層麗しいが、サヤの名が出たことで、先程様子が変だったことを、俺もすぐに思い出す。
「サヤは今、どこに?」
「執務室です。書類の整理をするからと」
「また、体調を崩す様な何かがあったかな。ちょっと様子を見てこよう。ルーシー、近衛の方に、お茶をお出ししてくれるか。
申し訳ありません、すこし、一人で参ります。諸事情ございまして」
「いえ、お気になさらず」
近衛の方はルーシーにお願いし、俺は執務室に足を向けた。
中に入り、辺りを見渡すが、サヤの姿が無い。耳の良い彼女は、大抵先にこちらに気付き、自ら顔を覗かせるのだが、執務室は静まり返ったままだった。
書棚と執務机、食器棚と、姿を隠すような物に恵まれないこの部屋に見当たらないならば、隣しかない。
接待や、ちょっとした会議に使う隣室に向かうと、サヤは居た。上の空で、長椅子に座り、ずっとどこか、一点を見つめている。
「サヤ?」
小声で呼びかけるが、やはり反応が無かった。
思考に潜り込んでしまっている……。ここまで無防備になってしまうだなんて、サヤらしくない。
大股で近付き、しゃがみ込んで顔を真正面から覗き込んだ。
「サヤ!」
「っえっ?」
弾かれた様に頭が上がり、焦点が、俺に合う。
「あ……申し訳……」
「良い。それよりも、どうした? 俺がここまで近付いても気付かないなんて、サヤらしくない。何か悩み事?」
そう言うと、何故か……サヤの瞳が一瞬、潤んだ様に見えた。
しかし確認する間も無く、顔が伏せられる。
「いえ、なんでもありません……」
「そんなわけない」
俺の視線から逃れようと、顔を伏せたままのサヤが、そのまま長椅子を立ち、歩み去る素振りを見せたから、咄嗟に肩を掴んで、引き戻した。
「なんでもないサヤは、そんな風じゃない」
もう一度視線を合わそうと顔を覗き込むが、避けられてしまう。
なんだ? こんな様子のサヤは、見た覚えがない。なんで俺の視線を避けるんだ?
「話してサヤ。
それとも、俺には言えないこと? それなら俺じゃなくても良いんだ、今……」
ルーシーを呼んでくるからと、言葉を続けようとしたのだけれど、サヤが激しく頭を横に振ったから、言葉は途中で尻すぼみに終わってしまった。
俺から逃げようとしていた筈の、サヤの両手が、俺の袖を遠慮がちに摘んでいる。
行かないで。
と、そう言われたように感じて、動けなくなった。
「あの、クリスタ様は、アギー家の、御子息様……なのですよね」
「ああ、そうだよ」
「……ギルさんも……お知り合いなのですよね……」
何故ここでギル?
サヤの質問の意図が分からない。
質問に対する答えを出せずにいると、サヤがおずおずと、視線を上げ、俺の表情を上目遣いに伺ってきて、その表情が、酷く危うく見えてしまい、咄嗟に体が反応していた。
サヤにそんな顔はさせてはならないのだと、気持ちが勝手に、俺を動かした。
サヤの、袖を掴む手を振りほどき、そのまま抱き締める。
遠慮する様に、袖の端をちょっとだけ摘んでいた。泣きそうな、縋るような視線を俺に向けてきた、サヤ。
その表情は、ここに来た一番初めの、この異世界にたった独りなのだと気付いた、あの瞬間の……不安に押し潰されそうな、崩れてしまいそうな顔に、似てた。
「なんでそんな顔をするの……? 何がそんなに不安?
