異界娘に恋をしたら運命が変わった男の話〜不幸の吹き溜り、薄幸の美姫と言われていた俺が、英雄と呼ばれ、幸運の女神と結ばれて幸せを掴むまで〜

春紫苑

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望む未来 6

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「やめよ‼︎」

 誰何の声が上がり、リカルド様の腕は、振り上げた形で止まった。
 声は二階からだ。勿論聞き覚えがある。今は、出てきてほしくなかった人……。玄関広間の渡り廊下に、クリスタ様が、リーカ様を従え、立っていた。

「リカルド……其方、何をしておる……」
「何をしておるだ?……それは、こちらの台詞だ‼︎」

 姫様に対し、大喝する。

「この様な時期に、この様な状況に、何をしておる⁉︎   現実逃避も大概にしろ‼︎
 来い、今すぐ戻る。そして婚儀だ。もう時間は無い」

 王家の姫に対し、遠慮もなければ敬意もない。唖然とするしかなかった。
 だが、クリスタ様はそれを気にする風でもなく、言葉を返す。

「其方だけで帰れ‼︎
 私がここに居ることは、父上も承知だ。雨季の間は、自由にして良い。そういう条件だと、伝えたろう‼︎」

 よく分からないが、このお二人は旧知の仲であるらしい。
 クリスタ様の言葉に、リカルド様の眉がつり上がった。

「甘えるな‼︎   王が認めようが、俺は認めた覚えなど無い‼︎   そもそも、雨季の間、王が保たなかった場合、どうするつもりだ⁉︎   弱った父上を前にお前は、国を放って、色呆けとは、どこまで阿呆だ⁉︎   現実から目を背けて、責任から逃れて、それでも王家の後継か⁉︎」
「貴様……っ、私は、誰よりもその責任の重さを理解している‼︎   だからこそ、こうして……っ!
 其方に認められる必要など無い‼︎   婚儀をあげるのも其方とではない、私の夫は私が選ぶ‼︎」

 状況が見えない。婚儀?   夫?   リカルド様と姫様が?
 ああ、でもそうか。王家に嫁がれる方は、ほぼ公爵家からだ。今の後継は姫なのだから、当然婿を取るわけか。つまり、リカルド様がと、いうことか。
 マルが言っていた、せっつかれている婚儀はこの方と執り行われるのかと、理解した。
 だが、こんな風に怒鳴り合って……まるでお互いを嫌悪しているかの様に睨み据えて、好き勝手、相手を蔑んで……。この方とクリスタ様は、幸せになれるのか?   そんな疑問が浮かぶ。
 王の容態が思わしくない時に、王都を離れたのは確かに、浅慮だったかもしれない。だが、王がお許しになったというなら、そこは責められることではないと思う。
 それにクリスタ様は責任感のある方だ。悩んでいても、責任を逃れようとする方ではない。なのに、あんな言い方をするリカルド様が、俺は癇に障った。俺を引き合いに出して色呆けと言ったが、それは、女性を最大級に侮辱する言葉だ。

 周りを置いてきぼりにして、罵り合う二人。どんどん言葉の応酬に、遠慮がなくなっていく。
 このままじゃ、駄目だ。余計こじれるだけだ。

「おやめ下さい‼︎」

 二人ともが息を継ぐ瞬間を狙って、全力で吠えた。
 ピタリと言葉の応酬が止まる。
 俺も少し怒っていたし、遠慮しなかったとはいえ、その場が一瞬で沈黙すると、少々やりすぎた気がした。けどまぁ、静まったから良しとしよう。

「お二人とも、思うことを、言葉も選ばずぶつけ合ったところで、望む結果は得られませんよ。
 リカルド様、すぐ戻るにしても、姫様をこの雨の中、引きずって帰るなど言わないですよね?
 今日の出発は無理です。馬車でも危険だ。馬でなど、以ての外です。
 それでは、姫様まで、体調を崩してしまわれる」

 淡々と現実を述べると、リカルド様が虚をつかれた様な顔をした。
 いや、一方的に睨まれたからって、それくらいで怒りませんよ、俺は。

「姫様もです。頭ごなしに相手を罵るものではありません。
 リカルド様は、王や国を案じて仰られている。それをあの様な言葉で穢すのは、姫様らしくありません」

 姫と、あえて呼んだ。
 そのことに、クリスタ様は一瞬だけ怯み、次に目を見開いた。
 俺が、クリスタ様が誰であるかを正しく理解していると、察したのだろう。表情が驚きに満ちた次の瞬間、それは歓喜に変わった。