ごめん、俺、サヤが不安になる様なことを、してしまった?」
首が横に振られる。
だけどサヤは、俺の腕の中に収まったまま、逃げる素振りは無い。
何故か分からないけれど、サヤは今、気持ちが弱っていて、不安になっている。俺に縋り付くほどに、何かを恐れている。
「俺はサヤの味方だよ。ちゃんとサヤを、元の世界に帰してあげる。約束する。
だけど、サヤがこの世界にいる間は、ここがサヤの居場所だって、俺は言った筈だよ」
サヤを一人になんてしない。頼りない俺だから、本当にただ、一人にしないことしか出来ないけれど、それでもそれは、絶対に守る。
そう思って、その言葉を口にしたのだけれど、サヤが、身を硬くした。
「約束……。せやな、約束した。レイを守る。罰と戦うて……。
それが私の、自分で決めた役目や…………………。ほんで、私は、ちゃんと、帰らな、あかん……」
途切れ途切れに聞こえたサヤの呟き。
何故か、最後の言葉が、とても苦しそうに聞こえた。
そんなわけがない。きっと俺が、そんな風に思いたかっただけ。サヤを帰したくないから、そんな風に、聞こえてほしかっただけ。
腕の中のサヤが、一瞬だけ、俺の背に手を回して、ギュッとしがみついた。そして胸を押して、離れる。
「レイシール様にとってクリスタ様は、大切な方なのですよね」
「……あ、ああ、そうだね」
「それは、多分クリスタ様も、同じなんですね、きっと」
「?」
そう言ったサヤがにこりと笑う。
なん、で。
なんでサヤは今、笑ってるんだ……。すごく優しい笑顔で、俺を見てる。
今まで、そんな風にはしなかったろう? いつもちゃんと普通に笑ってきただろう? 苦笑でも、怒りながらでも、ちゃんと自分の表情で笑ってたのに。
なのになんで今、サヤは……仮面の、笑顔、なんだ?
どうして、俺に、本当の顔を隠すんだ⁉︎
「ご報告したいことがあるのですが、まだちょっと、確信を持っているわけではなくて……。
自分の中でまとまってから、お話ししますね」
作り物の微笑みで俺を見上げてそう告げるサヤに、俺は言葉を返せなかった。
なんで? 何を間違った? それは俺が、サヤに一番、して欲しくない顔。させてはいけないと、思っていたこと。
なのにサヤは今、俺から心を隠してる。
怖い。やめて、それじゃ、まるで……まるで、母様みたいだよ⁉︎
「掃除の続きをします。サボってしまって、すいませんでした。
……レイは、大切に思うてくれてはる人、沢山いてるんやね。良かった」
俺の手を振りほどき、サヤがすり抜けていく。だけど追えない。サヤは俺を拒絶した。
どうしよう。何を間違った? 俺、何を、どこから、間違ったんだ⁉︎
よろめいて、そのまま床に座り込んだ。暫く、先程の会話を頭の中で繰り返し、間違ってしまった場所を見つけ出そうと試みたけれど、全く分からない。
足元が崩れ去るような喪失感に苛まれながら、気持ちを奮い立たせて原因を探すけれど、出てこない。分からない。なんでだ? どうして?
どうしよう、サヤが……
サヤが、壊れて、いってしまう。母様みたいに……。
「アギーの名が計画当初から連なるならば、この交易路の注目度は格段に上がります。信頼性もね。
ここは河川敷として機能する為に、人に使ってもらわなくてはなりません。
踏み固めるという、日々の作業が必要なのですよね。
ですから、交易路として作ることで二重に意味を持ちます。
更に、セイバーンとアギーの流通に貢献してくれる。
今の経路より安全性も上がる予定ですし、距離的にも短縮されますからねぇ」
「ふむ。だがセイバーンとアギーの流通は然程賑わっておらぬよな。
交易路にするとして、利用者はどう確保するつもりだ」
「うちは中継地として売り出すのですよ。他領に囲まれておりますからねぇ。
交易路計画は、川沿いを中心に進めていきますが、最終的にはセイバーン内にある程度張り巡らせればと考えてます。メバックは位置的にも、都合が良い。そんな風にしていれば、そのうち新しい流れも出来るでしょう」
クリスタ様が真面目に話を始め、マルが中心となって具体的な構想を披露しつつ、目指す形を語っていく。
俺はそれを聞きながら、ちらりとクリスタ様の真剣な横顔を伺った。
もう、先程の落ち込んだ雰囲気は無い。
ホッとするが、それと同時に、再会してからずっと感じている、少々の戸惑いの理由を探っていた。
この二年余の時間に、俺の背は随分と伸びた。
クリスタ様と、頭一つ分近く、身長差が開く程に。
そして久しぶりの再会故にか、クリスタ様の違和感……今までは、当たり前のことと受け入れていたはずのことに、妙な差異を感じていた。
変わらないお姿だ。先程言った通り、時が戻ったのかと錯覚する程に、クリスタ様はお変わり無いはずなのに……。まるで、クリスタ様では無い様に、見えてしまう。
それは、落ち込むクリスタ様に感じる違和感に近い。見た目の麗しさとは裏腹に、この方はもっと豪快で、男らしく、我儘なくらいが丁度良い。
丁度良い、はずなのだけど……なんだろうな。この異物感は。こうじゃないという、妙な引っかかりの正体は。
もう少しで分かりそうな気がするのに……どこだ?
暫くクリスタ様を観察していたのだけれど、どうも分からない。スッキリしない。
そして、更に俺を観察している視線にも気付き、俺はこの違和感の元を追うのを断念した。
ルオード様だ。気付かれない様、気を付けてはいるのだけれど、これ以上続けていると、きっと伝わってしまう。
ふぅ……すこし、気持ちを切り替えてこよう。久々の再会だから、記憶が薄らいでいるだけなのかもしれないしな。
「すいません、少し席を外します」
「どちらへ」
不浄場(トイレ)。ということにしておく。手振りで示し、ハインは残れ。と、指示しておく。
外にはサヤも、近衛の方々も居るのだから、敢えてハインを連れて行く必要も無いし、学舎の面々のみというこの状況で、使用人はハインのみだ。抜けるとクリスタ様のお世話をする者が居ない。
扉の外には、午後からの俺の護衛役と、クリスタ様の武官が一人、扉横で待機していた。
お伴しますと言われ、断るわけにもいかず、是と了承する。
……まあいいか、宣言通り、不浄場にでも行っておこう。
気分転換になればなんでも良いのだし。そう思って、階下に足を向けたのだが……。なんだか落ち着かない様子のルーシーが、玄関広間で中途半端に掃き掃除をしていた。
何が中途半端なのかというと、ほぼ履いていないのだ。一瞬だけ動き、すぐに手が止まる。
「ルーシー?」
声を掛けると、上の空だった様子のルーシーが、パッとこちらに顔を向け、駆け寄って来た。
「レイ様!……あっ、も、申し訳ございません……何か、御用でしょうか?」
「特に無いよ。それより、どうした?何か問題があったか?」
俺がそう問うと、口元に手をやったルーシーが、少し悩む素振りを見せてから、ちらりと近衛の方を見た。言って良いのかどうか……逡巡していた様だが、結局口を開く。
「その……問題という程では、無いのですけれど……サヤさんの様子が、ずっと、変で……」
眉を寄せ、瞳を伏せて心配そうに溜息を吐く姿は大層麗しいが、サヤの名が出たことで、先程様子が変だったことを、俺もすぐに思い出す。
「サヤは今、どこに?」
「執務室です。書類の整理をするからと」
「また、体調を崩す様な何かがあったかな。ちょっと様子を見てこよう。ルーシー、近衛の方に、お茶をお出ししてくれるか。
申し訳ありません、すこし、一人で参ります。諸事情ございまして」
「いえ、お気になさらず」
近衛の方はルーシーにお願いし、俺は執務室に足を向けた。
中に入り、辺りを見渡すが、サヤの姿が無い。耳の良い彼女は、大抵先にこちらに気付き、自ら顔を覗かせるのだが、執務室は静まり返ったままだった。
書棚と執務机、食器棚と、姿を隠すような物に恵まれないこの部屋に見当たらないならば、隣しかない。
接待や、ちょっとした会議に使う隣室に向かうと、サヤは居た。上の空で、長椅子に座り、ずっとどこか、一点を見つめている。
「サヤ?」
小声で呼びかけるが、やはり反応が無かった。
思考に潜り込んでしまっている……。ここまで無防備になってしまうだなんて、サヤらしくない。
大股で近付き、しゃがみ込んで顔を真正面から覗き込んだ。
「サヤ!」
「っえっ?」
弾かれた様に頭が上がり、焦点が、俺に合う。
「あ……申し訳……」
「良い。それよりも、どうした? 俺がここまで近付いても気付かないなんて、サヤらしくない。何か悩み事?」
そう言うと、何故か……サヤの瞳が一瞬、潤んだ様に見えた。
しかし確認する間も無く、顔が伏せられる。
「いえ、なんでもありません……」
「そんなわけない」
俺の視線から逃れようと、顔を伏せたままのサヤが、そのまま長椅子を立ち、歩み去る素振りを見せたから、咄嗟に肩を掴んで、引き戻した。
「なんでもないサヤは、そんな風じゃない」
もう一度視線を合わそうと顔を覗き込むが、避けられてしまう。
なんだ? こんな様子のサヤは、見た覚えがない。なんで俺の視線を避けるんだ?