「レイシール……その方……知って……?」
「ああ……はい。申し訳ございません」

 知られたくなかったろう。王家の重責から離れた場所で、気を抜くことができる数少ない手段の一つであった筈だ。だが、知ってしまった。
 そのことを詫びたのだが、クリスタ様は聞いていなかった。
 足をもつれさせる様にして、階段を駆け下りてくるから、慌てて受け止める。

「やはり……やはりな!   其方は、きっと変わらぬと、思っていた……ああ、やはり其方だ」
「?   はい?   俺がなんですか?」

 何故そんな、嬉しそうに……紅潮した頬で、俺を見上げるのかが分からない。
 熱い視線にたじろいて、ルオード様に助けを求めた。しかしルオード様は、どこか諦めた様な、けれどホッとした様な顔で、俺を見て笑うのだ。

「ルオード様?」
「リカルド、其方は帰れ。王となるのは其方ではない。
 私はもう、決めた。レイシールだ。それ以外は選ばぬ」

 はい?   今、何を言いました?

 王となるのは、其方ではない。

 王になるのは、クリスティーナ様だ。当然、リカルド様ではない……。そしてそれ以前に、俺がなんでそこに出てくる⁉︎

「レイシールだ。この者を私の伴侶にする。王にする」

 ……………………は⁉︎

「レイシールに命ずる。其方、我が夫となれ」

 状況が見えないどころじゃない。
 俺は、頭が真っ白になった。

 夫というのは、命じられてなるものではない。筈だ。

 呆然と、そんなことを思う。いや、ちょっと、その前に王って何。俺の人生に王が絡む瞬間は皆無だ。意味不明すぎて何をどう言えば良いのかも分からない。
 王にするって、なんだ。

「何を言っている⁉︎   成人もしておらぬ、世間も知らぬ、それを王に据える⁉︎   気でも狂ったか⁉︎」

 リカルド様が怒りも露わにそう喚く。しかしクリスタ様は意に介さない。

「レイシールは傑物だ。そこいらの適当な世間知らずの小倅と一緒にするな。
 十六から領主を代行し、土嚢どのうを提案し、自然の脅威に挑む才覚の持ち主だ。しかもほぼ成功は間違いない。雨季も半ばを過ぎた、結果は如実に現れておるのだ。軍事にまで利用出来るこの発明を、功績と言わずして何とするのだ⁉︎
 それに、何事に対しても誠実で、努力を怠らない忍耐力、民に愛される気質、人との関係を良好に保とうとする人格。学舎に居た頃から、能力はあると思ってはいた。だが、優し過ぎて弱い、そうも思っていた。
 だがな……二年ぶりに会ってみれば、どうだ。随分と変わっていた。
 こやつは、其方が公爵家の嫡子だと知っている。その上で引かなかったのだぞ。
 もう、優しいだけではない」

 興奮気味に俺を語るクリスタ様なんて初めて見た。
 いや、姫様か……。いや違う、そうじゃない。

 この人、一体何を言ってるんだ?

「現実逃避も大概にしろと言った筈だ!   男爵家だぞ」
「男爵家とて貴族に変わりはない。学舎で散々探したのだ、何年もかけてな!
 その中で見出した数少ない候補の一人だったのだ。私は、これを良い王としてみせる!」

 ああ、これか。

 唐突に、そう閃いた。
 そうか、これか。避けようのない、権力と言う名の暴力。
 俺に選択肢は無く、ただ受け入れなければならない現実だけが突きつけられている。
 初めてではない。
 何度も経験している。
 久しぶりといえば久しぶりだ。そう、だ。約、二年ぶり。

 そうだ。こんな風だった。

 俺の罰。絶望。だ。

 何が起こっているか、理解は出来ないのだけれど、俺が俺の意思で進む道が、途絶えたことだけは明確に分かった。
 この国の長となる者が、そう決めて、行動している。俺にはもう、選ぶ手段は残されていないのだ。
 サヤの、痕跡も。この村の、未来も。指の間を、すり抜けていく…………。

「レイシール様⁉︎」

 ハインの声がする。
 けれど、リカルド様の配下の方に阻まれ、俺に手を伸ばせない。
 もう、良い気がした。
 なんだかんだで、やっぱりこうなる……。罰なんてものは無いって、サヤは言ってくれたけれど、やっぱり俺は、こういう運命。
 望むものは何一つ得ることができない人生を、約束されている。
 だからサヤだって、はじめから、生きる世界が違ったのだ。
 手に入らないのだよと、突きつけられていたのだ。
 進もうと思った道は、ことごとく潰える。
 望むものは、ことごとく失う。
 何も変わっていなかった。
 そうだ、はじめから、何一つ、変わっていない。同じ場所に、居たのに、それを忘れてしまっていただけだ。

 頭が、考えることを放棄した。
 フッと、視界が闇に染まる。
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