「話してサヤ。
それとも、俺には言えないこと? それなら俺じゃなくても良いんだ、今……」
ルーシーを呼んでくるからと、言葉を続けようとしたのだけれど、サヤが激しく頭を横に振ったから、言葉は途中で尻すぼみに終わってしまった。
俺から逃げようとしていた筈の、サヤの両手が、俺の袖を遠慮がちに摘んでいる。
行かないで。
と、そう言われたように感じて、動けなくなった。
「あの、クリスタ様は、アギー家の、御子息様……なのですよね」
「ああ、そうだよ」
「……ギルさんも……お知り合いなのですよね……」
何故ここでギル?
サヤの質問の意図が分からない。
質問に対する答えを出せずにいると、サヤがおずおずと、視線を上げ、俺の表情を上目遣いに伺ってきて、その表情が、酷く危うく見えてしまい、咄嗟に体が反応していた。
サヤにそんな顔はさせてはならないのだと、気持ちが勝手に、俺を動かした。
サヤの、袖を掴む手を振りほどき、そのまま抱き締める。
遠慮する様に、袖の端をちょっとだけ摘んでいた。泣きそうな、縋るような視線を俺に向けてきた、サヤ。
その表情は、ここに来た一番初めの、この異世界にたった独りなのだと気付いた、あの瞬間の……不安に押し潰されそうな、崩れてしまいそうな顔に、似てた。
「なんでそんな顔をするの……? 何がそんなに不安?
ごめん、俺、サヤが不安になる様なことを、してしまった?」
首が横に振られる。
だけどサヤは、俺の腕の中に収まったまま、逃げる素振りは無い。
何故か分からないけれど、サヤは今、気持ちが弱っていて、不安になっている。俺に縋り付くほどに、何かを恐れている。
「俺はサヤの味方だよ。ちゃんとサヤを、元の世界に帰してあげる。約束する。
だけど、サヤがこの世界にいる間は、ここがサヤの居場所だって、俺は言った筈だよ」
サヤを一人になんてしない。頼りない俺だから、本当にただ、一人にしないことしか出来ないけれど、それでもそれは、絶対に守る。
そう思って、その言葉を口にしたのだけれど、サヤが、身を硬くした。
「約束……。せやな、約束した。レイを守る。罰と戦うて……。
それが私の、自分で決めた役目や…………………。ほんで、私は、ちゃんと、帰らな、あかん……」
途切れ途切れに聞こえたサヤの呟き。
何故か、最後の言葉が、とても苦しそうに聞こえた。
そんなわけがない。きっと俺が、そんな風に思いたかっただけ。サヤを帰したくないから、そんな風に、聞こえてほしかっただけ。
腕の中のサヤが、一瞬だけ、俺の背に手を回して、ギュッとしがみついた。そして胸を押して、離れる。
「レイシール様にとってクリスタ様は、大切な方なのですよね」
「……あ、ああ、そうだね」
「それは、多分クリスタ様も、同じなんですね、きっと」
「?」
そう言ったサヤがにこりと笑う。
なん、で。
なんでサヤは今、笑ってるんだ……。すごく優しい笑顔で、俺を見てる。
今まで、そんな風にはしなかったろう? いつもちゃんと普通に笑ってきただろう? 苦笑でも、怒りながらでも、ちゃんと自分の表情で笑ってたのに。
なのになんで今、サヤは……仮面の、笑顔、なんだ?
どうして、俺に、本当の顔を隠すんだ⁉︎
「ご報告したいことがあるのですが、まだちょっと、確信を持っているわけではなくて……。
自分の中でまとまってから、お話ししますね」
作り物の微笑みで俺を見上げてそう告げるサヤに、俺は言葉を返せなかった。
なんで? 何を間違った? それは俺が、サヤに一番、して欲しくない顔。させてはいけないと、思っていたこと。
なのにサヤは今、俺から心を隠してる。
怖い。やめて、それじゃ、まるで……まるで、母様みたいだよ⁉︎
「掃除の続きをします。サボってしまって、すいませんでした。
……レイは、大切に思うてくれてはる人、沢山いてるんやね。良かった」
俺の手を振りほどき、サヤがすり抜けていく。だけど追えない。サヤは俺を拒絶した。
どうしよう。何を間違った? 俺、何を、どこから、間違ったんだ⁉︎
よろめいて、そのまま床に座り込んだ。暫く、先程の会話を頭の中で繰り返し、間違ってしまった場所を見つけ出そうと試みたけれど、全く分からない。
足元が崩れ去るような喪失感に苛まれながら、気持ちを奮い立たせて原因を探すけれど、出てこない。分からない。なんでだ? どうして?
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